[No.76] 栄枯盛衰の双子精霊〝ザーシ&ラーシ〟
これより記す話は、奥深い山々に囲まれた地《トゥオーノ郷》で発生した精霊との遭遇事案である。
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同郷内で暮らす農夫・チャマグさん(43)は、その日の夕刻、隣町での野暮用を終え、村の入口になっている石橋の手前まで帰ってきたところだった。暗くなるまえにたどり着けたことにホッとしながら歩みを進めていると、石橋のほとりに人がいることに気づく。
見慣れない二人の女の子だった。手をつなぎ合っている二人の背丈はだいぶ低い。5~6歳ほどの幼児に見え。それも双子のようである。同じ身長で、赤い上着のペアルック、金髪の頭もおそろいの散切りボブヘアー。
その姉妹二人で遊んでいたところらしく、赤いボール球を代わり番こについている。もう日が傾いているにもかかわらず、幼い女の子だけで村境にいるのは危険極まりない。
チャマグさんは石橋にさしかかると、遊んでいた二人に、今すぐ家へ帰るように声を掛けた。姉妹が球つきをやめ、まったく同じタイミングでこちらを振り向く。赤いほっぺたが可愛らしい器量の良い二つの相貌は、鏡写しになっているのではないかと思われるほど瓜二つだ。
姉妹は鼻で笑い合うようにしたあと、手をつないだまま仲良く歩き出した。しかし方向が違っている。村に帰るのではなく、村から出ていこうとするかのように石橋を渡って来たのである。チャマグさんが制止の声をあげるが、それを無視して脇を通って行こうとする。さすがに見過ごすわけにはいかず、手を伸ばしていた。
「無礼者。わらわにふれるでない」
「無礼者。姉さまにふれるでない」
チャマグさんが腕をつかまえた赤球を抱えているほうの女の子が先にいい、もう一方の女の子がすぐあとに続いた。両者とも声音まで瓜二つだ。声の高さとたどたどしさは歳相応だったが、その言葉遣いは大人びたもので、格式張った精霊が喋りそうな物言いでもある。
チャマグさんは、自分が連れて帰ったほうが良さそうだと判断して、村のどのあたりに住んでいるのかを二人に尋ねた。すると姉が家主の名前を口にし、妹がまた真似をするように繰り返す。それを聞いたチャマグさんは、変だなと首をかしげた。
二人が挙げたのは、チャマグさんも知っている男性の名だった。村一番の豪農なので知らない者はいないだろう。……しかし、彼に子供は二人いるが、いずれも男で、青年と呼べる年頃のはず。こんな幼い女双子がいるなど、聞いたことがないのだ。一応名を尋ねてみれば、
「ザーシ」と姉が答え、
「ラーシ」と妹が続く。
やはり聞き覚えのある名前ではない。豪農の家の者だというのはなにかの間違いだと思って訊き返すが、姉妹は完全一致の動きで首をふり、その豪農の男の家に住んでいると言い張る。
「されど、それも今日までじゃ。わらわが飽きてしまったからのう」
「然り。今日までじゃ。姉さまが飽きてしまったからのう」
そして二人は、これから隣町へ向かうのだ、と語った。チャマグさんは怪訝になりながらも、幼い子供だけで今から村を出るなど危険だと諭すが、姉妹はそろって平然とした顔つき。長いまつ毛の生える瞼を同時にパチパチとまばたかせ、心配はいらぬ、と言ってきかない。
「これを見れば、汝でも事解できよう」
「然り。人の子でも理か……事解できよう」
不意に、姉のザーシが、携えていた赤球を手放した。
そのボールはたんに真下へ向かって自然に放されただけだったが、地面で弾むと、なぜか勢いづき、橙色に染まっている空に向かって高く跳ね上がる。チャマグさんが思わず目で追い、赤球がふたたび地面まで戻ってくる様子を眺めているうちに、目の前にいたはずの双子姉妹が姿を消してしまっていた。えっ?、と発するがはやいか、着地した赤球が直後に無数の花びらと化して四方に飛び散る。
驚いて尻もちをついたチャマグさんの周りを、浮遊した赤い花びらが踊るようにぐるぐる回り、そして、子供が愉快に鼻を鳴らし笑う声とともに、渦を巻きながら夕空に立ち昇っていき、一本の線となって隣村のある方角へと飛び去っていってしまったのだった。
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――あの姉妹は精霊だったに違いない……。
そうチャマグさんが思ったとおり、彼女たちは〝ザーシ&ラーシ〟という、幸運をもたらすとされている女童型双子精霊である。
精霊は一般的に、姿を見せること見られることを好まず、人がそうそうに立ち入っていけないような場所にひきこもっていることが多い。しかし例外もあり、むしろ人に近しいところ、それこそ民家などに間借りして、妖精のようにひっそりと住み着いているような変わりものもいる。
ザーシ&ラーシは後者にあたり、民家を渡り歩く移住精霊だ。また、精霊の顕現は、儀式や召喚によってようやく目に見えるようになるのが通例だが、この双子精霊の場合は異なり、完全に自由意志で姿を現したり消えたりするので、勝手気ままさが他の精霊よりも一段上である。
ザーシ&ラーシが家に住み着くと、滞在によるパッシブ効果により、運気が運び込まれ、裕福な暮らしを送ることができる。現に、彼女たちが居たトゥオーノ郷の家は栄え、村一番の豪農になっていた。
このような話を聞けば、ぜひ我が家に住み着いてくれ!、と思うことだろう。しかし、身の毛もよだつような側面もあるのだ。
チャマグさんがザーシ&ラーシと遭遇したあと、時を経ずして、その豪農の家はあっという間に没落することになったのである。家主である男をはじめ、父、母、妻、二人の息子の、一家六人全員が毒キノコを食べてしまったことによる中毒で死亡したのである。
この不幸は、偶然ではない。双子精霊が家を出て行ったことで引き起こされた、必然。ザーシ&ラーシは繁栄を招くが、去ったあとには崩壊を迎えさせてしまうのである。
双子精霊の滞在期間は、姉のザーシがその家に飽きるかどうかのさじ加減ひとつによって決まる。そして飽きられてしまったが最期、その家に住む者全員の人生が幕引きとなってしまうのだ。
このような負の特性がわかってきたことにより、ザーシ&ラーシに対する認識が再検討されはじめている。
「副霊じゃなくて、むしろ疫霊じゃね?」
という有識者の意見が今後強まっていけば、〝精霊〟から〝悪霊〟の部類に組み込まれることになるだろう。