九 君と僕と俺
ネマリガ討伐を果たした午後、三人は天幕を張っている麓まで戻った。その時点で、まだ日没まで時間は十分にあった。なのですぐに荷物を片づけ、そのまま帰ることになった。
俺が昨日背負っていた巨大な荷物には、小型の手押し車まで含まれていた。正確に言えば、手押し車に荷物を縛りつけて背負っていたわけだ。
用意の良さに呆れるが、考えてみれば獲物が大きいのは想定済みだったのだし、それが当然なのだろう。
「大丈夫なのかい? カズヤ」
「問題ない。俺は身体だけは丈夫だから」
「ノージョもついでに背負ってもらえばいい」
「おいおい」
背負子に天幕などを積み、外側に竹籠を括りつける。籠から不気味に伸びる脚も紐で括って、往路より何割か重くなった。
この上でさらに、手押し車に載せたネマリガの下半身を引っ張るわけだ。足元に気をつけないと。
アスカの辺りまでは、あまり整備の行き届かないガタガタの道が続く。ネマリガの下半身は、手押し車から大きくはみ出しているので、そのはみ出した部分を縄で縛り、俺が前方で引っ張る。手押し車自体は、後ろでナツミが支えている。
見事に討伐を終えた帰り道なのに、なぜか気分が晴れないのは、まるで仲間の死体を運んでいるような絵面だからだと思う。
途中ですれ違った旅人は、一様にギョッとしていたし、手を合わせる人もいた。まぁ、手を合わせるのは別に構わないのか? 俺自身は、魔物に命があるのかないのか、正直言って今もよく分からない。
結局、往路の倍ぐらいの時間をかけてアスカに着いた。
既に夕暮れ近くになったので帰還は諦め、ノージョはカトリドロの主人に掛け合って、宿を工面する。彼はそのままカトリドロに泊まり、俺たちは紹介してもらった民家の納屋を借りた。
納屋はもちろん宿泊施設ではないが、天幕よりずっと広い。ナツミと同じ屋根の下というのは気にな…らないな。だって。
「こいつの横で寝るのか」
「貴方には死体に見える?」
「死体だろ? そもそも、これを持ち帰ってどうするんだ?」
「討伐の証明。そして、高く売れる」
「こんなものが?」
既に傷だらけのネマリガ下半身。改めて眺めてみても、やはり気味が悪い。
太ったおっさんのようにぶよっとした見た目。しかし、触ってみると硬い。脚を斬り落とした断面も生々しく見えるが、骨も血もなく、恐る恐るむき出しの部分に触ると、そこはまるっきりタケノコだ。
こんな冗談のような物体が、ちゃんと人間を発見して追いかけて攻撃した。頭も目も見当たらないのに、どうしてそんなことが可能なのだろうか。
「胴体はただのタケノコではないと言われている」
「味が違うってことか?」
「何か薬になる? それとも、食べると頭が良くなる?」
「だから俺に疑問で返されても困るって」
そもそも滅多に現れない魔物なので、研究は進んでいない。しかし何かに役に立つと期待されている。
今回のこれは非常に状態が良いので、売りに出したら大騒ぎになるだろうとナツミは言う。これで状態がいいのかと思ったが、火を使ったりしながら少しずつ切り刻んで倒すのが一般的で、下半身の大半がそのまま残っているのは奇跡らしい。
「だから安心して眠って」
「何一つ安心する要素はないよな?」
と言いつつ、横になったら急に眠気が襲ってきた。
何だかんだと緊張しっぱなしで、思った以上に疲れていたようだ………。
「朝。彼と待ち合わせの時間」
「あ、いや、まさかずっと寝てたのか俺は」
はっとした時には、既に空が白んでいた。
一度も番をしなかったことに気づき、慌てて詫びるが、ナツミは無言のまま出掛ける用意を始めた。
俺もすぐに起き上がって、軽く手足を動かす。さすがにまだあちこち痛みもあるとは言え、眠りすぎるほど眠ったせいで体調はいい。
すぐに手押し車の用意をして街道に出ると、無駄に爽やかな笑顔でノージョが立っていた。
「昨日はお楽しみだったかい?」
「死ぬほど寝たよ。ノージョこそ楽しそうだな」
「忘れたかい? カトリドロはメシがうまいんだ」
「そりゃ良かったな」
男女であるというだけの俺たちに、いつまで色恋沙汰の話を引っ張るのやら。自分が飲み食いして楽しんだ言い訳なんだろうが。
ナツミは無言のまま車を動かす。残りは大した距離でもない。まだ朝と呼べる間にはウセンゲンに辿り着けるだろう。
こうして魔物討伐隊の面々は、出発日の二日後に、三々五々戻って来た。
最初に戻ったのが俺たち三人。ネマリガ上半身の処理を任せて先に下りたのだから当然だった。討伐報告をさっさとするという意味でも、真っ先に帰ることが義務づけられていたのだ。
ネマリガとタケ何とかの討伐を伝えて、例の下半身を見せると、職員は一様に驚いていた。
ウセンゲンの討伐者組合がネマリガを扱ったのは四度目。ただし、過去の事例ではちぎれた切れ端程度しか持ち帰っていなかったという。
背中の竹籠から脚を取り出すと、一部から悲鳴も聞こえた。よく見ると、いかつそうな顔のおっさんが二人ほど倒れている。確かに気味は悪いが、これで倒れるようでは討伐者の仕事なんてできないだろう。
「こ、この脚はどうされるんですか!?」
「え? あ、どうするんだっけ?」
前のめりに聞いてくる職員に気押されながらナツミに確認すると、売却すると返事があった。
そこからしばらく、ナツミとノージョは職員と顔を突き合わせて打ち合わせ。組合が売りに出す形で告知して、一番高い値段を付けた相手に売却するらしい。
鮮度の関係から、今すぐ告知して昼には売却、その場で精算となった。
「上半身も同じように売れるんですか?」
「そちらは通常の取引になりますね」
ネマリガの上半身、そしてタケ何とかは希少性がないという。ただし、一般の竹皮より丈夫らしいから、持ち帰って売りさばけばそれなりの金にはなる。
討伐報酬も満額もらえるから、他の連中も満足できる形に終わりそうだ。
「君たちは最後まで見守るのかい? 僕は夕方に報酬だけもらいに行くよ」
「せっかくなので見届けたいです。その、今回は本当に勉強になりました。ありがとうノージョ」
「ははは、危険な討伐仕事を勉強と呼んでしまえるのは、そこのナツミのおかげさ。僕も今回は楽な仕事だった。重ねて言うけど、またの機会があることを願っているよ」
「お疲れ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
事務所でも注目の的だったノージョは、髪をかき上げて格好良くつぶやく。昨夜はちゃんと湯を沸かしてもらって身体を洗ったらしい。その辺のまめさが人気の秘密なのかも知れない。
ナツミはほとんどしゃべらないまま。ただし、特に機嫌が悪い様子でもない。
「じゃあここで別れよう。それから…」
斜めに身体を傾けながら、にやりと笑ったノージョ。
「ナツミは危険人物だ。僕はある筋からそう聞いていた。そしてそれは確信に至った」
「え…?」
「………」
予想外の言葉に呆気にとられる。
しかしノージョは笑顔のまま身体を動かし、正面に仁王立ちして告げた。
「危険。だが世界と魔物の謎を解くには、そして魔物と戦うには、絶対にナツミが必要だ。それだけの重要人物だから危険なのだと、僕は思う。だから僕は君たちの味方になる。また会おう」
……………。
面倒くさい人だな。悪気はないし、裏表のある性格でもなさそうだけど、ナツミと組むことはあるんだろうか。