[No.2] 魔物除けの聖水 実は……
「あの野郎、今度会ったらドタマかち割ってやる!」
物騒な怒りをあらわにするのは、養鶏業を営むシュペルム氏(45)だ。
先日の夕刻、シュペルム氏は、鶏肉となる雄鶏の出荷のため、鳥籠を積んだ荷馬車を隣村へと走らせていた。通り道になっている渓谷は、ダークウルフの生息区となっている。そのため出発前には、旅商人から購入した〝魔物除けの聖水〟を荷馬車全体に振り撒き、盤石の体勢を整えていた。
「これで旅路は安泰だ。ダークウルフの『ダの字』だって見えやしねえ! ……そう思っていたんだがよ」
ダダダダダッ!
という騒々しい物音に振り返えれば、黒々とした毛並みが、荷馬車に向かって怒涛のごとく押し寄せて来ているところだった。
「それからはもう狼どものやりたい放題だったぜ」
荒れ狂う黒波は、一塊となり雪崩れ込んだ。そして次から次へと鳥籠を咥え、あれよあれよという間に去って行ったのである。飛散した雄鶏の羽根だけを残し、荷台の上がガランとしてしまうまで、ほんの数秒だった。
「オレと愛馬が無傷で済んだのが、せめてもの慰めさ……」
その後、隣り村へと辿り着いたシュペルム氏は、酒場へと足を運んだ。なにも自棄酒をしようというのではない。滞在中の冒険者一行に、この度使用した〝魔物除けの聖水〟の効力が確かなものだったのか、鑑定を依頼するためである。
「あんちくしょうの旅商人はよぉ、『このお品であればグリフォンでも寄せ付けませんよ』なんてことまで、口ひげを撫でつけながら得意げに謳っていやがったんだ。それがこのザマだろ? だからよ、もしかすっと粗悪品を掴まされたんじゃねぇかと思ってな」
その、もしかすっと、だった。
鑑定を依頼された冒険者の青年は、〝魔物除けの聖水〟をひと舐めしてこう断言した。
「ああ~、これはただの塩水ですね」
シュペルム氏によれば、粗悪品どころか全くの紛い物を売りつけた旅商人は、恰幅がよく、鼻の下に口ひげを蓄えた中年男性。背中にまん丸と膨らんだリュックを背負っているとのことらしい。なお同氏は、その旅商人を賞金首として申請することはせず、自ら捕まえてドタマをかち割ってやると息巻いている。