[No.169] 奇跡的生還!「島かと思ったら亀だった」
喜ばしいニュースが飛び込んできた。
今月2日に《トゥムハーバ港》の沖合いの海域で起こった頭足海魔〝クラーケン〟による漁船団襲撃事件の続報である。
事件発生後、帝国空軍の航空救難団による懸命の救助活動もむなしく、乗組員の大多数が行方不明となったまま、捜索活動が打ち切られてしまっていた。しかし、事件から二週間以上が経過した昨日18日の早朝、なんと、生存が絶望しされた船員のうち、じつにその半数ほどが、無事に、港へ帰還を果たしたのだ。
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朝日が昇ってまもなく、「おーい、おーい!」と呼びかけるいくつもの声がトゥムハーバ港に響いた。港民たち家々の窓を開けて、声が聞こえてくる海側を見てると、アレは何だ?、と一様に目を細める。入り江の奥の方に、小さな島が浮かんでいたからだ。前日までは何もなかったところに見覚えのない島が突如として出現していたものだから、妖精につままれたようになって驚いたのである。そしてさらに驚くことになった。
「俺たちは生きてるぞー! 戻ってきたぞ―!」
港から単眼鏡を伸ばして覗いて見ると、島の浜辺には大勢の人の姿が確認できた。両手を振っている者や、木の棒に服をくくりつけて振っている者たちで。二人がかりで大きな旗を広げている様子もうかがえる。その旗は、クラーケンに襲われて壊滅した漁船のひとつが掲げていた大漁旗だった。
行方不明の船乗りたちが、島に乗って帰ってきた!
信じ難いことだったが、実際に目の前で起こっている。港民たちが家から飛び出して漁港に集まってくると、入り江の奥にあった島が、おのずから海水を掻き分けるようにして進み、入り江の内側まで入って来ていた。そうして入り江の中程で静止すると、漁港からは救助のための小舟を次々と送られ、島の浜辺に乗り付けていく。「よく生きていた!」と抱き合って帰還を讃えた。
再開の喜びをひとしきり分かち合ったあと、上陸した港民が、「それにしても一体何なんだこの動く島は?」と、生還者となった乗組員たちに尋ねた。
「コイツは島じゃないんだよ」
「島じゃない……?」
「まあ見てくれ」
と、笑みを浮かべた乗組員のひとりが、しゃがんで、浜辺を手で叩いた。
すると、島から近いところの海面が急に盛り上がっていく。
海水を割って突き出したのは岩場だった。その岩の一部が上下に割れるように開き、巨大な黒真珠のような半球面を覗かせたものだから、上陸した港民たちは腰を抜かしてしまう。開かれたのは大きな大きな瞳だったのだ。海中から現れたのは岩場ではなく、生きものの頭なのである。そしてそれは大きすぎるが、港民であれば、馴染みのある形をしていた。
「海亀!?」
生還した乗組員たちが乗っていたのは、〝アスピドケロン〟という巨大な海亀の背中――つまり、甲羅の上だったのである。表面には、土が広がり、樹木が生い茂り、浜辺まであるため、島と間違えるのも無理はないだろう。海図には決して記載されることがない海上を動き回る浮き島のようなものなのだ。
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「俺も最初は、あんなところに島がある!、と思って必死に泳いだんだ」
と、弊社記者のインタビューに応えてくれたのは、アスピドケロンの甲羅に一番乗りで辿り着いていた乗組員のマシラウさん(32)である。
クラーケンの触手で船体を叩き割れた際、彼は海へと投げ出されてしまった。たまたま漂っていた瓦礫の板にしがみつくことが出来たため、溺れる死ぬことは回避できた。しかし、襲撃現場となった海域からどんどん流されてしまい、漂流することになる。板の上に乗って救助を待ったが、捜索隊に発見されることはなかった。一日、二日と、時だけが無情に過ぎていく。
「水も食料も無いしで、もうダメかと思ったよ……」
そうして迎えた三日目の朝。
「目を覚まして辺りを見回すと、島が見えたんだ!」
マシラウさんは残っていた力を振り絞り、島に向かって泳ぎ始めた。樹木が小さな点として見えるくらいで、距離はだいぶ離れているようだった。でも、不思議なことに、見る見るうちにその浜辺が近づいてくる。様子が変だなどと考えている余裕はなかった。とにかく陸地に上陸したいという一心で泳ぎ、最後は波に巻かれて打ち上げられるようにして、どうにか岸までたどり着くことができた。
砂浜で仰向けになって笑いながら喜んでいると、島が近づいて来た理由がすぐに判明した。前述のように、岩場のような亀の頭が海面を割って浮上してきたからである。マシラウさんは驚いたのもつかの間、すぐに「仲間を助けてくれ!」と懇願していた。人語が通じるかどうかわからないが、海に漂流しているであろう他の船員たちの救助に協力して欲しいと訴えたのだ。
巨大海亀の頭がものを言わず海中へ潜っていくと、急に風が強く吹き出す。それはアスピドケロンが泳ぐことで生じている風だった。話を聞き入れてくれただろうかと海の先を心配そうに見つめるマシラウさんの表情は、すぐに明るくなっていた。船の瓦礫にしがみつく人々の姿が次から次へと現れ、そして彼らは皆、波に運ばれて浜辺へと打ち上げられて来たからだ。
「アイツは俺の話をちゃんと聞き届けてくれたんだ! 俺たちの命の恩人さ!」
マシラウさんの話によると、アスピドケロンは遭難船員の救助活動をおこなってくれただけでなく、食料調達にも一役買ってくれたようである。甲羅を震わせて、表面から生えている椰子の木の実を落とし、水分の恵みを与えてくれた。さらに、口から吐き出される〝甘い息〟で、手づかみで捕まえられるほどの魚の群れを波打ち際に集めてくれたらしい。
これまで、アスピドケロンは人語を解さないと言われており、人に対してもあまり友好的ではないとされていた。航海途中の船が、島があると思って上陸しようと接近を試みれば、乗り入れを拒絶するようにどんどん離れて行く。たとえ甲羅の上に上陸できたとしても、普段は海面生活をしているアスピドケロンが、嫌がるように海中へ潜ってしまい〝陸地〟があっという間に水没してしまう。――という記録ばかりが残っているからだ。
おのずから率先して人命救助にあたり、なおかつ、港まで親切に送り届けてるといったケースは、おそらく今回が史上初で、研究者たちが首をかしげて困惑するような出来事なのかもしれない。
「昔々に、アイツがまだ生まれたての頃、鮫や何かに食われかけたところを、このトゥムハーバ港に暮らしていた先祖の誰かに助けてもらってたことがあるんじゃないかな。その恩返しだったのかもしれない」
と、マシラウさんは冗談半分に見解を述べてくれた。
彼らを助けてくれたアスピドケロンは、全員が小舟に乗り終えたあと、ものを語ることなく、海面に出していた頭を沈め、「ありがとう~!」と手をふる港民たちに見送られながら、沖の方へ戻って行ったということである。
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