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わからないⅦ

作者: Wkumo

「わからない」

 とWは言った。北風が吹いている。初秋。だというのに、北風がその日を冷たくしていた。

 帰り道。誰ともすれ違わない。Wは首を横に振る。

 部屋に着いて、床に荷物を放り投げる。ベッドのところまで来て、数秒の戸惑いの後、財布だけを持ってまた外に出た。

 Wは走る。手に持った財布の中で、硬貨が小刻みな音を立てていた。風が皮膚を擦っていく。体温が低い。Wは夕食がまだだった。財布を握りしめる。

 息を吸って吐く。吸って吐く。夜の道路には家もビルもなく、まっすぐな道の先にぽつんとコンビニの明かりがにじむ。コンビニはあっという間に近付き、そして過ぎ去った。

 薄明かりの中、風景がWの視界の中で揺れて過ぎる。目をこらすが、景色は暗くぼんやりとしていた。

 Wは走る速度を上げる。歩道。街灯。アスファルトの地面。黒い木々が街路に立ち並ぶ。どれ一つ暖かみのある風景には見えず、Wは意識を前だけに集中した。

 道路のひび割れを、飛び越える。未だ誰ともすれ違わない。Wは黒色のことを考える。黒い地面。しかし、実際目に写っている地面は黒一色ではない。道路端の白、街灯の光に照らされた灰色、落ちているごみの蛍光色、そんなものが渾然一体となって、マーブル模様になっている。

 息が切れる。速度が落ちる。体が重くなる。Wはのろりと角を曲がる。前だけに向いていた意識が散り、周囲の景色が世界に現れる。マーブルの世界が拡大する。速度がどうしようもなく落ちるが、立ち止まることはしない。

 突然、足元に砂が現れ始める。砂はWが進むごとに増え、周囲を侵食する。マーブルの世界が白褐色になってゆく。波の音。ざく、ざく、と歩き、13歩ほど進んでから、Wは立ち止まった。

 月明かりが浜を照らしている。潮風が吹いている。水しぶきが体にかかる。Wは持っていた財布を胸の前まで持ち上げ、角度を変えてみた。光の筋が財布の表面を行ったり来たりする。傾ける速さを調節し、光の筋の行ったり来たりするのを一定にしてみる。しばらくそうしてから、Wは一つ頷いた。そして、寒さに気付いた。

 一度気付くと、寒さはWに染み込んだ。海に向けていた注意が寒さに逸れていく。Wは財布をズボンの後ろポケットに入れた。足を踏み出し、波打ち際の砂に食い込んでいた貝殻を、一つ選んで拾った。白いそれをWはズボンの横ポケットに突っ込み、元来た道を戻り始めた。

 波音が遠ざかる。靴が踏みしめる砂の感触が、次第に減ってゆく。そして、暗い道に戻ってきた。ふふふん、ふふふん、と適当な鼻歌を歌い、目の焦点をぼんやりさせる。点々と生えている松の木がぼんやりし、夜に紛れる。

「松枯れ」

 Wは短く言うと、鼻歌を続けながら歩く。

 コンビニの前まで来た。Wはそこで売っていたおでんを買った。両手で抱えて歩くと、寒さが少しずつ散る心地がする。

 そこからWの部屋までは早かった。おでんを机の上に置き、ベッドの上の布団を引っ張って肩からかける。Wは割り箸を割り、おでんの蓋を開けておでんの大根を口に入れた。咀嚼する。

 暖かいと思う間もなく、おでんはなくなった。ごみをゴミ袋に突っ込む。そこから適当に風呂に入り、歯を磨き、Wは布団にもぐりこんだ。

「わから」

 Wは口を閉じた。目も閉じた。

 Wは黒色のことを考える。黒色が渦を巻く。体が重かった。頭は黒色のことだけを考え、その結果は散り散りに闇に紛れていた。過程の闇。足から感覚が薄れる。手から感覚が薄れる。Wの意識は薄れていった。

 後は闇ばかりだった。

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