[No.80] 散歩中に海辺で拾った〝黒い板〟がオークションで巨額の落札
海岸にはいろいろな物が流れ着く。海藻や流木、海洋生物の死骸、ボトルメッセージ、日用品の残骸、ときとして近場で溺れた人間の遺体など……。それら漂着物のほとんどは無価値なものだったり、たんにゴミだったり、忌避して通りたくなるようなものだったりする。しかし極稀に、一攫千金を狙って命を懸けるトレジャーハンターが「やってられないよ」と嘆きたくなるような、物凄いお宝が紛れ込んでいるようだ。
《ピラジシュト港》近くの村に住む専業主婦・タスリーン(53)さんが、犬の散歩中に浜辺で拾った〝黒い板〟のがらくたを、《グベモアータ市》で開催されたオークションに出品したところ、1億コバーンという目玉も飛び出るほどとんでもない超絶破格の値がつけられて落札されたのである。
タスリーンさんが〝黒い板〟を見つけたのは先月のこと。
嵐が過ぎ去ったあとで、海岸線にはいつも以上の漂着物があった。
若いころのタスリーンさんは、何か使えそうなものがないか、と宝探し気分で見回ることが多かったようだが、大層な物など見つけたためしがなく、今ではすっかり関心を払わないようになっていた。
彼女の代わりに興味津々になっているは、一年ほど前から飼いはじめた雑種犬・アーサー(♂)。彼には砂浜に落ちている物を目にするたびに近づいていき匂いをくんくん嗅ぐ癖があるため、嵐後ともなると散歩が半日がかりになってしまうほどである。
そして、このアーサーが、誰しもが羨む大山を探し当てることになったのだ。
流木の傍らで匂いを嗅いでいたアーサーが、ワンワンッ!、と頻りに吠えだした。めったなことでは鳴かない犬だったので、タスリーンさんが気になって近づいてみた。すると〝黒い板〟が砂地に埋まるようにして立っているのを目にする。大きなものではない。大人の手のひらサイズで、長方形をした真っ黒な薄板だった。
アーサーが吠え立てているのは、その〝黒い板〟が、ブブブッという小さな音を発し、羽をむしられた昆虫のように振動していたからのようである。震えては止まり、止まっては震えるという振動を繰り返し、板の先端部はホタルの光のように点滅してもいる。
無機質な板にしか見えないながら、タスリーンさんも、初めて目にする生き物ではないかと訝った。だが、木の棒でつついて様子を見ているうちに、まったく動きも光もしなくなってしまう。恐る恐る手にとって見ると、やはり生物とは思えない。硬さと重みがあって石版じみているが、滑らかな肌触りはけして石などではない。片面はガラス張りのようになっていて、人の像をわずかに反射させている。手鏡としては使い物にはならないだろう。
最終的に、用途不明ながらくただ、とタスリーンさんは思ったが、その見慣れなさが気になって、とりあえず持ち帰ることにした。
その後、家族や知人に見せてみたが、それが何か知っている者は誰一人としていなかった。村にやってきた行商人や冒険者を見つけ、これは何かと尋ねもしたが、彼らですら知らないと首を振る。
「価値があるようには思えない」
そう言われつづけたが、〝黒い板〟の正体を特定できる人物は皆無なのだ。
これは本来そんじょそこらに転がっているような代物ではないのだろう、と前向きにとらえたタスリーンさんは、グベモアータ市で目利きの集まるオークションが開かれることを聞きつけ、物は試しと出品してみた。
結果、1億コバーンの大金が転がり込んだのである。
「落札価格を聞いた瞬間、嬉しすぎて卒倒しちゃったわよ! 目が覚めて夢じゃないんだわっ!、ってわかったときも気絶して、二回意識がふき飛ぶ嬉しさ! なんたって1億よ、1億! 嗅ぎつけてくれたアーサーには感謝してるわ! これからは好物の鶏の骨を毎日食べさせてあげなくちゃね!」
この1億コバーンという巨額をはたいて落札したのは、帝国軍人のラシッド・ノア伍長(22)である。個人としての参加ではなく、帝国軍統帥部からの命によって派遣され、軍の一任務として入札を行っていた。
「競売で入手するに至ったこの〝黒い板〟は、我々帝国軍が〝モノリス〟と名付けているものだ。詳細を明かすことはできないが、かつて人類を存亡の危機においやった魔王の遺物と考えられ、予見されている魔王再臨を防ぐ手立てを模索する上での、重要な研究材料のひとつになっている」と、開示可能な範囲内でラシッド伍長は話してくれた。
〝モノリス〟には今回見つかった黒色のものの他に、片面が真っ白いものも存在しているという。黒いものは〝ブラック・モノリス〟、白いものは〝ホワイト・モノリス〟と呼称して区別されているとのこと。
嵐のあとの海辺で発見されるケースが比較的多いそうだ。
帝国軍では今後も〝モノリス〟の収集にあたっていくようである。
なお、今回提示された1億コバーンは、見つかった〝モノリス〟が極めて良好な状態だったための特例中の特例であるとのこと。それでも拾い物が巨万のコバーン硬貨に化ける可能性があるならば、人々にとって魅力的だろう。遊泳を楽しむ水着姿の人々にまじり、目を光らせて浜辺を這い回るトレジャーハンターが増えそうである。
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