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六 野獣も牙を剥かぬ楽しい往路

 夕暮れ時に屋台でメシを食って、そのまま眠った。翌朝まで目を覚ますこともなく、起きてもあちこち筋肉痛になるでもなかった。

 これが他人からの一方的な施しでなかったなら、俺の気分はもっと晴れていただろう。


 宿を引き払うと、大通りをとぼとぼ歩く。

 待ち合わせ場所は、ウセンゲンの東へ向かう出入り口。最近になって橋が架けられたので新橋と呼ばれているが、木戸に門番が立っているぐらいで何もない。

 形だけの木戸は、一応夜には閉めることになっているが、実際は何年も開けっぱなしらしい。既に扉が動くかどうかも怪しい……。


「……………」

「よぉ、また会ったな」


 扉の裏から数人が現れる。昨日ナツミに殴り飛ばされた男の顔があった。

 わざわざ待ち合わせ場所を盗み聞きして集合するなんて、ずいぶんまめな連中だ。その努力を他で役立てようとは思わないんだろうな。


「金魚の糞はケガのため参加できなくなった」

「自分を糞呼ばわりするのか」

「てめぇ!」


 男は短刀をかざして襲いかかる。ちぇ、刃傷沙汰は重罪だってのに、こんな往来で襲いかかるなんてバカにも程がある。

 幸い、今朝もちゃんとしたメシを食ったから体調は良い。直線を駆けてくる腕を交わし、そのままねじって倒す。

 男は短刀の持ち方すら分かっていなかった。討伐者の平均にも及ばない俺だって、こんな素人に簡単にやられはしない。ただ…。


「痛ぇ! おい、さっさと捕まえろ!」


 相手は一人ではない。囲まれてしまえば、一転して俺が追い込まれる。

 そう。

 俺が一人だったらな。


「カズヤ。君も案外あなどれないな」

「朝から運動するなんて感心」

「お褒めにあずかり恐縮だが、さすがにこんな連中に感謝はできない。死にたくないだけだ」


 取り囲んだ連中は、その背後から襲撃を受ける。ここは待ち合わせ場所なのだから、当然そうなると分かっているはずなのに、勝ち誇る時点でバカにも程がある。

 そこに食事で離れていた門番が戻って来て、後ろ手に縛り上げたのは四人。縛ったのはナツミだったが、その際に脚を蹴り飛ばすのが見えた。それどころか、主犯のわずかに残った髪の毛をむしっていた。


「なぜ蹴るんだ」

「脛の筋を切ってあげた。歩くのが大変になる」

「容赦がないね、君は」

「情けが必要とでも?」


 ただ蹴っただけで筋を切るまで至るのか分からないが、ナツミが結構な馬鹿力なのは既に確認済だからなぁ。本当にそうなら、まともに歩くことはできないだろう。

 見た目はハゲに対する仕打ちの方が派手だったけど、地味にえげつないことをやってのける女だな。


「それにしても意外。貴方はもっとひ弱だと思っていた」

「なんだ君も知らなかったのか」

「私たちはこれから深く知り合う予定?」

「適当なこと言うなナツミ。どっちにしろ、あんたら二人に比べたらひ弱で間違いないだろ」


 さすがに武器の扱いも知らないような奴に遅れを取るようでは、討伐者など務まらない。Eランクは他人に誇る価値はないけど、初心者でもないのだし。



「じゃあ改めて、今日からしばらく三人組だ。リーダーは僭越ながら僕でいいかい?」

「構わない」

「よろしくお願いします」


 何事もなかったように、爽やかな笑顔で挨拶するノージョ。そしてナツミは、いつも通り顔を隠している。まぁ今となっては、顔を隠したくなる理由は分かるけど。

 他の討伐者たちとは現地集合の予定。集合すると言ってもあまり連携を取るつもりはないようで、現時点で決まっているのは、俺たち三人が先頭に立つことぐらいだという。


「今回はまぁまぁ近いから楽な仕事だね。それでナツミ、少し持とうか?」

「気にしないで。これはカズヤが背負う」

「え? 俺?」

「まさか背負えない?」

「いや、問題ないが…」


 野営するので、ノージョとナツミは相応の荷物を背負っていた。そのうち、ナツミの分を俺が背負った。重い。相応じゃないぞ、これ。よく見ると手押し車みたいなのも挟まってるし。

 ナツミは、俺が背負っていた竹籠だけ。

 戦いになれば後ろで待機する役だから、荷物持ちなのは合理的、だけど。


「街中からこうすれば良かったんじゃないか?」

「それは嫌」


 そのままさっさと歩き出すナツミ。ちぇ。人前で竹籠を背負いたくなかっただけだろ。


 木戸を抜けた三人は、しばらくは田畑の中を進む。

 道の左手には雪が残る山が見え、前方はそれより低い山々が遠くに見える。目的地はその山々の一つで、夕暮れまでには現地に到着し、翌朝に探索する日程だ。

 最短では明日の午前中に討伐を終わらせ、夜には帰還することも可能だという。帰りは帰りで、他の討伐者が何かやらかすかも知れないので、あまり暗がりは歩かない方がいいらしいが。


「ノージョは他の連中を信用していないのですか?」

「カズヤ、呼び捨てでその話し方はおかしい。普段通りにしゃべってくれていい。そして信用できるかと言われれば、完全に信用することは難しい」

「ナツミも…、信用してたらその格好はしないか」

「日焼けしないように覆っているわけではないのかい? よく田んぼで作業している女性は、君のように美しい顔を覆っている」

「面白い冗談」


 ナツミの顔の件はさておき、討伐者が互いに疑心暗鬼なのは普通のことのようだ。

 一緒に戦った仲間に友情が芽生えて…ということがないわけじゃない。しかし、討伐者は元々がアウトローの集団。しかも慢性的に仕事は不足している。その上、目撃者もいない山野が仕事場で、そして仕事柄武器の所持が認められている。これだけの条件が揃えば、討伐者同士が争うのも当然の結果だ。

 ノージョが言うには、一番問題なのは武器を持っていることらしい。それだけで好戦的になる。昨日の自分のように…って、自覚はあるんだな。



 コマキという集落で休んでいると、後ろから四人組が追いついた。討伐隊のメンバーで、まだ後方に二組ほどいるらしい。

 ノージョが代表で挨拶をして、明日の朝の集合場所を確認。四人組は俺たちを追い抜いて去って行った。


「元気だな、みんな」

「カズヤ、君は討伐隊参加は初めてなのかい?」

「え、ああ。俺は採集目的の仕事専門だ」


 ………。

 何のことはない。彼らは抜け駆けしようと頑張っているだけだった。ノージョの見立てでは、残りの二組はさらに先行していて、俺たちが最後尾になったという。

 討伐を請け負ったのは俺たちの組だが、他の連中が偶然出くわして討伐する可能性はある。その偶然に賭けているわけだ。


「ノージョやナツミぐらいの実力がないと危ないんじゃ…」

「彼らが運悪く大将に出会えば、生きては帰れないだろうね」


 今回の討伐対象は、事務所に届いている情報によれば既に知られている種類の魔物。既に知られているので、対処法も分かってはいる。

 しかし、既知の魔物しか出現しないならば、依頼のランクはもっと下がっていた。

 情報によれば、魔物の目撃情報がかなり多く、もっと危険な魔物が潜んでいる可能性も高いという。強力な魔物は、それより弱い魔物を従えるのだ。


「どっちにしろ、明日の朝まで私たちは襲われない」

「彼らが僕たちをアテにしているのは確かだろうね」

「…信頼されてるんだな」


 明日の朝までは、か。短い平穏だ。

 まぁ二人はそこまで織り込み済みなんだろうが。



 のんびり歩く旅路は楽しい。これまでも旅は何度もしているが、理由はさておき明日の朝までは襲撃もないし、食事もある。


「君の握り飯はうまいな。何が違うんだい? よほど高級な米なのかね」

「市場に売っているもの」

「…………」


 俺と違って、普段からちゃんとした食事をしているはずのノージョが褒めるのは、ナツミが持って来た握り飯。塩味だけで、中には何も入っていない。

 ふぅむ。これを素材の味が生きているとか言うんだな。

 一昨日の炊きたてもうまかったが、冷えてもこれほどとは。まるで評論家のように味わってしまう。


「ノージョはもっと豪勢な食事をしてるんだろ?」

「旅先で豪勢とはいくまいよ。君だってそうじゃないのか」

「俺にとっては、この握り飯が豪勢な食事なんだ」

「そうか。でも僕にとっても豪勢と言って差し支えない。町の食堂とは比べ物にならないよ」

「そ、そうなのか」


 ただの握り飯をそこまで褒めるものなのかと、逆に少しだけ疑わしく思える。残念ながら俺は、屋台の安くてまずいメシしか知らないので、結局判断しようもない。


(聞こえる?)

「えっ!?」

「どうした、カズヤ」

「あ、いや、…気のせいだった」


 突然頭の中に声が聞こえてうろたえる。

 いや、声の主は分かっている。ただ…。


(落ちついて)

(落ち着けるわけないだろ! 何だよこれは)

(声を出さずに会話できる。便利)


 ………ナツミが持っている、他人の記憶を覗く力。自分に向けられた記憶の領域は、読み取れるだけではなく逆に情報を送ることもできるそうな。

 だからその領域を使えば、口を開かずに意志をやり取りできる、と。いちいちナツミのやることは規格外だ。


(それで…、今こうやってしゃべる必要があったのか?)

(このご飯は炊飯器で炊いた)

(ええっ!?)


 いや、あれって外側だけの失敗作じゃなかったのか? 頭が混乱する。


(貴方と組めば互いのためになる)

(………保留で頼む)


 せめて炊飯の様子ぐらい見ないと、どうしていいのか分からないだろう。

 ちなみに、米も炊飯器の中に入っていたらしい。味がいいのは、そもそも種類が異なるためではないかという。

 謎の記憶の持ち主は、相当な美食家なのか、それともあっちではこれぐらいの食事が普通なのか。俺が知りうる限り、たぶん王侯貴族の類ではないようだし、思った以上に世界が違うんだろうなぁ。

 と。

 ナツミと組めば、それを実感できる。なるほど、二つ返事で了承してしまいそうだ。危ない危ない。



 やがて街道は比較的大きな集落に入る。アスカというらしい。何となく聞き覚えがあるが、少なくともここに来たのは初めてだと思う。

 ノージョはよく訪れているらしく、先導して町の中ほどに連れて行く。そこには食堂があった。


「やあ主人、ノージョだ。いつものやつを三つ頼むよ」

「おう」

「いつもの?」


 田舎町にしては広い店内。そもそも店に入ることのない俺は緊張してしまうが、常連客のノージョはさっさと奥の席に座り、何かを頼んだ。


「きれいな店だろう? カトリドロっていうんだ。君たちも贔屓にしてくれると嬉しい」

「それより、ついさっき握り飯食べた気がするんだが」

「それはそれさ。カズヤ、まさかもう食べられないなんてことはないだろう?」


 いや、爽やかな笑顔で同意を求められたって困るだろう?

 運ばれてきたのは麺のようだ。俺の食べる屋台のやつと違って、器がきれいだ。


「うまい!」

「確かに」

「そうだろう、君たちにもこの味を知ってほしかった」


 屋台と違って、麺にちゃんと味がある。汁も塩気以外のうまみがあって、そしてこれも味のついた肉。言葉にすると、あまりに評価の基準が低すぎて情けなくなる。

 隣を見ると、ナツミもしっかり食べている。あの握り飯の後でもしっかり食えるのは、さすが討伐者ってとこだろうか。


「ナツミ君はこの肉が何か知っているかい?」

「三ツ目」

「はは、さすがだね」


 三ツ目というのは、野生のイノシシの突然変異で、文字通り目が三つあるという。えーと、つまり要するに…。


「魔物…なのか」

「そう。魔物で人を襲うが、肉質は悪くない。少し堅いが味がある」

「食べても大丈夫だったのか?」

「魔物を食べても魔物になることはない。だいいち、町でもいろいろな料理に使われている。屋台の汁ものにもね」

「え………」


 知りたくもなかった事実。そうか、あの得体の知れない具は魔物肉だったのか。

 まぁ、同じ魔物肉と言っては失礼なほどに、この肉はうまかった。討伐者が仕留めた中で、特に状態の悪いものが屋台に出回って、俺の血や肉に。今の俺はたぶん魔物じゃないから安心…なのか。


「ここは質がいい。討伐地に近いから?」

「その通りだナツミ。時々懐かしくなって通うのさ」


 店の壁には、貴重な紙が貼られていて、よく見るとノージョと書いてあった。何だろう、この店の評価が俺の中で上がったり下がったり忙しい。まぁノージョのおごりでうまいメシが食えたのに、それ以上を求めるのは贅沢すぎるけど。



 とてつもなくのんびりとした三人旅は、カトリドロからさらに二時間ほど歩いて終わった。

 トモヤマという小さな集落の外れ、木立の中の祠の周辺に、既に天幕が張られている。その一つから見えたのは、さっき追い抜いて行った顔だった。

 抜け駆けと言っても、この辺で魔物に遭遇する確率はほとんどない。もしも遭遇するようなら、既に里が襲われた後だ。

 今は全員近くにいるので、先に山に入るような無謀がなかったのは朗報だな。


 俺が背負っていた荷物を降ろして、ナツミと二人で天幕を張る。その間にノージョは他の連中と明日の打ち合わせ。何だかんだと、ノージョはしっかりしている。他の連中を戦力としてアテにしていないのも、正直言えば信用できる。


「ところで、この天幕はずいぶん大きいな。しかも二つ?」


 広げてみると、どちらも数人は横になれる大きさ。たった三人の旅にこんなものを使えば、そりゃ俺の荷物も重くなるはずだった。


「一つは彼の。野営関係はこちらが手配する約束だから」

「はぁ…。じゃあ俺は外で寝るのか」

「なぜ? 蚊に刺されるのが趣味?」


 二つあって、片方がノージョ専用なら、残り二人で一つ。当然、役に立たない俺がはじき出されるという簡単な計算だった。うむ、何もおかしなことはない。

 しかしナツミは呆れた表情で、ノージョ用ではない方を指差した。え?


「貴方と私は組んでいる。当然一緒」

「い、いやいやいや」

「どうした? カズヤは盆踊りが趣味だったのかい?」


 余りに予想外な言い分に慌てていると、話し合いが終わったノージョにからかわれる。

 左右の手足を同時にゆらゆらさせていたのは、伝統芸能の継承者だからではない。思わず俺は、ナツミの理不尽な言い分を伝えて同意を求めた。


「なんだカズヤ、君とナツミはそういう仲だろう? 一緒に過ごすのが当然じゃないか」

「今の話をちゃんと聞いたのか、ノージョ」

「背中を預ける仲間とともに過ごすのは当たり前だ。深い仲なら尚更だね」

「……同意を求めた俺がバカだったよ」


 実際のところ、三人は交代で寝ずの番をしなくてはならない。だから二人仲良く寝る時間はさほどない。

 もちろん俺がナツミに手を出すはずはないし、中は広いから間に荷物でも置けば大した問題もないはず。ないない…と自分に言い聞かせても、動揺がおさまるわけでもないけど。

 仕方ないだろう? 相手は若い女だ。それも…。


「話し合いの内容は? 手短かに」

「簡単だ。我々が先行、彼らは後を追う。捕えた獲物は各自で処理する」

「分かった」


 二人の話題は既に変わっていた。

 まぁそうか。物見遊山で来てるわけじゃない。慌てていた自分がバカバカしくなって、それからしばらくは二人の話を聞いていた。



 木立のすき間が赤くなった夕暮れ時、一人の男がこちらに近づいてくる。

 組合の事務所で見かけたことのある顔。ガタイは立派で、ノージョより大きく見える。


「失礼。俺はガクラ。この近くの出身で、討伐に参加することになった者だ」

「ああ。僕はさっき挨拶したね。こちらはナツミ、そしてカズヤだ」

「………よろしく」

「はじめましてガクラさん、よろ…」

「あー、挨拶はいいんだ。その」


 ノージョとは別の意味で鬱陶しそうな笑顔を見せながら、ガクラと名乗った男はよく分からないポーズを決めた。

 うーむ。


「手合わせ願いたい!」

「えぇ?」

「地元の仕事なのに、俺は後方支援。納得いかねぇ! 誰か…」

「うるさい蠅。家が近くなら帰って寝ていればいい」

「ナツミ?」


 ガクラの申し出も唐突だったが、いきなり喧嘩腰のナツミにも驚く。

 いや、事務所の時もそうだったか。冷静で口数少ない風を装っているが、けっこうアレな性格なのかも知れないな。


「お嬢ちゃんが相手か。いいだろう。俺の獲物は鎖鎌だ」

「御託は結構」

「なら行くぜ! 互いに怨みっこなしだ」


 そうしてあっという間に戦いになってしまった。

 俺は呆れて、そしてノージョに二人を止めるよううながしたが、彼は笑って動こうとしない。討伐前に戦力を減らすような真似をして、何の得があるんだ。ナツミに何かあったら…と、俺は何もできずに見守るしかない。

 距離をとったナツミに、鎖鎌を構えたガクラが少しずつ近づく。話に聞いたことはあるが、鎖鎌なんて初めて見る。

 対して、ナツミは例によって短剣のみ。どう見ても不利だ。


 分銅を動かしながらガクラは走り出し、そして投げる。ナツミの首筋あたりを狙って放たれた分銅は短剣で弾かれるが、そのまま鎖が絡まって、そしてガクラは刃先を向けて一気に距離を詰めた。ヤバい、ナツミが危ない!

 がら空きの胴、ガクラは鎌を深々と切り裂………かなかった。

 えぇえ?


「まだ戦う?」

「参った。俺の負けだ」


 右腕に鎖が絡まった状態のナツミは、鎌の刃先を指二本で捕まえた。そして次の瞬間には、鎌ごと奪い取ってガクラの喉元に突きつけた。とてもじゃないが人間業ではなかった。


「ナツミは僕が認めた友さ。君の半端な腕でどうにかなるわけないだろう?」

「あ、ああ…」

「そしてこれだけは言っておこう、ガクラ。明日の相手はナツミが苦戦する強さだ。君は、いや君たちは、生きて帰れるよう最善の努力をしたまえ」


 ノージョが間に入り、ようやく二人は獲物を収めた。その手際の良さに一瞬腹が立ったが、当事者は納得しているようだ。

 恐らく、こういうことは珍しくないのだろう。

 ただでさえ貴重な仕事。そして武器をもって腕一本で稼ぐ討伐者は、基本的に好戦的だ。多少傷つくことがあっても、互いの力量差を確認する儀式は必要なのだ。

 完敗にさばさばした様子のガクラの背後で、他の連中もじっと戦いを見守っていたのが何よりの証拠だった。


「済まなかった。それとナツミ様」

「………」

「これからは姐さんと呼ばせていただきやす! ご武運を!」


 ガクラは地面に頭を叩きつけて謝罪すると、一方的に主張して去った。

 ナツミは無言のまま。傷一つないのは良かった…が。


「そうか、俺も姐さんって呼ぶ…、蹴るなよ」

「いいんじゃないか? 僕も呼びたくなった…って、冗談に決まっているだろう、友よ」

「友になった覚えはない」

「ははは、まぁさっさと腹を満たして、明日のために休息だ。番はカズヤから順番で頼む」

「ああ」


 真っ先に決闘を受けて相手の心を折った。姐さんと呼びたくなるのも分かる気がしたけど、それ以上言うと後が怖いので黙っておこう。


(心の声が聞こえてる)

(聞くなよ)


 あう、こっそり独り言どころか、口にしないでごまかすことも出来ないとは。さすがにちょっと不自由過ぎる気がするぞ。


※作者が以前に書いた『女神は俺を奪還する』の主役は小牧で、今回の地名にコマキとあるが、両作品の世界がつながっているという設定はありません。

 カトリドロのモデルになった店は、とうの昔に廃業してしまいました。ファンタジーな世界で営業中と考えれば、これも一つの異世界転生なんでしょうね。

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