[No.66] 【読者の集い】好きなものって、最初に食べますか、最後に食べますか?
♂ ラシム 17歳(ゼルキィーン市・学生)
俺は最後に食べますね。
断然、最後です。デザートとして残しておくんですよ。
たとえば、ショートケーキの上に載ったイチゴなんか。
まあ、ショートケーキ自体がデザートなんですけど、イチゴはさらにそのなかのデザートって感じで。楽しみを大事に取っておいて、一番最後に噛み潰して口の中にジュワっと広がる果汁に至福を感じる訳なんです。
でもですね、あの子は俺と正反対なんですよ。
あの子っていうのは、最近まで近所に住んでた幼馴染の女友達なんですけど。彼女は好きなものから真っ先に食べてしまう質なんですね。それに加えて、他人が食べずに余らせているものを「それ嫌いなんでしょ?」と勝手に決めつけたうえ、「食べたげる」と問答無用でネコババするような奴です。
彼女のその特性は俺にとってちょっと厄介だったんですよ。
俺が残しておくものと、彼女が真っ先に口へ運ぶものが、共通してたんです。つまりは食べ物の好みが同じってことなんですけど。すると、遊びに誘われて出先で食事したりするときなんかに被害をこうむる。あの手この手で食事から気を反らせさせて、残しておいた好物を掠め取っていくんですよ。はなはだ迷惑。
彼女といるときは残しておかずに速く食べてしまえばいいんですけど、半ば維持になってましたね。
先週、その子が親の都合で遠くの街へ引っ越していく前の日には、送別会をしたんです。っていっても、いつものように二人で繁華街へくりだして、ぷらぷら買い物したりなんかして、そのあと喫茶店で食事をしただけなんですけどね。
で、ですね。テーブルで向かい合って、ショートケーキを食べていたんですよ。
イチゴを奪われ続けた因縁の食べ物。最後の最後くらいはネコババされずに食べきってやろう、なんて俺は意気込んでました。
でも結局は彼女の胃袋に入ってしまったんです。
その日、市内で行われていたマラソン大会のせいですね。
たまたま喫茶店の近くがスタート地点になっていて、ドンパン聞こえてきた空砲の合図に、彼女が身を乗り出して俺の肩を右手でたたき、「ほら、始まるよ」なんて言って窓の外を指したんです。
つい顔を向けてしまって、それがアダ。
顔を皿に戻したときには、ショートケーキの上からイチゴが消えていて、代わりに、彼女がいつのまにか左手に握っていたフォークに刺さってたんです。「今のはズルい」と俺が言ったときにはもう、パクっと口の中に仕舞い込まれていて。悪びれもせずにクスりと笑って見せてくるこざかしさ。
で、俺はどうにもしょうがなくなって、小言をいってやったんです。
引っ越しても盗み食いなんてやってたら嫌われるよ、そもそも好きなものを真っ先に食べちゃうのがいけないんだ、残しておく癖をつけなよ、って。
そしたらなんて返してきたと思います?
「わたしは元から好きなものを最後まで残しておくタイプだよ」
嘘は良くない、と言うと、嘘じゃないって、と彼女は握ったフォークをくるくる回し、また笑って片目をつぶりました。
……ようするに、俺が残しておくものはすでに彼女のものだとカウント済みであり、同じものを二つ食べることができるから、一つは最初に食べちゃっても問題ない、という話なのでした。
最初に好物を食べちゃうというのは長年に渡る俺の思い込みだった訳です。
そんなこんなで、性格の悪さを露呈させ、彼女は引っ越していってしまったんですけど、それからというもの、俺はなぜか気分が晴れずに悶々とする日々が続いているんです。
あの日、彼女が別れ際に発した言葉が妙にひっかかってるんだと思います。
「好きなものを最後まで残しておく人って恋愛ベタらしいよ」
性格診断の本に書いてあったらしいです。
奥手で、踏み出す勇気がなくて、自分の気持をうまく伝えられず、そもそも恋愛に発展せずに終わってしまう。そういう情けない心理があらわれているのだ、と。
俺は性格診断だとか占いだとかって、あまり信用しない質なんですよ。
だからそのときは、「ふーん」と軽く聞き流してバイバイしていたんですけど、今になって、あれ?、意外に当たることもあるのかな、って思い直しはじめているんです。
けどやっぱり、そんなの信用したくないじゃないですか。
なんで、――
今夜、俺は馬車に飛び乗って、きみにそれを証明しに行くことに、するよ。