[No.170] おっぱい故郷へ帰る……はずが
19日の昼、《ジャンカード市》から《ビルスタッツ町》に向かっていた運送馬車が、賊に襲撃される事件が発生した。
街道沿いの森の中で待ち伏せていたと見られる賊の一団は、幌馬車が近くに差し掛かると、茂みからわらわらと現れ出て来て、馬車の前に立ちはだかって進行を妨害。「そこに捕らわれているエルフの女性兵士捕虜を即刻解放せよ!」と言って剣を引き抜き、取り囲んだ。
「エルフの捕虜だあ……? 何言ってんだお前ら。そんなもんは知らねえ」
運送馬車の御者が眉をひそめて訴えるが、口元を布で覆った賊の一団は聞く耳を持たない。先頭に立っているリーダー格と思しき男が、「とぼけても無駄だ」と片刃幅広剣の切っ先を御者に向けてくる。
「我々は、帝国軍が《ドライエート山》で捕らえた女性エルフ兵を、運送用に偽装したこの馬車で護送している、との信頼性の高い情報を得ている。事を荒立てるつもりはない。はやく彼女をこちらに引き渡せ」
「エルフの女なんて知らねえっつってんだろ!? わけわかんねぇことくっちゃべってないで、いいからさっさと道を開けろ。配達が送れちまうだろうが!」
御者は馬に鞭を入れて強行突破しようとした。しかし、「よろしい。ならば力づくで奪還するまで」と、走り出した馬車の荷台へ、賊たちが次々取り付いて来る。御者は「なにしやがるんだ!」と声を荒らげるが、御者台の上に乗り込んできたリーダー格の男から首筋にファルシオンを突きつけられてしまい、馬車を止めざるを得なかった。
「安心しろ。我々の目的は捕虜の奪還だ。積荷には手を出さない」
と言われるものの、幌で覆われた荷台から積荷の木箱を乱暴に漁られる音が聞こえてきて、御者は気が気ではない。
「おい、中身壊したりパクったりしたらただじゃおかねぇからな! 運送ギルドがお前らの首にしこたま懸賞金掛けるぞ盗人が!」
「我々は盗賊ではない」
「首元に剣突きつけといて、よく言えたもんだなぁ!」
「彼女の保護はまだか?」
リーダー格の男が荷台に向けて尋ねると、「いいえ、まだです!」と乗り込んでいる仲間から返答がある。「どれも小包や中箱ばかりで、人が隠れられるほどのモノが見当たりません!」
「だから言っただろうが、今ならまだ許してやるから、とっとと失せろ!」
「そんなはずはない。もっとよく探すんだ。〝縮小魔法〟を掛けられて小箱の中に閉じ込められているかもしれない」
「やはり発見できません……あっ、ちょっと待ってください。魔鉱石の輸送用に使われる〝魔封じの箱〟がひとつありました。外側からは魔法錠も掛けられてあります。かなり厳重に管理されている上、『取り扱い注意』と『ナマモノ』の札がビッシリ貼られていて怪しいです!」
「だそうだが。御者よ、中身はなんだ。対魔仕様の箱になぜナマモノの札が貼られてある。閉じ込めている彼女に魔法を使われて脱出されるのを防ぐためじゃないのか?」
「知るかよ」と、御者は唾を吐き捨てる。「見ざる聞かざる言わざるで、安心安全の信頼を最速でお届け! それが俺ら〝早馬運輸〟のモットーだ。たとえ知ってても守秘義務で教えられねえな」
「ならば解錠を試みるまでだ。さいわい、こちらは魔法錠の扱いに慣れた人員を連れて来ている。――頼む、開けてみてくれ」
リーダー格の男が箱の開封を指示を出すと、平静をたもっていた御者が「やめろ、よせ!」と急に血相を変えて慌てた。「……開けちまったら、また逃げ出しちまうかもしれねえだろ!」
「また逃げ出す? ――やはりその中に彼女が居るぞ! はやく救出を!」
「違うっつってんだろ馬鹿が! エルフの女なんざ本当に入っちゃいねぇ!」
「ほざけ。じゃあ何が入っているんだ」
御者は言いよどんだ。配達物の中身を他者に教えることは規約に反する。だが、このままでは開封されてしまうのは必至である。そうなれば荷物紛失の重大な業務事故につながる恐れがあるため、この場はやむなし、と教えることにした。
「おっぱいだよ」
「……なんだって?」
「女乳の房がふたつ入っているんだよ。精霊から呪いみたいなのを掛けられちまって、町娘の胸からズルンと落ちて逃げ出してた、あの噂の〝生ける乳房〟だ。〝さまようおっぱい〟として有名になっただろう? 賞金首の少女がパクってたやつをジャンカード市自警団がようやく取り戻して、そいつを今、この俺が、持ち主の町娘が居るビルスタッツ町まで、責任をもって届けてる最中なのさ」
「お前は何を言っているんだ。もう少しマシな嘘をつけないのか?」
リーダー格の男をはじめ、馬車の周りに見張りで立っている賊たちが肩をすくませ、あきれたように笑い合う。
「おいおい、まさかここにいる全員が知らねぇのかよ……」
「どうだ?、鍵は開いたか?」
「はい、今、蓋を開けて中を――……な、なんだコイツらは!?」
驚いたような声が返ってきた途端、幌の張られてある荷台が騒々しくなり、グラグラと揺れ動きはじめる。
「どうした?、彼女は無事に保護できたのか!?」
「いいえ、箱の中に彼女はいませんでした! いませんでした! 僕は何を見ているんだろう! これは何て言えばいいんだろう!」と究極に錯乱している賊の男が告げてくる。「たぶん、おっぱい!」
「……お前まで何を言ってる? ちゃんと説明しろ」
「蓋を開けた瞬間、ふんわりと柔らかかみのある豊潤な物体が二つ飛び出してきて、周りのみんなを次々と……ああズルい! 僕にも! 僕にもパフパフしてぇ~! ――おおふっ❤ ありがとござまぁ~す!」
状況説明を求めても、荷台からは、乗り込んでいる男たちの気持ち悪い嬌声ばかりが返ってくる。リーダー格の男は、仲間が魅了混乱の魔法を掛けられたとでも思ったのだろうか、動揺の色を濃くし、御者に詰問する。
「封じ込められていたものは何だ!? 女型の魔物か!?」
「おっぱいだっつってんだろうが、ドアホ!」
「この馬車は我々を陥れるための〝囮〟なのでは!?」と見張りの賊がキョロキョロと首をめぐらせて警戒しだす。「きっと偽の情報を掴まされてしまったんですよ。帝国軍が周辺に潜んでいるかもしれません!」
「そうなのか御者!? 貴様は帝国軍の手先か!?」
「知らねえよ! 俺はだたの運送屋だ!」
そこで突如、
パーンッ! パーンッ!
破裂音が至近距離で二回響き渡り、
「炸裂魔法だ、伏せろ!」
リーダー格の男が叫ぶと同時に、賊たちが地面に這いつくばった。
しかし、破裂音は攻撃魔法によるものではない。
ふたつの乳房が、荷台の内側から勢いよく幌を突き破り、外へと飛び出してきたことによって生じた音だったのである。
「あーあ、やっちまったな!」と、地面の上を跳ね回る肉玉を目にした御者が馬車台から飛び降り、後頭部を覆ったままうつ伏せっぱなしになっているリーダー格の男の頭をむりやり起こす。「目玉ひん剥いて、あれを見やがれってんだよ! お前らにはあの乳袋がエルフに見えるってのか、ええ?」
「あれは……新種の角なしスライム……か?」
「おっぱいなんだよ! てめぇーは女の乳も見たことねぇのか? もういいから責任とって捕まえろ!」
「……なるほど。情報が誤っていたということは、正しかったようだな」
「納得してねぇで速く追え!」
「よ~し。総員、撤収だ」
「ちょっと待てい!」
御者は引き留めようとしたが、賊たちは彼の手を振り切り、逃げるように森の中へ去っていった。
そうこうしているうちに、野に放たれてしまったふたつの乳房は、森とは反対側を流れていた川のほうへ、ピョンピョン跳ねて行ってしまう。気を取られていた御者がハッとして振り返ったときには、ドボンッ、ドボンッ、と、まるで実の詰まった舐瓜でも落ちたかのような重みのある音とともに、高い水柱が上がったところだった。
御者はその後ただちに、馬車を走らせて乳房を追跡したが、前日の雨によって増水していた川の流れは速く、濡れて照かった丸い体を荒々しい水流で揉みくちゃにされながらツンと上向いた乳首をもてあそばれるようにして運ばれて行く乳房にはどうしても追いつくことができず、ついには見失ってしまったということである。
○
運送馬車を襲った賊らは、女エルフ兵の捕虜を護送していると勘違いしていたことから、親エルフ派の勢力だったと思われている。情報収集や行動のお粗末さ加減から察すると、正規構成員ではなく、反帝思想に影響を受けて独自に活動している共鳴者の一団だったのだろう。
なにせ、女エルフ兵捕虜の移送は、この一件が起こった前日には、すでに完了済みになっていたのだから。
そうとも知らず、一般市民のライフラインのひとつである運送馬車を、勝手な妄想で襲撃し、荷台を荒すだけ荒らしておき、謝りもせず返っていく。百害あって一利無しの、ならず者。まったくもって憎たらしい傍迷惑な連中である。
不運にも巻き込まれるかたちとなり、おっぱいが再び行方不明となってしまったことで、ビルスタッツ町で返還を今か今かと待ちわびていた持ち主のダマヤさん(18)は、失意のどん底へ落とされてしまっている。もはやコメントを紙面で発表する気力も無いということだ。
彼女のためにも、おっぱいの早期発見と回収にご協力ください。
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