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[No.92] サテュロスに狙われた美少年 演習から帰投中のイザベル少尉が救う!

 昨日(今月1日)、家畜見張り代行をしている少年・ナタリくん(13)は、羊飼(ひつじか)いから頼まれた羊管理の日雇いバイトをしていた。その請負(うけおい)先からの依頼は何度かこなしたことがあり、優秀な牧羊犬(ぼくようけん)もいたため、監視の目につい(ゆる)みが生じてしまったのだろう。遊牧させていた羊たちを飼育(さく)まで連れ帰ろうとしたとき、数が足りなくなっていたのだ。何頭かが群れから外れ、付近の森の中に分け入ってしまったようなのである。


 今居るぶんの羊たちを柵内へ追い込んだあと、ナタリくんは牧羊犬を引き連れ、残りを捜しに森へ入った。羊の足ならばそう遠くへは行っていないはず、犬の鼻があればすぐに見つけられるだろう、と推量(すいりょう)していたのだが、匂いを()ぎ分ける犬が思いのほか森の奥へ奥へと進んでいく。


 焦りを覚えはじめたところで、牧羊犬が「ワン!」と一声(ひとこえ)鳴いて急に駆け出した。ようやく見つけてくれたようだ、とホッとしたのもつかの間、突き抜けていった茂みの向こうから「キャイ~ン!」と悲鳴が上がったのを耳にしてしまう。犬の名前を呼びかけるが、鳴き声が返ってこない。ハンターの(けもの)駆除用の罠に(はま)ってしまったのだろうか……。


 心配になったナタリくんが鳴き声のしたほうへと向かっていく。低木(ていぼく)(えだ)を手で押しのけながら進んでいると、ヌルっとした感触を受けた。引っ込めた手のひらを見たナタリくんが、ひっ!?、と短い声を上げる。真っ赤な血が付着していたのだ。すぐに低木の枝を確認してみると、ぽたっ、ぽたっ、ぽたっ、と葉っぱに血液が滴っている。


 頭上に目を移したナタリくんは、恐怖に息を飲む。


 足りなくなっていた羊たちが、大木(たいぼく)から伸びている枝と枝の間に引っかかっていたのだ。すべて死んでしまっているのはひと目でわかる。ぴくりともせず、モコモコのお尻の毛が(くれない)色に染まっているのだ。太い棒でも突き刺されたような、大きな穴が空いており、そこから粘り気のある血の(しずく)()らし()らせている。


 魔物のしわざに違いない、はやく逃げなければ、と思うが、足がすくんで動けない。


 と、そこへ、姿の見えなくなっていた牧羊犬が視界に入ってきた。垣根(かきね)の向こうで飛び跳ねているらしく、三角形をした耳が茂みの上に(のぞ)けたり、隠れたりを繰り返している。相棒が無事なことに多少安堵(あんど)し、彼だけでも連れて帰らねばと、ナタリくんが垣根を越えていく。そして後悔することになった。


「おやおや、またお客さんかナ? ひっく」


 声をかけてきた酔っぱらいは、半人半獣(はんじんはんじゅう)の魔物である。(うず)を巻く山羊ヤギ角の生えた毛むくじゃらの頭、(とが)った耳、鼻のない平坦(へいたん)な顔面、豊かな顎髭あごひげ隆々(りゅうりゅう)とした肉付きの上半身は(オス)の半人半獣に共通したものだが、胸板(むないた)()いた二つの穴で呼吸をするのは、この種族特有だろう。……そう。倒木(とうぼく)に腰掛け、木の(うつわ)に入った酒をあおりながらナタリくんを出迎えたのは、〝サテュロス〟だったのだ。


 この魔物のもう一つ特徴的になっているのは、山羊型の下半身から『J』の字になって常時(じょうじ)そそり()っているイチモツ。首下まで届かんばかりの長さを(ほこ)り、そして、ナタリくんがこのとき目にしたのは、その先端部に牧羊犬(♂)が尻から突き刺さって死んでいるという、あまりにおぞましい光景だった。


「今日はツイてるゾ。ひっく。()()()が自分から現れてくれるなんテ。ひっく」


 ひっくひっくとサテュロスがしゃっくりを繰り返すたびに、屹立(きつりつ)した雄々(おお)しすぎる棒がびくんびくんと縦に震え、死んでいる牧羊犬が元気に飛び跳ねているかのごとく上下する。


 魔物が人間の貞操(ていそう)を狙ってくるのは世の常であれ、このサテュロスの性質は劣悪だ。酒乱であり、大の淫乱でもある。人畜や妖精、性別までをも関係なしに襲いかかってくるのだ。視界に入った動くものなら見境なく捕まえて(おか)すのがその本能。そして()()()としているのは、〝ニンフ族〟のような美麗(びれい)な女型妖精と、ナタリくんのような美少年なのである。


「そんなところに立っていないデ、こっちにおいデ、おいデ」


 サテュロスが、自らの(ぼう)をくいくい動かして(まね)いてくる。放り捨てられた牧羊犬は、ナタリくんの足元に落下し、反動で口が開き、どろどろした白い粘液(ねんえき)(あふ)れ出される。逃げようにも恐怖に支配された体はガタガタと震えるばかりで、一歩たりと動けない。


「はやく来イッ!」


 胸穴(むなあな)(ふく)らませて怒鳴(どな)られ、ナタリくんは尻もちをついた。なんとか逃げ出さねばと()つん()いになり、もと来た茂みに向かって必死になって這い進んでいく。


「ほォ~、みずから尻を差し出すとハ、殊勝(しゅしょう)ナ。いいゾ、そっちへ行ってやろウ」


 倒木がきしむと、ひっくひっくしゃくり上げられる音とともに、二本足のひづめが落ち葉を踏みつけている音とが、なぶるように近づいてくる。 


 ナタリくんは後方を(かえり)みずに茂みの入り口を目指す……が、間に合わなかった。あと少しというところで、ズシッとした重みが腰の上に加わり、見動けが取れなくなってしまった。(ひづめ)で踏みおさえられたのだ。


「このくらいのニンゲンでは馬のようにしてヤれないのがおしいナ」


 そう言われながら、ナタリくんは首根っこをつかまれ、強靭(きょうじん)な腕で持ち上げられる。向かい合わせにひっくり返されると、両(わき)をつかまれ、幼児が父親に高い高いをされるように掲げ上げられた。()いていた木靴(きぐつ)(ひら)たい顔面にいくら蹴りを入れれど、腕に生えた剛毛(ごうもう)をむしり抜けど、サテュロスは平然としている。胸穴から立ち昇ってくる酒臭い息に気持ち悪くなりながら、ズボンを脱がされる前にどうにかせねばと奮闘するが、そんなものなど気にならないとばかりに、抱えられてある体がゆっくり下げられていく。


 ついには、お尻に、先端が触れてしまい、もう無我夢中で「誰か!」と叫んだ。


 その刹那(せつな)、――



 シュュュンッッッッ!



 ナタリくんの鼻先を何かが(かす)めるように横切った。いや、落ちていった。彼とサテュロスとのわずかな空間を()うように、細長い物が上から降って来たのだ。それが通過したあとのサテュロスは笑顔から一転、脂汗(あぶらあせ)をかいてひきつっていた。ナタリくんが(あご)を引かせて下を向くよりも先に、放り出されていた。ふたたび地面に尻もちを着くかたちとなって前を向いたとき、落ちて来た物の正体がはっきり目にとまる。


 大地に突き刺さっているのは、銀色の光を反射させている長剣(ちょうけん)だった。そして、サテュロスの股間から()(かえ)っていたイチモツが、今では十字架のごとく立っている剣身から生えているように貼りついている。呆気(あっけ)にとられるナタリくんが見守るなか、イチモツはずるりずるりとブレードの面を(すべ)り下がっていき、一本の棒切れとなって崩れ落ちた。と、同時に、獣の雄叫(おたけ)びを上げたサテュロスが、切断された股間の断面をおさえ、のたうち回る。


 サテュロスの絶叫を()き消すような咆哮(ほうこう)が上空に(とどろ)いた。


 ハッとしたナタリくんが天を(あお)ぎ見る。


 青空をつかむように広がっている枝葉のさらにその上。

 悠然(ゆうぜん)と舞っている飛竜(ひりゅう)のシルエットが見えた。

 こちらに向かって滑空(かっくう)してくると、その背中にあった人影が飛び降りてくる。


 そうして天空より現れ、颯爽(さっそう)と降り立った人物こそ、我らが帝国国民の(ほま)れ、帝国空軍航空竜騎兵団第3飛行隊所属、イザベル・ワーナー少尉(18)その人なのである!


 イザベル少尉は先月末まで行われていた陸空軍合同演習からの帰投中だった。駐屯(ちゅうとん)する《フォルグレン砦》までの空路をワイバーンに騎乗して飛行していたところ、その紺碧(こんぺき)の海のような(ひとみ)で、絶体絶命の窮地(きゅうち)にあったナタリくんの姿を(はる)(たか)みから(とら)え、まさに助太刀(すけだち)となった長剣を投擲(とうてき)していたのだ。千里眼をもしのぐような視力もさることながら、寸分(すんぶん)(たが)わずイチモツだけを射抜(いぬ)いた投擲スキルも、アッパレと言うほかない。


「下がっていなさい」


 背を向けたままナタリくんに()げる見返りのイザベル少尉は、いついかなるときも崩すことのない玲瓏(れいろう)たるポーカーフェイス。その総身(そうしん)は、正式採用されてまもない戦闘装束に包まれていた。シルバーを基調としていた従来の甲冑(かっちゅう)防具の面影を、胸や肩まわり、四肢(しし)の一部にとどめ、残りの部位は黒いラバースーツによって覆われている。肉体線美の強調……もとい、耐空(たいくう)性ならびに機動性を重視して考案された、航空竜騎兵戦闘服――通称〝ドラグスーツ〟だ。


 銀髪をなびかせて正面に向き直ったイザベル少尉が、自身の()(たけ)ほどもある長剣〝グリフォンスレイヤー〟を大地から引き抜いく。『グリフォン殺しの剣』と名付けられてあるように、(あい)まみえたグリフォンとの空中接近時を想定し、ワイバーンの胴体に(そな)え付けられてある得物(えもの)。航空白兵(はくへい)戦用のために長丈(ながたけ)なのだ。

 その切っ先を、地べたでのたうつサテュロスにかざす。


「帝国の地に無用なる者よ、覚悟はいいか。国民の生命を(おびや)かした許しがたい罪により、これより貴様の首を(もら)い受ける」


「おのレェ……この女郎めろうガッ! 大きなイチモツをよくモ! 皆が二度見するイチモツをよくモ! 森羅万象がうらやむイチモツをよくモ!」


 怒りに我を忘れたサテュロスは、失われたカリの借りを返してやるゾ!、と胸穴から蒸気をヒイヒイ噴出させながら立ち上がる。短小となってしまったモノからは赤い血がだくだくと流れ出ていた。それでも怪力を発揮させて倒木を抱え上げると、イザベル少尉めがけて横殴りに()(はら)ってくる。


 メキメキッと(みき)をしならせて轟然と(せま)巨木(きょぼく)。静観していたナタリくんが思わず「ぶつかる!」と口にした直後には、完全に振り切られており、ものすごい風圧であたり一面の()()が舞い上がった。


 サテュロスは手応えを感じたのか、振り抜いた木を肩に(かつ)ぎ、すっかり(はじ)き飛ばした気になって、ドラグスーツ姿のイザベル少尉をキョロキョロと探す。しかし、どこにも転がっていないのだ。枯れ葉が舞い散るなか、茂みの手前にいたナタリくんが、こちらを見て、なぜか満面の笑み咲きほこらせているだけ。サテュロスの目には奇妙に映ったことだろう、ナタリくんが自分の喉元(のどもと)を指でちょんちょん指し示しているしぐさが……。


 そのしぐさの意味を(かい)したサテュロスが、視線を真下に落としたときにはもう、グリフォンスレイヤーのするどい切っ先が喉元から飛び出していた。


 イザベル少尉は疾風迅雷(しっぷうじんらい)跳躍(ちょうやく)でフルスイングを交わしていただけでなく、地上に舞い戻っていく枯れ葉に乗じ、肩に担がれてある倒木の上に、レッグアーマーの足裏を音もなくひらりと着地させていた。そして、サテュロスが前方にばかりかまけているうちに、後方からの鮮やかな刺突によって喉仏(のどぼとけ)を貫いていたのである。すでに仕留(しと)めらたも同然になっているのに、それに気づかないでイザベル少尉を探す様子が、ナタリくんにはおかしかったのだ。


「……ガッ」


 と、吐血(とけつ)まじりに発したのを最後に、サテュロスの首は宙に()ね上がった。



          ○



「あのときのベルちゃんは本当にすごかったんだ! 一撃必殺で、あっという間に倒してしまったんだから!」


 ナタリくんの興奮は冷めやらず、イザベル少尉の勇猛果敢(ゆうもうかかん)なる姿に対しての称賛、そして情愛深い配慮への感謝の念をとめどなく語って聞かせてくれた。


 サテュロスの単身討伐後、イザベル少尉はワイバーンを使って、ナタリくんを遊牧地まで送り届けてくれたのだそうだ。

 気抜けしてしまって足元のおぼつかないナタリくんを胸に抱え上げ、開けた場所に移動。上空を旋回待機していたワイバーンを呼笛(よびぶえ)で呼び寄せ、その背中へ一緒に騎乗(きじょう)したのである。


「僕はドラグスーツを着ているベルちゃんの後ろ側で、ワイバーンの背中にうつ伏せるようになって、落下してしまわないようにしっかり固定されていたのだけど、そこからの(なが)めが実に壮観(そうかん)だったんだ!」


 さらに遊牧地到着後、羊と牧羊犬に被害を出してしまったことを憂うナタリくんのことを気遣い、雇い主の羊飼いへの謝罪にまで着いてきてくれたなのだ。

 見張りを(おこた)ったナタリくんに落ち度はあれ、家畜を死に至らしめたのはサテュロスであり、その敵はこのとおり自分が討ち取ったから、どうか慈悲(じひ)ある処遇(しょぐう)をお願いする、と、証拠品として持ち帰っていたイチモツを提示して、イザベル少尉がじきじきに頭を下げたのである。


「おじさんの慌てっぷりはすごかったよ。『めっそうもない! 頭をお上げになってください!』って。それから『ベルちゃん……失礼! イザベル少尉にお会いできただけでなく、こうして言葉を交わせるだなんて恐悦至極! ……あのう、握手していただいてもいいですか!?』って大喜びだったんだ。手はもう一生洗わないって子供のようにはしゃいじゃって、それで僕は弁償もなにも一切無し!」


 こうして事態をまるくおさめたイザベル少尉は、「さらば」とクールに一言告げ、ワイバーンに乗って飛び立ち、(とりで)への帰途に着いたのである。


「僕はこの一件で、今まで気づくことのできていなかった真理を悟ることができたよ。おっぱいじゃないんだ、お尻に真価があったんだよ!」と、ナタリ少年は話を結んだ。

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