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五 訣別というほどの覚悟もなく

「じゃあナツミ君、カズヤ君。集合は明日の朝にここで構わないかね?」

「事務所に用はない。新橋の木戸で」

「なるほど、じゃあそうしよう」


 国に依頼された魔物討伐任務。ナツミとノージョの一騎討ちと電撃的な手打ちは、あくまで討伐者同士が勝手にやったことだが、その場には職員の姿もあった。

 職員のトシさんは、俺がその顔ぶれに加わっていることに、さすがに首を傾げた。そりゃそうだ、職人街のお使い男として日々顔を合わせていたんだから。

 それでも三人が主力を担うこと自体はあっさり認めてしまった。

 もちろん三人だけでは少ないので、他に十人ほどが選抜されるという。主力が取り逃がした魔物の討伐などを担当する役で、ランクなどを参考にして選ぶらしいが、恐らくはそこでも戦いがあるだろうとトシさんはぼやいていた。


「あと…、組んだ以上は互いに呼び捨てでいい。ノージョと呼ばせてもらう」

「ああ構わない。それでは明日よろしく頼むよ、ナツミ、カズヤ」

「よ、よろしくお願いします! ノージョさ…」

「彼女の言う通り、敬称は不要だ。君の実力も楽しみにしているよ、カズヤ」


 ………実力。思わず作り笑顔が引きつるぜ。


 与えられた任務は、指定された地域の魔物を全滅させること。そうして帰還した時点で、討伐数や日数、そして討ち漏らしの有無などを考慮して報酬が支払われる。

 討伐した証拠は、魔物の一部を切り取る形。全滅したかどうかは自己申告だが、いずれ現地から報告もあるので、大きな嘘はつけないだろう。

 持ち帰ったものは、証拠の確認後に各自に返還され、役に立つものならば売却も可能だ。


 報酬額については、二人が熱心に確認していた。俺は正直あまり興味もないので、その様子を眺めていただけ。

 凄腕討伐者として有名なノージョは、もっと豪快な感じなのかと思ったが、契約にはいろいろうるさいようだ。ナツミも契約内容に細かくチェックを入れている。まぁ二人に任せればいいんじゃないかな。



「えーと、いろいろ聞きたいことはあるが」

「手短に。時間が勿体ない」

「もう、その変なしゃべりはやめてくれ。そして、なぜ俺が加わるんだ?」


 明日の約束をしてノージョと別れ、組合近くの屋台で軽く食事をとりながら質問する。

 なお食事代はナツミが払った。報酬から引くと言っているが、今のところ報酬は得ていないのだから、自分は単なる穀潰しである。大丈夫、その自覚はある。


「なぜ今さらそんなことを聞くの? 朝早く起こされてまだ頭が眠っている?」

「聞くだろ!? 俺はそんな仕事があるとも知らなかったし、だいたいお前と違って何の実力も隠してない、ただの役立たずだ!」

「自分を卑下するのは良くない傾向。役に立つから仲間になったと、思えなくとも思い込むべき」

「だから…」

「無駄話はそれぐらいにして。貴方の装備を買いに行くから」

「無駄じゃないし、金はない」

「必要経費。貴方の討伐報酬から引くだけよ」


 会話になってない。どうも話を合わせる気もないようだ。

 そもそも俺が、報酬を受け取れるような仕事をするとは思えない。どこから引くというのか…。



「とりあえず、こんなところかしら」

「えーと、いろいろ聞きたいことはあるが」

「また? いったいいつになったら目が覚めるのかしら」

「とっくに覚めてる。それで、背中の籠は何だよ」

「籠には物を入れて運ぶって知らないの?」

「いや、だから…」


 討伐者御用達の武器屋で、正面に鉄板を張った皮鎧、皮の帽子、膝当て、そして短刀を買った。もちろんナツミが選んで買った。

 一応、俺も短刀は持っているのだが、一目確認したナツミは、武器屋に引き取らせてしまった。おもちゃでももう少しマシだとか、屈辱的な台詞とともに。

 そして問題が、背中に負う竹籠だ。一応これも武器屋に売られていたものだが、どう見ても討伐者が背負うものではないと思う。


「これを背負ったら、俺は戦力にならないだろう?」

「貴方は短刀を片手に、勇敢にも敵に正面から攻め込む役だった?」

「勝手に自殺行為させるな。……魔物がどんな奴か知っているのか?」

「二人いれば倒せる。ノージョはあれでも戦力」

「そうか…」


 ならば仕方ない。出発前から戦力外通告? 元から戦力になるはずもなかったのだから、戦わなくていいなら僥倖というものだ。Aランクをあれ扱いするなと思うけど。

 そうして往来に立って見れば、顔を隠した怪しい女と竹籠男。これが皆がうらやむ討伐隊だと誰が思うだろうか。ちょっと恥ずかし過ぎるんだが。



 その後、近くの古着屋に連れて行かれて、今度はそれっぽい上下を買う。買ってもらう。いちいち言い直さなくても分かるだろ?

 こざっぱりした服装にその場で着替えると、ナツミは自宅へ向かう…のかと思ったら、行き先が違う。


「まさかとは思うが」

「まさか? まさか他に行くところがある?」

「いや、その…」


 歩き慣れた坂道を下りながら、何というか、奴隷になったような居心地の悪さ。今までの生活が奴隷に等しかったはずなのに。


 ナツミは当たり前のように、ゲンさんの鍛冶場に俺を連れて行く。そして、今日限りで俺を引き取ると告げて、幾ばくかの金が入った袋を渡した。

 ゲンさんは一瞬だけ渋い顔をしたが、袋の中身を確認すると、うなづいてそのまま工房に戻っていく。二年のご奉公はあっけなく終わった。

 というか、手切れ金で引き取られる俺は、文句なしに奴隷だった。


「こういう時は泣くものじゃなかった?」

「あの様子を見て泣けると思うか」

「今ごろ、涙で鉄が冷えて仕事ができなくなってるはず。思えなくともそう思えば泣ける」

「生憎そこまで無理矢理泣く用はない」


 念のために、今朝まで住んでいた一角を最後に確認した。自分の荷物が何もない。二年間の自分が、ここで何も残さなかったという当たり前の現実を知る。

 いや、何も残さなかったわけじゃない。

 懐中時計など、幾つかの記憶を切り売りした。その対価は、最低限とも言えない生活の保証でしかなかったが、職人街に居場所を認められたことに意味はあった。ただの流浪の討伐者よりも、わずかに信用度が増したからだ。


「いい住処ね。貴方がネズミなら」

「ネズミなら今ごろ誰かの胃袋の中だ」

「美味しかった? 共食い?」

「…………」


 ゲンさんには、武器に関する助言を求められていた。より殺傷力の高い、使える武器の情報を思いつくのなら、倍の給金を払うと言われていたが、無視し続けた。

 そもそも、倍になったところで最低限の域を出ない。

 そして、そんな武器を嬉々として作る鍛冶職人を、根っこのところで俺は好きになれなかった。



「それで、新しい住居だけど」

「金はない」

「知ってる。一晩は宿代を出してあげる」

「………け」

「経費。言いたいことはさっさと言うべきね。カズヤはもう大人でしょう」

「別に言いたくないんだよ」


 明日から討伐に出れば、しばらく野営生活。それなら、今晩もあそこで寝泊りすれば良かったような気がするが、小綺麗な服を揃えてもらった時点でナツミの選択にはなかったようだ。

 結局、組合近くの安宿に泊まることになった。

 一応は俺の身分でも、討伐者御用達の宿だったら宿泊を断わられることはない。いつもこちらから断わっていただけ…というのは違うか。身分が問題なくとも、金がなければ断わられるらしいぜ。試したことないけどな。

 ナツミが宿代を前払いしている時、結構な注目を集めていた。朝のノージョとの一戦が伝わっているらしく、そのおかげで金魚の糞の俺にも相応の扱いがなされた。

 とにかく、安宿などと失礼なことを言ってはならない。一文無しにとっては超高級。なんたって、足をのばして眠れる部屋なのだ。


「じゃあ、あとはこれで何か食べなさい」

「……なぁ」

「何?」


 新たな主人が施しをするように、銅貨五枚を渡す彼女。これだけで、ゲンさんから受け取っていた金の二日分以上あるのだが、それを気前がいいと喜ぶ気にはなれない。


「俺にそこまでの価値はあるか」

「ある」


 ………。

 当たり前の疑問に対して小首を傾げるフード女。それ以上の言葉が思いつかないまま、彼女は町に消え、代わりに腹の音が鳴った。


※次から楽しい討伐旅行。そしてウセンゲンは城郭都市ではありません。

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