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君のせいで今日も死ねない

作者: 飴月

 



 突然だが、俺の学校の同級生である三峰(みつみね)彩葉(いろは)は神に愛された少女である。


 容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、おまけに性格までいい。どこの漫画の主人公だろうか。


 そんな彼女が人気者にならないわけがなく、ミスコン優勝をきっかけに隣の学校にまでファンクラブが出来たと聞いた。その話を聞いたとき、素直に納得したのは、彼女ならばファンクラブがあってもおかしくないと思うほどのカリスマ性が彼女にあったからだろう。


 ことわざの1つに『天は二物を与えず』というものがあるが、神から三物も四物も詰め合わせパックで与えられた完璧な少女。それが、三峰彩葉だった。






 昼寝日和のよく晴れた月曜日の3時間目。ほとんど使われずに物置になっている埃っぽい空き教室で、その『神に愛された少女』である三峰彩葉が、天井から吊るしてあるロープで作った輪っかに首を通そうとしていた。


 そして椅子を蹴り倒し、まさに命を断とうとした瞬間。


 幸か不幸か、そこにたまたま居合わせてしまったサボり気質な平凡男子高校生。それが俺である。



「……こんなところで何してるんだ?」


「それは見た通りなんだけど……。ッて、今授業中でしょ!? そもそも何でここに……」


「勿論サボりに決まってるだろ。ここ、いいよな。人は来ないし、静かだし。俺のお気に入りの昼寝場所」


「あ、そうなんだ。……あー、もう! そんなこと聞いてるわけじゃないから! なんでそんなに冷静なわけ、死のうとしてる人にかける言葉がそれ!?」


「……待って、あと1分もらっても大丈夫?」


「必死で絞り出そうとするのやめてくれない!?」



 俺の反応を見た彼女は、その端正な顔を歪めて怒っていた。その表情が、いつも偶像のように笑っていた彼女からは想像できないものだったから、そんな顔も出来るのかと心臓がドクドクと音を立てる。


 それ以前に、彼女が死のうとしていたというこの状況に対して心臓はうるさいぐらい警鐘を鳴らしていたのだが。


 俺は必死にその動揺を胸の奥に押し込んで、なんでもない顔をして彼女に向き直った。



「いや、別に俺達初対面だし。死なないで、とか言われても鬱陶しいだけだろ」


「それは確かに鬱陶しいけど、君は冷めすぎでしょ。はぁ、何で死ぬ前に見る顔がこんな奴なんだろ……」



 呆れたように呟いた三峰は、さて昼寝をしようとばかりに持ち込んだクッションを床に引いた俺を見てジロリとこちらを見た。軽蔑するような視線が痛い。



「はぁ!? 君、何でそのまま昼寝しようとしてるの!? 空気読んで出て行ってくれない? 私、今から死ぬつもりなんだけど」


「空気は読むものじゃなくて吸うものだぞ。てか、むしろお前が死ぬのやめろよ。こっちの方こそ、お気に入りの場所で死なれたくないんだけど。ここが封鎖されて使えなくなるかもしれないだろ!」


「ねぇ、さっきから言ってること本当に酷くない!? 人間の心ある!? それに普通、何で死にたいんだーとか、悩みがあるなら聞いてやるー、とか言いそうなものだけど」



 そう言って自嘲するように笑った三峰からは、そんなものは全く求めていないという言外のメッセージが伝わってくる。


 だから俺は、そこには触れない。



「別に、人が死にたい理由なんて自分だけ分かってればそれでいいだろ。それに、劇的な何かがなくてもなんとなく死にたい時だってあるだろうしさ。……もし劇的な何かがあったなら聞いてやるけど」


「……そっちじゃないから大丈夫だよ。ただ、なんか疲れちゃって」


「ふーん。人気者ってのも大変なんだな」



 呟くように言った俺の言葉に、三峰は「やっぱりね」と肩をすくめる。



「人気者だからってだけですぐに幸福に結びつける社会っておかしいと思わない? 私だって好きで人気者になったわけじゃないし。大事な人が1人いたらそれでいいって思ってるタイプなのに、そんな意見押し付けられてもウザいだけじゃん」


「……まぁ確かにそうかもな。でもきっと、幸せそうに見えるんだろ。人より凄い成績とか外見とかの眩しさに目が眩んで、その本人がどんな顔してるかに気づけないんだと思うけど」


「……そうなのかもね」



 俺の言葉に、ほんの少しだけ驚いた三峰彩葉は、とびっきり嬉しそうに笑った。



「君、面白い考え方してるね。もう死ぬからどうでもいいと思って久しぶりにこの話したけど、そこまで分かってくれる人初めて見たかも」


「お、じゃあもう少し話してもいいけど?」


「それはいい。もう死ぬし」


「……そうか」


「君とまだ話したいぐらいじゃあ、私の死ぬ覚悟は揺らがないからね。……でも、君がいる間に死んだら殺人事件の線も疑われそうだし、君もここから居なくなる気なさそうだし。君がサボり終わってからここで死ぬことにしようかな。せっかく準備したし」



 嘲るようにそう言って、クスクスと笑う三峰は今から死ぬ人間だとはとても思えなくて違和感を感じる。


 だってもし、俺が少しでもここに来るのが遅かったとしたら、三峰は遺体で俺は今頃第一発見者だ。死んでいたかもしれない人間と話しているなんて、何だか実感が湧かずに不思議な感じがする。


 そんなことを考えながら床に寝転がった俺は、目をつぶって寝たふりをして、未だドクドクと鳴る心臓の音を聞きながら必死にパニックになりかけた頭を働かせた。


 さっき言ったことは、嘘じゃない。


 俺と三峰は初対面だし、高嶺の花としては憧れてはいても特別な感情をいだいているわけではない。そもそも、俺なんかとは一生関わらないような人種だと思っていた。


 近づきたいとは思っていなかった。遠くから眺めるだけで、憧れて、綺麗だなぁ、と思う。ただそれだけで満足だった。おそらく、テレビの中の芸能人を眺めているのと同じような感覚だったのだろう。


 だから、多分、三峰が死んでも俺の生活に支障が出るわけじゃない……と思う。


 それに、俺自身もずっとぼんやりと死にたがっているのに、人の自殺を止める権利なんてないはずだ。


 俺が死にたいのだって何か劇的なものがあったからじゃない。ただ、テストが嫌だとか些細な人間関係の問題だとか、楽しいことがないだとか、自分に都合の悪いことが多いから、『死にたい』。


 正確に言えば、これ以上生きていたくないから死にたいのかもしれない。


 友人とだってよく口にする、『テストの点悪かった、死にたい。』よくある話だろう。『わかる、俺も死にたい。』そうやって、軽く受け流すような言葉だった。それだけで終わるような話だった。



 しかし、そんなものと、彼女の『死にたい』は重みが違う。



 自殺したいならすればいいとは思う。それこそ本当に、赤の他人の俺に止める権利なんてない。


 死ぬな、なんて無責任な言葉だ。


 その後も生きたとして、誰が責任を取ってくれるというのだ。誰もとってはくれないだろう。それならいっそ、その瞬間に死ぬ方が苦痛は少ない。


 そもそも彼女の言う通り、俺が少し引き留めたところで止めるぐらいなら自殺なんてしないはずだ。


 でも、このまま見なかったふりをして、彼女が死んでしまったら後悔はすると思う。だって、あんなに光り輝く人気者の彼女が、こんなに埃っぽくて寂れた場所で、1人きりで死のうとしているのだ。なんだかそれは死ぬほど勿体なくて、あまりに悲しいことなのではないだろうか。


 それに、諦めたように笑う三峰の姿があまりに意外で、綺麗だったから。彼女に、死にたいなんて言葉は似合わないと思ってしまった。美しいものだけ見て、楽しいことをして、苦しさなんて少しも知らないように笑って欲しいと思ってしまった。


 我儘極まりない俺は、彼女にもう少し生きて欲しいと願ってしまった。


 だから、その責任は俺が取ろうと思った。もしも彼女がもう少しだけ生きることを決めてくれたら。生を繋いでくれるのなら、その諦め切った笑顔が幸福を示すものに変わるまで、隣で賑やかし続けようと決めた。


 後から思えばきっと、一目惚れだったのだと思う。一瞬でこんな決断をするほど、近づいて初めて見ることの出来た、彼女の本当の顔に惹かれていたのだ。


 彼女に、自殺をやめさせたい。


 そのためにはどうしたらいいのだろうか。死ぬ準備をここまで整えた人間にはもう、何を言ったって響かないだろう。正攻法で生きろと叫んだって、より追い詰めてしまうだけかもしれない。



 こうして、彼女を生かす方法を考えて考えて考えた結果──



「なぁ。俺、学校抜け出して海行くの夢なんだけどさ。どうせ死ぬなら、今から一緒に行ってみようぜ」



 俺に思いついたのは、彼女に興味がないことを装って、不信感を与えずにここから連れ出し、なんとか自殺を引き延ばすことだった。



「は? 何それ。そう言って連れ出して、親にでも突き出すつもり?」


「違う違う。ただ、どうせ死ぬなら俺に付き合って徳を積んでから死んだほうが良くないか? 俺は女子と学校を抜け出して海を見に行く夢を叶えられる。お前は死ぬ前に徳が積める。WinWinだろ」



 俺の言葉を聞いた三峰は、呆れたような表情をその綺麗な顔に浮かべた。どうやら、俺の考えには気が付かれていないようだ。今ばっかりは、普段からあまり動かない表情筋に感謝するしかない。



「……別に、徳なんて今まで死ぬほど積んできたからもう積み足りてるんだけど」


「本当にそう言い切れるのか? あと少し足りなくて地獄に落ちた後で後悔しても知らないけどな!!」


「くッ……」


「それに、今日1日付き合ってくれたらお前が自殺するのを邪魔しないし、誰にも口外しないって約束するけど」



 俺の言葉に、三峰は苦しげに顔を歪める。



「脅すとか卑怯じゃない!? そういう人のことをクズって言うんだよ!」


「はー、卑怯でもクズでも結構ですが?? こっちは長年の夢を叶えるために必死なんだよ! 三峰だって、俺が誰かに自殺未遂を報告するのは困るんじゃないのか?」


「──ッ、分かったってば!! まぁ死ぬ前に海見るのも悪くないし、行ったげる。その代わり、私が自殺しようとしたことは誰にも連絡しないのが条件だからね」


「了解! ありがとな、楽しい旅にしようぜ!!」



 こうして、この作戦は奇跡的に成功し、俺達は海を目指すことになった。















「……こんなに簡単に学校って抜け出せちゃうんだね」


「まぁ、うちは進学校なだけあって、案外ゆるゆるだからな」



 予め早退する手続きをして教室を出ていた三峰と違い、俺はサボりで抜けてきていただけだったため、あれからすぐに早退したいと担任に直訴。コロナだなんだで神経質になっていたこともあって、あっさりと早退手続きを済ませて学校を抜け出すことに成功した。


 そして、そんな俺達は今、電車で海へ向かっていた。バスででも目的地には向かえたが、やっぱり電車で行く方が青春っぽいということと、定期券が使えるという2つの理由から電車で目的地を目指すことになったのだ。



「それにしても、人少ないね。なんか変な感じする」


「そりゃ平日の昼間だからな。学生諸君はみんな授業中だろ」


「……それもそっか。なんか今、急に悪いことしてるような気持ちになっちゃったんだけど」


「うわ、流石優等生」


「はぁ!? これが普通でしょ!?」


「いや、俺なんか清々しいぐらいにしか思ってないけど。三峰ってマジで真面目なんだな。普通、自殺しようとしてたやつがそんなこと言うか?」


「ッ、うるさい! 黙って!」



 俺の言葉に、もう知らない、とでも言うように顔を背けた三峰は、学校で見る三峰と姿は同じなのに全然違うように見える。俺の知っている『三峰彩葉』は、「うるさい」だなんて言わない。そんな彼女の様子を自分だけが知っていると思うと嬉しくて、自然と口角が上がった。



「ねぇ、」



 彼女が何か俺に話しかけようとして、言葉を止める。そして、少し迷うように視線を彷徨わせた後、もう一度俺の方を向いた。



「……名前、なんていうの? 呼べないと不便なんだけど。多分同じ学年だよね?」


「同じ2年生だよ。まぁ、俺はそんなに目立つ方でもないし、三峰と同じクラスになったこともないしな」


「ん、やっぱり私のこと知ってたんだ」


「まぁそりゃ、お前有名人だし。俺のことは適当に少年Aとかって呼んでくれたらいいよ。もう死ぬ人間に名前教えたって意味ないだろ」


「……それもそうか。少年Aだとなんか犯罪感あって嫌だからAくんって呼ぶことにするね」


「あぁ」



 俺は小さく頷いて窓の外を見た。目まぐるしく変わる景色は新鮮で、見ているだけで楽しくなる。隣の三峰も窓の外を見ているようだった。


 その綺麗な横顔に見惚れかけて──



「なぁ、三峰は行きたい場所とかないの?」



 ただそうしているだけでは三峰を現世に繋ぎとめられないのだと、必死に頭を働かせた。



「急に何。今日死ぬ人間にそんなこと聞いて何の意味があるの」



 これは、先程の仕返しだろうか。三峰はニヤリと笑って、俺をしてやったりといった顔で見ている。



「……さっきは悪かったよ。ただ、このまま黙ってるのも暇だろ?」


「まぁ、確かに」


「じゃあそうだな、海にまつわるものしりとりでもしようぜ。負けた方が飲み物奢りな」


「……仕方ないな。じゃあ、海からスタートね。『水』」


「いきなり『ず』!? やる気なさそうなわりに本気で勝ち狙いに来てるだろ!? ず、ずー、『ズワイガニ』!」


「『に』ね。に、に、『煮干し』」


「干されてるから海とは関係なくないか?」


「うるさいな、『し』!!」


「し、し、し……」



 結局思いつきで始めたしりとりは、電車から降りても続き。ダラダラと、でも本気でしりとりをしながら歩いているうちに、俺達は目的地である海に到着していた。



「さ、さ、さ……? ……『さば』!」


「また『ば』かよ!? 『ば』から始まる魚なんてそうそう……あっ! 海、見えたぞ!!」


「本当だ! 海……にしてはなんか思ってたのと違うような……」


「そりゃ漫画みたいに綺麗な海が都合よく近くにあるわけないだろ」



 俺の夢も希望もない言葉に、三峰は笑って頷いた。



「せっかくなら透き通る綺麗な海を見たかったところだけど、それは言えてる。逆に私達にはピッタリかもね」



 俺は、自嘲気味にそう言った三峰から少し距離をとる。何が私達にはピッタリだ。どう考えても、こんな海は三峰には似合わないだろうが。



「えーと、三峰さんと一緒にされたくないのですが……。俺には透き通るハワイの海が似合うので」


「ごめん、今すごく殴りたい気分」


「ひぇ……」



 そんな想いを隠して戯言を口にすると、三峰はそう言って俺の背中に一撃を入れた。予想外に重い一撃に、「ひゅう! 流石の一撃ぃ!!」と叫んだら、今度はお腹の方にもう一撃いれられた。暴力への躊躇がなさすぎて泣きそうだ。


 三峰を涙目で見つめると、彼女は俺の視線を受け流して冷めた目で俺を見ていた。



「で、着いたけど何するつもり?」



 三峰の見透かすような視線から逃れるように俺は、不味い、と視線を彷徨わせる。とりあえず海を目指しただけで、特に何かやりたいことがあるわけではなかったのだ。


 三峰を自殺から遠ざけることには成功したが、海に着いたその先を考えていなかった。大ピンチである。そして、焦った俺は三峰の懐疑的な視線から逃れるように、必死にそのとき目についた看板の文字を読み上げた。



「……真珠取り出し体験、出来ますってよ」


「は?」



 三峰は怪訝な顔で俺の方を見ているが、これは三峰の自殺を少しでも引き伸ばすチャンスに違いない。俺はさもこれが目的だったとでも言うように言葉を重ねる。



「やっぱ海に来たからには定番だよな。真珠取り出し体験はさ」


「何処基準の海の話してんの? 馬鹿なの? そんなのやってる海の方がレアケースでしょ……」


「やってみたら楽しいかもしれないだろ。俺が奢ってやるって」


「奢られてもギリやりたくないラインなんだけど」


「あ、お客さん俺達しかいなさそうだぞ。ラッキーだったな!」


「Aくんって本当に私の話聞いてないよね!? はぁ……早く死にたい……」



 そう言って溜息を吐きながらも、俺の強引な勧誘に負けて、最終的にはついてきた三峰だったのだが。



「やばい、何これ! 超楽しい!! 私、天才かもしれないんだけど!!」



 お店の人に教えて貰い、恐る恐る一つ目を取り出してからコツを掴んだ三峰は、意外なほどにはしゃいでいた。真珠取り出し体験の何かが三峰に響いたらしい。



「それはよかったな……」



 一方俺の真珠は、これぐらい簡単だとカッコつけたくせに、手の中でボロボロになっていた。それを見て、三峰は勝気そうに笑う。楽しそうな様子が憎たらしい。



「あっれー、やろうって言ったの誰でしたっけ? まぁ、私は天才ですから?? 簡単に出来ちゃいましたけどー??」


「……ぜってー、負けねぇ」


「精々頑張ってくださーい」


「くそッ! 高見の見物しやがって!」



 ケラケラと楽しそうに笑う三峰をグッと睨み、俺は神経を全部手元に集中させて真珠を取り出す作業に集中する。そして、納得のいくものができたころには空が暗くなってきていた。



「ありがとうございました。楽しかったです」


「こちらこそ教えがいがあって楽しかったです。彼女さん、すごく上手でしたね」



 お会計をするために店員さんに話かけると、店員さんがニコニコとこんなことを言った。作業をしている最中、何故か俺達を微笑ましいものを見るような目で見ていた理由はこれだったみたいだ。



「いえ、コイツは彼女じゃ……」



 と、誤解を正そうとして。俺はチラリと三峰を見てから言葉を言い直した。


 もしかしたらこの誤解は、何かに利用出来るかもしれない。



「ありがとうございます!! 凄いですよね、俺の彼女!! 最高!! もう、大好き!」


「はぁ!? 誰が彼女ッ、んぐ」



 俺の言葉に、心外だとばかりに口を開いた三峰の口を押さえ、小声で叫ぶという器用な芸当を彼女の耳元で行った。



「別にいいだろ! 哀れな男子高校生を救う慈善活動だと思ってくれよ!! めっちゃ徳積めるぞ!! この1票があとあと地獄で響いてくるぞ!!」


「そもそも何で地獄に落ちる前提の話なわけ!? それに、こんな些細なの響かないでしょ!」


「いーや、響くな。間違いなく響く。今まで善行一筋で生きてきた俺の清き1票を侮るなよ!」


「授業サボってたやつが言えるセリフなの、それ。まずは自分を見つめ直した方がいいと思うけど」


「お願いだって!! むしろ逆に、店員さんに俺達の関係をなんて説明するつもりだよ」


「そこは普通に……」



 三峰はそう言って、頭を悩ませた。俺達の関係は、ただ偶然出会って海を見にきただけの関係だ。友達でも恋人でもクラスメイトですらない。


 三峰が俺達の関係を何と表すのかが気になって、三峰の顔を見つめていると、三峰が不機嫌そうな顔で溜息を吐いた。



「……まぁいいか。説明するのも面倒くさいし、どうせ死ぬし。最後ぐらいモテなくて可哀想な男子高校生を助けてあげてもね」


「お前本当に突き刺しにくるよな……」



 俺と偽装カップルをすることと、関係を説明することでは、説明することの面倒くささの方が勝ったらしい。


 それははたして喜んでいいラインなのだろうか。結論は出ないが、出したくもないのでよしとしよう。


 刺々しい三峰の言葉に胸を抑えている俺を見て、「仲良しですね」と笑っている店員さんは俺達の前に、先程取り出した真珠を取り出した。



「ただ今、取り出した真珠をアクセサリーに加工するキャンペーンを無料で行っておりまして。加工するには1週間ほどかかりますが、いかがなさいますか」



 俺が是非を問うようにチラリと三峰の方を見ると、三峰は迷うように視線を彷徨わせていた。


 せっかく自分で取り出した真珠は欲しいが、今日死ぬのなら関係ないと悩んでいるのだろうか。それとも、流石に今日死ぬからいらない、とは言えずに黙っているのかもしれない。


 それならこの展開は、三峰を生かしたい俺にとっては願ったり叶ったりのチャンスである。そう思ってニッコリ笑い、複雑そうな顔をしている三峰の手を握って店員さんに見せつけた。


 所謂、恋人繋ぎというやつだ。



「加工お願いします。2人でまた1週間後に取りにきますから。ほら、何せ俺達ってカレカノなので」


「はぁ!? ちょ、Aくっ」


「ふふ、本当に仲がいいんですね。わかりました。また来週お待ちしております」



 にこやかに対応してくれた店員さんに頭を下げ、何か言いたげな三峰を連れてお店を出る。


 すると早速、三峰が不満気に口を開いた。



「何で取りに来るとか言ったの。私、この後死ぬって言ったじゃん!」


「せっかく作ったんだし、自殺するならあと1週間待ってからでもいいだろ。お前の死にたいって気持ちが1週間で変わるような簡単なものじゃないなら、受け取っといた方が得じゃねーの?」


「……それは、そうだけど」


「あ、そういえばしりとりの決着もまだついてないしさ。もしかして俺に負けるのが怖いから逃げてたりして?」


「は、馬鹿じゃないの!? そんなわけないでしょ!!」


「じゃあ決まりな。また来週の月曜日に取りに来るってことで」


「……なんかすごく上手く乗せられた気するんだけど。……Aくんて意味わかんない」



 呆れたように、諦めたようにそう言った三峰の言葉は完全に死ぬことを前提にした発言だったが、あと1週間は生きることを決めてくれたことが無性に嬉しくて、必死に緩みそうになる顔を引き締める。


 むしろ、今からが本番なのだ。なんとか引き伸ばした1週間で、三峰にあと50年ほど生きる決意を決めてもらわねばならない。



「よし、三峰! 駅まで走るか!!」


「……なんでそんなハイテンションなの!? 本当、意味わかんない!!」



 そして、駅に着いた俺達は帰りの電車でもしりとりをして帰ったが、勝負は白熱して決着がつくことはなかった。














 そして翌日。



「何でまたここにいるわけ……」


「そりゃ、お前が死なないようにだろ。見張りだよ、見張り」



 俺達はまた、あの空き教室に来ていた。



「何でよ。私が死んでも別にいいって言ってたくせに」


「いやだって、今お前に死なれたらあの真珠、1人で取りにいくことになるだろ? そしたら絶対お店の人に別れたんだって思われるじゃん。変な気を遣われながら2人分のアクセサリーを受け取る俺の気持ちになってみろよ!!」



 あ、ダメだ。言い訳のつもりだったが、想像しただけで泣けてくる。



「そんな理由で!? 変な見栄はるからこんなことになったんだから、自業自得でしょ!」


「だって、店員さんとかに彼女さんですかって聞かれたの初めてだったんだから仕方ないだろ!!」


「Aくんって本物の馬鹿じゃないの!? はぁ……私も真珠の完成品見てから死ぬって決めたんだから、来週までは死なないっつーの」


「じゃあなんで今日もここにいるんだ?」


「別に、息抜きにきただけ。いつも『三峰彩葉(ふだんのわたし)』でいるの、疲れるから。ほら、別に死なないから早く出てってよ」



 三峰はそう言って、その場に突っ伏した。いつも悩みが無さそうだと言われている三峰の疲れ果てた姿に、俺まで息が苦しくなる。



「じゃあ、特別に俺が息抜きに付き合ってやるよ。なんと今日の俺はいい物を持ってるんだよな」



 俺は、その息苦しさを振り払うように、手に持っていたおもちゃを机の上に置いた。



「じゃじゃーん!」


「はぁ……? 何なの、それ」


「黒髭危機一髪ゲーム。楽しそうだろ」


「全然楽しく無さそうなんだけど」


「おい、黒髭のこと馬鹿にするなよ! これ今、DKの中ではマストよ? え、まさか知らないの? 三峰さんってば遅れてる〜!!」


「絶対マストじゃないし、男子高校生じゃなくて、わざわざDKって言ってくるのも言動も全部ウザい」



 また呆れたような笑顔を浮かべた三峰は、そう言いながらも並べたおもちゃの剣を手に取る。



「言っとくけど私、勝負事には強いから」


「おう、望むところだ。危機一髪の覇者と呼ばれた俺の実力見せてやるよ」


「何それ、ダサッ。それで誇れるAくんのセンスが分からないわ」


「お前、黒髭を笑うものは黒髭に泣くって言葉知らねぇのかよ!」


「そんな言葉始めて聞いたんだけど? ……じゃあ初心者ボーナスで私からね」



 そう言って三峰は本気で剣を刺す穴を見極め始めた。やる気が無さそうなわりに目がガチだった。こいつ、やっぱり負けず嫌いだろ。



「ねぇ、せっかくやるんだから何か賭けない?」


「お、言ったな? じゃあ黒髭が飛ぶたびにお菓子奢りで」



 俺がそう言うと同時に、三峰が指した剣で黒髭が飛び上がった。
















 水曜日。またその翌日も、俺達は空き教室にいた。



「Aくん、今日こそ目にもの見せてあげるから!」



 そう言って空き教室に現れた三峰は、大量のお菓子と黒髭危機一髪を抱えていた。


 あれから負けに負けまくった三峰のお菓子奢りカウンターは可哀想なほど積み重なり、奢りは五個まででいいと言ったにも関わらず、律儀にもちゃんとお菓子を買ってきたらしい。ちなみに、負け続けて涙目になった三峰は意味がわからないぐらい可愛かった。


 昨日の放課後、悔しい、勝ち逃げは許さない、と叫ぶ三峰にした、「じゃあ明日も放課後、空き教室に集合な」という約束は無事に守られたようだ。また生きて三峰を見れたことにほっとしつつ、悔しそうにこちらを睨む三峰に声をかける。



「お菓子パーティーでも開けそうな量だな」


「何、それだけ私が負けたって言いたいわけ? 煽ってるの? ねぇAくんてば、私のこと煽ってるんでしょ!?」


「……そんなムキにならなくても」


「なってないから!! 全く!! 1ミリも!!」



 そう言って三峰は、俺に剣の玩具を握らせた。


 俺は肩をすくめて、あまり考えることなく穴に剣を刺す。黒髭は飛ばない。それを見て三峰は、自分も剣を構える。



「私が昨日負けたのは先攻だったからだと思うんだよね。多分先攻は私には向いてなかったんだよ。後攻なら私は……あぁああぁぁあ!?」



 やっぱり、黒髭が飛び上がった。












 そして木曜日の放課後。



「ちょっと! それ私の流したそうめん!」


「負ける方が悪いんです〜。これが弱肉強食。肉じゃないけど。あー、やっぱり学校で食うそうめんは美味いなぁ!!」



 俺達はやっぱり空き教室に集まって、流しそうめんをやっていた。


 あれから、さらに負けまくった三峰がキレて大量のお菓子をやけ食いしたあと。


 理不尽にもAくんのせいで太ったのだと訴えられ、なら太らないものを賭けにしようと約束し、賭けの対象になったのがそうめんだった。


 たまたま俺の友達に流しそうめんが出来る機械を学校に持ち込んだやつがいて、相当盛り上がったことを思い出し、借りてきたのだ。


 今日はお互い昼飯を抜いて、勝ったらそうめんが食べられるルールでやっているため、負け続けている三峰は恨めしそうに俺のことを見ている。



「はい、また三峰の負け。そうめん1ターン食べれませーん。お腹ペコペコで可哀想ですねぇ、ひもじいですねぇ?」


「……くっやしい!! なんでそんなに強いの!」


「そりゃ危機一髪の覇者だからな」


「は!? めちゃくちゃダサいけど、今ならちょっとなりたいわ!」



 そう叫んで、おもちゃの剣を投げ捨てた三峰の表情は、最初に見た時よりも生き生きとしていて嬉しくなる。廊下とかで見るときの、人形のように偶像めいた笑顔も勿論綺麗だけど、俺はこの三峰の方が100倍好きだと思った。



「……で、どうするんだ? もうやめるか?」


「何それ、勝ち逃げする気!? もう一回やるに決まってるでしょ!! ばーか! Aくんのばかーっ!」



 やっぱり、勝気な三峰の方がかわいい。














 さらにやっぱり、金曜日の放課後も。



「やっぱ時代は人生ゲームだよね。黒髭なんて運ゲーじゃん。やってらんないわ」



 という三峰の言葉により、今日は2人で人生ゲームをすることになった。昨日の放課後、



「そもそも黒髭自体が私に向いてないと思わない? やっぱ人生ぐらいかかってないと本気にはなれないっていうかさ」



 と言い出したときにはどうしようかと思ったが。



「お、負け犬の遠吠えですかねー? じゃあ、他のゲームで俺に勝ってみろよ。また明日、放課後にここ集合な」



 と、上手く煽って明日も生きる約束を三峰に取り付けられたのはラッキーだった。


 人生ゲームなら勝てるとわざわざコンビニで買ってきたのだというから、彼女の本気度が窺える。筋金入りの負けず嫌いだ。そんなところもかわいいのだから、三峰はすごい。



「見て、私また石油掘り当てちゃったんだけど!! ふふーん、大富豪〜♪」


「……」


「あっれぇ、Aくんってまだ平サラリーマンなんだぁ?」


「お? 喧嘩か?? バチバチに殴り合おうぜ?」


「流石平民、心にゆとりがないわ〜。生活に余裕のない平民は可哀想ですね〜??」


「金じゃ買えない幸せがあるって教えてやんよっと!」



 そう言ってサイコロを転がすと、子供誕生マスに止まった。本日3度目である。



「あ、また子供産まれた。三峰はまだ独身だっけ? いやー、自由で羨ましいわ。ほら、祝えよ。ご祝儀くれよ」


「ッ……なんだろ、何かに負けた気がする……」



 そう言って悔しそうにご祝儀を差し出す三峰は、世界有数の大富豪になって終了。一方俺は子供5人を抱え、大家族の大黒柱として幸せに一生を終えた。


 三峰はその様子を見て、



「勝負に勝って人として負けた気がするのが気のせいだって信じたいんだけど……」



 と、悔しそうに呟いている。もしかすると、平凡な家庭というものに憧れているのだろうか。



「まぁまぁ、お前ならこれから幸せな家庭でも何でも築けるよ」


「はぁ!? Aくんが羨ましいとかそんなこと言ってないし!! そもそも、もう死ぬんだからそんなの築かないしッ……」


「…………」



 三峰の、絞り出すような、喚くような声が放課後の教室に響いた。


 泣きそうな三峰の顔と相まって、それがあまりに悲痛な叫びに聞こえたから、俺まで視界が歪んでくる。


 それでも、俺よりも痛みを感じている彼女の前でそんな姿を見せるわけにはいかないから。


 俺は必死で目から何かを溢さないように瞬きを堪え、三峰と初めて出会ったときのように無表情を装って口を開いた。



「…………そうだよな、ごめん」


「別に、謝らなくてもいいけど」



 大丈夫だ、偽れてる。三峰の反応からそれは分かるのに、頬が濡れていないことでそれが確認出来るのに、自分が今どんな顔をしているかが分からなくて不安で堪らない。


 三峰と出会ってからほぼ1週間ぶりに聞いた、『死ぬ』という言葉に、身体の奥の方から冷たくなっていくように感じる。


 それでもこんなところで、躊躇なんてしてられない。彼女を生かすと決めたんだ。賑やかすと決めたんだ。彼女が幸せそうに笑う顔を見ると、決めたから。


 俺は息を吸い込んで、必死に言葉を繋いでいく。



「いや、完全に無神経だった俺が悪かっただろ」


「……何それ。急にそんな顔されたら調子狂うんだけど。てか、普段みたいにヘラヘラしててくれないと変な感じするんだけど」


「……」


「あーもう! そんな気にしなくてもいいよ。どうせ私、あと3日で死んで君のことも忘れちゃうんだし。だからA君も、もうすぐ死ぬ人間のことを考えて煩わされる必要なんてないんだからね?」


「……そうか」



 どうしてお前は、こんな時まで他人(おれ)のことを。


 口から、涙の代わりに溢れ落ちそうになった言葉を、慌てて飲み込む。


 そのとき、後ろを向いた三峰がどんな顔をしていたかは分からなかった。平然とした様子で言ったその言葉に、どれだけの意味が籠もっているのかなんて、それこそ死ぬほど分かってる。


 この先の人生で、人生ゲームでやったこと全部叶えよう。今日みたいに一緒にゲームをして笑いあおう。どうでもいいことを言って、馬鹿騒ぎしよう。


 なぁ三峰。お前が生きていてくれさえしたら、俺が横でうるさいぐらいお前の人生を賑やかすからさ。


 いくらでも言いたい言葉は思い浮かぶのに、何から言っていいのか分からなくてついつい黙り込んでしまった。


 彼女と何の関係でもない俺は、あまりにも無力だった。そんな自分が嫌で苦しくて、いっそズタズタに切り裂かれたくなる。


 それでも俺は、俺に背を向けて黙り込んだ彼女がこの人生に、人生ゲームのように、少しでも生きる意味を見出してくれることを祈るしかなかった。









 こうして金曜日が終わる。


 明日からは2日間の休みに入るが、その間に三峰に死なれたら元も子もない。それに、まるで泣いているような、儚くて脆くて崩れそうな三峰を1人にしたら、本当に消えてしまいそうだったから。


 俺は覚悟を決め、ぎこちなくなった空気に気がつかないふりをして、家で必死に考えてきた、三峰と休日に出かけるための秘策を頭から引っ張り出した。



「ところで三峰。綺麗な魚とか見たくないか?」


「何がところでなのか分からないんだけど、逆にAくんには私が魚を見たがってそうに見えるの?」


「めちゃくちゃ見える。三峰、照れてるんだろ。大丈夫、俺はちゃんと分かってるって。よし、水族館行こうぜ! ほら、明日って祝日だからさ。ちょうど男女で行くと300円安くなるみたいなんだよ」


「うっざぁ……。いや誘導下手すぎじゃない? ここまで下手くそなデートの誘い始めて聞いたんだけど」


「約束な。明日の10時に駅前集合だぞ」


「話聞いてないでしょ。……まぁ、全部Aくんの奢りなら行ってもいいけど」


「は? 死ぬのに残金の問題気にしてどうするんだよ。使う時はむしろ今だろ!」


「はぁ? そんな風に言われるのは心外なんだけど!! ほんと、そういうところだからね。だからA君は彼女出来ないんだよ」


「……なかなか言ってくれるじゃん……」










 こうして傷を負いながらも、三峰に明日の約束を取り付けることに成功した俺は当日、出来る限りのオシャレをして駅前に向かった。


 するとそこには、「モデルをやっています」と言われたら信じてしまいそうなほど綺麗な女の子が立っていたから、話しかけるのを躊躇ってしまう。


 待って、俺の好きな子ってこんなにかわいいのか。


 そりゃあ分かってはいたが、憧れていたときと、近くで知って惚れたときでは心の感じ方が違う。


 それに、圧倒的な存在感を放つ三峰は、自殺しようとしているようになんて見えなくて、彼女に向かって踏み出す一歩が踏み出せなかった。



「ッ、ちょっとAくん。何、そんなところで突っ立ってんの! 遅いんだけど!!」



 すると、ついにキョロキョロと周りを見渡していた三峰に見つかり、遅いと怒られて結局水族館のチケットを奢った。懐が寂しい。



「さよなら、俺の来週のお菓子代金……」


「そんなものよりよっぽど有意義なものにお金を使えてるんだからいいでしょ。ほら、早く行こ」



 そう言って三峰は、鞄から取り出した水族館のパンフレットを開いた。嫌々そうに見えて、ちゃっかりパンフレットでお土産コーナーをチェックしているところから察するに、ノリノリである。



「どこから回る?」


「やっぱシャチからだろ!」


「却下。場所遠いから、マニュアル通りペンギンからね」


「決まってるなら何で聞いた!?」



 相変わらずの自己中だが、そんなところも愛おしい。


 俺はやれやれと笑いながら、俺の返事も待たずに歩き出してしまった三峰のことを追いかけた。


 そして一通り水族館を回った後に、併設されているカフェへ入って昼食休憩を取ることになった。俺はアザラシさんのホワイトグラタンを、三峰はシャチさんのブラックカレーを頼み、空いていた席に座る。



「水族館ってこんな楽しいんだね。正直、こんなに楽しいと思ってなかったかも」


「三峰、終始うるさかったもんな」


「Aくんも人のこと言えないけどね!?」



 三峰は俺に突っ込んで、クスクスと笑っている。その楽しそうな様子に、連れてきて良かったと少し心が軽くなった。カフェの水族館特別メニューも想像以上に美味しくて、本当に大満足である。


 俺は、アザラシの顔が描かれたグラタンを口に運びながら、ぼんやりと思ったことを溢した。



「俺、生まれ変わったらアザラシになるわ」


「なんで?」


「ゴロゴロしてるだけで可愛がられる人生を歩みたい」



 怠惰の極みのようなことを口にした俺を、三峰は信じられないものを見るような目で見ていた。



「馬鹿なの? 野生のアザラシはみんな生存競争に怯えて生きてるんだよ。Aくんみたいな貧弱なアザラシなんて、すぐ淘汰されるに決まってるでしょ」


「じゃあ水族館のアザラシで」


「水族館のアザラシだって、可愛がられないと生きていけないんだから、どちらにせよ息苦しいでしょうに。可愛いだけじゃ生きていけないし、何か相手の意に沿わないことがあったら攻撃され放題だし、周りからは羨ましいって言われるし……アザラシだってゴロゴロしてるだけじゃ生きてけないんだからね」


「ふーん……そっか」



 思いつきで口に出したことだが、妙に実感のこもった話を三峰から引き出すことができてしまった。



 なぁそれ、お前もそう思って生きてんの?



 なんて、そんな言葉を気軽に口に出来る関係だったらなら、どれだけ楽だっただろうか。三峰と言葉で表せる関係性ではない俺は、曖昧に笑って誤魔化すことしか出来なくて、そんな自分が本当に恨めしい。


 それでも、自分に出来ることを精一杯やるしかない。せめて三峰を笑わせたかった俺は、昨日1日を使って練習してきた誘い文句を口にした。



「そうだ。三峰、明日って用事ある? 暇だったら行きたいところあるんだけど。俺と遊ばない? ウェイウェイ」


「何でちょっとチャラ男風になってんのよ。そもそも、ウェイウェイって何なの。自発効果音? ダサすぎなんだけど」


「うっ……心を突き刺す一言……」


「……もしかして、私が誘うの下手って言ったの、気にしてたの?」


「そんなんじゃねーけど!?」



 恥ずかしい。猛烈に恥ずかしい。昨日必死でネットを見ながら考えた自信作だったため、ここまで滑るとは思っていなかった。


 ネットの奴らめ、これを言っておけばデートの誘いは完璧だって、絶対笑ってくれるって言ってたじゃねーか! 返ってきたのは失笑だけだったぞ!! ただ俺の心が傷ついただけじゃねーかよ!!


 俺は恐らく赤くなってあるであろう顔を抑えながら、照れ隠しのように三峰を睨んだ。



「で、明日の予定はどうなんだよ」


「…………明日は模試だから無理なの。せっかく誘ってもらったのに、ごめん」


「……こんなときに模試なんか行く必要なくないと思うけど」


「ッ、そんなの、別に私だって受けたくて受ける訳じゃないし! みんな、頭のいい私が好きなの。だから私は、その『三峰彩葉(わたし)』にならなくちゃいけないの、そうしないと必要とされないの!!」



 三峰の言葉に、パッと目を見開く。


 学校1の優等生で通っている三峰のことだから、てっきり勉強するのが好きな人種で、好き好んで勉強をしているのだと思いこんでいたからだ。


 すると三峰は、そんな俺の様子を見て苦々しく笑っていた。



「ほら、やっぱり。毎晩吐きそうになりながら夜中の3時まで勉強して成績を保っても、笑顔で役員を引き受けても全部当たり前だって思ってるんでしょ? 学校だって、毎日行きたくないって泣き喚きたいけど、私だってサボったりもしたいけど、我慢して頑張っても誰も気づいてくれないしッ……!」



 その言葉に、やっぱりさっきのアザラシの話が重なる。三峰の言う通り、彼女が『完璧』なのは当たり前だと思っていた。


 だけどそれは、生きていくために必要だから身につけてきたものなのだろうか。水族館の中で過ごすために、危険に晒されないように、そうしてきたのだろうか。


 そう考えると、今までキラキラ光っているように見えた三峰の能力は、なんて虚しいのだろう。その輝きに、神からの寵愛に何の意味があるというのか。


 目の前の三峰は、どこか諦めたように笑っている。俺は、この綺麗なのにとても繊細で壊れそうな彼女のことを、なんだか抱きしめたくなった。



「……急になに」



 三峰は、自分の前で大きく手を広げた俺を、変な生き物を見るような目で見てくる。



「三峰のこと、抱きしめようと思って」


「はぁ……? ついに気でも狂ったの」



 正直に告白すると、さらに目が厳しくなった。辛い。



「別に狂ってないけど。……三峰が、めちゃくちゃ頑張ってるからさ。俺が普通に生きてるだけじゃ多分、一生気づけないようなことも、三峰はいっぱい考えて頑張ってるんだろ。だから、いっぱい褒めようと思ってさ」



 そう言ったのに続けて、「カモン!」と叫ぶと三峰は吹き出すように声をあげて笑う。



「ふふっ……。……ちょっと、笑っちゃったじゃん。もうほんと、A君って馬鹿なんでしょ」


「馬鹿じゃねーし」


「馬鹿だよ。ほんと、馬鹿」



 三峰は呆れたような口調とは裏腹に、先程見せた諦めたような笑顔を忘れてしまうような満面の笑みで笑っていた。



「……………でも、ありがと。気持ちだけ受け取っとく」



 その時の笑顔が、眩しくて狂おしくて愛おしくて、一瞬言葉に詰まる。



「……ッ、気持ちだけかよ。遠慮せずに飛び込んで来ていいんだぞ!」


「は? 1ミリも遠慮してないから」


「そこは遠慮であって欲しかったわ!!」



 俺が悲痛な叫びをあげて三峰を見つめると、やっぱり呆れたような顔で俺を見ていた。それでも、さっきの苦痛に満ちた表情をしていたときよりは幾分もマシで、少し安心する。



「じゃあ代わりに明日1日、俺の念を送っといてやるよ! 三峰が頑張れるようにさ。んで、明後日に三峰頑張ったパーティーしようぜ。勿論、俺の奢りで。……だから、明日は死なないよな?」


「そんなパーティーしなくていいし。ネーミングセンス無さすぎだし。そもそも、わざわざ確認しなくても真珠取りに行くまでは死なないって言ってるでしょ」



 三峰は、そんなに1人で取りに行きたくないのか、という顔をしてこちらを向いた。



「Aくんって、本当変わってるよね」


「そうか? そんなことないと思うけど」


「ううん、絶対変わってる」



 断言された。



「私の周りに君みたいな人いたことないし。それに私、今までで1番美味しい空気吸えてる気するもん」


「どうも。三峰専属の空気清浄機です」



 安心したような顔で笑う三峰を見られたことが嬉しくて、ふざけた調子でそう言うと、三峰は可笑しそうに、また笑った。



「調子のんな。そこまで言ってないし。……じゃあ私、ホームあっちだから」


「りょーかい。じゃ、死ぬなよ」


「しつこい!」



 三峰はそう言って、俺とは逆方向に歩いて行く。


 その後ろ姿が、何だか不安定で揺らいでいるように見えて。痛くて脆くて儚く見えて、俺まで苦しくなるから嫌になる。


 俺はそんな自分に喝をいれるように、パチンと頬を叩いた。そのヒリヒリとした感覚が厳しい現実を思いださせるようで悲しい。



「勝負は明後日だ……!」



 三峰のことを、絶対に生かしてみせる。



















 そして、三峰が死んでいないか心配で心配でたまらず、何も手につかずに過ごした日曜日がようやく終わり。


 最初から学校を休むと親にばれてしまうので、俺はサボり、三峰は体調不良で早退することにして学校を抜け出す約束をした月曜日がやってきた。


 普段でも長い月曜日が、長くて長くてたまらない。そして、待ちに待った3限目になり、教室を抜け出して、彼女が首を吊ろうとしていた空き教室に向かう。


 少し遅れてしまったから、三峰はもう着いているだろうか。あの勝気な顔で、また遅いと怒られるだろうか。



「悪い。三峰、遅くなっ……あれ?」



 そう思って空き教室に入ったが、三峰はまだ来ていなかった。それどころか、そこから1時間待っても来なかった。


 流石にここまで来ないと、三峰がもう死んでしまったのではないかと焦る。だが、この学校で1番の人気者である三峰が死んだなんて話ならすぐに学校中に広まるだろう。


 もしかしたら体調でも崩したのかもしれない。そもそも学校へすら来ていない可能性もある。


 俺は必死に三峰が死んでいない可能性を考えて、昼休みに走って三峰のクラスへ向かった。同じ学年でも文系と理系でほとんど関わりがなくなるため、アイツは誰だという懐疑的な視線を全身に受けながら三峰を必死に探す。


 そしてすぐに、たくさんの人に囲まれている三峰を見つけ、声をかけようとしてーー



「おい、三峰! お前、何で……三峰?」


「どうかしたの? 私に何か用事?」



 そこには、ニコニコと偶像めいた顔で笑う『三峰彩葉』がいた。



「ッ、何でそんな顔して笑ってんだよ!?」


「えー、いっつもこんな顔してるよ。君とは初対面だよね? 理系の人かな。えっと、私に何か?」



 困ったように眉尻を下げて笑う三峰は、完璧なまでに『三峰彩葉』になっている。


 自信家で、負けず嫌いで勝気で自己中心的。そんな、俺がこの1週間見てきた三峰の影すら見えないほど、優等生で人気者の『三峰彩葉』に戻っていた。



「え、彩葉ちゃん。この人と知り合い? 何か怖いんだけど」


「ほんとそれ! まさかストーカーとか?」



 周りの奴らが、いっせいに俺に敵意のある視線を向ける。それでも、三峰と過ごした1週間を思い出すと、死んでもここで折れるわけにはいかなかった。



「三峰。お前、死にたくなるぐらい悩んでんのに、何で空気読んで笑ってんだよ。空気は読むものじゃなくて吸うものだって俺、言ったよな!?」


「……は?」


「死んだら、コイツ等とも何の関係もなくなるんだぞ。そんな奴らのために、今更愛想笑いする必要ないだろッ!!」


「…………」



 三峰は俯いたままで、俺とは視線が交わらない。そんな三峰を守るように、周囲にいた取り巻き達が口々に攻撃的な言葉を放つ。



「うわ、何この人。何言ってんの……」


「彩葉ちゃん、早く逃げよ!? なんかこの人、ヤバイって!」



 俺が必死で叫んでも、今までかけられ続けてきた、周りの奴らの『三峰彩葉』フィルターが覆いかぶさって言葉が届かない。


 三峰は顔を上げて、戸惑うように俺に視線を向け、周りの奴らの声に頷こうとしている。俺にはそれが、必死に周りの思い描く『三峰彩葉』になりきろうとしているように見えた。


 それを見て、水族館で三峰と話した、アザラシの話を思い出す。アザラシに自分を重ねているように見えた三峰にとって、厳しい生存競争で生き抜く術がこの擬態なのかもしれない。



 それでも、いつまでも自分を殺して擬態してていいわけがないだろ!!



 俺は三峰に一歩近づいて、固く握りしめていた三峰の手を取った。


 なぁ、何でそんな自信なさげな顔してんだよ。早く顔上げてこっち見ろよ。全く三峰らしくない。


 いつもみたいに、俺を馬鹿にしながら勝気に笑ってくれよ。


 そんなんだから。人のための『三峰彩葉(おまえ)』でいようとするから息苦しいんだろ。


 死にたくて首を吊ろうとしたんだろ。


 『三峰彩葉(おまえ)』は最初から三峰彩葉で、ずっとお前だけのものなのに。三峰は三峰のままで最高に魅力的なんだから、他の誰かを目指す必要なんてないのに。


 しかし、それが息苦しく感じている三峰に、そのままの三峰でいろと言うのは無責任な話だ。結局それを決めるのは三峰で、俺は代わりになんてなれないのだから。


 それでも俺は、笑っている三峰の未来が見たくてたまらないから。これからの人生を歩む三峰が見たいから。


 俺は、周りがかけた『三峰彩葉』フィルターを壊して本当の三峰に会いに行くために、胸一杯に息を吸い込んだ。



「ッ、三峰! そんな有象無象の言いなりになんてなる必要ねぇんだよ!! お前の人生はずっとお前だけのもので、そいつ等のものじゃねぇだろ! もしお前が何も持ってなくたって、俺はお前の隣にずっといるから!! 必要ないって言われるまで、鬱陶しいぐらいずっといるからさ!!」



 叫ぶような俺の言葉に弾かれたように、三峰は俺の目を見る。そのとき、初めて本当の三峰が見えた気がした。



「水族館の外に出たって、2人でなら生きていけるかもしれないだろ! 擬態せずに生存競争の中で1人で生きるのが苦しいなら、俺が守るから。いっぱい美味しい空気吸わせてやるから! お前に息苦しい思いなんてさせないようにするから!!」



 だから。



「だからッ、一緒に来てくれよ!」



 苦しいなら俺が空気清浄機になるから。周りの思う『三峰彩葉』じゃなくても生きていられる場所を作るから。



「……ッ三峰」



 周りが騒ぐ声なんて、一切気にならない。


 自分でも、柄でもないことをしてることは分かっている。こんなので、三峰が自由に生きられるほど簡単な問題じゃないことは分かってる。


 それで死にたいぐらい悩んでるんだから、俺1人が解決出来るような問題じゃないことは、十分すぎるほど分かっている。


 それでも俺は、どうしても君と生きる未来が欲しい。



「……『私』のためにここまでするなんて、馬鹿じゃないの。本当、意味わかんない」



 ボソリと呟いて顔を上げた『三峰』は、勝気そうな笑みを浮かべていた。



「仕方ないから、行ってあげる。責任は全部Aくん持ちだからね!」




















 それから俺達は、周りにたくさん集まってきていた野次馬達を掻き分けて学校を抜け出した。


 そして、走って駅に入り、あの海に行く電車へ飛び乗る。



「……ちょうどいい電車あってよかったな。ほんと、お前が大遅刻したせいだぞ」



 俺の照れ隠しのような言葉に、



「はぁ……。遅刻したのは悪かったけど、誰がアザラシよ。普通に恥ずかしいわ! それに、Aくんがいなくても余裕で生き残れるってーの!!」



 と、三峰は刺々しい口調で言った。


 そして、さらに俺に追い討ちをかけるように言葉を続ける。



「あーあ。せっかく今まで作ってきた『三峰彩葉(わたし)』が台無しなんですけど。第一、あのあとすぐに空き教室行くつもりだったし。3時間目に早退しようとしたら、担任に保健室まで付き添うって言われて捕まって、保健室を抜け出せなくなっただけだったのに」


「う……それは悪い……」



 なんだそれ。それが本当ならば、俺のやったことは三峰の邪魔をしただけである。穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。



「はぁ……。ほんと、馬鹿みたい」



 そんな様子の俺を見てクスリと笑った三峰は、刺々しい言葉とは裏腹に、晴れ晴れとした様子で口を開いた。



「……でも、これぐらいのことで死のうとしてたなんて、私も馬鹿なのかもね」


「……え」


「私が死にたかった理由、まだ言ってなかったと思うから言うけど。みんなの望む『三峰彩葉(わたし)』になりきるのに疲れちゃったから、死んでやろうと思ったの。それが本当の私に気づかない友達とか、期待だけ背負わせてくる親への当てつけになるかなー、って」


「…………そうか」


「もう。そんな、私より深刻そうな顔しないでよね。それで、いつのまにか完璧じゃないと息も出来なくて、それなのに、『(そのまま)』でいいよって言ってくれるような人は1人もいなくって。どれだけ頑張ってもまだまだ上を目指さないといけなくて、でも学校に行きたくないとか本音は誰にも言えなくて、もう自殺でもしないと誰も私の気持ちになんか気づいてくれないんだって思ってた」


「…………」


「……でも、Aくんが隣にいてくれるなら、もうちょっと生きても悪くないような気がしてきちゃったんだよね」



 三峰はそう言って、少し照れ臭そうに指に髪の毛を絡ませた。



「だってさ、Aくんはもし私が『三峰彩葉(わたし)』でいられなくなっても隣にいてくれるんでしょ? もし限界がきて泣き崩れちゃっても、頑張ったって言ってくれる?」


「ッ、そんなの当たり前に決まってんだろ!!」


「……ふふ、よかった。それなら私、もう無敵じゃん!」



 ふにゃりと笑った三峰はそう言って立ち上がり、俺にビシリと指を突きつけた。



「それに、どうせ死のうとしてもまた適当な理由をつけて私のこと死なせないつもりでしょ!」


「……バレたか」


「そりゃ気づくってば。毎日別れる前に、次の日の約束させられたら流石に分かるし。気づかないほど私、鈍くないし」


「そうか……」



 どうやら、バレずに三峰を生かしていると思っていたのは俺だけのようだったらしい。


 あまりの恥ずかしさに悶えたくなるが、今は三峰が自殺するのをやめると言ってくれた嬉しさでそんなことはどうでも良かった。



「あのさ、A君のせいだからね」



 三峰は、さらに言葉を続けた。



「君のせいで私、今日も死ねないんだから。責任とって、ずっと私専用の空気清浄機やらないと許さないんだからね」


「任せてくれよ、一生美味しい空気届け続けるわ」



 俺のセリフが面白かったのか、一頻りケラケラと笑った三峰は、その綺麗な顔をグッと俺に近づけた。



「で、これから何て呼んだらいいわけ?」


「は?」


「これからずっと呼び続けるんだから、意味あるでしょ。いつまで私に『Aくん』って呼ばせるつもり? 早く名前、教えて」



 これから死ぬ人間に名前を教えても意味がないと言ったことをそこまで根にもっていたのか。


 それでも、三峰がこう言ってくれることを願って言った言葉だったから、三峰に名前が名乗れることが嬉しくてたまらない。



「俺の名前は──」



 俺は三峰に、計画通りだと笑って名前を教えた。その名前を、三峰が嬉しそうに何度も口にするから、恥ずかしくて照れてしまう。


 それから俺達は、まだ決着のついていなかった海にまつわるものしりとりをしながら海を目指した。そして、1週間終わらなかった勝負の決着は、あまりにあっさりと着いたのだった。


 いい加減お互い、海にまつわるものに関する語彙がなくなってきていたのだ。とはいえ最後は、三峰がニヤニヤ笑って口にした『アザラシ』に対して、『し』から始まる海にまつわるものが思い浮かばずに俺の負けで終わったのは運命のように思えて仕方がない。


 その後2人で見た海は、1週間前と何も変わっていないはずなのにビックリするほど綺麗に見えて、何だかおかしくなって2人で顔を見合わせて笑った。























 数年前のいつかのように、よく晴れた日。


 俺は、彼女と同棲するために新しく借りた新居に引っ越すために、部屋の大掃除をしていた。片付けが苦手な俺を手伝いに来てくれた彼女は、いつもの呆れたような顔で口を開く。



「本当、どうしたらここまで散らかせるのか分かんないんだけど」


「大事なものはちゃんと見えるところに保管してあるからいいんだよ」


「それ本気で言ってる?」


「嘘ついてどうするんだよ。おかげ様で、まだあの時の真珠失くしてないし。ほら見ろ」



 そう言って俺は、右手の人差し指に嵌めた真珠の指輪を彼女に見せつけた。すると、俺のキメ顔が面白かったのか、笑った拍子に彼女の耳についた真珠のピアスが揺れる。



「……だから指輪に加工してもらったの?」


「その通り。賢いだろ?」



 そう言って彼女に笑いかけた俺に、彼女は真珠なんて軽く霞むほど綺麗な顔で笑っていた。



「これがあるせいで見るたびに君のこと思い出して、どれだけ息苦しくても、なーんか空気が美味しくなっちゃうんだけど。もうほんと、君のせいで一生死ねなくなっちゃったじゃん」



 その言葉に、俺はいつかのように計画通りだと笑って、彼女を抱きしめた。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

この作品を読んでくださったあなたにもどうか、『君のせいで今日も死ねない』と笑いながら怒れるような人が現れますように。



【お知らせ】


こちらの作品が皆様の応援のおかげでお声かけいただき、長編化して書籍化することになりました!!


 ──飛び降りそうだった美少女を止めた。青春が鮮明に色を変えた。


○タイトル:君のせいで今日も死ねない。

○発売日:8月20日

○レーベル:ファンタジア文庫

○イラスト:DSマイル先生


 短編版の登場人物と雰囲気はそのままに、2人の青春をより鮮明に書かせていただいたので、手にとっていただけたら嬉しいです。


 既に予約の方は始まっておりますので、よろしくお願いします!早期に予約してくださると今後の展開が変わってくるとか……!?(詳しくは活動報告へ!)


Twitterの方にIFルートのおまけSSを載せています→@ametsuki_ame

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― 新着の感想 ―
あったかい気持ちになりました。 Aくん、かっこよかったですね。
ココ最近で1番の傑作でした
[一言] この世界の自殺志願者全員に主人公のような存在がいたらいいですね。書籍買おうと思います。
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