十三 未来視の王女と最終少女、おまけつき
高い石垣に囲まれた王宮内の道。三人が向かったのはその中心部ではなく、兵士隊の駐在施設だった。
兵士隊の本部は王宮の北にあって、普段はその一部が警備兵として王宮に駐在している。特に何の事件も起こっていない日中なので、施設前の広場では木刀で稽古をする兵士の姿が見えた。
「お久しぶりです、ナツミ様!」
「不敬の徒にそんな態度で、ちゃんと警備ができるのかしら」
「はは、ご冗談を」
兵士たちはよく訓練されていて、兵士隊長と元王女護衛の後ろにいる怪しい男を、油断なく監視している。まぁ当たり前だな…と、怪しい男は思う。
もちろん、怪しいけれど隊長の引率なので、咎められることはない。他愛のない挨拶を交わし、軽口も飛ぶ。兵士たちとナツミが長い付き合いで、そしてナツミが慕われていることは分かった。
王宮勤めの兵士は特に選抜されているそうで、みんなガタイがいい。しかもイケメン揃い。女性としてはかなり長身のナツミも、囲まれれば普通の女の子に見える。これでナツミの方が強いとは想像できないな。
兵士たちの休憩所を兼ねた施設は、中に入ってみれば相当な奥行きがあった。
手前の辺りは、清掃が行き届いているとはいえそれらしい光景だったが、屋根付き渡り廊下を通った先は、兵士には似合わない落ちついた雰囲気に変わる。前方には細長い形の池と、きれいに手入れされた庭園が見えている。
「カガミも同席する?」
「それは遠慮しておく。必要な話なら、後で伝わるだろう」
「分かった。ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
「カズヤ君。期待しているよ」
「え?」
な、何を? 尋ねる間もなくカガミさんは去って行く。
代わって現れた女性の案内で向かった先は、庭園の中央の東屋だった。
ここまで、今日の目的を聞かされないままの自分でも、覚悟はできている。
まさかこの流れで、庭師の手伝いや池浚いなんて話はないだろう。
「来ましたわね。とうとう…」
「ええ」
東屋にいたのは、絵に描いたようなお姫さま。
白いドレス姿で座ったまま、深々と帽子を被っているので表情は窺えないが、その声は相手を威圧するようだ。ナツミは平然としているが、側にいる自分は思わず足が竦む。
どう考えても、ここに俺がいるのはおかしいだろう。
「貴方は…、カズヤですわね」
「は、はいっ」
「そう。…予想の百倍いい男ですわ」
「そんなことは予想できないはず」
「あらー? 友人として予想してさしあげただけですわ、ナツミ」
しかし、ピリピリした空気はすぐに緩んだ。何の話題なのやら分からないが、どうも自分は褒められたようだ。そして、それは本題ではない、と。
うーむ。
二人があまりに親しそうなので、余計にここにいるのが辛くなる。
結局、東屋の円いテーブルを囲む形で、カミナギ王女様の正面にナツミ、その隣に俺が座った。正直、この状況で座るのにはかなり抵抗があったが、他でもない王女様本人にうながされたので仕方がない。
そこに侍女がお茶と菓子を運んで来る。
侍女は離れ際に俺をちらっと確認したように見えた。さぁ困ったな…。
「出されたお茶は冷めないうちにいただくものですわ。……私はナギ。ナツミとは腐れ縁の大親友なのよ」
「いつも好き勝手な第一王女。あまりに身勝手過ぎて、側近にも愛想を尽かされた」
「という関係ですわ。よろしく」
「………は、はぁ」
侍女が去ったところで、帽子をとった王女様。それはまるで動くお人形のように整った顔。あまりに非現実的なその姿に一瞬呆気にとられるが、猛毒混じりの会話ですぐに正気に戻る。何だよこの息ぴったりな二人は。
一瞬で王女様の性格が分かったのが、全然嬉しくないのは気のせいじゃないよな。
「あ、あの、お毒味は…」
「不要ですわ。私の大親友がお飲みになったものを、口移しでいただきますのよ」
「え……」
「本気にするからいい加減にして」
「いつになったらナツミは私の唇を奪ってくれるのかしら」
……逃げていいか?
王女様は既に、最初の位置からずれてナツミに近づいている。いろいろ理解が追いつかない。
ナギ様――そう呼べと言われたので仕方ない――とナツミは、十年以上にわたって公私を共にしていた。同い年で、主従関係というよりは親友同士。それはナツミが王宮を離れた今でも変わりはなく、こうして時々会っているという。
その辺は、さっきカガミさんに聞いた話ともだいたい符合するし、目の前で軽口をたたき合う二人の仲が良いのも分かる。
ただ分からないのは、なぜそんな場に自分が呼ばれたのかという一点だけ。
「カズヤ。貴方はもう…、ナツミの力を御覧になったかしら」
「え? ……そ、それは」
いきなり答えにくい質問を受け、慌てて隣を見ると、ナツミは頷いている。
………。
「物を作る力なら、見せてもらいました」
「じゃあ、当たりましたのね」
「え、えーと?」
「そういう者だったことは間違いない。予言通りに」
予言?
口にし辛いので心の中でつぶやいたが、ナツミには届いたらしく、かすかに彼女が微笑むのが見えた。
そうして知らされた過去。ナツミはナギ様が見つけた孤児だった。そう、見つけた。
ナギ様には、未来を知る力がある。それを知るのは王室の一部とナツミだけが知っていて、今俺がそこに加わった。
未来予知といっても、例えば明日の天気が分かるわけではない。自分の意志で予知は出来ず、前触れもなく何かを見るという。
そんな王女が最初に見た、明確な未来。それは鮮血に染まる少女だった。
幼い頃の記憶をもたず、兵士街の空家に住み着いていたその少女を探し出して、そして自分の護衛とした。王女様にとっては、生まれて初めて押し通した我が儘だった。
「叔父上には、どこの馬の骨とも分からない女を引き入れるなと罵られましたから、それなら私の養女にいたしますわ、と返してあげましたの」
「子どもの浅知恵よ。本当に養女にしろと言われたらどうする気だったの?」
「もちろん、ナツミは私の娘になりますわ! 今からでも手続きできますわよ!」
「この国の将来が心配になるでしょ? カズヤ」
「心配だから王制を否定なさって追い出されたそうですわよ。何という忠義の臣でしょう。どう思うかしら、カズヤ?」
「え………」
それを俺に振ってどうするつもりなんだよ。いや、困らせるつもりなのは分かってるけど、さすがに王女様におかしなことは言えないわけで。
というより、ナツミはいくら何でも遠慮しなさすぎだろう。
「ナツミは私が見つけた最終少女ですわ」
「さすがにもう少女は無理」
「いいの。老いて死ぬまで、貴方は少女ですから」
最終少女。
何だかさっぱり分からない二つ名? 違う。ものすごくよく分かる。最終って部分だけは。
予言を元に見いだされた少女ナツミ。武芸の才能は圧倒的で、七歳にして兵士隊を相手に負け知らずだった。その実力は、国王以下の面々に、王女の護衛という正式な地位を認めさせるには十分だったらしい。
ただし、それは彼女の能力のごく一部でしかない。
表向きは最強戦士の称号だった最終少女は、本当は人間を超えた唯一者を意味していた。人間にできるはずのないとんでもない能力をもっていること。それはナツミとナギ様だけが隠し通してきたそうだ。
そしてその最終少女に匹敵する能力者を、ナギ様は知った。カズヤという男? ああ、俺俺、俺だよ俺。
「カズヤ。貴方は恐らくまだ、自分の価値を量りかねているのでしょう。ナツミは肝心なことをお話しにならない意地悪な方ですから尚更です」
「意地悪なんてしたつもりはないの。ねぇ?」
「どうせ衣食住で恩を押しつけたのでしょう。ナツミはこんなにいい匂いなのに、案外料理もできるのですから」
「まさか、勝手に押し売りされて迷惑しているの? あれだけ無駄飯喰らってるのに? カズヤ」
この二人、どうにかしてくれ。王女様は一部を除いて的確すぎて困るし、ふて腐れたフリで同意を求めてくるナツミにも困ってしまう。
だいたい、さっきから目のやり場にも困っている。
最初は向かい合って座っていたのに、いつの間にか女性二人は密着して、それどころか王女様はナツミの膝枕で横になろうとする。ナツミが仕方なく膝を出すと、王女様は頭を載せるだけで終わらず、膝の弾力を楽しんで、挙げ句の果てに上の方にある大きな二つのあれを触りだした。ナツミが払いのけては王女様が手をのばす繰り返しだ。
そうだよ、料理の腕と匂いは関係ないんだ。全く、仲がいいにも程があるだろう。
「カズヤ。一つだけお願いがありますわ」
「な、…なんでしょうか」
そうして膝枕のまま、急に真面目な声に変わったナギ様。
「貴方がどう変わるかで、この世界も変わる」
「………あの」
「乗っ取られないだけの自分をもちなさい。そうすればナツミも救われます」
救う? いったい何を言おうとしているのか全く理解できない。
もっと説明をしてほしい…けれど、言いたいことが終わったらしく、王女様は元護衛の胸に埋もれて匂いを嗅いでいる。ああ何だろう。ナツミが不敬を働いた理由が少しだけ分かった気がするよ。
※ナギ登場。正式名はそのまんまだけど、そもそも日本の話じゃないので、たぶん意味は違うはず。




