[No.27] 【お悩み相談】泣いている少女
♂ ネヴィル 15歳(オピドキッカ町・学生)
一週間ほど前、本紙の【お悩み相談】コーナーで、『奇妙な男の子』という記事を読み、魔物とは違った怖さにぞくぞくしました。実際にあんなのと遭遇したら嫌だなと思ったんですけど、オカルト扱いされるような稀なものみたいなので、僕とは縁遠いだろう、なんて思ってたんです。でも、記事を読んだ翌日から、僕も奇妙なものを見かけるようになったんです……。
学校帰りの夕方。空は曇り、雨が降っていました。
家の前に人がひとり、佇んでいたんです。背格好から女性のようだとわかりました。深緑色の雨合羽を着ていたので、ポストマンが手紙を配達にしに来たのかな、と思ったんですけど、それらしい携行品はなく、フードを深く被って、うつむき、両手は涙を拭うように目元にあてられていました。
降りしきる雨の中、泣いていたのです。
僕が近づいても、こちらを見ることなくうつむき、すすり泣いていました。長い髪の毛は真っ黒で、雨に濡れそぼっています。表情は窺えないものの、泣いている声色や、手のつやつやしている感じから、僕と同じ十代半ばくらいの女の子だとわかりました。
「君は誰? どうして泣いているの? 何かあったの?」
「――――」
いくら声を掛けても返答がありません。
ただ泣き続けるばかり。
弱ったな、と困り出したとき、不意にその子が顔を上げたんです。
整った顔立ちの女の子でしたが、悪い病気にかかっているかのような肌の青白さで、頬がすこし痩けていました。それでいて黒い瞳の目は泣き腫らされて白目が充血し、目元周りだけ何か化粧をしているように赤く染まっていました。
「あなたのために泣いているのです」
彼女は、僕の目をまっすぐ見て、世界が終わるかのように悲しげな顔でそう告げました。それからまたうつむいてしまい、すすり泣くのです。あなたのために泣いていると言われても、見知らぬ女の子に心配されて泣かれるようなことはありません。
雨の下泣いている女の子を放ってはおけず、ほとほと参ってしまっていると、家の中から僕を呼ぶ母の声が聞こえました。
「ネヴィル、そんなところでなにボーっと突っ立ってるの。はやく家に入りなさい」
「あっ、母さん。この子、どうして泣いているのか知らない?」
「この子って、どの子?」
「だから、この子――」
僕が家に向けていた顔を戻すと、目の前に居たはずの女の子の姿がありませんでした。
「……今、ここに、女の子が居たよね?」
「なに言ってるの。ずっとネヴィルひとりだけでしょ」
母が言うには、僕がいつまでも家に入らず、ひとりで雨に打たれつづけているのを見て、不審に思い、声を掛けたということでした。
母には女の子の姿が見えていなかったのです。
あの記事を読んだ昨日の今日で似たようなことが自分の身にもふりかかり、不気味に感じたのですが、『そんな不思議なこともあるんだなと思っておけばいい』と載っていた助言を思い出し、僕は気にしないことに決めました。
……しかし、です。
次の日の学校帰りにも、その女の子が前日と同じように家の前に立って泣いていたのです。彼女が人ならざるものだとは前日の体験からわかっていたので、今度は無視して家に入ろうとしました。すると彼女が、僕の服の袖をつかんで、顔を上げました。
「あなたのために泣いているのです」
僕は腕を払って玄関へと駆けました。ドアを閉じるときにはもう彼女の姿は消えていました。それから次の日も、またその次の日も、学校帰りにその女の子は泣いて立っていました。そして僕が通り過ぎるときには必ず、「あなたのために泣いているのです」と、僕に向って悲しい顔を浮かべて告げてくるのです。この現象はまだ続いています。
さすがに気になって仕方がありません。
いつになったら彼女は完全に居なくなってくれるのでしょう?
■■■ (回答) ■■■
まだお若いのに可愛そうに……。
その雨合羽の少女が居なくなるのは、ネヴィルくんが死んだときになるでしょう。
彼女は〝バンシー〟と呼ばれる精霊です。
リピートヒューマンのような都市伝説的存在ではないのです。
バンシーは、死期が差し迫った人の前に現れます。その格好は、ネヴィルくんが目撃したとおり、雨合羽を羽織った少女の姿です。誤解しないでいただきたいのは、彼女が現れたせいで死ぬのではないということ。その人の死期(寿命が尽きること)を感じ取って、わざわざ教えに来てくれているだけにすぎません。なので本来は、感謝されるべき存在なのです。残された時間を有意義に過ごすための指針となるのですから。
バンシーが現れるのは、死のおよそ一週間前。ということはつまり、ネヴィルくんに残された時間は、あと一日二日しかないということになります。ネヴィルくんは学校に毎日休まず通っているようなので、ただちに死に至るような病などをわずらっていない健康体なのだと思われます。おそらくは、馬車に轢かれるというような突発的事故によってお亡くなりになるのでしょう。
【お悩み相談】にもっと早く投書されていたなら、余生を活かす時間がもう数日延びていたのでしょうが、それを妨げていた原因がまた【お悩み相談】だったということは、誠に遺憾で申し訳なく思っております……。
しかし、まだ諦めてはいけません!
アドバイスできることがあるのです。
よく聞いて下さい。
〝バンシーのおっぱいを吸え!〟
寝耳に水の馬鹿をいっているとお思いになるかもしれませんが、大真面目です。実は、そうすること――乳房を吸うことによって、バンシーは、どんな願い事でも一つだけ叶えてくれるのです。不思議な乳房で叶えてくれるのです。繰り返しますが、ふざけてはいません。まっとうな発言と事実なのです。
何を願うかは、ネヴィルくん次第です。
ご健闘を心より祈っております。
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