[No.74] アタック・オブ・ザ・キラー・ベジタブル
今月十三日の午前中、《オピドキッカ町》で農業を営む夫婦が、自家菜園において、収穫直前の野菜の群れに襲撃されるという事件が起きた。
さいわい野菜たちに襲われた両者の命に別状はなく、軽症で済んだものの。ダイコンに強い力でつかまれるなどした妻は、足首などに内出血を。トマトに囓られるなどした夫は、肩や背中に全治数週間の痛々しい歯型が残されることになった。
――ここまで読み進められた購読者の中には、「野菜に襲われる? ……この記事はなんだ? 誤植か?」と顔をしかめられる方も居られるだろう。
だがしかし、誤植でもなければ作り話でもない。
国内において先日実際に起こった実話なのである。
П о м и д о р
その日、畑の異変に、先に気づいたのは夫だった。
トウモロコシ畑に分け入っていた夫は、水やりをしながら生育状態の確認をしていた。丹精込めて育てた甲斐が、見事に実っている。トウモロコシのヒゲはどれも収穫目前の目印である茶色に変わっていた。しかし、一本だけ気がかりな茎を見つけた。
その茎に生っているものだけ、皮に包まれてある部分はふっくらしているのだけれど、ヒゲの色がまだ薄い黄色なのである。形状もなにやらおかしい。もしゃくしゃとちぢれてあるべきはずのヒゲが、やたらなめらかで馬のしっぽのように整っている。薄黄色という色合いから、ブロンドヘアーの人毛のようだ、と思ってさわってみると……ふれた感触がまさに人の髪の毛だった。一本だけ抜き取ってみれば、付け根には、毛根じみた白い丸みも見受けられる。
「聞いたことはないが、病気の一種だろうか……」
ためしに皮を剝いてみた夫は、顔をしかめた。
びっしり揃っている実の粒が、黄ばんだ人歯の列として映ったのだ。ポロッとこぼれ落ちた一粒を拾い上げ、手のひらに乗せてみると、やはり人の歯のようだ。今度は平らなはずの付け根が、抜け落ちた歯のような二股の角状になっている。力を加えてみても、硬くて、潰れない。
その茎になっているトウモロコシ全部が、歯のようなものを実らせていたのだった。
不思議さと気持ち悪さがこみ上げ、妻にも見確かめてもらおうと、名前を呼ぼうとした。
だが、呼び声をあげたのは、妻の方が先だった。
「あなた、たいへん! こっちに来て!」
と、鬼気迫るような声に続き聞こえてきたのは、
「引き抜いたダイコンが、いきなり襲いかかってきたの!」
突拍子もない、耳を疑う言葉。
「……何に襲われたって?」
「ダイコンよ、ダイコン!」
首をかしげざるを得ないが、助けを求める声が尋常ではない。ダイコンの収穫をしていたときに、何者かに襲撃され、気が動転したがために「ダイコンに襲われた」などと口走っているのかもしれない。
夫は奇妙なトウモロコシを放り捨て、ただちに駆け出した。
すぐにダイコン畑へと飛び出すが、目をひそめて立ち止まってしまう。
土の上に倒れた妻の足首にしがみついているものが、彼女の言うとおり、どう見たってダイコンだったからである。白い先端が五本に割れ、人の指のようになっているそれが、妻の足首に取りついていた。
様子を見確かめた夫が、溜め息を吐き出す。
「驚いたから。子供みたいにふざけるのはもうよしなさい」
と、静かな口調でたしなめた。
奇形のダイコンは珍しくいものではない。土の下に石があったり、栄養に偏りがあったりすると、先端が割れてしまい、人の手や足のように見える不格好な形状に育ってしまうことがあるのだ。
だから夫は、掘り当てた奇形ダイコンで、妻が自分のことをからかっていると判断したのである。たしかに、迫真の演技でおふざけをしてみたくなるほど〝人の手〟にそっくりだとも思った。
「違うのよ、本当につかまれてるの!」
「バカをいいなさい……」
「痛い痛い!」
妻がダイコンを蹴り飛ばし、夫の認識は改まることになった。
宙を舞って落下したダイコンが、ひとりでに動き出したからである。
五つに割れた先端をピクッと震わせたかと思えば、人が指先を曲げるように地表に突き立て、あろうことか、生きているぞ、と言わんばかりに青々とした葉っぱを揺らしてモゾモゾ這い進みだしてしまったのだ。
そうなると見た目が見た目ゆえ、打ち捨てられた色白の前腕が、切り口からダイコンの葉っぱを生やして勝手に這い回っているようにしか見えなくなる。
「これは……どうなってるんだ……?」
「はやく助けてちょうだい!」
必死の訴えに今度は一も二もなく応じ、夫は畝のあいだを這っていたダイコンを、おもいっきり蹴り飛ばした。妻を支え上げると、足首には、内出血による赤い手形がくっきりついている。
「あれはなに? ダイコン型の魔物かしら……?」
そんな魔物がいるなど、ただの一度も聞いたことがない。
「ひとまずここから離れるぞ。歩けそうか?」
「ええ、なんとか」
歩き出したやさき、夫婦は足を止めてしまう。
傍らの地面に目を見張った。
風もないのに、あちらこちらで、ダイコンの葉が揺れ動いているのである。
呆然と見入っているうちに、にょきっ、にょきっ……と、地下から押し上げられるようにして白い部分が見えてくる。
ダイコンたちが、自力で、土の中から出てきたのだ。
先端部はどれも人の手や足のかたちをしている。手のかたちのものは横たわったまま地面を這いずり、足をかたどったのものは直立したたまま跳ね動く。
「あれがほんとの大根足かしら?」
「冗談を言ってる場合じゃないぞ。……走れそうか?」
「……がんばる」
夫婦は全力で逃げ出した。植えてある作物には気を配っていられない。畝を踏みつけながら、最短距離で菜園の出口へと向かっていく。しかし、「ああっ!?」と、ジャガイモ畑を横断中に、妻が倒れてしまった。
夫が、足首に絡まっていた蔓を外そうとするも、なかなか取り払えない。気のせいか、引っ張ったあとに、足のほうへ巻き戻っていく動きをしているように思う。業を煮やし地中に埋まっている根っこごと引っこ抜いたところで、夫は「わっ!?」と声を上げた。
掘り出したジャガイモに、目がついていたのだ。ゴロゴロといびつな楕円形の表面に、人の目玉じみたものがいくつもギョロギョロとある。
「芽じゃなくて目がついてるジャガイモなんて……」
妻の冗談に返す余裕も失くしていると、夫は背中に鋭い痛みを感じた。
「痛っ!? 何かに噛みつかれたみたいだ!」
「あなた、『噛みつかれたみたい』じゃないわ! まさに今『噛みつかれてる』のよ、トマトに!」
「トマト!?」
取ってくれ!と背を向けるが、妻は気味悪がって手を引っ込める。しかたがないので、懸命に後ろ手を回し、丸い感触をつかまえて引っ張り取った。体の正面に持ってきて見てみれば、たしかにトマトである。ただし、人の歯が口のように上下に並んでいる不気味なトマトだ……。
ガチガチと歯を打ち鳴らすソレを、夫はすぐに地面に叩きつけた。赤い塊が反吐のように潰れて飛び散り、くっついていた歯もバラバラになって飛散する。しかしそうしてみても、ガチガチという音が鳴り止まない。
もしかして……と、脇にあった畝に目を向ける。
トマト畑に実っているトマトというトマトに歯が生えていた。そして、呼応し合うがごとく、あるはずのない口を、開閉させているのである。その一つがヘタ部分から千切れ、飛びかかってくる。肩に噛みつかれたが、すぐ握りつぶした。指の間をドロドロと伝い落ちる真っ赤な果肉が、やけに気持ち悪く感じる。
「……自警団だ……ハンターでもいい……とにかく助けが要る……」
度が過ぎるほどの異常事態だった。
耳のついたスイカが転がり出てくれば、黒い鼻とかしたナスが鼻穴から空気を吐き出している。白菜は孵化前の卵のように動いていて、外側から剝いていくと、中には脈動する心臓が収まってもいた。
突如として牙を剥いた野菜たちに、夫婦は気が狂いそうになりながらも、農業用バサミやスコップで応戦し、なんとか菜園を抜け出る。
息も絶え絶え、町の居住区に向かっていると、知り合いのハンターを見つけて声をかけた。
「おーい、助けてくれ! うちの畑がおかしいんだ!」
「どうしたんだふたりとも、その格好はよォ……」
ハンターの目にした夫妻の姿は、野菜クズや汁まみれだった。
「畑でド派手に夫婦喧嘩か? それとも昼間っからイイ事ってか?」
「イイ事してたのは昨日で、今日は野菜に襲われていたんです!」
「ああん? 何に襲われたって?」
「野菜だ! 手塩にかけて育ててきた野菜だったのに、収穫前になって襲いかかってきたんだ! この噛み傷を見てみろ、トマトだ、トマトにやられた!」
「……あんたら、精力つけようとして幻覚キノコでも食っちまったのか?」
「いいから来てくれ!」
極度の興奮状態では思うように口で説明できず……いや、興奮していなくとも到底口頭で伝えられることではないため、夫婦はハンターを自家菜園までひっぱっていった。
「こいつは魂消たぜ……」
菜園前に立ったハンターは目を丸める。
二言目にこう続けた。
「アレが全部、野菜で出来てるってのか……?」
尋ねられた夫婦もまた、驚きを隠せない。
「……合体してるわね」
妻が言い、
「……ああ、合体してる」
夫がうなずく。
異形さ、ここに極まれり。
独立して動いていた野菜たちが、ひとつの物体になろうとしているかのように、寄りかたまっているのだ。
野菜が人間になろうとでもしているのだろうか。
トウモロコシのブロンドヘアーをなびかせているスイカ頭。その顔には、多眼ジャガイモがふたつ嵌って目になっている。ナスの鼻に、トマトの口。胴体は丸みのある野菜で形成され、ジャガイモ蔓の血管が走り、胸に咲いた白菜の中で心臓が鼓動している。手足になっているのは、もちろんダイコンだ。
出来損ないの人間のような有様になっている野菜たち。
それが一体のみならず、二体、三体……と、複数体存在していた。
ハンターも対処の仕方がわからなかったが、
「まあ、今のところ身動きがとれないみてェだから……動き出す前に人集めて、焼き討ってみるか。やられる前に、やっちまえだ」
と、オーソドックスな手法で対応することになった。
そうして呼び寄せられたハンターの仲間たちが、一塊になった野菜たちを取り囲み、たいまつで火を放つ。まだ結合途中だったためか、抵抗を受けることはなかった。炎が燃え広がり、〝野菜人間〟たちはボロボロと崩れて、灰と化していったのである。
菜園で作られていた動くことのなかった野菜も用心のためすべて焼却処分とし、一応の事態収拾を迎えた。
その後、このままでは安心して作物を育てられない、と、夫婦が原因の追求を農耕ギルドに依頼。
派遣された調査員によって、ある可能性が導き出された。
昔、魔物から呪いをかけられた人間複数名が、解呪されないままに死亡し、夫婦の菜園になっている土地に埋葬されていたのである。
その、今もなお地下に眠っているであろう、呪われた遺骨が、土壌に障り、育てていた野菜にも影響を及ぼしてしまったのだろう、ということだった。また、呪いの種類の特定が困難であり、下手に掘り起こしたりすることができないため、手の施しようがないらしい。
夫婦は土地を手放すことに決めたそうだ。
果たして買い手がつくかどうかは、不明である。