[No.64] 女児が〝エルフ〟制作の木彫り人形を所持 譲渡した男の行方を追う
《グベアモータ市》において、〝エルフ〟制作の木彫人形の譲渡事案が発生した。
今月3日、同市内に暮らす三十代の女性が、娘(8)の部屋を掃除していると、衣装棚の上に見慣れない人形が置かれてあることに気づいた。高さ20センチほどの円柱状をしており、子供向けの玩具というよりも、ナイフで荒削りされて彫刻細工が施された民芸品のような印象を受ける。女性が買い与えた物ではなかった。娘に入手先をたずねると、公園で遊んでいたときに見知らぬ若い男の人がやってきて譲り渡されていたらしい。
女性は、仕事から帰った夫に相談。木彫り人形は、一見、人間をかたどっているように見えたが、それにしては耳が長すぎる。彫られてある服装も独特で、いにしえの民族衣装のようである。忌まわしきエルフの姿形をしたものではないか、と薄気味悪く思ったのだ。
夫の意見も、エルフだろう、ということで一致。人形の足になっている面に穴が空いており、その中には一枚の紙が封入されていた。引っ張り出してみると、エルフを称えるような文章が、子供にも読めそうな易しい言葉遣いで書かれていたため、夫婦はすぐ市内にある帝国軍施設の門を叩き、木彫り人形を持ち込んだ。
帝国軍によると、木彫り人形はエルフをかたどっているばかりか、そのエルフによって手彫り制作された工芸品である可能性が極めて高いとし、今回の譲渡は〝エルフ崇拝集団〟の一派が企てた意図的扇動とみて警戒を強めている。
また、帝国国民に向けて声明文を発表した。
◯
[帝国軍による声明文]
エルフは、先の人魔大戦において魔王軍に加勢。我が帝国を存亡の危機に追いやった悪しき存在であります。皆様も史実としてご承知のとおり、大戦後、絶滅掃討作戦が施行されましたが、それを逃れた生き残りが隣国へ逃亡し、潜伏している現状が続いております。
エルフが危険度・特級の魔物に指定されているのは、『人心掌握』や『洗脳』に長けている点にあります。彼らの寿命は人間のおよそ10倍と言われており、そのため豊富な知識を持っています。人間に似た顔立ちはオスメスともに美形であり、その見た目の年齢は二十前後で止まる不老の特質。ゆえに、籠絡されやすいのです。
エルフは現在、支配下に置いた人間を使い、他国から情報戦を仕掛けて来ています。巧妙さは他の魔物と一線を画します。歪曲された史実の流布によって人々を混乱に陥れ、帝国国内のみならず人類全体の分断を図ろうとしているのです。
今回、木彫り人形からアジテーション・ビラ(扇動広告)が発見されたケースは初となりましたが、帝国内の市町村において、アジビラを撒き散らすアジテーター(扇動者)が出没しているのは既に周知のとおりであります。世の理にうとい若い世代を取り込もうとする傾向にあり、ひとたび魅了させてしまうと洗脳が二度と解けないほどの恐ろしさです。
アジビラを配布する扇動者は、人類反逆罪で火刑に処されることになります。また、エルフにまつわる品物の所持、その姿を模したものを制作するなどしても極刑にあたります。ご注意してください。
人間は太古の時代、エルフの奴隷として虐げられていました。やがて自由を勝ち取り、今の人類の反映があるのです。それを忘れてはなりません。魔王軍に加担することで復古を目論んだ彼らの野望にも、我々の先祖は屈することなく戦い抜いたのであります。
エルフは今ふたたび、我々人類を奴隷にしようと動き出しているのです。
隣国《セネショア共和国》のようになってはなりません。