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十一 女神天使魔女神様、そして入浴

 素晴らしい一夜はあけた。

 ナツミの自宅の二階に、強盗から俺を匿うために与えられた部屋。そこには疲れた旅人を誘うようにベッドが置かれ、吸い寄せられてしまった俺は、あっという間に意識を失っていた。

 ヤバい。世の中にこんな贅沢があったのか。

 ベッドは、程よい弾力で俺の身体を包む。安宿のベッドとは、同じ名前で呼びたくないほど違う。ああ俺は今も吸い付かれて、身動き一つ取れない………。


「居候のくせにいいご身分だこと」

「は、や、あ、その、おはようございます!」


 いつの間にか部屋の扉が開いていて、生暖かい視線がこちらを向いていた。

 いやーこりゃまいった……って?


「すぐに下りて来て。貴方に用があるから」

「はっ!」

「何? その返事」

「いや…」


 朝のナツミは、黒髪を後ろで簡単に括ったラフな姿。だけど女神か天使。それに、羽織ったシャツの盛り上がりがすごくて、これまた神。どうしていいか分からなくなる。降りてこいと呼ばれたんだけど。

 とりあえず一階に下りて、外の川の水で顔を洗った。

 屋敷の周囲は、木板にヤニを塗って焼き目を付けた塀で覆われている。そしてこの川は、水量は少ないが塀の中で湧いていた。なので、少なくともこの水を飲んで毒殺されることはなさそうだ。


「はい、ここに座って」

「………炊飯器?」

「貴方が教えたのに疑問形なのはなぜ?」

「そんなこと言われても」


 テーブルの上には、俺が教えた記憶をナツミが実体化した、例の炊飯器が置かれている。

 相変わらず、その向こうには女神天使――どうせなので折衷した――の笑顔。あ、魔女だったっけ。何だかその名前は褒めてる感じがしないからなぁ。

 うむ。そんなことは置いとけ。


「で、どうやって炊いたんだ?」

「炊いてってお願いした」

「…………」


 眩暈がした。その返答のバカバカしさと、上目遣いにポーズをとってつぶやく破壊力が絶妙に入り混じって、そのまま昇天しそうだった。

 とはいえ、瞬間的にはそうでも、やはりバカバカしさが勝る。当たり前だ。


「その…」

「カズヤもやってみて。それが方法なら、貴方の声でも動いてくれるはず」

「いや、それって本気で言ってるのか?」

「本気も本気。ねぇ、お願い」

「う…」


 いくら何でもその発想はないと思うが、上目遣いのあれを何度もやられると、炊ける前に心臓が止まる。

 ……し、仕方ない。


「す、炊飯器さん。炊いてっ!」

「………」

「…………」

「………」

「……………」

「上目遣いの角度が悪かったのかな?」

「んなわけあるか!」


 予想通り何も起こらず、ただ俺は恥をかかされただけ。目撃者はどうせ一人だから、もうどうでもいいや。

 ナツミはため息をつきながら、役に立たない炊飯器を片づけた。ため息をつくべきなのはこちらだと思う。

 炊事場では既に竈炊きの米が炊けていた。最初から予定に入ってなかったわけだ。


 そうして、適度な労働の後に朝食をとった。

 山盛りの米、具だくさんの汁、さらに香ばしい匂いの肉まである。朝からこれが食えるなんて、すごいぜ女神天使様!


「そこの皿のも貴方が食べるのよ」

「え?」

「子どもじゃあるまいし、まさか野菜嫌いなんてことないでしょう? それとも、得体の知れない女の作った朝食は…」

「た、食べる、食べるって!」


 野菜は苦手なんじゃない。何も食べるものがない時、その辺に生えた草を食っていた記憶が蘇ってしまうだけだ。

 生臭くて筋っぽいその辺の草とは違い、お皿に盛られた葉っぱは普通にうまかった。肉と交互に食べるとさらにいける。ああ、何だか人間に近づいた気がする。完璧に餌付けされたとも言う。



 腹がちぎれるほど食べた後に、彼女は再び炊飯器を持ち出した。そして隣には、討伐前の野営で作った腕時計も。

 腕時計は今も動いている。さらに隣には、職人が作った懐中時計も並べられたが、腕時計の方が圧倒的に精度が高いという。


「実を言うと、これがどうやって動くのかは分かる」

「え? なんでだ?」


 ……ナツミが言うには、実体化した時に、その使用方法も頭に入ってくるらしい。何だよそれ、反則過ぎるだろ。

 要するに、炊飯器の動かし方も分かっていた。お願いしたから動いたわけじゃない…と、俺はからかわれたんだな。


「それじゃ、一つが出来たら、同じものをいくらでも作れるということか」

「ところが、カズヤが一攫千金を夢見てもうまくはいかないの」

「夢見た記憶はない」


 動かし方は分かったが、同時に分かったこと。動かすために必要なものがこの世界には欠けていた。

 それは、電気というものらしい。


「貴方なら知っているはず。電気の知識を、私に読めるようにしてほしい」

「人使いが荒いなぁ」

「タダ飯喰らいの…」

「分かりました女神天使様!」

「何それ」


 思わず余計なことまで口にしてしまい、問い詰められた。

 というか、じと目で見つめないでくれ。お前の眼力でいつでも俺の心臓は止まる。


「私の呼び名は魔女でしょ? 勝手に変な呼び方しないで」

「いや、だからなぁ、魔女と呼ぶより女神天使様の方がありがたさが増すというか…」

「思いついた単語を連ねただけでありがたくなるとは初耳」


 ……ぐうの音も出ない。とりあえず、女神天使様は禁止された。短い命だった。

 で、そろそろめが…魔女の機嫌が悪くなりそうなので、目を閉じて記憶を探す。

 記憶の中で、電気に関わるものは無数にある。本当に数え切れないほどに。つまりそれは、日々の暮らしの中で当たり前のようにあって、それがないとまともに生活できないような何からしい。

 うーむ……。どうやって絞り込むんだ。


(電気のすべてを探しても仕方ないわ。炊飯器の記憶だけでも毎日あるでしょ? もっと、電気って何?、とか、電気のこと教えて?、とか具体的に)

(言い分には同意するが、当たり前のように人の頭の中で会話しないでくれ)

(仕方ないじゃない。記憶を読み取るのが目的なんだから)


 ………。お節介なアドバイスに従っていろいろ工夫すると、どうにかそれらしい記憶が見つかった気がする。


(なるほど)

(悪いが、その先は頭から離れてくれ。こっちが落ち着かない)

(残念)


 小声でつぶやいても聞こえる距離でこんな会話をするのは、ただの横着だ。そうだろ?


「貴方の言う通り、です。これでいい?」

「…………まぁいいけどさ」


 記憶からどうにか読み取れたこと。電気というのは、雷が落ちた木が焼けるとか、寒い日に鍛冶屋であちこち触るたびにビリッと痛みが走るとか、そういう現象を引き起こすもの全般を指すらしい。

 そして向こうの世界では、人の手で電気を作り出し、その電気がもつ力をいろいろ利用する。炊飯器は、縄のような何かを通して外部から電気を流す。腕時計の中には、電気を貯めるものが内蔵され、その力がなくなるまで動く。調べてみれば、結構いろいろ分かった。

 だから、だ。


「このことをお前は知らなかったんだよな? ならどうやって炊飯器を動かしたんだ?」

「何かを流すとは分かったから、何かを流したら動いた」

「模範的な無意味回答だな」


 電気が何か分からないので、自分が作り出せる何かで、電気かも知れないものがあったら流れろと命じた。するとなぜか動いて、あの米が炊けたという。

 どう整理しても理由が分からない。いや?


「もしかして、作ったのか?」

「かも知れない。動かせる力を指定して」


 炊飯器を作ったのと同じように、電気も作った。そんなことで動かせるなんて、やはりナツミはあり得ない。正直、俺やノージョがひっくり返っても比べようのない力だ。



 その日は休息日となった。

 確かに疲れていたからありがたい。しかし、穀潰し度がマシマシでどうしようもない。


「せめて、俺の報酬がどうなったのか教えてくれ」

「何のために?」

「そこからさっ引かれていると認識したい」


 全くの穀潰しよりは気が楽になると訴えたら、苦笑しながらナツミは教えてくれた。

 で。

 唖然とした。


 ゲンさんが俺に支払っていたのが、一日あたり銅貨五枚。そのうち三枚を住居代として引かれ、一枚で屋台一食分だから、二年経っても一文無しだ。

 対して、今回の討伐報酬は金貨四枚。そしてネマリガの売却で金貨五枚。合わせて九枚を三等分したから、俺は金貨三枚を得たことになる。

 町の兵士が一年働いても金貨一枚には遠く及ばない。とんでもない収入なのだ。


 報酬の金貨四枚は、最低でも十人以上が組むという前提で決められていた。それを三人で済ませた上に、支払いを減らすためにいろいろ付けられていた条件をクリアしてしまった。


「三等分っておかしいだろ。ノージョは納得したのか?」

「最初からそういう約束だった。彼は彼で納得しているはず」


 納得したらまずいと思うが、事実として三等分された。そして、そこからナツミが俺のために使った費用を引いても、現時点で金貨二枚と銀貨数十枚は残っている。


「だから貴方は、三年ぐらいは穀潰しできる。目指せ穀潰しのベテラン」

「すっからかんになるまで居座るバカはいない」

「そう? すっからかんになったら誰にも狙われなくて安心かも」


 そりゃ三年も経てば、強盗だって諦めるだろうさ。

 何だか考えるのがバカバカしくなって、その日一日部屋でゴロゴロしていた。



「今日はもう一つ用件がある」

「それは仕事、か?」

「財産を手に入れると、手放したくないという欲がわく。人はあさましくなるの」

「何を勝手なことを」


 夕暮れ前に食事を済ませて、ランプに火を入れると、ナツミはまた何かを作りたいと俺を呼び出した。

 会ってまだ数日だって言うのに、便利に使いすぎだろう。


「それで、何を企んでいるんだ」

「風呂」

「風呂?」

「夜にはそこで身体を洗う。そうでしょ?」


 ………言われてみれば、ぼんやりとそんな話があった気がするが、なぜそれをナツミが知っているのか。そう聞いてみると、炊飯器の記憶に紛れていたという。つまり、メシを食って風呂に入る…といった形で。

 そこからナツミは、風呂が身体を洗う場だと推理したが、その推理では実体化はできなかった。彼女の能力もそこまで万能ではないのか。


「いったいどういうものなのか知りたい」

「まぁ…、その程度なら」


 所詮は身体を洗う場。どうやら向こうとこっちの人間の身体に大差はないようだから、特に驚くような何かではないと思う。

 そうして風呂の記憶を探す。

 それは簡単に見つかった。毎日のようにあったから、彼の日課の一つだったようだ。


「伝わったか? こんな感じのようだ」


 もっとも、見つかる記憶はそれほど鮮明なものではない。炊飯器だって、ぼんやりとした輪郭程度だったわけで、俺自身は取りだした記憶を読み解けない。


「ありがとう。ではさっそく…」

「さっそくって? まさか作る気か?」

「それ以外に何をすると言うのかしら」


 普通はそんな程度で作れない…と言うだけ無駄か。

 ナツミは炊事場の奥、屋根付きの資材置き場のような場所に向かう。

 すると、景色が歪んだ気がした。

 歪んだというか、床が伸びて一階が広がっていく。数秒で拡大した外れの辺りに、さっきまでなかった扉が出来ている。ああ非常識。


「まさか、この家はそうやって建てたのか」

「職人には頼まなかったわ。怒ってる?」

「いや、別に…」


 だから首傾げないでくれ。

 だいたい、俺が職人の元にいたことを言っているなら、お門違いだ。

 彼らはそれなりに職を全うしていたが、腕が立つと思ったことはない。だから弟子入りする気にもなれなかった。

 この家は、建材の質も加工の質もあり得ない精巧さだ。それを実現出来る能力には素直に感心する。そしてこの質で家を建てるほどなのだから、ナツミが作るものはどれも再現性が高いに違いない、とも。


「へぇ、こんな感じなんだ」

「……これが風呂なのか」


 そして中を覗いた。お湯の張られた桶のようなものがあり、あとは何かいろいろ壁に刺さっているのを確認した。

 というか俺はさておき、作ったナツミがなぜ驚くのかと思ったが、作ると命じた時点でそこまで鮮明に理解はしていないらしい。

 曖昧な記憶をどうやって再現するのか。相変わらずよく分からない…というより、都合良すぎだろう。


「先に使っていいでしょう? それとも一緒に入ってみる?」

「冗談言わないでくれ、いろんな意味で死ぬ」

「別に構わないけど?」


 それ以上つき合うとろくな目に遭いそうにないので退散する。あの身体が脱ぐなんて想像したら、さすがに自制できない。



(起きなさい、カズヤ)

「うおっ!」


 一応は順番待ちの間、部屋のベッドに横たわっていたが、気がつくと寝ていた。そして頭の中の声で起こされる。

 ………。

 ナツミは部屋にいない。多少は離れていても話が出来るとは知っていたけど、眠っている時まで覗かれるのか。やれやれ…と、仕方なく起き上がって一階に下りた。


「気持ちよかったわ。同じものを作らせたら大儲けできるかもね」

「か……、金儲けはしないんだろ」


 相変わらずの軽口を適当に流そうとしたが、声が震えた。どうにかごまかしたと思う。

 濡れた髪の女が、シャツ一枚で下は履いているのか分からない格好で立っていた。胸の主張もすごいけど、すらりと伸びた生脚に目を奪われて…、非常に辛い。無防備にも程があるだろう。


「ま、まぁ、案内してあげる」

「えーと、…せめて脚は隠してほしい」

「あ、うん…」


 パタパタと駆けて行く姿を見送って、ため息をつく。

 彼女の耳は真っ赤だった。

 何だよ、俺だけじゃなかったのかよ。



 やがて下にゆるい感じのズボンを履いて戻って来たナツミに、風呂を案内してもらう。さっきまで自分も知らなかったくせにと思うが、例によって、作った時点で使い方は分かるらしい。

 扉の中の部屋は二つに分かれていて、入ってすぐの狭い部屋は着替え用だという。


「こんな明るいランプがあるのか」

「出来れば全部の部屋に用意したいけどね…」


 ランプというか、小型のお日さまほど明るい照明器具。一度作ってしまえば、彼女の能力で同じものを用意できるらしいが、外部に存在を知られてしまう危険がある。

 風呂は裏口側だし、ごまかしは利く。周囲に人家がないのは、秘密を守るためだったと今さらのように気づいた。


「こ、これって鏡だろ?」

「王宮並みの大きさね。向こうの人は贅沢」


 壁には大きな鏡がはり付けてある。全身が映る縦長の鏡には、特に見栄えもしない男と、め…魔女がいた。

 まじまじと見る。どう見ても釣り合う二人ではない。せめて魔女じゃなく、魔女神まめがみと呼ぼう。


「そんなバカな呼び名はない」

「勝手に覗くな」

「私に向けられた名前なら、嫌でも頭に入ってくる」


 それはそれで生きづらい話だな、と同情はしない。というか、口にしない言葉は言ったことにならないのだ。当人の拒絶は伝わったが、それはそれ、だ。


 陶器の洗面台には、蛇口というものがついている。隣の部屋にもあり、それらはひねると水が出た。

 そして隣の部屋へ。


「服を着たまま入るのね」

魔女神様まめがみさまが御退出なさった後に脱がせていただきます」

「あ、そう」


 ふ、勝ったな。

 何で出来ているのか分からない大きな桶には、水…ではなく湯がはってあった。

 そして、蛇口と同じところから、縄に似たものがつながっていたその先。そこからは、やはり水ではなくお湯が出た。


「どう? 魔女の勝ちでしょ」

「魔女神様の仰せの通り」

「あ、そう」

「うぇっ、何しやがる」

「貴方のバカを洗い流すのよ」


 縄ではなく、中が空洞になっていてお湯が出る、と。俺に湯を浴びせて、子どものようにふざけるナツミは、自覚はしていないようだが魔…女神過ぎて、頭が混乱していく。


 水道というものは、この国にも存在する。泉の水を、管を通して離れた水場に通す程度なら、俺のような底辺にだって縁がある。しかしお湯は出ない。

 このお湯は…、炊飯器と同じく電気を使うものらしい。一度部屋の外に出てみると、裏側の壁に何か金属製のものが取りつけてある。これに電気を通して動かすと、水を温める装置だという。

 そして今は、ナツミが電気を作って動かしている。作るというか、動かすために必要なものを出現させているようだ。電気は見えないから、電気を出現させたのか替わりの何かかすら分からない。


「つまり、ナツミがいない限り使えないわけだ。売れないだろ」

「王宮なら分からないわ。毎日、お湯作り職人として呼ばれるとか」

「沸かしたお湯を運べばいいだろ」

「それじゃあれが使えない。えーと、シャワーっていうの」

「使えなければお前のイタズラもなくなる」

「あれは使い方を教えてあげたの」


 どんどん言い訳が無茶になっていくので、打ち切って一人で風呂に戻った。ご丁寧にも、中から鍵がかかるようになっている。これでうるさい女も入って来ない。いや、入って来たら大変なんだが。

 蛇口やシャワーというものの使い方は簡単で、そしてただひねっただけでお湯が出るという凄さには戦慄を覚える。

 何という贅沢。

 ナツミがこれを要求したのは、記憶の中にあった風呂が、何にも増して当人が望む場所だと嗅ぎつけたからだった。身体を洗う時点で、気持ちのいい場所だと想像はつくけれど、何というか野獣のような直感に思える。

 でもこれはすごいなぁ。


「そこにあるシャンプーとかボディーソープも使いなさい! シャンプーは髪を洗う! ボディーソープはそれ以外!」

「でっかい声だな!」

「一軒家だから大声出し放題!」

「そんな放題要らないから!」


 というか、こんな時こそ頭の中に話しかけろよ、と思う。この部屋の壁はそれほど厚くないようで、互いに怒鳴り合えば会話はできたが、家の中で怒鳴り合うっておかしいだろ。

 まぁいいや。教えられた通り、シャワーの栓の下に置いてあったものを使う。

 ………おぉぉ。

 気味が悪いほど泡だって、それを髪につけてこすってみると、うむ、なんだこの気持ちよさは!

 身体も洗ってみるが、ヤバい。とんでもないぞこれは。記憶の男はこれを毎日体験しているのか。罪深いヤツめ。

 泡だらけになった身体をシャワーで洗い流すと、鎧を脱いだようにすっきりした。


(この桶の湯は?)

(入りなさい)

(え? お、お前は?)

(もう入った。私の全身から滲み出るエキスが混じった、うす汚い液体にどっぷり浸かるのよ)


 …………若い女が使った湯に入るのは、多少の抵抗感もあった。もう少し嫌がらせ成分少なめでどうにかしてもらえると嬉しいんだが。

 意を決して桶に入ってみる。

 ………。

 …………。

 ……………んほぉおぉ~。変な声が出る。ああ、心の声だ。


(んほぉおぉ~)

「うるせぇ!」


 真似すんなよ鬱陶しい! 俺は今、この世の楽園にいるのだ。ああ、何という…。


(んほぉおぉ~)

「だからうるせぇ!」

(貴方だけがいい気分だと腹が立つ)

(先に一人だけいい気分だっただろ?)

(それはそうだけど)


 ああしかし、魔女の度重なる邪魔も無視できるほど素晴らしい。何という贅沢。俺、同じセリフを何度口にしただろう。


(女神はどこへ?)

(着替えと一緒に置いてきた)




 こうして初めての風呂を満喫した俺。うむ、もうここに住み続けるしかない気がする。

 しかし。

 忘れてはいけない。俺はただ保護されているだけ。そして日々、報酬からいろいろさっ引かれ続けているだけ。こんな自堕落な生活が続くはずもない。


「なぁ、この家の周囲にはまだいるのか? 俺を狙うヤツが」

「近くからは消えたわ。さすがに懲りたでしょうし」

「懲りた?」


 最大で五人ぐらい集まっていた強盗たち。その後の経過をナツミはちゃんと確認していたという。

 まず最初に、内輪もめが起きた。

 五人は同じ仲間ではなかったので、同業者同士仲良くとはいかない。争っているうちに一人は負傷。その仲間も撤退して、残りは三人組となった。

 次に起こったのは言うまでもない、家に侵入を試みて、ナツミのあれで手足を縛られた。助けようとした仲間も同じ目に遭って、三人は折り重なるように倒れ、芋虫のようにもがいた。

 地獄はそれからだった。

 深夜に拘束された三人は、そのまま翌日の昼過ぎまで放置された。するとどうなるか? 決まっている。みんなあれを我慢できなくなる。

 そうして糞尿まみれとなった三人は、夕方近くになって突然縄がほどけて解放された。ナツミがほどいただけだが。

 俺たちが気分良く風呂を満喫している頃、彼らは汚物にまみれた身体を川で洗っていた…と。


「さすがに酷すぎないか?」

「なら殺されてあげるの?」


 ………まぁそうか。同情したら命を差し出す羽目になるだけ。ナツミは縛っただけで攻撃もしていないのだから、温情溢れる措置だ。

 結局、自分の数日前を思い出した。糞尿まみれと大差ない二年を過ごした記憶が蘇った。ただそれだけの話。



 ともかく、襲う人間がいないのなら、外に出て何か働き口を探したいと告げる。すると彼女は、例によって小首を傾げながら不思議そうな顔を見せた。

 いや、そんな顔されても、置き忘れていた女神が復活するぐらいで…。


「明日は用がある。貴方も同行したらいい」

「それは、同行先で仕事があるってことか?」

「仕事は…、あるかも知れないし、ないかも知れない。先方次第」

「はぁ…」


 普通、そういう返事の時はないと決まっている。とは言え、職人街と縁が切れた今、俺が行くアテは討伐者組合ぐらいしかない。そこで、俺一人で出来る仕事を見つける確率は、ナツミの曖昧な可能性と似たようなものだ。

 一応は…というかものすごく世話になっている女の提案だ。言われるままについていくのが無難だろうな。



 しかし俺は失念していた。

 交友関係が謎の女の行き先は、時に想像を超えてくることを。


※いずこでも安易なサービス回として定着している入浴。もちろんここでも書いたさ。んほぉおぉ~ってね。石投げないでね。

 というかさ、男が主役なのに表紙が女ばっかりのラノベっておかしいと思うのさ。主役のサービスシーンを書くのは作者の愛だと思うのさ。口から出任せってやつさ。

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