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[No.70] 住宅地で異臭騒ぎ 原因は老婆が作っていたゾンビパウダー

 早朝、《ボルグチッタ町》に暮らしているフィリップさん(56)は、新聞を取りに玄関を出たところで、鼻をひくつかせた。不快(ふかい)(にお)いがしたのだ。郵便受けから新聞を引き抜き、屋内に戻ろうとしたが、家の周囲に漂っている異臭(いしゅう)がどうも気になる。


 生き物の腐敗臭(ふはいしゅう)に似ていると感じ、小動物が死んでいるのだろうか、と庭先を見回ってみるが、それらしきものは見当たらなかった。


「この臭い、なんでしょう?」


 声をかけてきたのは、向かいの家の婦人だ。配達されたミルク(びん)を取りに軒先(のきさき)へ出てきた彼女も、異臭に鼻をつまんでいる。


 フィリップさんは、婦人とともに彼女の家の周囲も見回ってみたが、やはり臭いのもとが特定できない。そして、鼻が()れるどころか、余計に気になってくる。臭いが段々と強くなってきているのだ。


 両隣の家々から「このひどい臭いはなんだ!?」と住人が飛び出してくるほどになっても、出どころが判然(はんぜん)としない。向かいの家の婦人は、体調不良を(うった)えて座り込んでしまった。


 これはただ事ではなさそうだぞ、と魔物の仕業(しわざ)という線も疑い、フィリップさんは息子に自警団を呼びに向かわせ、近隣住民らと異臭の原因を突き止めるべく捜索(そうさく)を継続した。


「出どころは、あそこか……」


 フィリップさんの自宅から数十メートル離れたところにある民家。その正面の道ばたに人だかりができていた。吐き気を(もよお)すほどになった異臭に(あぶ)()された付近住民らであり、みなが一様(いちよう)に鼻を押さえている。家の中を確認しに入った様子はなく、しかめっ(つら)で見守っているだけだった。


 そうなるのも無理はない。


 臭いの原因と見られる民家のあるじは、気難しい一人暮らしの老婆なのである。近所付き合いは無く、引きこもりがちで、外出したとしても挨拶(あいさつ)すら交わさない。自宅の敷地に無断で入る者があれば、ガミガミと(わめ)()らし、魔法を使用して(おど)かすことだってあった。


 性格に(なん)があり、魔法能力保持者であることも厄介なのだ。


 状況を確かめたいが、うかつに立ち入れず、フィリップさんらが気をもんでいたところで、息子が自警団員を連れてやってきた。魔物を想定していたことが幸いし、対魔武装の人員が(そろ)っている。


「家にあがらせてもらいますよ!」


 自警団のひとりが声を張ったが返事はなく、強行突入することになった。


 施錠(せじょう)のされていなかった玄関扉は簡単に開いた。屋内にこもっていた異臭が、毒々しい色合いの煙りとともに一気に(あふ)()してくる。


 集まっていた住民が蜘蛛(くも)の子を散らすように逃げるほどの強烈な臭いだったが、自警団たちは「魔物の返り血よりはまだマシだ」と(ひる)まず中へ入っていく。フィリップさんもどうにか我慢し、野次馬(やじうま)根性で最後尾に続いた。


 細い線になって漂っていくる煙りをたどり、奥の部屋で、腰の曲がった老婆のうしろ姿を見つけた。グツグツという音が聞こえる。かまどで何かを煮込んでいるようだ。


 フィリップさんが、動物の死臭(ししゅう)じみている、と感じた当初の見立ては、当たっていた。部屋のテーブルには、太ったヒキガエル、海水に生息すると思われる魚、モグラやネズミといった生き物の死骸(しがい)が横たわっている。他にも、(びん)の中でうごめくミミズ、怪しげな野草などが多数散乱している。とうてい料理をしているようには見えない。


 訪問者に気づかない様子の老婆が、手にしていたヤモリの死骸を竈鍋に投入する。そんなものをごった煮で煮詰(につ)めているのだから、納得の異臭だった。


 自警団のひとりがさすがに少し(おく)したような声で(たず)ねた。


「……何をしているんですか、お婆さん?」


「なんじゃあ、お前ら! ひとの家に勝手にあがりおって!」


 激昂(げっこう)した老婆が魔法発動に使用すると思われる(つえ)を取ろうとしたため、自警団たちはすぐさま彼女を取り押さえるにいたった。


 そののち、老婆に(わけ)をうかがおうとするも、(いか)()らすばかりで話にならず。臭いの正体は判明したものの、自警団では煮込んで作ろうとしていたモノの正体が(つか)めず、また、用いられていた素材が異様であったため、薬師ギルドに鑑定を依頼した。


 そうして明らかになったのが、〝ゾンビパウダー〟を製造しようとしていたという(おぞ)ましい事実だった。


 ゾンビパウダーは、生きた人間を仮死状態(かしじょうたい)にして意志を奪い去り、操り人形のように使役(しえき)させる粉末である。現在では、帝国軍が重罪人をゾンビ兵化する刑罰以外での使用が全面的に禁止されている薬物だ。


 事の重大性を(かんが)み、老婆は帝国軍へと引き渡された。


 ゾンビパウダーの無断製造は重罪であり、違反者には自らがゾンビ兵化させられる罰が待っている。


 老婆は引き渡しの際に、製造理由をこう語っている。


「……わしは悪いことなどしとらん。死んでしまった夫を(よみがえ)らそうとしてただけなんじゃ」


 彼女は少々、耄碌もうろくしてしまっていたのだろう。


 老婆には()()っていた相手はおらず、生涯独身だった。それに、たとえ夫が居たとしても、その人物を蘇らすことなどできないのだ。先の説明にあるとおり、ゾンビパウダーはあくまで生きた人間に使用するものであり、死んだ人間に使用したところで、なんの効果も得られないのだから。

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