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[No.73] 招魔儀式失敗 村一番の美男子がルサールカの犠牲に

 〝招魔儀式(しょうまぎしき)〟とは、読んで字のごとく〝魔物を(まね)く〟ための儀式である。(みずか)ら魔物を招こうなど言語道断!、と思われる方もおられるだろうが、儀式をする人たちも好き好んで行っているわけではない。やんごとなき理由から、招魔儀式が行われるのだ。


 招魔儀式のおおくは、ひどい干ばつに見舞われた農村部などで〝雨乞(あまご)い〟として行われる。魔物には自然の力を(あやつ)るモノドモがいるが、そのなかで水の力を(つかさど)っているモノを利用し、畑の作物に潤いを与えようとする試みである。


 雨乞いならば精霊に助力を求めればいいだろう、と言う声が聞こえてきそうだが。この招魔儀式は、たいてい、精霊降臨(せいれいこうりん)が叶わなかった場合の最後の手段として用いられている。


 精霊というものは気まぐれである。懇切丁寧に頼んだとしても、人間の望みを聞き届けてくれるとは限らない。途方もない見返りを要求してくることもあり、うまくいかないケースがほとんどで、わりと使い物にならないのである。


 そこで白羽(しらは)()が立つのが魔物となる。


 招魔儀式とはいうが、実際は〝魔物誘導作戦〟というほうがしっくりくるだろう。近隣に生息している魔物を、人々がおのずから誘い出して、目的の場所まで誘導していき、その魔物が有している力を発動させようとするもの。


 魔物であれば、頼まずとも人の姿を見れば襲おうとして向こうからやってきてくれる。招こうとするものの種類によっては相応(そうおう)の危険が(ともな)うが、居所がつかめているならば、てっとりばやく確実な方法である。

   


 今月十日に、この招魔儀式が《オステノルデ村》で行われた。例に挙げたように、飲水にも困るほどの干ばつに(あえ)ぎ、気ままな精霊の助力を得られなかったため、村民たちによる話し合いのすえ、「魔物に頼るほかない」という結論に至って決行されたのである。


 招くことにしたのは、村近くの沼地に古くから生息が確認されていた〝ルサールカ〟だ。


 ルサールカは、女人型の魔物である。美女擬態(ぎたい)と老婆擬態の二系統が現在までに確認されていて、いずれも緑髪(りょくはつ)緑眼(りょくがん)で白肌というのが特徴。湖や沼といった水辺に住んでおり、通りかかった人間を水中に引きずり込んで溺死(できし)させる習性がある。


 また〝()れオンナ〟という別称(べっしょう)があるように、陸にあがっているときにもその体からは常に水を(したた)らせていて、乾くことがない。そのためルサールカが通った跡は、雨が降ったように濡れそぼる。

 この特性を利用し、村人たちは畑に水の恵みを与えようとしたのだ。


 (おび)()せ役は、村一番の美男子に任された。これはルサールカが、美形の男性を()(この)んで襲うという性質からの人選である。その美男子に沼からルサールカを誘い出してもらい、村の畑へと連れ立って、なかば追いかけっこのようなことをさせ、ひび割れた大地を潤そうという算段だった。


 近くの沼に生息するルサールカは、動きが鈍い老婆擬態のものと言い伝えられていたため、若い男の足ならば捕まることはないという見立てでもあった。かどわかされる心配もない。


 ……しかし、(まん)()して送り出したものの、一向に戻ってこない。村人がいくら待っていても、美男子は畑に姿を現さず。結局、その日中に帰ってくることはなかった。


 翌日の十一日――


 これは何かあったに違いない、と村人たちは美男子を探しにでかけた。


 沼のほうに歩いていくと、あるところから道が濡れているのを見つける。水滴でかたどられた人の裸足の足跡だった。女性大と思われる濡れた足跡が一筋、沼から村のほうへ延びて来ていたのだが、その地点で、道脇にある雑木林(ぞうきばやし)へいったん入っている。


 雑木林では激しい()()いになったと思しき形跡が確認された。


 そしてその場所から出てきている水の足跡が、二人分に増えていた。(くつ)()いた男性大の足跡である。その二人分の足跡が、今度は並ぶようにして折返し、村側から沼地の方へと延びていた。


 胸騒ぎを覚える中、村人たちが足跡をたどっていき、沼へと出た。


 前日送り出していた美男子が、案の定、水面にうつ伏せで浮いていた。


 どうやら美男子は、ルサールカを誘い出すことには成功したものの、村に向かっている途中で追いつかれてしまったようだった。水を滴らせる老婆擬態のルサールカと、茂みの中で激しい揉み合いになり、抵抗するも(むな)しく、逆に沼へと連れ帰られてしまったのだろう、と考えられた。


 ただ、手繰(たぐ)()せてひっくり返してみた美男子が、悦楽(えつらく)じみた笑い顔を浮かべて死んでいることが、村人たちには気がかりで、薄気味悪くも感じられた。


 そうこうして、美男子の遺体の引き上げ作業をおこなっていると、どこからともなく歌声が聞こえてきた。女の歌声である。濁りきった水の中から響いているようだが、その声には清々(すがすが)しい透明度がある。


 やがて沼の中心部の水面から、歌声とともに上半身を(のぞ)かせたのは、ルサールカだった。


 緑色の長い髪と、緑色の大きな瞳。

 ()(つや)のある白白(しろじろ)した肌をもつ、とても美しく、若い、女性の姿格好(すがたかっこう)である。

 濡れそぼって透ける薄絹(うすぎぬ)を、豊満(ほうまん)乳房(ちぶさ)に張り付かせて、実に妖艶(ようえん)


「……なるほど。雑木林の痕跡(こんせき)は、そういうことか」

「……あれでは無理もないな。若者を行かせたのが(あだ)だ」

「……誰だよ、ルサールカが老婆擬態の方だって言ってたやつは」


 美女擬態のルサールカが歌いながら手招く中、村人たちは美男子の遺体を早々(そうそう)(かつ)ぎ上げ、前かがみになって逃げ去った。


 オステノルデ村では現在、村一番の美男子という(とうと)い犠牲を払って得た正しいルサールカ生息情報をもとに、引き続き行われる招魔儀式の人選を、入念に選び直しているということである。

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