[No.77] さまようおっぱい
先頃、弊社宛てに、「おっぱいがさまよっていた」という趣旨の手紙が送られてきました。人の乳房のようなものが庭を這い進んでいた、と綴られてあったのです。我々は、よくある悪戯投書だと判断して、見向きもしませんでした。実は、ありもしない創作話を送りつけ、記事にしてもらい、おもしろがろうとする困った人たちが少なくないのです。
しかしその後も、投書がやむことがありません。
〝さまようおっぱい〟の目撃談が相次いで送られて来るようになったのです。
「スライムではない。確かにおっぱいだった」「あれは魔物なのか?」「危険は無いのでしょうか?」「ハンターギルドや自警団に知らせても、まるで相手にしてもらえない」「ついに頭が変になったと疑われて町医者に連れて行かれてしまいました」「新聞社で調査していただけませんか?」
筆記字体や投函場所などから、すべて別人によって書かれたものだとわかりました。悪戯にしては手が込んでいて、住所の記載もあったので、これはもう看過しておくわけにはいきません。我々は初動の対応をあらため、取材班を現地へ派遣するに至りました。
以下は、そのとき聞き込みで得た情報のいくつかを抜粋したものです。
○
■買い物帰りの主婦のケース■
道端で冒険者ごっこをしている子供たちを見かけた。木製の剣を地面に向けて何かをつついているらしい。「スライムをやっつけろ!」と言う声が聞こえてくる。いくら低級な魔物だろうと小さな子供で討伐するのは危ないと思い、慌てて制止に入った。だが、子供たちがスライムと呼んでいた二つのモノが目に飛び込んでくると、主婦は絶句してしまう。
彼女の目にはどう見てたって、おっぱいに見えた。自分の胸にもある一対の山なりが、地面に落ちているように見えてならない。しかし、そうであるはずがない。乳房は取り外しなどできないのだ。ましてや、ひとりでに動くはずがない……。
二匹のおっぱい形状の生き物は、釣り鐘型の丸みをふよふよと動かして地面を這い進んだ。子供たちが「こいつら逃げるぞ!」と追いかけ、輪になって取り囲み、また木剣の先でつつきだす。
むにゅんっ、と押しつぶされてしまったのを目の当たりした主婦は思わず自らの胸をおさえた。自分のものと比べる相当大きいが、外観は女性のソレそのもののため、痛みが直に伝わってくるようなシンパシーを感じたのだ。気づけば「イジメるのはやめなさい!」と怒鳴り声を上げていた。びっくりした子供たちは逃げていった。
解放されたおっぱいのようなものたちは、すぐに丸みを取り戻し、お礼でもするかのように上下に伸び縮みした。そして、安堵と気味悪さを表情に滲ませた主婦が見守るなか、二匹で寄り添うようにして、近くにあった茂みへ分け入って行ったのだった。
■青年釣り人のケース■
渓流釣りをしていると、上流から二つの半球体がどんぶらこと浮き沈みしながら流されてきた。釣り人が網で掬って覗くと、網底でかたまっているさまは、二つの大きな肉饅頭のように見える。
食欲旺盛な人が川辺で食事をしていた落としてしまったのだろうか。
そう思いながら取り出したところ、……おや?、と意外な感触を手のひら一面に受ける。張りのある表面と柔らかな内側の心地よい感触が、若妻の乳房をつかんだときに似ていたのだ。
ひっくり返してみると、目を皿にした。
乳首と乳輪のようなものが付いている!
円の中心にポチッとした突起がある様子は、まさにソレだった。もう一方もつかみ上げて確認すると、やはり、付いている。顔を近づけて見れば見るほどに女性の乳房なのだ。突起の先端には口のような切れ込みがあり、桃色の円盤には小さなブツブツだってある。片一方の半球体には、ホクロのような黒点が付着しているのも見受けられた。
そうやって息も吹き掛かる距離で観察していたところ、ブルブルとした振動が両腕に伝わってきた。両手に握り持っていた二つのかたまりが、身悶えするがごとくその半球体を揺さぶり出したのだ。
驚いた釣り人が放り出すと、二つのおっぱいのようなものは、ふたたび水面に揉まれながら下流へと流されていったのだった。
■少年冒険者のケース■
ソロ行動で森に入っていたときに、近くの茂みがガサゴソと音を立てた。少年冒険者は魔物かと危ぶみ、腰に挿していた段平剣(ブロードソード)の柄に手をかけて身構える。草むらから現れたのは二匹のスライム……に一瞬見えたが、どうも違った。
ドーム型の胴体はスライムそのものなのだが、てっぺんにあるはずの一本角のような突起が見られない。いや、かろうじて出っ張りはあるのだが、檸檬の頭のようなわずかばかりのもので、盛り上がりに欠けている。それにくわえて人肌のような色合いの表皮は透けてもいない。
スライムだったら斬りかかっていたところだが、自分の知らない新手の魔物だと思って慎重になった。駆け出しの身の上、まだ力関係を計り知るのは難しい。その二匹の魔物もこちらに気づいたようで、ふよふよと這いずっていた動きを止めた。
息を殺して出方をうかがう。魔物の目は脳天にあるようだ。ピンク色の一つ目だった。視線を逸らさぬよう瞬きもせず凝視する。するとどういうわけか、股間がムズムズとうずいてきた。淫らなことを考えたときのような感覚だと思ったが、違うのだろう……。
魔物が魔法攻撃を仕掛けてきてるんだ!
先手を打たれたと焦った少年冒険者は段平剣を引き抜いて駆け出した。股間のふくらみが擦れて痛みをともなったが我慢する。この張り裂けそうにズキズキとする痛みを生じさせているのは、あの魔物の魔法のせいなのだ、はやく討伐しなければならない、という一心だった。
距離を詰め、剣を高らかに振りかぶる。袈裟懸けに斬りかかろうとしたところで、――
ぴゅぴゅっ!
と、魔物から第二弾の攻撃を受けた。ピンク色の一つ目から白い液体を放出してきたのである。それを顔面に受けてしまった少年冒険者は、たじろぎ、溶解液か!?、と慌てふためく。
手にはめていた革のグローブで必死で拭ったのち、ハッと顔をあげたときには、スライムに似た二匹の魔物は姿をくらませていた。安堵して尻餅をつき、グローブの匂いをかいでみると、ミルクをこぼしたような嫌な乳臭さを漂わせているのだった。
○
上記の例以外にも、詳細かつ信憑性のある情報を多数集めることができました。残念ながら取材中にその姿を発見するには至りませんでしたが、この二匹の乳房型生物はたしかに帝国国内に生息しているものと考えられ、我々は今後とも情報収集に努めてまいります。
購読者の皆様も引き続き目撃情報の提供をよろしくお願いいたします。
¶関連記事¶
[No.78] 【読者の集い】私のおっぱいです……
[No.87] 【読者の集い】あたしは元気ですよぉー(笑)