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四 文殊のいない世界で、三人集まれば戦え

 いつもの狭い部屋で、眠れない一夜を明かす。

 鍛冶場でのオッサンとの思い出に浸っていた…わけはない。クソまずい飯や、この狭苦しい部屋に、何となく違和感を覚え始めている。

 違和感? そんな甘っちょろいものなわけがあるか。

 昨日のメシの記憶が、まだ頭の中でふわふわしているんだ。ああ、炊きたてってあんなにうまいんだな。


「おはようゲンさん。今日は…、例の女に今日も呼ばれているんだが」

「ああ。奴さんからはその分も受け取っている」

「え?」


 聞けば、昨日の朝の時点で、今日も俺を拘束することを伝えていたらしい。ちぇ、要するにここまではすべてナツミの思惑通りだったってわけか。

 軽い脱力感に襲われながら通りに出る。昨日と同じ景色。違うのは、背後から声を掛けられずに済むというぐらいだ。



「すまない、遅れた」

「討伐者の待ち合わせはいい加減」


 討伐者組合の事務所に着くと、中は結構な人混みになっていた。

 いつもなら受付に向かうだけので問題ないが、そこで人を探そうとすると、思った以上に面倒くさい。例によってフードを被ったナツミが、保護色のように薄暗い待合に溶け込んでいるせいでもある。

 ………。

 彼女の連れはいない。

 今さらだが、誰とも組んでいないことを確認する。


「何の騒ぎなんだ?」

「新しい討伐依頼が出ただけ」

「はぁ…」


 というか何だよその口調は。ここではボソボソ女を気取るのか?


 魔物討伐依頼。それが討伐者たちが最も望む依頼だということは、俺でも知っている。一応、これでもEランクの討伐者だからな。

 討伐者組合は国が仕方なく認めた組織だ。国王の意のままに動かない戦力なのだから、潰したくてしょうがないが、それが出来ないのは魔物出現の特殊性にある。

 国境を無視して現れる魔物に軍隊を向ければ、他国との関係に影響が出る。もちろん、手持ちの兵力を向かわせることで、国内で叛乱が起こる可能性もあるだろう。だから厳重な監視下に置きつつ、専任の討伐者を用意するしかない。

 ただし専任の討伐者も、魔物が出なければ一般の日雇い仕事しかない。例えば俺のように、ほとんど金にもならない手伝いでも、飯を食うためには引き受けざるを得ないのだから、討伐依頼にざわめくのは当然だった。

 偶然出くわすのではなく依頼だから、国から報償金が出る。その上、ランクを上げることにもつながる。


 ナツミの話によると、この後に職員から説明があって、メンバーを選ぶらしい。

 と言いつつ、それ以上の情報がなかったので依頼内容が書かれた黒板を見に行く。

 なになに、討伐対象は十体程度、Bランク以上が半数を占めることが望ましい……と。


「おい邪魔だ、どけ!」

「痛てっ」


 いきなり横から突き飛ばされた。これだから討伐者は嫌なんだよ。

 起き上がって確認すると、時々見かける顔だ。名前は知らない。知り合いになりたくない奴らだったからな。


「フハハッ、ようやく俺の力を見せる時がやって来たな!」

「おい、そこのハゲ!」

「ぁああっ?」


 え?


「聞こえないのかハゲ!」

「何だてめえ、そこのひょろガキみたいにやられてぇのか!?」


 いつの間にか背後にいたフード姿。

 な、なぜ?

 いや、確かにあれはハゲだけど、いったいどういうつもりなんだ、ナツミ。


「私の連れが世話になった。ほんのお返しだ」

「はぁ? なんだっ……」


 男の台詞は途中で途切れた。

 ナツミが殴った一発で、大柄なハゲは跳ね上がるように後ろに飛ばされ、そのまま倒れた。

 ………。

 いや、ナツミだよな? フードで隠れているけど、中身はあの超絶美人だったはずなんだけど…。


「仲間思いの君の行動、素晴らしい! しかし暴力で仕事は受けられない」

「返してやっただけ。貴方を殴れば暴力だけど」


 そこに拍手をしながら現れた男。

 こいつは俺でも知っている。Aランク討伐者のノージョさんだ。

 二人は知り合い? しかし、敵対している感じではないが言葉に刺がある。


「そうだなぁ、それは良くない。しかし僕は君と戦わなければならない」

「ど、どうして」


 予想外の展開に、思わず声をあげてしまった。

 するとノージョさんは今さらのようにこっちを向いて、ニタリと笑った。うう、何だこの笑顔。


「君も分かっているだろう。我々は今、討伐依頼を争う関係にあると」

「いや、あの別にナツミは…」

「その通り。どういう形になろうと、手合わせは避けられない」

「ナツミ?」

「カズヤは見届けなさい。貴方の連れが何者なのか」


 何なんだよ、この格好いいフード女子は。

 それ以上何も言えないまま、二人は奥の訓練場に向かう。ざわついていた面々も、いつの間にか二人の会話に聞き入っていて、そしてゾロゾロと後を追った。



「ナツミ君。正直に言おう。今まで僕は、君を犬だと疑っていた」

「……………」

「しかしこの場に集う友よ! 彼女は共に戦う勇者だ! そして今、僕が自らその見届け人になろう!」


 いちいち芝居がかった台詞を叫ぶノージョさんに、なぜか釣られて声をあげる面々。いろいろついて行けないが、それよりも犬ってなんだ?

 ナツミは無言のまま、腰に下げていた短刀を手にする。

 対してノージョさんは…、槍? なんかすごい立派なんだけど。というかなぜ真剣勝負? 木刀じゃないのか?


「いつでも来たまえ! 僕は二十四時間、いつでも君を受け入れている」


 ……………。

 何となく、今のナツミの表情が想像ついた。こうして脱力させるのがわざとなら、大した策士だが、生憎そんな感じは全くない。



 そうして勝負は始まった。

 片や誰もが認める実力者が、愛用の槍を手にしている。対して正体不明の女が、護身用に売られている短刀。冗談のような対戦で、最初に動いたのはノージョさん。様子見するでもなく、いきなり槍を突き出してくる。

 速い!

 それなりにあった距離をあっという間に詰めて、槍の穂先はナツミの頭を突き刺す…かと思いきや、ギリギリ避けた!


「手加減無用。この程度でAランクを名乗るの?」

「言ってくれるねぇ。じゃあ僕も遠慮しないよ」


 ……遠慮してくれよ。というかナツミ、なぜこの状況で煽るんだ。別に今は、命を賭けた勝負じゃないだろう?

 ノージョさんは再び距離をとり、槍を構える。

 対してナツミは…、走り出した!? なぜ? わざわざ槍の射程に?


「秘技、針千本!」


 向かって来るナツミに、ノージョさんは変な名前を叫びながら高速の突きを繰り出していく。変な名前なのにすごい動き。あの長い槍をどうやって…と、その中に突っ込むナツミ。

 バカな!?

 しかしナツミは槍のすき間を縫うように突進し、そしてノージョさんは後ろに飛んだ。


「やるねぇ」

「貴方も。これ以上の秘技は見せられない?」

「ああそうだ。ここは僕の負けでもいい。その代わり、君と、いや、君たちと組みたいがどうだろう」

「私はそれで構わない。カズヤは?」

「えっ!?」


 ここで返事を求められるとは思わなかった。しかも責任重大過ぎる。

 と言っても、今の俺に判断材料はない。何より、当事者がそう認めるのなら。


「よ、よろしくお願いします、ノージョさん」

「ああよろしく! そういうわけで僕たちが依頼は引き受ける! 異論があればここで相手をしよう!」


 ノージョさんが叫び、誰も返事をしない。

 討伐依頼は主力以外にもいくつか仕事があるから、集まった面々に何も残っていないわけではないが、花形を奪われて意気消沈の雰囲気。

 あれ?

 そもそも俺は討伐に参加する予定だったのか? ナツミは?


「少しは戦えると分かった?」

「わ、分かったが、その、依頼を受けるのは」

「予定通り。貴方の参加も最初から決まっていた」

「……………」


 どうやらこの女は、俺の意志を確認して動くつもりはないらしい。強さよりもずっと大事な情報を得た気がする。

 何もできないと分かっている男と、実力者二人が組んでどんな意味があるのか。そっちは考えても無駄だろう。

※書いている時は気づかなかったが、ずいぶん細切れになったなぁ。ということでノージョ初登場。その名前が意味する男になるかどうかは乞うご期待。

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