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八 春の味覚、武闘派

 広葉樹の下に笹藪が広がる、視界の悪い尾根道。

 ノージョとナツミが警戒するその先では、風もないのに笹藪がざわざわ音を立てて、そして――――。


「こ、これは?」

「タケシ」

「タケコ」

「冗談言ってる場合かよ!」


 ………冗談ではなかった。

 魔物は上半身がまるっきりタケノコだ。笹藪に春になると生えてくる、細いけど歯応えがあってうまいという春の山菜が、少しだけ大きくなったような姿。

 そして、脚が生えている。

 もちろん動物の脚という見た目ではなく、タケの根っこがそれっぽく伸びただけとはいえ、歩いているのだから脚としか呼べない。

 この悪夢のような魔物は、やはり春に発生することが多く、その名前はタケ何とかで、人によって呼び名が違うらしい。


「ここは槍では戦えない」

「無論、僕だって槍しか使えないわけじゃないさ。でもここはお手並み拝見かな」

「大丈夫なのか? ナツミ」

「カズヤは背中の籠をおろして」

「え、いや…」


 呼び名は脱力感満点だが、紛れもない魔物。それも集団だ。

 ノージョは念のため長槍を構え、斜め前に立ったナツミは、まだ短剣に手をかけていない。


「秘技、結紮けっさつ


 ナツミがよく分からない言葉をつぶやいて、手にしていた何かを投げたように見えた。

 すると、こちらに向かって動いていたタケ何とかが動きを止めた。


「あとは刈るだけ」

「なるほど、よく出来た技だ」


 よく見ると、タケ何とかの脚が細い糸のようなもので縛られている。タケ何とかには腕がないので、もがくだけで身動きが取れない。ナツミはそこに走り込んで、素早く彼らの上半身を刈り取っている。ノージョも短剣でスパスパ切り刻んでいる。


「カズヤもやる。そして籠に拾って」

「拾う?」

「貴重な春の味覚。皮もいろいろ役に立つ」

「ええ…?」


 この籠はそういう役目だったのか。軽く衝撃を受けながら近づく。

 まだ生きているタケ何とかの前に、恐る恐る立ってみる。

 背丈は、角のような突端まで含めると俺の背丈ぐらいある。顔らしきものはなく、皮をむく前のタケノコに脚のような根をくっつけただけだが、どうやら俺の存在が分かるらしく、こちらに頭を突きだしてくる。

 しかし、突き出す勢いは弱い。

 彼が頭を前に振った時に、避けてそのまま前進、身体に密着する。そして中央部分に短刀を突き刺すと、特に抵抗もなく刀は入り、そのまま切断された。

 切断面はまるっきりタケノコだ。いったいどういう仕組みなんだ。


「後は残しておく」

「ほどけたら危険じゃないのか?」

「ほどけないから大丈夫」

「ふぅむ」


 俺たちだけが獲物を独占すると、あとあともめる原因になる。弱い魔物は残しておくのが常識らしい。

 とはいっても、拘束済みなんて至れり尽くせりは普通はないという。


「あの速さで拘束されれば、僕でも勝てそうにないな」

「人を縛るほどの強度はない」

「だけど、一瞬でも動きを止めたら君の勝ちだろう。喰らわないよう気をつけないと」


 喰らう気なのか、ノージョは。呆れた表情を無理に作ってみる。

 …………。

 ナツミは思ったより大胆な真似をする。

 あの糸は投げたわけじゃない。彼女の能力で、あの場に出現させたものだと、それぐらいは気づく。つまりあの技は避けられない。

 そして、ノージョほどの実力者なら外せるのかも知れないが、魔物を数十分も縛ったままなのだから、彼女が作り出した糸はそう弱いものではないはず。どんな達人でも、予告もなしに手足を縛られて勝てるわけがない。

 本当に危険な時は、もっと奥の手が出せるだろう。ナツミに勝てる相手はいない気がする。



「それで、後は帰るだけなのか?」

「拾って帰るのは後ろの仲間たちだね。僕たちの相手はこの先にいる」

「え…」

「タケコが出たぐらいで正式な討伐依頼が出るはずないだろう? カズヤは時々非常識だな」

「申し訳ないが、討伐依頼なんて一度も受けたことないからな」


 確かにそうなんだけどさ。タケ何とかは、人数がいれば後ろをついて来ている面々でも対応できそうだし。

 残ったタケ何とかが拘束されたままなのをもう一度確認して、その先へ向かう。


 やがて山の頂上付近に近づくと、明らかに何かが動いているのが分かる。視界があまり利かない広葉樹の森なのに、そこから突き出る尖った何か。タケ何とかとは大きさが違う。やばいっす。


「それでナツミ、こいつの名前は同時に言ってみようか。せーの、ネマリガ」

「言ってやれよ」

「なぜそんな共同作業をする必要がある? ネマリガはネマリガ、他の名前はない」

「連れない友よ。カズヤはそんなところに惚れたのかい?」

「どうしてもその話に持ち込みたいんだな。お前こそ女にモテまくりだろうに」

「人間の女にモテたって、僕の心は満たされないのさ」


 というか、こんな緊張感のない会話していいのかよ。何もかも二人任せなんだ、どうにかしてくれ。


 やがてネマリガの全身が現れた。

 ………。

 うむ。タケ何とかの巨大化だ。そのまんま。ただし本当に大きい。少なくとも、突き刺さったら即死だろう。


「今までで一番大きな奴じゃないか? カズヤ、君は運がいい」

「そう。過去の個体の倍近い大きさ。カズヤの人徳?」

「俺にとっては初個体だから、これが普通だろ」


 やけくそで話を合わせる。二人はふざけて動いているわけではなく、言動が一致しないだけだ。何をしていいのか分からない自分が、話の腰を折る必要はない。


「ナツミ、さっきの技は使えるかい」

「使える。ただ、あまり効果はない。それに、このままでは貴方の槍が使えない」

「確かに。どうするべきか…」


 出会った場所は尾根道の緩い登り坂の途中だ。尾根はそこまで狭くはないが、道に覆い被さるように広葉樹が茂っている。これで向こうが襲いかかったら、避けるのも苦労するだろう。

 幸い、ネマリガの移動速度は遅い。作戦を練る時間は取れたようで、何かを話し合っていた二人はやがて離れた。


「カズヤ。貴方は動かず、逃げず」

「…分かった。気をつけろよ、ナツミ」

「心配?」

「当たり前だ。でも頼りにしてる」

「僕も頼りにしてくれよカズヤ。さぁ始めよう!」


 配置が決まって、三者三様に動き出す。俺は動かないが、逃げるなとも言われている。要するに、戦況を確認していろという意味だろう。たぶん?

 ノージョは槍を立てたまま、正面からジリジリとネマリガに近づいて行く。そしてナツミは…。


「秘技、結紮」


 さっきの技でネマリガの足元を縛る。

 量産型巨大タケノコとは違い、相手は俺たち三人が腕をのばしても抱えきれない大きさ。なぜかそこだけ人のような脚も、丸太のように太い。確かに糸は縛りつけたが、巨体が数回もがくように震動すると外れてしまった。

 だが、そのわずかな時間で十分だった。

 ナツミは素早くネマリガの横をすり抜ける。その際に短剣で片脚に斬りつけた。切断されるまではいかなかったが、かなり深くえぐられたらしく、拘束を解くのにさらに時間がかかっている。


「無茶なことを…」

「お膳立てはしてくれた。後は僕の出番さ」


 ナツミはネマリガの背後に回る。ネマリガはナツミを一番の敵と見定めたらしく、巨体を動かそうとするが、傷つけられた片脚が支えきれず、周囲の木をなぎ倒しながらよろけた。

 結果的に周囲は開けた。

 そこに走り込んで行くノージョ。

 何かぶつぶつ叫びながら、斜めになって反対側に回転しつつあるタケノコ部分に、一気に槍を突き刺した。


「当たらないでくれよ、ナツミ」

「心配ない。好きに振り回して」


 一撃では倒れず、ネマリガは姿勢を戻してノージョを弾き飛ばそうとする。しかし、今度はナツミがまた脚を斬る。とうとう片脚がちぎれ、ネマリガは横倒しになった。

 周囲の木々はなぎ倒され、ノージョの長槍に何の支障もなくなった。あとは中央部、タケノコと下半身みたいな部分のつけ根を滅多刺しにして、最後は真っ二つに切断。討伐対象の魔物は、巨大な春の味覚となった。



「お疲れさまナツミ。こんなに速く倒せるとは思わなかった」

「相手の攻撃が単調。死角だらけ」

「それもある。でも君が背後に回らなければああは行かない。君の手柄だ」

「一部始終を目撃したカズヤの手柄?」

「な、何で俺?」

「それも間違ってはいないな」

「えぇ?」


 ネマリガに限らず、魔物は人間を見つけると襲いかかる。そして、その場で一番弱そうな人間を真っ先に狙う…らしい。

 仮に俺が逃げ出せば、ネマリガは俺を狙う。そうすればネマリガを平坦な場所で足止めして体勢を崩し、ついでに木々をなぎ倒させて槍を使いやすくするという二人の作戦は失敗しただろう。だから俺の功績だ…って、んなわけあるか!

 まぁ冗談はさておき、ネマリガは比較的対処がしやすいのは事実のようだ。弱点が目立つし、特殊な攻撃もしない。

 問題は山中の藪の中にいて攻撃がし辛く、手間どっているとタケ何とかに囲まれてつつかれてしまう点。だからタケ何とかを拘束して、向こうの援軍が追加される前に短時間で倒すのが最適解なのだった。

 ―――ただし、そこにはもう一つの条件があった。この時は分からなかったのだが。


「カズヤ、これを運べる?」

「無茶言うなよ」


 ナツミは俺の背中を指差すが、背丈の何倍もあるようなものを竹籠に入れられるはずはない。そこで三人で相談して、上半身のタケノコ部分は他に譲ることにした。


「こっちは持ち帰る」

「気味が悪いな」

「大丈夫。背負ってる間に爪が伸びる」

「大丈夫じゃないだろ、それ」


 下半身をノージョとナツミが解体して、俺の背中に放り込んで行く。と言っても、放り込まれたのは二本の脚だけ。指まで揃っていて、まるっきり人間のそれなのに、斬っても血は出ないし、骨もなかった。魔物の身体はいったいどうなっているんだ。



「あ、姐さん。もう倒したんですか!? こんなデカいネマリガを!?」

「………」

「ガクラ、君は女性への礼儀がなってないね。ナツミはお嬢さんと呼ばれたいんだ」

「そ、それは失礼しやした。ナツミお嬢様!」

「ノージョもいい加減にしろよ。こんなところで暴れられたら困るだろ」

「カズヤ。…いい度胸」

「俺は悪くないだろ!?」


 やがて他の連中が上がってくる。

 ノージョは事情を話して、上半身の処理を委ねた。ガクラたちは小躍りするように喜んで、横たわったままの上半身に群がって行く。

 彼らは丸太のような上半身を三つに分けて、それぞれ縄をかけて引きずり下ろすらしい。運搬したものがそのまま報酬ということで、どう分けるのかしばらく話し合っていたが、外側の皮は剥がして分配、中身は輪切りという形におさまったようだ。


「か、硬い…」

「おいノコギリを出せ! こんなもん剣で斬れるかよ」


 そして、解体を始めた彼らの様子を見て気づく。ネマリガはとても硬かったことに。

 ナツミとノージョは当たり前のように斬っていたが、あの二人だから出来たこと。仮に同じような作戦を練ったとしても、うまく行く可能性は低かったわけだ。



 俺たちは解体の様子を見届けることもなく、脚が切り取られた下半身に縄をかけ、一足先に山を降りる。もちろん縄を引くのは俺で、ノージョは槍の柄で時々舵を取り、ナツミは一番後ろをのんびり歩いている。

 ナツミは功労者だからサボっている? 周囲を警戒する役目だ。心配はないと思うが、獲物を狙う山賊に遭わないとも限らないわけで。


 しばらく降りて、祠の三叉路に戻る。

 少しだけ広場があるので、結び付けた縄を縛りなおす。

 ナツミは俺が背負っていたタケ何とかを抜き取り、その場で皮をむく。


「お、ありがとうナツミ。やはり春はこれを食べないと始まらない」

「爺臭い」

「我が友は相変わらず手厳しいなぁ」


 相変わらず脱力するやり取りを聞いていると、俺にも一本差し出された。

 軽く礼を言って、恐る恐る先端をかじってみる。

 甘い。

 みずみずしい食感と、爽やかな甘み。なんだこのうまさは。


「これ、魔物なんだよな?」

「斬ってしまえばタケノコ?」

「いや、疑問で返されても」


 うまいから尚更分からないんだよ。


 せっかくなので、薬師の祠にも何本か御供えする。

 改めて祠の中を覗いたが、半ば潰れかけたお堂の内部はほとんど分からない。神像がいるのかどうかすら。


「結局、魔物って何が目的なんだ? ナツミ」

「その答えを私が持っている?」

「考えてるだろう。お前はそういうヤツじゃないか」


 神様は魔物をどう思ってるんだろうな。薬師にとっては管轄外なのかも知れないが。


「………カズヤは、そこまで私に詳しくなった?」

「あ? ああ、その…、ごめん」

「なぜ君は謝るんだい? 恋する二人の猿も食わない甘い会話じゃないか」

「犬」


 犬という単語に、討伐者組合でのノージョの言葉も思い出した。得体の知れないナツミを、何かの密偵と疑っていたようだが、今はその話はどうでもいいや。


「ナツミ、僕も君の意見が聞きたい。もちろん、僕も話すさ」

「別に聞きたくもない」

「俺はどちらの話も聞きたい。正解のない問いなら、できるだけ多くの意見を知るべきだ」

「カズヤ…。君は時々、びっくりするほど聡いな」


 お前はお前で、時々途方もなく失礼な発言をしやがるよな。それを言えるほどの立場にないと理解はしているが。

 ノージョは何事もなかったように乾燥肉をかじると、ポツポツ話しだした。


「まぁいい。先に僕の意見を言うと、魔物はこの世界が人間に対して与える悪意だと思う」

「え、えーと」

「…あえて訂正。悪意ではない。世界には善も悪もない」

「なるほど、それはナツミの言う通りかもしれない」

「世界はただ、歪みを元に戻そうとする。その歪みを生み出しているのが……」

「この世界の人間、あるいは動物だと? なるほど、さすがナツミだね」

「言ってることが何一つ分からない」


 悪意とは善意とか、いきなり抽象的過ぎるだろ。

 いや、それを否定するナツミの方がさらに分からないけど。相手が人間じゃないから、人間の思考を入れるなと言っているのは、どうにか把握できる。その程度だ。


「つまり、世界は魔物の側にあって、俺たちを排除しようとしている。そう言いたいのか」

「そういうことだ。カズヤは聡い」

「もしもそうなら、人間に勝ち目はないよな?」

「かも知れない」


 壮大すぎる話だ。討伐者の仕事が児戯に思えるほどに。

 ただ、人間を排除するために動いているという考えは、それなりに辻褄が合うようだ。

 今回のネマリガもそうだが、魔物は基本的に元々存在する生物の変異で、全くの空想上の動物みたいなものは見つかっていない。タケノコに脚が生える時点で無茶苦茶だけど、それは既に存在するものを、特に考えもなく継ぎ接ぎしているだけと言える。


「例えば世界と交渉できれば、そこで誤解を解く方法があればいい。人間にも、動物たちにも世界を歪ませる力などないと」

「その…、世界が歪むというのが分からない」

「僕もはっきり分かっているわけじゃない。ナツミもそうだろう? ただ、人間を世界の異物と位置づけると説明がつくという、仮定の話さ」

「カズヤは解き明かす力を持っている」

「はぁ?」


 ナツミさんよ、あまりとんでもない話はやめてくれ…と言いかけて、口をつぐむ。

 …………。

 まさか、誰かの記憶の話を言っているのか?


「その、カズヤの秘密はまだ教えてくれないのかい?」

「教えない。それに、まだ彼自身も理解していない」

「寂しいね、我が友だというのに」

「ノージョ。貴方は自分に与えられた役目を果たすべき」

「…………」


 ナツミだって、俺にとっては信用ならない者だ。一つだけ違うのは、既に秘密を知られていること。その代わり、彼女の秘密も一つは知っている。

 結局、嫌でも共犯関係になるしか道は残されていないのか? うんざりする結論だ。


「まぁいいさ。君たちと組んで、今回はとても楽しかったし有意義だった。いつかまた誘う機会もあるだろう。その時はよろしく頼む」

「機会があるかどうかは分からない。その時は」


 仕事が終わったような話をするのは早過ぎる気がするけど、魔物討伐は果たした。相変わらずノージョには素っ気ないナツミは、彼女なりに一息ついている感じがする。

 正直、ノージョとナツミは、他に組む相手がいないだろう。嫌でもまた一緒に戦うに違いない。


「まだ仕事は終わってないけど、今だけ敬語を使わせてほしい。助けていただきありがとうございました、ノージョさん。そしてナツミ」

「次の機会でもナツミを説得してくれよカズヤ。それと、君たちの恋路も応援している」

「余計なお世話」


 どうしてもその話題だけは外せないのか。Aランク討伐者二人と仕事をした記憶は、最終的に鬱陶しい色恋話で塗り尽くされてしまいそうだ。


※ネマリガの由来は、本州日本海側の人間なら分かるかも。いろんな山の名前がついたタケノコですな。

 冷静に考えてみれば、どっかのボール投げて捕まえるアレみたいな話。

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