二十一 最強の魔物、俺
「カズヤ様は、自分は魔物だと思ったことはございませんか?」
「え………?」
同じ言語とは思えない発言が飛び交う部屋。
何? お、俺って魔物? どこが?
「あれ? お姉さまがもうお話しされたのかと思っていましたわ」
「そういうのは専門家に任せる。素人専門家に」
「あの…」
「なら、いいんですわね? お姉さま」
「そのつもりで来ている」
「えーと…」
小首を傾げるリナ様が、上目遣いでナツミと会話。その視線がこちらに向かないのはありがたいが、頼むから勝手に話を進めないでほしい。
元よりナツミに説明は期待していないが、それが二人になれば混乱は二倍じゃきかないんだ。
「カズヤ様。魔物というものは、何者かがこの世界に出現させています。それは理解できていますね?」
「え? ……ま、まぁ、それは」
そうして、ようやく始まったリナ様による解説。
魔物とは何か。正直、まともに考えたことはないけれど、あれが自然発生でないという程度の認識はある。
当たり前だ。
このあいだのイッテーツなんて、あれだけの素材を密かに運び込むことは不可能なのだし。
「誰が…という部分は、とりあえず神とでも呼んでおきましょう」
「とりあえず、ですか」
「仕方ないのですわ。その辺のお堂に祀られている神様とは、たぶん違いますから」
人類に不可能な行為をしているのだから、仮に呼んでも神としか言えない。理屈としては分かるけど、要するに何も分かってない。
もやもやする…けど、結局、現時点で把握できるのはこの程度、ということか。
「お堂に神なんていないでしょ」
「ナツミは黙ってた方がいいな」
正確には、お堂の神様だって何者なのかは分からない。もしかしたら、魔物を生む存在を祀っている可能性もあるだろう。そんなことをリナ様はつぶやく。その瞬間だけは、白衣姿がとても似合っていると思う。
あ、いや、失礼な奴だな。俺は。
「お姉さまがお堂のそばに住むと聞かされた時は、耳を疑いましたわ」
「そうでしょうね」
「カズヤは誰の味方なの?」
何となく見えてきたのは、ナツミが行者を毛嫌いしている事実ぐらい。そういう意味では、ナツミとノージョは本質的にウマが合わないだろうな。
もちろん、俺が信心深かったり行者に親しみを感じているわけじゃない。単にどうでもいいと思っていただけ。自分に害が及ばなければ、誰も積極的に否定なんてしないだろう?
話は続く。
俺の頭の中にある、異世界の誰かの記憶。リナ様は既にそのことも知っていた。何というか、ちょっとだけナツミは信用を失った。
(秘密にすると言った覚えはない)
(なら俺も話そうか、お前の秘密を)
(誰に? ゲンさん?)
(話してどうする)
ナツミの能力は、鍛冶屋にとっては商売敵みたいなもの…って、そういう話じゃねーだろ。
「カズヤ様は、向こう側の世界がこことよく似ていて、決定的に違う点があるということにお気づきですね?」
「え、えーと…」
「勿体ぶらないで話しなさい、リナ」
相変わらず不機嫌な表情のままのナツミだが、どうやら話を進めさせる気はあるらしい。
そしてリナ様は、ナツミが反応しただけで大喜びだ。何を見せられてるんだと言いたいけれど、二人とも見た目だけは人間離れしているので言葉にならない自分が情けなくなる。
で。
リナ様が言うには、表面的な二つの世界の違いは、魔物の有無だという。
ただし、表面的表面的とやたら強調する。ナツミじゃないけど、さっさとネタを明かしてほしい。
「お姉さまの許可も出ました。ではお話しいたしましょう」
「よ、よろしくお願いします」
「二つの世界の決定的な違い、それはお姉さまがおられるか、そうでないかですわ!」
「えぇ…?」
自信たっぷりにトンデモ発言。しかも右腕を上に突き上げている。
リナ様っていったい…と呆れそうになるが、ナツミが真顔のままだ。え? これは冗談じゃない?
言いたいことを叫びきったリナ様は、満足げな表情でテーブルに一枚の紙を広げた。
それは地図のように見える。あちこちに赤い点があるけど。
「この地図は、王室が秘蔵する地図の写しです。カズヤ様にお見せすることは、陛下にご許可を賜わりました」
「え…」
いきなり国家機密? というか、それなら見せなければ…。
「赤い点は、魔物が現れた箇所です。そして、この真っ赤な場所は…」
「ウセンゲンね。盗み出したら金になる地図」
「誰が盗むかって」
ナツミが冗談を挟むのも仕方がないほどに、ウセンゲンだけが真っ赤で、他はどこもまばらに点があるだけ。
強いて言うなら、右下と左に少しまとまった点が見える。
「南東の点は、イデワの山です」
「ノージョの師匠がいる山」
「左は、海を挟んだ隣国アクミになりますわ」
「はぁ…、ご説明ありがとうございます」
「どういたしまして」
………。
丁寧に教えてもらったのでお礼を口にしてはみたが、正直この図が何を意味するのか分からない。この周辺が多いのは確か。それだけ?
「えーと…、この地図には、すべての国が書かれているのでしょうか?」
「もちろん違います、カズヤ様」
「と言うことは…」
地形とか気候とか、いろいろな要因で出現数が変わる。そんなことを言ってみようと思った俺の口は、そのまま声を発することはなかった。
「この地図の範囲外で、魔物の出現はまばらにしか報告されていません。つまり魔物はこの世界共通の現象ではなく、ウセンゲンを中心としています。そして、ウセンゲンが中心になった理由、それはこの町にお姉さまが住んでいらっしゃるから、なのですわっ!」
再び言いたいことを言ったリナ様は、そのままの勢いでナツミに飛び込んだ。その瞬間、謎の効果音が聞こえてきそうな勢いでリナ様の身体が弾み……っと、もうその先は実況したくない。
(最初からしなくていい)
冷静に解説するのも現実逃避の一種なんだよ。それぐらい分かってくれ。
リナ様の主張をまとめると、魔物はだいたいナツミのいる地域に出現する。
イデワの山には、ナツミが数年前にしばらく滞在した。海の向こうのアクミ国にも、ナギ様の護衛としてナツミは数ヶ月滞在した。つまり、ナツミがうろちょろしなければ、魔物はこの辺だけの問題で済んだというわけだ。
(その結論には抗議する!)
(抗議はリナ様にお願いします)
(えー)
しかし、仮にリナ様の主張が事実だとして、何の意味があるのだろうか。
魔物は少なくとも、ナツミだけを狙って来ることはない。俺が同行した二度とも、人間は等しく標的にされたが、ナツミに攻撃が集中するようなことはなかった…と、声にしてみた。心の中で思うだけだと、ここで話す意味がないからな。
「仮説はいくつかありますわ」
「酔っ払いの戯言みたいなのを仮説と呼ぶの。カズヤは耳をふさいで」
「そう、お姉さまのことなのですから、どれだけ妄想しても足りません!」
「妄想…」
自分でそう言ってしまうのか。
まぁ、疲れ果てた様子のナツミを見れば、これが正解って気がしてくる。
「一つは、お姉さまの存在が、元々あった魔物出現の現象を活性化させるという説です。意図せずに、お姉さまの特別な力が発動しているなんて、何だか生ける神話のようではありませんか?」
「はぁ………」
確かに妄想だった。特に後半は。
ただ、ナツミが人間にはあり得ない力を持っているのは事実だから、その説明は理解できる。うん、後半はさておき、これでいいのでは?
「もう一つは、神のような何者かが、お姉さまを脅威と感じて魔物を出現させた。ただしその何者かは、お姉さまの姿をはっきり確認したり、お姉さまだけを攻撃することはできない」
「妄想が過ぎると思う。カズヤも同意見」
「ま、まだ何も言ってないぞ」
確かに、最初の説に比べて無茶が過ぎる。
とは言え、最初の説にも大きな問題がある。それは、魔物が普通の動植物と違いすぎて、とても自然に発生するとは思えないことだ。イッテーツなんて、明らかに加工品だ。動植物の突然変異ではなく、誰かが造ったと考えるしかない。
じゃあ誰が。
木材や鉄板を職人がどう加工したって、球を投げる魔物は造れない。人智を超えている。そして人智を超えているのだから、やっぱり神だ。つまり妄想第二説になってしまう。
「リナ様、一つ質問してもよろしいでしょうか」
「カズヤ様! なぜカズヤ様が敬語などお使いになるのでしょうか?」
「さっさと聞きたいことは聞いたら?」
むしろ、俺が敬語を使わない理由がどこにあるんだよ。この程度の適当な敬語では、礼儀知らずでどんな目に遭うかも分からない―――はず。
その常識は既に崩壊しているって? ほっとけ。
「先ほどからの話はすべて、この世界でナツミただ一人が神に目をつけられたという前提ですよね? ですが、ナツミだけを狙う理由は何でしょうか」
「理由ですか? もうお分かりではないのですか?」
「あの特別な力…のことですか。他にもそういう力を…」
「私の推測では、お姉さま以外誰もいないと思います。お姉さまの力は、この世界の理を超えたもの。それを…、この世界の理の側が正そうとしていると考えています」
「い、いくら何でもそんな大袈裟な」
リナ様の話はあまりに壮大で、とても同意できるものではない。というより、話が大きすぎて理解が及ばない。
―――――いや?
「あれ? ちょっと待ってください、リナ様。魔物は確か、ナツミが生まれる前から出現していましたよね?」
「ええ」
「それじゃあ…」
「お姉さまに似た力を持つ者は、かつては複数いたようです。人間離れした怪力、遠くの音を聞き取る力…など、ウセンゲン周辺にもいたことは確認できます」
つまり、そうした異能の者たちを排除するために、魔物が生まれ続けていた? うーん。
「実際に魔物によって命を落とした人もいたそうです」
「え…」
「信じられませんか?」
「いや、その…」
正直、頭が働かない。
俺が見た限り、ナツミが魔物に負けそうな様子はない。ネマリガ相手には余裕すらあったし、イッテーツも次なら楽勝だろう。
ただし、それは何の間違いも起こらないという意味でもない。運が悪ければ、タケ何とかに刺されて死ぬ。それが、寿命で死ぬまで続くというのか?
「リナ。もう帰る」
「ダメですお姉さま。まだ一番大事なことをお話ししていません」
「だ、大事だとは思わないから」
「まぁまぁお姉さま。座ってお茶でもどうぞ」
「ち、近い…」
ずっとそわそわしていたナツミが、強引に話を打ち切ろうとした。しかしリナ様は、さっきまでの態度が嘘のように、こちらも強引に椅子に座らせてしまう。
そしてそのまま後ろから羽交い締め。近いなんてもんじゃない。良く言えばそれだけ仲がいいんだろう。ああ、余計なことは考えないぜ。
「あの…」
「カズヤ様お待たせしました。では魔物、の話です」
「すみません。やはりそれは聞かせてください」
(聞かなくていい)
これまた強引に心の叫びが挟まってきたが無視。
自分が魔物と呼ばれて、黙って帰れるわけないだろう。
しかし。
結論から言えば、聞かずに帰った方が良かったと思う。
「神はさまざまな手段で、お姉さまを排除しようとしています。それが魔物です」
「という前提なのは理解しました」
「だけど、今までの魔物は、お姉さまには通用しません。そこで魔物に新たな種類が生まれた、それがイッテーツなのでしょう」
通用しなければ攻め方を変える。その説明は分かる。
ただ、イッテーツは人間を排除するという感じには思えなかった。むしろ、仲良く遊ぼうとしているとしか―――。
「そして、イッテーツ討伐にカズヤ様の頭の記憶が役立ったのは、偶然ではないでしょう」
「そ、それはいったい?」
「神は魔物を呼ぶにあたって、こことよく似た別の世界を利用した。カズヤ様、向こう側にお姉さまのような力を持つ者はいるでしょうか?」
「え? む、向こう側?」
「今、確かめていただけませんか?」
「あ、え、……は、はい」
……言われるままに探してみる。
もっとも、結論は探す前から分かっている。だって、どこにも存在しないから、魔女なんて言葉があったんだ。
むすっとした表情で黙っているナツミを横目に見ながら、結論を出す。
「記憶を確認した範囲では、いないようです」
「やはりそうですか」
「それはつまり…」
「お姉さまのような能力をもつ者がいない。それだけが違うだけのそっくりな世界を使って、こちら側の歪みを正そうとする。だからその違う世界の記憶を直接こちらに持ち込めたらいいとは思いませんか?」
「は、はぁ…」
早口でまくし立てられ、一瞬思考が飛びかけるが、不機嫌女の顔がちらっと見えたおかげで体勢を立て直す。
一応、筋は通っている…と思う。
そんな程度で歪みをただせるのかはさておき。
「えーと、つまり俺は、ナツミ討伐のために造られた魔物だと」
「ご両親をご存じないことが、そういう理由なのかは私には分かりません。ただ、別世界の記憶は間違いなくその目的でしょう」
断言するのか。親の話まで出されて、さすがにちょっとむかついた。
というか、俺の親の記憶がないなんてことは、ナツミにも話してないぞ。なぁナツミ、勝手に記憶を覗いたのか?
(ゲンさんに聞いた)
えっ?
(身請けするのに必要な情報は聞いた)
(あ、ああ…)
不服そうな声でつぶやくなよ。日頃の行いが悪いんだろ。
ゲンさんには……、まぁ拾われた時にしゃべった気がする。一言告げて、それ以上の詮索はなかったし、もう忘れているかと思った。
まぁいい。一応事情は分かった。それで―――。
「リナ様。いろいろ説明いただきましたが、やはり分かりません。結局、なぜ私が選ばれたのでしょうか」
「よくぞ聞いてくださいました! カズヤ様!」
「えっ!?」
いきなり立ち上がったリナ様。その大きめなアレがゆっさゆっさして、いろいろ混乱する。
「カズヤ様なら、必ずお姉さまと巡り逢われるからですわ!」
「………はぁ?」
「お姉さまの好みなのです! カズヤ様は、お姉さまが必ず一目惚れしてしまう御方! つまり将来の私の兄上様なのです!」
その瞬間、羽交い締めが解けていた女が立ち上がって…、熱く語る相手を思いっきり殴った。
――――。
目の前が真っ白になる。まさか、そんな。
「いったーーーーい」
「帰る!」
「お姉さま、いくら恥ずかしくても暴力はいけません。お姉さまが本気になったら死んでしまいます」
「…………」
ナツミはリナ様を殴った。
もちろん、魔物への攻撃とは全く異なっていて、リナ様を傷つける危険性はなかったと思う。それでも、俺だったら耐えられない。
しかし、リナ様は言葉のわりにあまり驚いた様子がなかった。それだけ信頼関係があるのか。というか…。
「えーと…」
「帰る」
「お姉さま、カズヤ様! 式の準備はお任せください!」
とりあえず、この場に留まるのは辛い。ナツミが真っ赤な顔で外に出たので、金魚の糞ということで一緒に逃げ出した。
※次で一章完結。続きを書くモチベーションがないので、いったん完結する予定。




