一 使いっ走りとフード女
意志なき力はすべてを動かす。
理を乱す者は蝕み抗う。
やがて互いは変成し、互いは滅びを目指す。
それがぼくらの惑星。
山々に囲まれた小さな国家ウセンゲン。
大河の河口に開けた首都の名もまたウセンゲン。周辺の平野の農産物を集め、海上交易で栄えている港湾都市だ。
「カズヤ、また何か思いついたのか?」
「い、いえ…、この間の時計の改良品を作ってもらっただけです」
「ほう、時計か。お前の作るものなら良さそうだな」
「だから、俺は作ってないんで…」
見知った顔に話しかけられながら、居心地の悪い広間に向かう俺は、坂の下の職人街からやってきた。皆にはカズヤという名前で呼ばれている。
二年前から鍛冶職人のゲンさんに雇われて、今日も朝からおつかいだ。
二十歳独身。この国の場合、男が二十歳にもなれば、二人ぐらい子どもがいても不思議ではないので、そろそろ焦る年齢だ。
しかし、今の自分にはそんな焦りを感じる資格もない。
「おはようございますトシさん。今朝の届け物です」
「おう、おはようカズヤ。時計だけか?」
「小刀と、ついでにきずぐすりも持ってきました」
「分かった。奥で精算しようか」
おつかい先は、町の中心にある丘の中腹。人々で賑わう通りに面していながら、そこだけ雰囲気の違う場所は、討伐者組合ウセンゲン本部だ。
その名で想像がつくように、荒くれ者たちが集う中に足を踏み入れるのは、少しだけ緊張する。朝は仕事熱心な人が多いから、まだマシな方だけど。
ともかく、契約に基づいて、職人たちは消耗品などを納入する。下っ端の俺は運び役を務めている。ただそれだけの話だから、別に気に留める人間はいない。
ちなみに、一応は俺もこの組合で登録している。職人が望む素材がない場合、自分で集めに行くことになるが、その際の身分として役に立つからだ。
「それじゃあ、今日の受取証だ。金は七日分、明日には持っていかせる。お疲れ様」
「ありがとうございます」
「カズヤは挨拶は立派だな」
太い柱の立派な建物は、あちこち傷だらけ。どんなに磨いて着飾っても、武器を持つ者たちはそれを台無しにする。薄暗い広間は、まるで息をひそめて獲物を待つ野獣の巣だ。
だけど、その空気は嫌いじゃない。
討伐者とは、魔物討伐を主な任務とする者たちだ。
この世界における厄介者の魔物は、その出現に法則性がなく、そして出現すれば人類に悪意しか向けてこない。知性といえるものも感じられないのに、なぜか人類だけをきっちり敵視する。周囲に他の動物がいても、人間を見つければ追いかけてくるという厄介な存在だ。
だから人間は、魔物が現れない方法が見つからない限り、現れた魔物をひたすら討伐するしかない。そこで討伐者という職業が存在する。
そして、魔物は国という単位を無視して現れるので、討伐者も国を超えた連帯を求められる。なので組合は少しだけ治外法権だし、時々知らない余所者が紛れることもある。
「あなた…、ランクは?」
「え?」
受け取りのサインをもらって用件が済んだ俺は、さっさと退散する。そんな時に、出入り口の近くにいた女性に声を掛けられた。
うん。女性…だよな? 声でしか判別できないけど。
フードで頭を隠し、こげ茶色のコートを着た人間がうつむいたまま座っている。たぶん見たことはない…ような気がする。
「討伐者のランク」
「え、えーと……、Eですけど、それが何か」
「そう…」
………何?
ざわついた組合事務所の中で、そこだけ時間が止まったような一角。謎の女は俺の討伐者ランクを聞き出すと、あとは黙り込んでしまった。
「じゃ、じゃあ忙しいので」
「またね」
「え、……また、ね?」
変な人だったな。
職人街に戻る道すがら、さっきの女について考える。
…と言っても、何も情報はない。結局うつむいたままだったし、声で女と判断できて、知り合いではないというだけだ。
だいたい、俺のランクを聞いて何の意味があるのだろうか。
足りない材料を集めに行くための登録で、魔物討伐と呼べるような活動はしていない。討伐者としてのランクは、新人のGランクより上だけど、それは何年か仕事をしていれば普通に昇格するだけだ。もちろん、周囲に自慢できるようなランクでもない。
………誰かと間違えたのかな。
ウセンゲンの中央通りは、馬車が四台は並べられるほどの幅で、きれいに石畳が敷かれている。この町の自慢の通りだ。
敷き詰められた石は、職人街で加工された。ちなみに、仕入れ先は交易船だ。農産物の運搬を目的とする船は、ウセンゲンにやって来る時は積荷が軽く、重し代わりに石を積む。その石を買い取って利用するのだ。
中央通りには石造りの家屋も混じり、その先に並ぶ貴族や大商人の屋敷には、各地の名のついた石が飾られる。ウセンゲンは石の町と呼ぶ人もいる。
……まぁ立派な石畳も、きちんと掃除しなければすぐにゴミに埋もれるけど。
ちなみに、街路の清掃は討伐者組合に委託されており、低ランクが小遣い程度の報酬で請け負う。俺も何度かやったが、身も心も汚物に染まりたい人にはオススメだ。
「こんにちは。いつものよろしくお願いします」
「はいよ。カズヤちゃん、今日もやる気ないなぁ」
「いつも通りですよ」
職人街の事務所に受け取り証明の板を届けると、近くの屋台で飯を食う。ふにゃふにゃの麺に汁がかかり、謎の肉っぽいものが乗っている。一説には討伐された魔物の肉とも聞くが、そもそも魔物の肉を食べていいのかも謎だ。
塩っぱいだけの汁をすすって、息を吐く。
たぶんこの食べ物はまずい。その証拠に、屋台で食べているヤツを滅多に見かけない。それでも俺が通うのは、店主に懸想しているから…ではなく、安いからだ。
職人の手伝いをして、長屋を間借りしている俺に、ろくな収入はない。それでも、このメシはまだマシな方だ。残飯漁りで暮らすことに比べれば、ちゃんと人間らしい毎日をおくっている…と思う。
人間らしい?
ま、少なくとも魔物ではないからな。
昼からは職人たちの手伝いをする。
世話になっているのは鍛冶職人のゲンさんだが、日によって他の補助にまわることもある。というか、俺はただの素人だから、できることをやるだけ。
本当ならば、雇われる価値もない男。
なのに、なぜかウセンゲンに流れ着いた俺は、二年も飯を食わせてもらっている。何だか分からないが、神のお告げみたいなものがあって、クビにできないらしい。
まったく、何を言ってるんだか……。
「お仕事は終わったかしら」
「え……」
仕事が終わって手持ち無沙汰のままぶらぶらしていた夕暮れの路地。背中越しに、少しだけ聞き覚えのある声が。
慌てて振り返ると、討伐者組合で見かけた女が立っていた。たぶん。顔も知らないが、さっきと似たような格好だからな。
「何かおかしなことでも言った?」
「い、いや」
「そう」
…………。
さっきはうつむいて座っていたからよく分からなかったが、正面から見ると……、どう考えても不審者だよな。
背丈は俺より少し高い。全身は焦げ茶色のコートに隠れて見えないけど。そして顔は…、相変わらず目深にフードを被り、ご丁寧に顔には白い布を巻いているので、表情は全くうかがえない。いくら討伐者がアウトローと言っても、これはないだろう。
「というか、何の用だ。俺はあんたなんて知らない。人違いでもしてるんじゃないか?」
「私も貴方を知らない」
「じゃあいったい…」
「知らないけれど、これは運命だから」
「何を言い出すんだよ。宗教の勧誘なら間に合ってるからな」
まるで俺がおかしなことを言ったかのように首を傾げて、ついでに声だけは女の子っぽいのが困る。
人違いでないと言い張るなら、せめて目的ぐらいははっきりさせてほしいのだが、まったく不審を拭おうとしない。
結局、謎の女はしばらく後ろをつきまとって、去って行った。去り際に「また明日」と、不穏な台詞を残して。
また来るのか。
現時点で何かされたわけじゃないのに、トラブルに巻き込まれたような疲労感。もういいや、今日はさっさと寝てしまおう。
もちろん俺はこの時、既にトラブルのただ中にあった。
いや、この日が始まりですらなかったのだが、そのことに気づくのは遙か未来のことだった…とかつぶやくと何だか面白格好いいぜ。
※久々にちゃんと構想を練った話を始めます。なろうファンタジーに似せていますが、ステータスもスキルもないのでご安心ください。もちろんヒロイン最強なのでご安心ください。