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[No.85] 【読者の集い】彼女の浮気現場をおさえてみたら……

 ♂ ベルナルド 23歳(シージメスト町・酒場店員)


 彼女と出会ったのは半年くらい前。うちの酒場に飲みに来ていたところに声をかけたのがきっかけ。カウンターで酔いつぶれてた客だったんだ。店じまいにするから帰ってもらおうとしたんだけれど、付き合っていた彼氏と喧嘩(けんか)してヤケ酒をしてたらしくて、「あのねぇ~聞いてよぉ~」なんて絡まれて。それで愚痴(ぐち)を聞いてあげてるうちになんとなく意気投合しちゃって、家に泊まらせてあげたんだ。


 その後、彼女は元カレと別れて俺と付き合い出したってとこ。

 まあ、俺が寝取った感じになるのかな。


 最近までは順風満帆だったんだよ。

 昼の付き合いも夜の付き合いもつつがなく。


 それなのにさ……。


 体にふれさせてもらえなくなったのは二週間くらい前。彼女はわりと好色(こうしょく)なタチだったんだけど、それが急にぱったり。なにかと言い訳をつけて「今日は会えないや」なんてデートすら(こば)まれるようになっちゃって。「欲しがってたアミュレットを買ってあげるからさ」って、物で釣ってどうにか誘い出しても、日が暮れる前にはさようなら。


 浮気を強く(うたが)ったのは彼女が付けてる香水。


 彼女は色んな種類の香水を持ってて気分に合わせて変えてるんだけど、オーケーの日には必ず決まった香水を付けてくるんだ。『チェドル&バッカーナ』っていうやつ。その匂いが目印というか鼻印で、「今日はその気があるんだ」って会った瞬間からわかるから確認の手間が(はぶ)けるし、こっちもウキウキな気分にさせてくれる匂いになってたんだ。


 なってたんだけどさ……。


 はやばやと帰っちゃう日でも、その『チェドル&バッカーナ』の香水を付けて来てたんだ。というか、物で誘い出すようになってからは、毎回その香水だったんだよ。一度目のときは、「この香水付けてても気が乗らないときがあるのか」なんて思ってたんだけど、二度三度って続いて来ると「……おかしいな?」ってさすがに思い始めて。でも、浮気してる、って疑いたくないから、――


 ……ちょっと趣向(しゅこう)を変えて強引な行為を望んでるのかな?


 そう思うことにした。


 で、昨日[※本新掲載の二日前]の夕方泉デートとき、木陰(こかげ)に連れ込んでむりやり押さえつけてみたんだ。

 そしたら、


「やめて! 魔物みたいなことしないでよね!」


 彼女、ブチギレだったよ。

 付き合って半年間見たことのない形相(ぎょうそう)

 怒ってそのまま帰っちゃった。

 いろいろと溜まってた俺もそこでついに我慢の限界。

 浮気現場を突き止めてやろう、とすぐに追いかけたんだ。


 彼女が向かった先は自宅。でも入っていったのは母屋じゃない。彼女の家で養羊ようよう業をやってて羊舎(ようしゃ)が近くに建ってるんだけど、その羊舎に入って行ったんだ。彼女が香水を常にふりかけているのは家畜の臭いを打ち消す意味合いもあったのかな。それはそうと、とにかく入っていったのは羊舎のほう。


 俺は、そこで男とあいびきしてるんだと踏んで、彼女が入ったあとからこっそり忍び込んだんだ。……けどさ、羊舎内には、彼女以外に人は居なかったんだよ。羊の群れが(さく)で仕切られた寝床に居るだけ。ふわふわな白い毛玉の体を寄せ合って眠っていたり、メェーメェー鳴いていたり、餌場の草をはんでいるだけなんだ。


 ……男が待ってるんじゃないのか? それともこれから来る?


 そんなことを思っているうちに、彼女は服を脱ぎ出してた。

 干し草の上にすべてを放って、全裸になったんだ。

 そして嬉しそうに含み笑いながら、羊たちの寝床のほうへ向かっていくんだ。

 内太ももがすでに濡れ光っているのを遠巻きに目にしてしまい、俺はゾッとしたよ。


 ……まさか、ヒツジと!?


 柵の敷居(しきい)まで来てしゃがんだ裸の彼女は、奥でかたまっていた羊たちに手招くような合図を送った。すると、かたまりの中から一頭だけ抜け出して近づいてくるやつがいたんだ。そいつは細くて黒色の体をしていた。羊じゃなくて黒山羊クロヤギが一頭だけまざってたんだ。


 メェ~、と鳴き声をあげるクロヤギの頭をやさしく撫でてたあと、彼女はしゃがんだまま両(ひざ)を開いてみせた。クロヤギは当然のごとく横木の間から頭を差し出したよ。なにをさせているかは、彼女の(なま)めかしい声であきらかだったね。


 ……俺は彼女をヤギなんかに寝取られてたのか。 


 俺との行為では一度だって出したことのないような(あえ)ぎ声を聞きながら、頭を抱えてしまったよ。

 俺はヤギ以下だったのか、ヤギのほうが満足するのか、と思うと悪夢。

 ()められるのがいいのなら我慢してそうしていたのにな、クロヤギのように「ンメェ~!」とでも言って欲しかったのか、なんて思いながら、ふと顔を戻したところで、俺は驚いて、声を上げそうになった口元をおさえた。


 彼女の(また)の間から首を引っ込めたクロヤギの頭が、人間の男のものに変わっていたんだ。弓なりに二本生えた(つの)はそのままで、他の造りは、俺や彼女くらいの年頃の、若い美形の男なんだよ。無造作ヘアの黒髪で、鼻も耳も唇の造形も人間の男そのものになっている。目の玉は、白目部分が山羊の名残をのこした黄色のままだったけれど、瞳はマイナスドライバーみたいな横棒から、丸い人間の瞳孔(どうこう)になってた。


 人頭(じんとう)羊体(ようたい)の魔物かと思ったよ。


 でもさらに姿が変わっていったんだ。


 立ち上がった彼女が柵に向かってお尻を突き出すようにすると、その人頭クロヤギも後ろ足で立ち上がった。そうやって柵越しにジタバタと寄り掛かったときには、前足が彼女の腰くらいまでしか届いていなかったんだ。けど、みるみるうちに体長が伸びていって、成人男性くらいになったんだよ。背丈が伸びるにつれて、上半身も人の男の体つきになってた。筋肉がボコボコとうごめき、体毛は皮膚に吸収されるように縮み、細々としていた前足が膨らんで発達した腕に変わり、ひづめはすっかり五本の指が生えた手。


 上半身が男で下半身が山羊のバケモノになったんだよ。


 そいつは彼女の両腕を後ろからつかんで引き寄せると、ついに行為に及びだした。


 彼女が魔物に犯されているのだから助けるのが彼氏の務め……なんだけどさ、恍惚(こうこつ)としてよがり狂う彼女を見ていると、その気がまったく起きなかったんだ。相手はオスの半人半獣型魔物なのだから、素性(すじょう)を知らないにしても凶暴なのは目に見えている。丸腰の俺ひとりで(かな)うわけがなく、せいぜい時間稼ぎのおとり役になるのが精一杯。


 でも彼女は、望んで犯されている『魅了状態』になっているわけだ。逃げろといっても、きっと逃げてくれない。だからどうも体を張る気になれなかった。俺がイチコロにされてしまったあと、その死体の横で、行為の続きをするとしか思えなかったんだよ。


 けっきょく俺は、魔物と彼女の両方に対する怒りや、悲しさ打ちひしがれながら、行為が終わるまでの間ずっと物陰に隠れたままだった。情けないね……。けどそのおかげで、魔物の正体を突き止めることができたんだ。


 絶頂に達した魔物の背中から、コウモリのような黒い羽がビュンッと飛び出てきた。


 それで「あっ!」となったんだ。


 〝インキュバス〟だって気づけたんだよ。

 性技(せいぎ)(とりこ)にした女性を(はら)ませて繁殖する、あの〝夢魔(むま)〟の一種で。

 現れるときにはその人が理想とする姿形で現れる。


 ということは、つまり……。


「上はもちろん男だけど、下はやっぱり山羊のほうがいいんだよねぇ~」


 インキュバスが飛び去って行ったあと、干し草の上に寝転がった彼女がぽつりと(こぼ)した言葉を聞いて、俺のしがらみは一切なくなったよ。


 寝取られた相手が夢魔なら、分が悪い、しょうがないっても思えるし。


 彼女とは速攻で別れて、また酔いつぶれてる女性に声をかけてみることにします。そのときにはこの悪夢を思い出さないように、『チェドル&バッカーナ』を付けている子以外で。

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[No.82] 【週刊 呪術師ミィーワの毒沼】

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