[No.22] 禁書読み上げ 男児がこつぜんと消失
《タシモカイド村》に住んでいる男児・コリンくん(6)と女児・ルーシーちゃん(6)は、村外れにある空き家を秘密基地にしていた。いつも二人仲良く一緒に訪れ、ままごとをしたり、空き家内部を探索したりして遊んでいた。こぢんまりとした佇まいだが、さまざまな物が所狭しと置かれており、おままごとで使う品を仕入れるのにも、小さな探検ごっこをするにも、うってつけなのだ。
その日、ルーシーちゃんは、最奥の部屋にある棚から一冊の本を見つけて取り出した。
深みのあるワインレッドをした、重厚なハードカバーの書籍である。
ルーシーちゃんの家にも似たような外装の本があり、それは物語の書かれた本で、毎晩寝る前にお母さんに読んでもらっていた。そのため空き家あった本も、何か物語が書かれたものなのだ、と思ったのだ。彼女はまだ読み書きが出来なかったが、母親に読み聞かせられている本には挿絵が描かれている。字は読めないけど、絵なら楽しむことができる。
ルーシーちゃんは、コリンくんと一緒に、どんな絵が描かれてあるのかわくわくしながら本を開いた。しかし、その本には絵などいっさい描かれていなかった。そればかりか、こまごまと記されているものは文字でもないようだ。ふだん身の回りで目にする文字のカタチとは違っている。意味のない記号やシミのように映った。
「ルーシーちゃん。絵なんてかいてないよ。べつなことしてあそぼう?」
「……ちょっとまって」
ルーシーちゃんは、ページをぱらぱら捲り見ていた手を止めた。そのページに書かれていた記号やシミのようなインクが、紙面上でくねくねと動いていたからだ。線と線が分裂したり、絡み合っていたものが解きほぐされたり、そして、ふたたび線と線がつなぎ合わされ、集合し、別なカタチが生み出されていく。
「う、うごいてる! こわいよ! はやく本をとじて!」
「まってってば!」
コリンくんの制止を振り切って、ルーシーちゃんは本に食い入った。なぜかわからないが、その紙面に引き寄せられた。興味がそそられ、体中の血液が沸き立つようにめぐる。
彼女は閉じていた唇を開け、口からぽつぽつと声をこぼし出す。
本を読み上げはじめたのだ。
「ルーシーちゃん! なにいってるの!? こわいよ!」
コリンくんは、紙面に再構築された〝文章〟を読むことができなかった。ルーシーちゃんも字は読めないはずだが、どうしてかその〝文章〟は読むことができた。
そして、最後まで読み切った。
「すごい! わたし、字がよめちゃった!」
「……な、なにコレ……?」
動揺する声で我に返り、ルーシーちゃんが顔を上げる。
黒い穴が空中に浮いていた。光をいっさい反射しない円鏡のようだった。立ち上がって驚いているコリンくんの正面の空間に、微動だにせず浮いているのだ。
次の瞬間には、コリンくんが吸い込まれていた。一瞬の出来事で、音すらしなかった。風で吹き流された砂のように、全身が粒子状となり、コリンくんは穴の奥へと消えていったのである。
その後、黒い穴は中心に向って一気に収縮し、完全に消失した。
◯
上記は、ルーシーちゃんの証言をまとめたものだ。
にわかには信じがたいストーリーである。
しかし、彼女が語った話は事実なのだ。
かつてこの世界には、〝時空間魔法〟と呼ばれる魔法が存在していた。『存在していた』というのは、今では無いことにされているからだ。
先の魔王軍との人魔大戦終結後、『時や空間に関与する時空間魔法は、世界を揺るがしかねない甚大な影響を与えるおそれがある』として、歴史上から葬り去られている。これは世界各国共通の取り決めとなり、魔導書や関連研究書物はすべて焼き払われた。使い手である魔法使いや研究者らが全員処刑されたという、曰くもある禁断の魔法なのだ。
ルーシーちゃんが見つけてしまったのは、焚書を逃れていた魔導書とみられている。空き家だった家には、その昔、魔道士ギルドを破門され、『人に仇なす魔法使い』という意味のある〝魔女〟と烙印を押された研究者が暮らしていたらしく、どうやらその魔女が隠し持っていたものではないかと疑われている。
現在、事の重大性から、帝国軍指揮のもとに空き家の調査がおこなわれている。
「見つかった魔導書はすでに焼却処分済みなので、安心していただきたい。新たな禁書や、その他関連物が押収されれば、すみやかに同様の対応をとる」
と、調査にあたっているラシッド・ノア伍長(22)が答えてくれた。
時空間魔法は魔法使いでも最上位クラスの能力を持つ者でしか扱えないとされおり、今回発動させてしまったのは、その中でも一握りの能力者でなければ使用が不可能とされる〝時空転移〟と呼ばれるもののようだ。黒い穴に対象を吸い込ませ、そこではないどこか別な空間へと強制移動させる魔法である。対象人物が出てくる場所は予想ができず、また、この世の果てに出るとも、異界へ放り出されるともいわれている。
事件が起こるまで、ルーシーちゃん本人をはじめ、ご両親も、彼女に魔法使いの素質が備わっていることは知らなかったようだ。能力開花のきっかけがこのような痛ましい背景になってしまったのは残念なことである。
帝国軍は、ルーシーちゃんには類稀な才能があるとして、帝国魔法科学校へ特例入学させることを決定。近々、苗字が授与され、帝都への転居が認められる。
コリンくんの消息はつかめていない。