[No.59] 【お悩み相談】「このショタコンどもめ!」と言って消えた謎の魔物
♀ ウェンディ 21歳(バウサァーム市・パン屋店員)
私は《バウサァーム市》のパン屋に正規社員として勤めています。
焼き職人ではなくて販売担当で。焼き上がった商品を三輪自転車のワゴンに載せて、市内を移動販売しているんです。黒く塗られたシックなワゴンに、『半端ないパン屋さん』とポップな字体で描かれた看板が目印ですよ。お見かけの際は、ぜひお立ち寄りください。どのパンも半端なく美味しいですから!
お店の宣伝はこのくらいにして、悩みの相談に入ります。
その曜日は、公園で移動販売をおこなう日だったんです。
いつものように噴水のかたわらにワゴンを止め、園内を行き交う人々にパンを手売りしていました。
お父さんと剣の稽古をしていた少女は、「この苺ジャム甘くておいしい!」と125コバーンのジャムパンを気に入ってくれました。犬を連れたおばさんは、「いい風味が出てるわね!」と試食した490コバーンのライ麦パンを散歩がてらに買っていってくれました。公園デートをしていた若いカップルは、「これ安い! 100コバーンだってよ!」と当店人気のチョココロネを選んでくれました。
夕方頃になるといつも、市壁警備の傭兵をしている女友達が、
「宿直中、お茶と食べるのにパンが最適なんだ!」
と、当店最安値の90コバーンのアンパンをたくさん買いに来てくれるんです。
奇妙なことが起こったのは、その時でした。
女友達が訪ねてきてくれていた時に、小さな男の子がパンを買いに来てくれたんです。手に握りしめていた200コバーンを差し出して、「これひとつください!」と当店一押しのワイバーン・キャラクターパンを購入してくれました。
「ちいさい男の子って食べちゃいたいくらいかわいいよね~」
私は、嬉しそうに持ち帰っていく姿を見送りながら、女友達にそんな内容のことを言ったんです。
そうしたら……、
「このショタコンどもめ!」
と、罵ってくる野太い声が、背後から聞こえたんです。
私たちは振り返って驚きました。
真っ赤な球体が浮遊していたのです。
例えるなら、直径1メートルくらいの赤いマリモでしょうか。
細い糸状の繊維が無数にからみあった毛玉の体に見え、表面の毛が水中に浮かんでいるかのようにフヨフヨと揺れ動いてました。そして、その赤マリモには巨大な一つ目があったのです。白目の血走りは不気味に脈打ち、大きな瞳孔には驚く私の表情が映り込んでいました。私よりもやや上方に浮かんでいるため、見下されているような威圧感を受けました。口はありませんが、発言者は位置的にその赤マリモしか考えられません。
市内に警戒情報は出されていませんでした。でも、どう控えに見たって魔物です。
私は恐怖に後ずさり、ワゴンにぶつかりました。150コバーンのふんわりまろやかなシュークリームが落ちてしまいました。女友達は傭兵業をしているだけあり、驚いたのは最初だけで、ただちに腰の剣に手を掛けました。……ですが、彼女が鞘から引き抜く前に、その赤マリモはどういうわけか、ふっ、と消えてしまい、以後、姿を現すことはなかったのです。
あの赤マリモはなんだったのでしょう?
女友達は「ただの幻だって」と言って相手にしてくれませんでしたが、その実、魔物の市内侵入がバレれることでの連帯責任減給を恐れているだけなのだと思います。その日彼女はふだん買わない、300コバーンのちょっと贅沢なメロンパンや、210コバーンのとろける美味しさのチーズパンなどを大量に購入して行ってくれたのですから。
■■■ (回答) ■■■
単刀直入にお答えしますと、その〝赤マリモ〟は、〝ランドネーバ〟と呼ばれる『精霊』です。
外見で魔物と判断してはいけません。悪霊でもない、まったく無害な『精霊』なのです。
ランドネーバが出現する直前、ウェンディさんが女友達にかけていた言葉なのですが、正しくは次の台詞だったのでしょう。
『ちっちゃいおとこのこって なんてかわいいんだろう たべちゃいたいくらい』
実はこれ、ランドネーバを召喚する呪文なのです。
ご自分でお気づきかはわかりませんが、ウェンディさんには、生粋の魔法使いになれる素質が備わっているようですね。
この呪文は、魔法使いの素質調べに用いられます。前記の一文を唱え、ランドネーバが出てきて、「このショタコンどもめ!」と罵ってもらえれば、少なくとも、初級精霊召喚ができるほどの魔力を有しているという証明になるからです。発言後すぐに消えてしまい、見返りを要求されることもないため、ランドネーバがもってこいなのですね。
余談ですが、『おとこのこ』の部分を『おんなのこ』に言い換えると、〝バックベアード〟という名の、親戚みたいな精霊が現れますよ。一度お試しになってはいかがでしょう。
それと最後に、――
宣伝マジ半端ないって!