[No.78] 【読者の集い】私のおっぱいです……
♀ ダマヤ 18歳(ビルスタッツ町・休職中)
現在、帝国国内をさまよい皆様をお騒がせしてしまっているのは、なにを隠そう、私のおっぱいです。
私の胸から逃亡してしまったおっぱいの足跡……いえ、乳跡をたどることができたことで、平板になった胸をホッと撫で下ろしているのと、ついに新聞沙汰になってしまったかという恥ずかしさで、複雑な心境にあります。予期していた事態だったため、恥部を晒される前にはやく見つけ出して捕まえなければと思っていたのですが、間に合わず、残念でなりません……。
もうこの際なので、経緯のなにもかもを洗いざらい公にし、持ち主の私からも情報を募ることにします。
長々と書き散らしますが、ご了承ください……。
○
私は幼い頃からおっぱいが大きいことが悩みでした。こういうことを言うと気を悪くする人も居ることはわかっているのですが……私は本当に、もっと小さくなってくれないかなと、ずっと悩み続けていました。
重みなどによる身体への負担、服のサイズ変更にともなう出費、男の人からの視線や発言といった問題もあるのですが、一番嫌なことは、魔物に狙われやすい性質です。その事実知ったときから、ふくらみを増していくことが恐怖でしかなくなったのです。周りの女子と見比べる限り、もしものとき犠牲になるのは私なのだろう、と……。
そんな強迫観念に縛られて生きてきたのですが、先月末ころ、〝クラウド・ルーマーズ〟から興味深い噂話を入手したのです。あの、人の噂話を集めてよその人に聞かせてまわるという、割とどこにでも出没する雲型妖精からですね。「あんな〝雲の便り〟なんかに耳を貸すもんじゃありませんよ」と昔から母に言われていたのですが、こればかりは耳をそばだてずにはいられませんでした。
私が小道を歩いていたところに、ふらっと風にのって現れたクラウド・ルーマーズは、十代くらいの若い少女二人が交わしていたと思われる噂を、その綿菓子のような白雲の体から発信してきたのです。
『ねえねえ、〝乳精霊〟って知ってる?』
『チチ精霊? チチって、おっぱいのこと?』
『そうそう。おっぱいを大きくしてくれる副霊がいるんだって』
『ええ~、そんなバカバカしい精霊がいるわけないって』
『それが本当なの。この古い精霊図鑑に載ってたんだから』
『わっ、マジじゃん! いいな~、どこにいるんだろ』
『ビルスタッツって町だって』
『遠いよぉ~』
めっちゃ地元じゃん!、と私は思わずツッコミを入れていました。もっと会話を聞きたかったのでしが、クラウド・ルーマーズは風の向くままに流されて行ってしまいました。
おっぱいを大きくすることができるなら、逆に、小さくすることだってできるのでは……?
そう頭を働かせてしまった私は、ダメ元で所在地を探ってみることにしました。聞き込み調査は恥ずかしさがあってできませんでした。それにたぶん、町人に聞いても無駄だろうとも思いました。乳を司る精霊がこの町にいるなど、生まれてこの方ずっと町内に住んでいた私でも初耳だったので、存在するとしたらおそらくは、今では忘れさられてしまっている古精霊のはずだと考えたからです。
調査には町の図書館を利用しました。文献を手当り次第にあさって、その記述を見つける作戦です。精霊に関する書籍よりも、このビルスタッツの町について書かれた郷土史がいいだろうと思い、本棚からいくつも引き抜いて、図書館の机に積み上げました。そして、紐解いた一冊目からアタリを引いたのです。
乳精霊はこの世にたしかに存在し、〝お乳様〟と呼ばれているようです。
その古い郷土史の記述によると、この町にはお乳様の〝精社〟があるということでした。精霊の住まいとして設けられる大規模な〝精殿〟の方ではなく、そこに住んではいないけれど精霊と連絡をとれるようにつくられた小規模な社の方です。
私は喜び勇んで精社があると記された場所へと向かいました。
しかし、到着した私は愕然としてしまいました。文献によれば、そこは森の中のはずです。でも、目の前に広がっていたのはライ麦畑だったのです。時が経ち、すっかり開拓されていたのでした。
社は潰されてしまったんだ……連絡手段は絶たれている……。
そう失望して帰ろうとしたところ、やや不自然な情景が視界にあったことに気づきました。黄金色の穂がたなびいている一画に、緑色の空間がポツンとある。つまり、そこだけなぜか草木が残されたままになっているのです。
私はすがる思いで穂をかき分けて行きました。
「あった……見つけた! お乳様の精社!」
相当やっつけ仕事な社でした。石造りでもありません。立木を真横に切り、幹に虚穴を開け、屋根をつけただけのような、みすぼらしい木造の佇まい。苔生して朽ちかけている屋根は、身長が160cmほどの私より低いところにありました。しかし、〝御精体〟が収められてあることから、社は社です。
その連絡器となっている御精体は、乳房のかたちをした石製で、上乳部分には『乳精霊様』とバッチリ刻印されてありました。私はすぐに財布から5コバーン硬貨を取り出して、御精体の上に載せ置き、あなた様と話がある人間が来ましたよ、と合図を送りました。
ですが、待ってみてもその〝お声〟が返ってきません。
「お乳様、私はおっぱいが大きすぎることに悩んでおります。どうかそのお力で小さくしていただけませんか? なにとぞお声をお聞かせください!」
儀礼通りに両膝を地面に立て、胸の前に手を組み合わせて祈りを捧げてみても、うんともすんとも返ってはきませんでした。やはり大きくするだけで小さくするのは無理ということなのでしょうか……いいえ、精霊は気分屋なので、今日は気が向かないだけなのかもしれない、そうに違いない。
と、その日は帰ることにし、日をあらためてお願いしにくることにしました。是非をうかがい知るまでは根気よく通おう、たとえ断られても聞き入れてくれるまでは粘ってやろう、という気まんまんだったのです。
しかし、その日の夜のことでした――
「これっ、起きんか、町娘っ!」
「ァ痛っ!?」
眠っていた私は何者かに頭をひっぱたかれて目を覚ましました。
「精社にて、われに〝呼び掛けの儀〟を行ったのはそなたじゃな?」
寝ぼけた頭は聞こえてきた精霊口調にハッとなり、私はベッドから飛び起きました。
「はい、私で…………えぇぇぇえええっ!?」
「なにを驚いておる」
「……お乳様でいらっしゃられますよね?」
「如何にも。われは乳精霊である」
「〝男精〟だったんですか……」
部屋の中に発光しながら浮遊していたそのお姿は、男人型精霊だったのです。人間で言うならば三十代後半でしょうか。くるくるとカールした髪の毛、力強い眉と瞳、それから口周りの無精髭。ダンディーなおじさんというような印象。筋肉質な体を覆っているのは、大学で哲学を教える教授のような白い一枚衣でした。
お乳様は、深みのある低い声でおっしゃいました。
「なんぞ問題でも?」
「い、いえ。若くて豊麗な女人型精霊様とばかり思っていたものでしたので……」
「ふんっ。ナンセンス」
「……は?」
「まあよい。それより、精社前にて申していた事柄を今一度この場で口してみよ」
私は戸惑いました。相手は精霊とはいえ、見た目は人間の男性。おっぱいに関することを口に出すのは少々気が引けてしまいます。……けれども、直対面までこぎつけた絶好機を逃すわけにはいきません。
「あの……そのですね……私のおっぱいを……おっぱいをどうか小さくしていただけませんでしょうか!」
「そなたは貧乳がいいと申すのか? 貧乳が? 貧乳がいいと? 貧乳がぁア?」
「……そ、そうです。どうか良きおとりはからいを!」
「嗚呼、なんと嘆かわしい!」と、お乳様は白衣で御尊顔を覆いになられました。「人の子の声を久しく聞いたかと思えば、とんだ戯言を!」
「ふざけているのではありません! 私は本当に小さくしていただきたくて!」
「昔の人の子はそうではなかったであろう……」
お乳様が言われになったことが、かつて町を襲った飢饉や人魔対戦期を指していることは、読んだ郷土史に記載があったので理解できました。深刻な食糧不足に陥ったその頃には『生まれてくる我が子のためにもっと乳を大きく』『母乳の出がよくなるように』と懇願する町人が、たえず精社に押しかけていたそうなのです。
どうにか聞き入れてもらわなければならないと、私は必死で食い下がりました。
「時代は変わったのです! 現在では人の悩みや種々様々なのです! 私のように大きいことで悩んでいる人も珍しくはないのです! ですからどうか――」
「そなたは、その類まれなる見事な乳が――巨乳など要らんと申すのだな?」
「はい、そうです!」
「よろしい。その望み、聞き入れてしんぜよう」
お乳様は、私のおっぱいに向けて手を差し伸ばし、
パチン!
と、指を鳴らしました。その直後――
ずるんっ!
おっぱいが根本から床へと滑り落ちたのです……。
両足の指先に乗った重い乳袋。つんと真上を向いている乳頭。
私の口は顎が外れそうになるくらい開けっぴろげになりました。震える手で上着を捲りあげて見ると、性別のない人型小妖精のように、ポチリとしたものも付いていない、たんに平べったいだけの、皮膚が張られた板になってしまっていました。
「私の……おっ……おっぱ……おっぱいがぁっ!?」
「要らんのであろう?」
「た……頼んだのは小さくしてほしいと……」
「無ければもっとよいであろう」
「よくない! 今すぐ戻して……ください!」
「イ~ヤ~じゃ~」
「…………」
「アデュー!」
「ちょ待っ……!?」
お乳様は制止などはまるで無視し、長い白衣をマントのように勢いよく翻すと、パッ、とそのお姿を消してしまったのです。私は拾い上げた二つのおっぱいを両手に持ち、放心するしかありません。そうして途方に暮れていたところ、お声だけが頭上から降り届けられられました。
『もし、そなたが悔い改め、元通りにくっつけて欲しいと切に願うのであれば、そのナイスでセクシーでグラマラスかつ前衛的な豊満乳房を携え、われの精社を再度訪れよ』
「今すぐ! 今すぐ願います! だから――」
『精社を訪れよ、とわれは言ったのじゃ。ふっ。しかしそれは難題ぞ』
「どういうことです……?」
『町娘よ、ベストを尽くせ』
「……はい?」
『その二つの乳は、逃げて、さまよう』
途端に、手のひらにあった乳房が生を吹き込まれたようになって、ふよんふよんと蠢き出したのです。私は驚きのあまり「きゃっ!?」とおもいきり放り出してしまいました。宙を舞った乳房たちは、ビタンッ、と窓ガラスに張り付いたあと、ずり落ちるさなかに片乳が取っ手を包み込み、一度床に着地したもう一方が自分で跳ね上がって窓枠に突撃。そうして窓を開け放してしまい、二つそろって屋外へと出ていってしまったのです。
あっけにとられていた私は頭を抱えて叫びました。
「おっぱいが逃げた!」
○
以上が、私のおっぱいがさまよい出すことになった経緯です。
……はぁ。
綴っていて溜め息しか出てきません。
それ以来私は、普段の生活では人にバレてしまわないよう胸衣に詰め物をして偽乳を作り、「魔物から少し厄介な呪いをかけられてしまって」と〝呪い有給〟を取って仕事を休み、虫取りや小妖精の採取で使う棒網と頑丈な鍵付きの鳥かごを携え、そのときには不審に思われないように少年の姿に変装し、逃走してしまったおっぱいをやけくそになって探し回っていました。
記事によるとビルスタッツの町を離れ、だいぶ遠くまで行ってしまったようなので、私の力だけは解決が困難です。
皆様どうか、おっぱいの逮捕にご協力ください!
私のもとに返してください!
その際にはキズが付いてしまわないよう適切な配慮していただけたらと願います……。
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