[No.29] 【特集】茸売りの少女
これは筆者が《ビルスタッツ町》の『手書き魔法陣・落書き事件』(未だ未解決)の取材の時、同町内を訪れていたときに出逢った少女の物語である。
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私(筆者)は、被害状況確認やインタビューのため、町の各所をめぐり歩いていた。目抜き通りまで来ると、その一角に人だかりができているのを見つけ、よもや落書きの犯人が捕らえられたのではないかと思い、急いでその場へと駆けつけた。しかし、群がりは犯人確保のために生じているわけではなかった。
中心に居たのは、十代後半ほどの少女である。
その異様な姿に、私は驚きを隠せなかった。体中に無数の茸を生やしているのだ。どういう原理かはわからないが、手足の肌から、顔を埋め尽くすくらい、髪の生えた頭部にいたるまで、ありとあらゆる箇所に、ひたとくっついている。半袖シャツやスカートの中にも〝生えている〟ようで、生地の内側がポコポコと張り出している。総身が茸まみれ。いうなれば、〝茸人間〟である。
「ウチの体で育った美味しい美味しい茸だよ~。どこに生えているのが欲しいかな~? はいは~い、押さないで押さないで~。数は十分あるからね~」
少女は、体に取り付けている茸をたたき売りしていた。客から注文を受けると、指定された部位の茸を体からもぎって渡す。茸の種類はみな同一だが、金額は体のどこにあるのかで変動するらしい。腕が安く、次に足、衣服に隠れた部分や頭部が高いらしかった。買い手は老若男女がいて、大盛況だ。
人がはけるのを待ったあと、私は彼女に尋ねた。
「〝体で育った〟って言っていたけれど、あなたの体から生えてきたということ?」
「うん。そう」
と、彼女はくったくのない笑みを浮かべた。茸が無くなった顔は、美人という意味で、キレイだった。ショートヘアの頭の上に一つだけ残った茸が、風変わりな髪留めのようなアクセントになっていて可愛らしくもある。
彼女の名前はミネット。歳は、十七らしい。
私は新聞記者という身分を明かして、詳しい話を聞かせて欲しいと頼んだ。
ミネット(17)は快く了承してくれた。
彼女の体に茸が生え出したのは十年くらい前だという。
きっかけになったのは、ある魔物との遭遇だ。
ミネットは、森の中で遊んでいた友達とはぐれて迷子になってしまった。自力で町まで帰ろうとしたが、歩けば歩くほど、緑が深くなっていく。心細くなり、泣きべそをかきながら歩を進めていたところに、パキッと枝を踏む音が聞こえ、振り返った。
背後にいたのは〝茸のバケモノ〟だった。子供くらいの丈があり、柄の部分に両手両足が生え、樹皮のように皺になった部分が目と鼻のように見えるが、感情が伝わってこないのっぺりとした感じがする。ミネットが金切り声を上げると、茸のバケモノもびっくりしたのか、笠の天辺に空いた穴から、赤い霧のようなものを噴射した。それを見たのち彼女は気を失った。
意識が戻ったとき、家のベッドだった。森に捜索に来た大人たちに、森の中で倒れていたところを見つけられ、連れ戻されていたのだ。外傷はなかった。
ところが何日か後、皮膚に異変が起こった。小さな虫が這っているかのようなむずがゆさを覚えて手の甲を見ると、ひょこんっ、と小さな茸が皮膚から飛び出てきたのだ。驚いて払うと簡単に取れ落ちた。生えたところには傷や跡はない。
それを機に、体のあちこちから茸が生え始めた。放っておくとどんどん大きくなるが、難なく取れる。体にそれ以外の異変は見られない。健康そのものだ。でも、どういうわけか茸がにょきにょき生えてくる……。
友達から気持ち悪がられ、家に引きこもるようになった。
そんなある日こと。
ミネットはお腹を空かせていた。家の中を探してもこれといって口にできるものはない。そして、自分の体から生える茸に目を留めた。実は茸からは美味しそうな匂いがしていたのである。今まで自分でも気持ち悪くてそれをためらっていたが、ついに食べてみることにした。舌に置いて痺れが来ないことを確かめると、まるかじりする。
これまで食べてきたどんな茸よりも美味しかった。
食あたりもない。両親にも食べてみるように勧めた。そんなもの食べるんじゃない、と叱られ、ムキになって口に突っ込んでやると、態度が一変。
ミネットの体から収穫された茸が食卓にのぼるようになった。
友達や近所の人の口にも茸を突っ込んでまわった。どの人も、喉元を通過させたあとには目をまるめ、うまい!、と満場一致の評価だった。お金を払ってでも欲しいという人が出てくるまで時間はかからなかった。
味をしめたミネットは、小遣い稼ぎに茸を売り始めるようになった。当初は均一価格だった。しかし、日増しに特定部位から生えてくる茸に人気が集中していることに気づき、お年頃になるとその訳を理解し、徐々に価格をつり上げていくようになった。
「ウチは今、ある意味〝旬〟な時期じゃない? だから、がっぽがっぽのウハウハ」
「……そんなところの茸まで売って、抵抗はないの?」
「ぜ~んぜん。コバーンに勝るものはないからね。べつに減るものでもないし。むしろ増えるものだし。金のなる木とはウチのことね! ガハハハハッ」
ミネットは商魂のたくましすぎる子だった。
特定部位の茸を買い求める客には感謝しているとも語る。
「茸が生えていた部分の健康改善に効き目があるとか、病気が良くなるとか、長生きできるとか、そういう噂って、やましさなんて無いぞって正当化するための口実として吹聴してるに決まってるんだよ。でも、そんなありもしない効能が広がったおかげでいろんな人が買いに来てくれるからね。今では安産祈願にもなるらしいよ」
ミネットには溜まったお金で、茸御殿を建てる野望があるそうだ。
最後にこの話をすべて記事にして良いか尋ねた。
「いいよいいよ、問題ナッシング!」
「……けど、効能が何もないってわかったらお客さんが来なくなるかもよ?」
「そんな心配いりませんっ!」
彼女はおもむろに、頭にひとつ残っていた茸をもいで、私の口に突っ込んだ。
咀嚼して飲み込んだ私は目をまるめた。
これまで食べてきたどんな茸よりも美味しい!
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