[No.62] 【読者の集い】町村にも下水道設備を
♂ ブッシュ 83歳(バウサァーム市・無職)
私が子供だった時分は、外を歩けばよく糞尿が滝のごとく降り注いできたものだった。高層階から落下してきた人糞がベチョベチョと石畳の路面で弾ける音が聞こえ、深呼吸をすれば咳き込んでやまない香ばしい臭いが肺を満たす。うかつにも糞に打たれて泣きながら帰れば、「だから建物の壁沿いに歩いてはいけないって言ってるでしょ!」と、母からこっぴどく叱られた。懐かしくも忌まわしき糞まみれの幼少期である。
排泄物が便器からパイプを通り、地下路へ送られていく現在では考えられまい。
今や、悪臭を誤魔化すためだった香水は、たんに香りを楽しみ、我が身を彩る化粧品として親しまれ。汚物を踏まぬようにと履かれていたハイヒールも、ファッションのひとつでしかない。空からの贈り物は鳩のフンくらいなものである。下水道の登場と発展により、市内全域肥溜め状態だった劣悪な環境は払拭され、まったくもって良き時代になった。
しかし、下水道の恩恵にあずかれていない人々がまだまだいる。
私が住む《バウサァーム市》をはじめとする集合型周壁都市では、下水道が走っていないところはもはやあるまい。だが町村レベルとなると、普及率は雲泥の差となる。
町は、基本、市よりも人口は劣るが、広い土地面積を有する。下水路を張り巡らせるとなれば、魔法工事でも土方工事でも建設だけで莫大な費用が伴う。そのうえ、魔道具設備の維持や〝糞喰い妖精〟の管理など、経費が持続的に加わることになる。町人が出し合ってまかなうには現実的ではない規模。ゆえに町では、下水道はあっても繁華街などの人口密集地にのみ限られ、いまだ汲み取り式や肥溜め容器設置の便所が一般となっているのだ。
村ともなれば、下水道設備など一切ない。のみならず、便所すらないこともざらである。家畜の餌とするためその小屋が便所代わりになっていたり、畑に用を足して肥やしとしたり、茂みの土に穴を掘ったりと、原始的な排泄環境なのだ。「宿屋にすらトイレがなくて驚いたことがあった」と、ある冒険者が語っていたのを小耳に挟んだこともある。
個室便所を持てば掃除が必要。水源が離れていれば、水汲みの回数が増し、余計な手間ひまがかかってしまう。放っておけは環境は回数ごとに悪化。町のように汲み取りを行ってくれる業者もない。ならば外に出て済ませてしまった方が楽だ。
されど、屋外での排泄は極めてリスキーなのである。外界との隔がなく、自然と近接し、魔物の出入りがしやすい村とくれば、ハイリスクだ。
虫の姿をかたどる魔物には、寄生産卵をおこなう種族がいる。他種族の体外や体内に卵を産み付けるモノどもだ。人間が被害に遭うときには、排泄中が最も多いのである。
ベルゼブブの幼虫に腹を食い破られた青年の記事が本紙に掲載されていたのは、まだ記憶に新しい。産卵された状況の説明は記載になかったが、彼は森番をしていたということなので、便意をもよおし、排泄しようとしていたところを狙われたのではないかと思う。
被害者は野宿を強いられる旅人と、村人の割合が抜きん出ている。
男女比では、女性が上回る。体外に産み付けたり、肛門や口腔から卵管を挿入して内臓に産み付けたりするものでは、先の青年のように、男女いずれも母体と成り得る。……が、小便大便問わず尻をまくらざるを得ない女性が狙われやすく、地を這うような虫型の魔物からすると、腰を低く下ろしている姿勢は交配もしやすい。それにやはり、卵の孵化に子宮を必要とする種もいるからだ。リザードマンの事例(こちらも先日、本紙で見かけた)のような魔物にも母体にされてしまうことはあるが、虫型に母体として使われる被害に比べれば少数である。
繁殖のためとあって、毒牙に掛けられるのは若い個体。村の若い女性は用を足すときに人目を気にして茂みの奥まで入っていくことが多い。飛んで火に入る獲物状態なのである。そして往々にして、恥じらいから被害を訴え出れず、ひたすら隠し続け、膣から幼虫が這い出てきてようやく発覚に至るのだ。
村に暮らす人たちは危険を承知してなくはないのだが、総じて認識が甘く、自分や家族には被害が及ぶことはないと信じて疑っていないようなのである。というよりも、万が一に備えて日々便所の汚物処理をこなすなんて億劫でたまらないというのが実情なのだろう。
本来、下水道が最も必要とされるのは村ではないだろうか。下水道が通って個室便所が完備できれば、産卵母体被害は格段に軽減できるはずだ。その技術だって人類にはあるのに、行き渡っていない。私はこの現況を憂いている。
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