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十二 時には解き放たれた野獣のように

 翌日。生まれた瞬間以来と思えるぐらいすっきりした身体で、目覚めも良好。頭の中に邪悪な声が響く前に、ちゃんと一階に下りることも出来た。


「誰が邪悪?」

「邪悪な強盗は去った。気持ちのいい朝だ」

「貴方って、信じられないほど口が達者ね」

「お前だけには言われたくない」


 相変わらず魔女神様と邪悪魔女を行ったり来たりするナツミと、朝飯の準備をしている光景は、まるで噂に聞く新婚生活のようだ。

 あ、ヤバい。

 余計なことを考えたら急に緊張してきた。


「今日は出掛けるの。時間も決まってるから、くだらない妄想はやめてね」

「海よりも深く反省」


 ………。

 それっきり無言になった。向かい側で食べている彼女の耳は真っ赤。たぶん自分もそうだろう。見えないけど。

 お互い、慣れない妄想はやめよう。ついでに、用もないのに俺の頭の中を覗かないでくれ。お前のことを考えていたけど、伝えようと意識はしていないんだ。



 食事が終わると、着替えとなった。

 俺の服は、すべてナツミが買い揃えたもの。それまで着ていたボロ着は古着屋に置いてきた。引き取って仕立て直すわけではなく、今ごろは雑巾になっているはず。

 で。


「今日はこれを着て」

「……えーと」

「何? 私がいたら邪魔?」

「どうやって着るのか分からない」


 彼女が用意したのは、恐らくはこの国の兵士が着るような上下だった。ようなというか、そのものなのかも知れないが、なぜ持っていると最初の疑問。男物だから、彼女が元兵士だったという話でもなさそうだ。

 ナツミは簡単に上下の説明をして、順番に着ろと言って部屋を出た。一人になってみると、改めて俺が兵士のような格好をする理由が分からず困惑する。困惑するが、今さら拒否できる空気でもないので言われるままに身につけた。


「ボタンを掛け違えるなんて、どこのおとぎ話?」

「最初は誰だって初心者なんだ」

「貴方ってこんなに減らず口ばかりだったっけ」


 お前も…と返しづらくなってきた。俺はただ直立不動で、されるがまま。明日やれと言われても無理だと断言できる。

 とりあえずそれなりの格好になったところで、一階で待つよう命じられた。兵士姿で指図されると、完全に主従関係だな。

 その後、しばらく彼女は戻って来なかった。女の着替えは長いと噂に聞く。やることもないので、風呂に行ってみる。入りたいわけではなく、鏡で自分を確認しようと思ったのだ。

 ……………。

 あれ?

 気のせいかも知れないが、本当に兵士の服装なのか? 何だか、もっと立派な何かに見える。上についてる冴えない顔だけ、誰かと取り替えたくなるほどに。



「お待たせ。そろそろ迎えが来るわ」

「あ、あぁ…」


 やがて戻って来た彼女は、思いがけない姿。二度見してしまった。


「じろじろ見ないで」

「あ、そ、その、申し訳ない」


 さほど長くない髪を束ねた彼女は、白い上下を着ていた。

 襟のついた上着、何だか高そうなズボン。どうしようもなく貧弱な語彙で、その姿を伝える術がないけれど、ともかく兵士に似ているがたぶん違う。

 よく分からないけど、偉い人の家の護衛のような人の衣装に見える。

 そんな人種とはほとんど縁のない人生を歩んでいるので、はっきりしているのは俺より偉そうだというだけだ。

 そして困ったことに、彼女の身体の凹凸がよく分かる。できればいつものコートで隠してほしいが、さすがにこの衣装の上には着ないだろうな。ああ、目のやり場に困る。



 例の腕時計を確認していたナツミは、外で嘶く声を聞いて立ち上がった。どうやら出発らしい。

 分厚い家の扉を開けると、いつも花だらけの庭。どんな花なのか俺にはよく分からないけれど、色とりどりに咲いている中を歩くほんのわずかな距離。

 彼女はその一つに、ふと口づけして、無言で馬車の前へ。

 その瞬間、世界が停まったような景色。誰かの身体を動かすように、俺は後を追う。


 通りには冗談抜きに馬車が停まっている。もちろん一度も乗ったことはない。あ、荷台ならあったか。

 もう既に覚悟は出来ているが、行き先はただならぬ場所のようだ。


「アミブ、いつもお疲れ様」

「お待ちしておりました。…今日はお二人ですか?」

「ええ。この者の身分は私が保証します」

「………ではこちらへ」


 覚悟は出来ているけど、出来れば着くまでに少しは教えてほしいなぁ…と、頭の中でも訴えてみるが、並んで乗り込んだ白装束の格好いい女にはあっさり無視された。

 それよりも、俺みたいな得体の知れない男を平然と乗せるってどうなんだよアミブさん。まぁ、まだ行き先が奴隷市場って可能性もあるわけだけどさ。


 馬車は兵士町を抜け、半円二つの石橋を渡る。そこからウセンゲンの中央通りを進んでいく。

 思ったより乗り心地の良くない馬車に戸惑い、それ以上に勝手が分からずガチガチになっている自分。隣の女は、乗り込んでから一言もしゃべっていない。

 かすかな期待があった討伐者組合の方には行かず、そのまま中央通りの広い石畳を進む馬車。もちろん街路はどこへだって通じているが、この道をまっすぐ進んで行けば、何に突き当たるかぐらいは知っている。

 というか、さすがにそれはないだろう? 必死に隣に問いかけ続けるが、完全無視。絶対に伝わっているはずなのに。



 やがて大きな広場に出る。時々名前が変わる広場だそうで、今は何だっけ、思い出せない。

 その広場の先には王宮の門がある。ウセンゲンは小さな国家なので、王宮もこじんまりとしたものだが、装飾はけっこう派手だ。まさかそんな…と焦っていると、ギリギリで道を折れた。

 良かった。さすがにそれはないよな。



 やがて馬車は停まる。

 降りてみれば、そこには質素な門があった。


「ありがとうアミブ。彼女にも伝えておくわ」

「いえ、お気遣いはいりませんナツミ様。それでは」


 どこかの貴族のように上から感謝を伝え、ナツミが歩き出す。

 仕方ないので俺もついていくが、この門って確か…。


「ナツミ、しばらくだったな。そして後ろの彼がそうか」

「カガミも元気そうね。彼はカズヤ」


 門…要するに王宮の通用門には、立派な兵士の格好をした男性が立って、ナツミと親しげに話している。

 兵士の格好どころか、たぶん兵士なんだろうな。


「はじめましてだな。僕はカガミ、王宮付の兵士隊長を拝命している」

「は、はじめまして。カズヤです。今日はその…」

「何も用件は伝えられてないのだろう? 心配ない、ナツミはそういうヤツだからな」

「どういうヤツ?」


 兵士隊長と親しげに話す時点で、既にこちらの常識の範疇を超えている。とはいえ、俺が何も知らないまま騙されていると理解してもらったのは、正直ありがたい。

 まぁ要するに、誰だろうと説明不足で騙し討ち上等ってわけか。


「一応、僕から簡単に伝えておこう。全く知らないままでは、どんな不都合があるか分からないからなぁ」

「任せるわ」


 そうしてカガミさんが教えてくれたことは、控え目に言ってとんでもなかった。なのに落ちついて相槌を打っていたのは、もう驚くのに慣れてしまったからだ。

 まず、ナツミはこの国の第一王女カミナギ様の護衛だった。七歳の時に側に仕え、十年以上もその任にあった。

 そして国王に不敬を働いたという理由で、表向きは追放されたらしい。表向きという言葉を、カガミさんはやたら強調していた。


「討伐者になったのは、じゃあその後だったわけですか」

「いや、王宮仕えの頃から関わっていたぞ。あくまで組合から隠れて依頼される仕事だが、そこで名誉Aランク、辞めてから正式なランクになったはずだ。そうだろ?」

「どうでもいい話」


 名誉ランクという謎の言葉に戸惑う。どうやら護衛と討伐者は兼務できないと、そういうことらしいが。

 それにしても、追放されたナツミが、平然と王宮に入って行くのに違和感がある。正門じゃないからいい…わけはない。そもそも正門は国の行事でしか開かないのだから、通用門が事実上の出入り口なわけで。


「カズヤ君。君が心配するようなことはない。不審な侵入者として捕まって処刑されるようなことはない」

「そう。どんなに不審な侵入者だったとしても大丈夫」

「あの…。不審な侵入者という前提で話してますよね?」

「違うの? まさか貴方は自分が王女の新しい護衛に選ばれるような品行方正な…」

「おや? 前任が品行方正だったという話は聞いたことがないなぁ」


 二人の悪のりに、さすがに緊張感が解けてくる。はっきり言って、解けてはいけない状況だというのに。

 ともかく、三人で通用門をくぐった。通用門だから、出入り業者なども通っているとはいえ、まさかの王宮入り。俺なんて、たとえ犯罪者としても入る日は来ないと思っていた。


「僕は今でもナツミに帰って来てほしいと思っているよ」

「私は私の仕事をしなければならない。護衛のままではそれが出来なかっただけ」


 まるで求愛の言葉のようにカガミさんはつぶやいた。ナツミの返答も急に真面目になって、二人の世界になってしまう。

 もっとも、カガミさんはあくまで、彼女の能力をかっているに過ぎないようだ。

 親子ほどの歳の差がありそうな二人だけど、ナツミがカガミさんの師匠。それだけではなく、王宮の兵士隊にナツミが稽古を付けていたらしい。わずか十三歳ぐらいの頃から。


「ナツミは本物さ。僕は今でも全く歯が立たない。それだけの人物が外に出るには、よほどの理由が必要だった」

「王家なんてどうでもいいと思っている。本気で」

「ま、こういうヤツだし」


 王宮の中で堂々と言ってのけるナツミに、さすがに呆れた。

 とはいえ、この訪問を嫌がっている感じもない。少なくとも、第一王女との関係は悪くないのだろう。無茶苦茶な話を詰め込まれたせいで、だんだん冷静になっていく自分が怖い。



 え? 今からどこへ行くのかって? 知るか!

 分かったのは、カガミさんも大事なことは教えない性格だということだけ。そうじゃないと王宮関係者は務まらないのか? まさかね。


※カルメン・マキとは無関係です。断わる必要はあるのだろうか。

 一応、次の話まで5月中に公開予定。原稿自体は、二つめの魔物退治まで終わっているけど、焦って公開することもないだろうし、あまり時間をかけられない状況もあるので。

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