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[No.168] 陛下暗殺をもくろんだ亜人アサシン部隊の末路

 危機は白昼堂々と、そして静かに、《帝都(ていと)》の市壁門(しへきもん)まで迫っていた。


 森を抜けて検問所(けんもんじょ)までやって来たのは5両編成の幌馬車(ほろばしゃ)である。


「通行証の提示を」


 検問兵が通行許可の確認を、各馬車の御者(ぎょしゃ)へ求めていく。


 本来は、通行許可が降りていることに加え、安全規定により、荷台(にだい)の状況を隅々(すみずみ)まで確かめることになっている。人が乗っているなら事前に申請(しんせい)された人物かどうか、荷物があれば外装(がいそう)を開け、中身まできっちり調べる。


 だが、この幌馬車の車列は、物資(ぶっし)搬入(はんにゅう)のための定期便。帝国軍によって認可済みとなっているため、確認作業が軽減され、簡略化されたものになっている。よって、荷台上は目視で見確かめるが、積載(せきさい)されている木箱(きばこ)の中身までは確認しない。


 作業を進めていた検問兵が最後の5両目まで来ると、手綱(たづな)を握っているローブ姿の若い女に尋ねた。


「あんたは見ない顔だな。いつもの御者はどうした?」


「……私は代理なんです。ターナーさんが風邪をひいてしまったので、それで急遽(きゅうきょ)


 と、フードを目深(まぶか)(かぶ)ってうつむき加減にしている彼女は、顔をやや横にそむけるようにする。


 短い金髪頭の女性ということはわかるが、目元までよく見えない。


 検問兵が一度フードを外して顔をはっきり見せるようにうながすと、最前列で待っていた馴染(なじ)みの御者が「兵隊の旦那(だんな)、どうやらその(むすめ)一目(ひとめ)()れされちまったらしいですぜ」と笑いながら声をかけてきた。


「そいつは気に入った男を見ると極度(きょくど)緊張(きんちょう)しちまうタチなんでさぁ。顔や手なんかが赤くなっちまってるでしょ。そのくせ、手をつけるのだけは(みょう)に早くてねぇ、旦那も気をつけてくださいよ」


 最後に付け加えられた言葉の意味は不明瞭(ふめいりょう)だったが、馴染みの御者が言うように、フードから(のぞ)けている鼻頭(はながしら)から下半分の顔は、()ずかしがっているときのように紅潮(こうちょう)して見える。ロープを握っているしなやかな手も、指の先にいたるまで赤みを増している具合だった。


「……兵隊さん、ちょっとお耳を」と若い女の御者が小さく手招(てまね)き、フード頭を近づけてくる。検問兵がなんだろうかと耳を(かたむ)けると、彼女はささやきかけてきた。「今晩のご予定は()いていますか? 私たちはいつもの宿屋(やどや)に泊まることになっていますので、よろしければ……その、私のお部屋に」


 なるほど、と合点がいった検問兵は市壁(しへき)側へと向き直った。


 川のように横切っている(ほり)の向こう岸にいる門兵へ、手をふる。


「異常な~し! 橋をおろせ~! 開門!」


 合図後、門前で直立していた巨大な()(ばし)が、ゆっくりと下げられた。


 停まっていてた幌馬車(ほろばしゃ)の一団が進み出す。


「それでは、のちほど」


 口元をほころばせた女性御者の幌馬車も、前にならって馬を進めていき、検問兵が「楽しみにしてるよ」とニヤけながら手を振って見送る。


 隊列が跳ね橋に差し掛かると、市壁門の鉄扉(てつとびら)が耳障りな音とともに、真ん中から左右にわかれて開き始めた。


 順調に門へ向かって行くのを見届けていた検問兵は、一団が所定の位置まで到達すると、笑みを浮かべていた表情を真顔(まがお)に引き締める。


 茶番はここまで。


 検問所で待機していた仲間の兵士にうなずいて見せたあと、今度は、検問所の先に延びている森に向き直った。


 片手を真上に伸ばし、開いていた手のひらをギュッと握る。


 それが、殲滅(せんめつ)作戦が予定通りに遂行されるとき、森の中に(じん)を取っている遊撃(ゆうげき)待機部隊へ送る合図だった。


 ギギギギギギギッ……


 堅牢強固(けんろうきょうこ)鋼鉄(はがね)門戸(もんこ)が、(きし)(すべ)りながら左右に開いていく。


 先頭を行く馴染みの御者(ぎょしゃ)は、いつもとは違う門内の様子に、さぞ驚いたことだろう。なにせ通常であれば誰も居ないはずの門口に、数多くの帝国兵が、それも黒色(こくしょく)防具と鉄仮面(てっかめん)で統一された〝近衛(このえ)師団(しだん)〟の兵員が、ずらりと列を成している。そればかりか、全員が石弓クロスボウを持ち、腰を落とした射撃体勢で待ち構えて居るのだから。


「マズい……待ち伏せだ!」


 馴染みの御者――(あらた)め、密偵(みってい)工作員(こうさくいん)の男は、大声を出して振り返ったところで、精密射撃された()が後頭部を直撃し、全身から力が抜けて落馬した。


 帝国軍は(ぞく)の潜入作戦を事前に把握(はあく)していたのである。


 諜報機関(ちょうほうきかん)から『陛下(へいか)の暗殺計画あり』という正確な情報を知らされていた。この時間の搬入定期便を使い、亜人(あじん)を主戦力とした暗殺アサシン部隊を送り込んでくる。そこまで筒抜(つつぬ)けになっていたのである。


「攻撃準備射撃、始め」


 近衛師団の部隊指揮官からくだされた命令で、()()められて石弓が一斉に解放され、矢じりの群れが横殴りの豪雨(ごうう)となって、幌馬車(ほろばしゃ)の一団に襲いかかっていく。


 胴体(どうたい)にいくつも命中した先頭の馬が、先に倒れていた男の上に、横倒しで倒れ込む。それと連動して荷台が横転(おうてん)。積載されていた大型の木箱が(ほろ)を突き破って跳ね橋の上に転がり、破損した箱の中からは、潜伏(せんぷく)していた防具姿の男たちが蹴破るようにして出てくる。


 その工作員らはすぐさま(たて)木板(きいた)を前方に構え、防御態勢を整えた。しかし頭上から不意をついて降り注いできた無数の矢に射抜(いぬ)かれ、崩れ落ちる。


「壁上と見張り塔に狙撃弓兵スナイパー多数! 突破は無理だ!」


 そう叫んだ2両目の御者(ぎょしゃ)もまた胸をストンッと射抜かれ、台座の上で眠るように沈黙。


 突発(とっぱつ)した騒乱(そうらん)で暴れだした馬は、目に矢が突き刺さって視界を奪われ、跳ね橋から(あし)を踏み外す。荷台もろとも(ほり)に張られた水上へと落下していき、その後、水面へ浮上してきた工作員たちは狙撃弓兵(スナイパー)恰好(かっこう)(まと)となった。


 後続の馬車にも、機動力となっている馬への弓撃(きゅうげき)が加えられていく。


 アサシン部隊の御者(ぎょしゃ)たちは、制御不能となって堀へ落下してしまうのを防ぐため、連結具(れんけつぐ)を慌てて切り離さざるを得なかった。潜入作戦のため、馬に戦闘防具(バトルアーマー)を着せていないことが大きな(あやま)ち。帝都の防衛機能を甘く見積もった(ばつ)である。


「全隊、馬車を放棄(ほうき)! 作戦は中止します! 盾を持ち外へ出て撤退戦(てったいせん)の用意を!」


 と、声を上げたのは、5両目の御者(ぎょしゃ)をしていた恥ずかしがり屋の若い女性だ。彼女がアサシン部隊を(ひき)いていた敵の部隊長だったのである。


 命令を受け、(かく)(ひそ)んでいた工作員たちが荷台から外へ出てくる。男女半々の部隊で、(つの)尻尾(しっぽ)の生えた者や、(はだ)の色が青かったり黄色かったりと、人の()りをしているが、人ではない、()むべき亜人たちである。


 ローブを脱ぎ捨てた女隊長も、短い金髪頭の(ひたい)にオーガーの(つの)を小さくしたような二本角(にほんづの)があった。穴の()けられた(こし)アーマーの背面(はいめん)からは、(ウルフ)じみた黒っぽい尻尾まで生やしている。肌の色が赤みがかっていたのも、恥ずかしいからなどではなく、(けが)らわしい血が混じっていることを示す、生まれ持った()の色なのだ。


 魔物の特徴が複合的(ふくごうてき)に現れていることから、亜人同士が交配したことによって生まれ落ちた複合種ハイブリッドであることがうかがえる。亜人同士が掛け合わさっているというだけで(あさ)ましいのに、魔物の特性を複数継承(けいしょう)していることで、凶暴性が増している。ハイブリッドは言わば、上位亜人(じょういあじん)といったところだろうか。


 じつは、人類と亜人の融合(ゆうごう)()し進めている隣国《セネショア共和国》では、このような下劣(げれつ)な複合種がすでに数多く誕生してしまっているのだ。すでにエルフが共和国軍部に蔓延(はびこ)っているように、ハイブリッドたちもまた根深く浸透(しんとう)してしまっており、戦闘能力に()けていることから、少数精鋭の特殊作戦に従事(じゅうじ)しているのである。たとえば、我が帝国内へ潜入し、皇帝陛下(こうていへいか)の暗殺をもくろむという具合に。


「守備陣形を構築(こうちく)し、負傷者を救助しながら後退します!」


 女隊長の()()(したが)い、アサシン部隊はすばやく二人一組の縦並(たてなら)びになって、前方と上方から向かてくる矢をそれぞれの盾で防ぐ。統率(とうそつ)された無駄(むだ)のない動きからも、彼らが共和国軍の訓練を受けた軍人であることは明白だった。


 無理をせず即断(そくだん)で突破を(あきら)めたことは敵ながら賢明(けんめい)である。


 しかし、そう簡単には逃げられない。


「……隊長、後方に帝国軍の別動隊(べつどうたい)が出現!」


「しまった……(はさ)()ち!?」


 検問所の周辺は、森から現れた近衛兵(このえへい)たちが布陣(ふじん)を終えていた。


 跳ね橋の前後で逃げ道の封鎖(ふうさ)を完了させると、同士(どうし)()ちを()けるため、石弓(クロスボウ)隊が撃ち方をやめ、作戦は第二段階へ移行する。


白兵戦(はくへいせん)、用意」


 指揮官の指示で、門口に並んでいた石弓隊が後方へ下がり、(ひか)えていた全身甲冑フルメタル・アーマー重装歩兵(じゅうそうほへい)たちが、一挙手一投足をそろえた動きで前に進み出る。ツワモノぞろいの剣士部隊ソード・ファイターである。彼らはワイバーンの紋章(もんしょう)刻印(こくいん)された(たて)を胸の前に掲げると、その裏に差してある(けん)(つか)に手をかけて号令を待つ。


「標的はすべて肉弾戦(にくだんせん)特化型の亜人と見て対処(たいしょ)しろ。魔法特性の資料データ不足により物理戦闘のみ許可。要注意対象は、赤膚(あかはだ)女型(めがた)ハイブリッド。やつは〝オーガー〟と〝フェンリル〟の血を引いている。見かけにだまされて油断するとやられるぞ。首は確実にち取れ。――抜剣ばっけん!」


 剣が一斉に引き抜かれると、対岸の兵士たちも同様に攻撃準備に入る。


「制圧開始!」


 指揮官の隣りに待機していた側近そっきんが、進軍ラッパを高らかに吹き鳴らす。


 挟撃戦きょうげきせんまくは切って落とされた。


 橋の両サイドから同時に間合いを詰めていく。


「出来る限りまとまって、戦力の分散に注意して!」


 敵女隊長は、安易あんいに動こうとはせず、防戦ぼうせんを各員に指示。馬の死体や荷車を遮蔽物しゃへいぶつにし、前後方向に対応できるよう人員を二手ふたてに分け、互いの背を守り合う密集陣形で待機した。突破口とっぱこうを見つけるまで、しのぐつもりだったのだろう。


 しかしそれはすぐに瓦解がかいすることになった。


 門側から侵攻をかける剣士部隊ソード・ファイターが1両目の馬車まで迫ると、馬の胴体の下敷したじきになっていた御者ぎょしゃの死体を引きずり出す。肩をかつぐようにして起き上がらせると、その首を、バイオリンでもくように、剣でギコギコり落として地面に落下させ、黒光りする鉄のくつで踏みにじった。


 その挑発戦術に、2名の敵がまんまと引っかかって飛び出してくる。「いけない! 戻って!」と、女隊長が制止の声を上げるが、血がのぼってしまったふたりの耳には届かない。剣士部隊めがけて突っ込んでくる。


 ひとりは青肌あおはだの男で、アーマーを装着しているのは胴部だけだ。剣士部隊は、無防備になっている手脚てあしに左右から斬撃ざんげき仕掛しかけた。しかし、が通らない。やぶけた衣服いふくの下から現れたのは、硬いうろこがならぶ手脚だったのだ。自前の鱗鎧スケイル・アーマーを持っていたのである。


 ドワーフ製の帝国軍仕様の剣を防ぐとは、かなりの強度。でも、胸をおおっている板金板プレートの方はそうでもないようだ。刺突しとつ攻撃を繰り出した剣士部隊の剣は、やすやすと突き刺さったからである。魔物の特性が現れているのは手脚部分で、あとは生身の人間同様にもろい。そうして次々と剣を胸に挿し込まれた青肌の男は、吐血とけつして崩れ落ちた。


 もうひとり脊髄せきずい反射はんしゃ的に特攻とっこうをかけてきたのは、四本腕よんほんうでの女だ。肩甲骨けんこうこつ付近から二本余計な腕が生えている。両腰に二本づつ差してあった剣を、すべての手ににぎめて、おそいかかってきた。


 一騎打いっきうちなら手強てごわい相手となるだろう。だが、対峙たいじしているのは多勢たぜいかつ精鋭せいえいの近衛兵たちで、分が悪すぎた。斬撃を四本分受けきれたとしても、つばいをしているうちに、五本目、六本目が間髪かんぱつれずに振りかかってくる。腕が四本あっても、文字通りに手数が足りなくなり、この女もあっけなく全身を斬り刻まれ、無力化された。


 無謀むぼう玉砕ぎょくさい攻撃をねじせると、剣士部隊がときの声を上げて雪崩込む。


 検問所側からの部隊も、一気にけしかけた。――そこへ、


「あんなやつら俺が丸焼きにしてやる!」


 と、後方守備に回っていたアサシン部隊の男が〝火炎放射フレイム・ウェイブ〟の範囲魔法攻撃をびせかけてくる。通常の金属鎧なら、間違いなく蒸し焼きにされているところ。だが、魔法耐性を最大限まで強化してあるドワーフ製甲冑かっちゅうを身にまとう重装歩兵たちにとっては、足止めの障害にもならない。巻き上がる火炎かえんの中を物ともせず突き進んでいく。


 しつの高い物量は正義である。


 包囲完了後も、近衛師団は敵を終始圧倒した。


 多少の損害はこうむりはしたが、アサシン部隊の戦力を、ひとり、またひとりと、的確に仕留しとめていく。亜人相手になさけは無用である。死んだふりをされて反撃を受けることがないように、斬り伏せた相手の首は確実にっていく。いや、皇帝陛下の狙った以上、首を落とされるのは宿命しゅくめいである。


 このまま、ものの数分で殲滅せんめつし終えるかと思われた。


 しかし、最後に生き残った女隊長のハイブリッドが、やはり厄介やっかいな相手だった。魔法能力は保持ほじしていないものの、オーガーから受け継いだ怪力かいりきと、フェンリルから受け継いだ俊敏性しゅんびんせいを武器に、なかなかの粘り強さを見せる。


 鉄のとげが取り付けられている戦棍バトルメイスを振り回して、肉薄にくはくした剣身ブレードをすべて弾き飛ばしながら、華奢きゃしゃな肉付きから想像できないような重い一撃を加えてくる。囲まれそうになると、人の背丈せたけ以上に跳躍ちょうやくし、下から差し伸ばされる剣の山々をくぐり、荷車の上に逃れる。


 そうやって孤軍奮闘こぐんふんとうすれど、援護えんご無しでは劣勢れっせいくつがえすまでにはいたらない。


 徐々に体力を消耗しょうもうしていき、息が上がって斬撃が体をりはじめると、顔つきをひずませて動きが極端ににぶくなる。肩を突かれ、戦棍せんこん容易よういに振り回せなくなり、スカートプレートごと太ももを斬られ、びはねて逃げ回ることもできなくなった。


 倒れている馬の死体にあずけ、いよいよ切羽せっぱまった状況に追いやられる。


 本当のしぶとさを見せたのはここからだった。


「私は……こんなところで負けるわけにはいかない……まだ死ねない」


 満身創痍まんしんそういの女隊長は、板金鎧プレート・アーマー隙間すきまに手を入れると、ふところをまさぐって巾着きんちゃく袋を取り出す。歯を使ってひもほどき、そのまま仰向あおむけにして開けた自分の口の中へ、経口薬けいこうやくと思われる小繭玉カプセルをいくつも流し込んでいった。


 それはおそらく、魔物の特性を本来以上に引き出して高めるための増幅剤ブースターだったのだろう。


 短かった髪の毛が長く伸びていき、見開かれた目玉は血走って震え。痛みをこらえるようにめられた歯の形状は、きばのようにするどく発達。小さかった二本角も、メキメキと大きくなって突出とっしゅつした。


 体中の血管が浮き上がり、筋肉が小刻みに振動しながらふくらみ、背骨はデコボコと隆起りゅうき。内側からの圧力で金具かなぐが破損した防具が次々落下していく。てい部からがっていた尻尾しっぽも太く長くのび、腰アーマーがぜる。


 丸裸になった皮膚ひふは、もうまぎれもない赤色をしていた。変身はさらに続く。手足のツメ鋭利えいりに伸び、前腕ぜんわんや足のすねの表面からはけものじみた黒い体毛たいもうが生え始め、露出した陰部いんぶの毛も、さわさわと波打つようにしながら、足の付根つけねやヘソのほうへ向かって広がっていく。


 変貌へんぼうげた女隊長は、もはや半鬼はんき半狼はんろうの新種魔物と言っても過言かごんではない。


 けのかわがされたのだ。


 半分混ざっていた人間の血を、みずから捨てに走ったかのような、悪辣あくらつなる姿。口から蒸気を吐き出し、グルルとのどを鳴らしてうなビーストを前にしては、包囲している剣士部隊もさすがにたじろいだ。


 しかし、――


「ひるむな、討ち取れ! 陛下へいかが見ておられるぞ!」


 指揮官から飛ばされたげき鼓舞こぶされると、最前線の兵士たちが意を決し、一斉に斬りかかった。


 すると、化け物となった女隊長は戦棍バトルメイスを捨て、死んだ馬の尻尾を両手で鷲掴わしづかみにする。次の瞬間には物凄ものすごい勢いで、数百キロもある馬を、真横へはらうように放り捨てたのだ。踊りかかった兵士たちは小石のように簡単に吹き飛ばされ、堀に落ちていき、いくつもの水柱みずばしらが上がる。馬の放射線状に居た兵士たちはドミノのようにバタバタと倒れていった。


 おそるべき怪力。しかし決意を固めた剣士たちはもうひるまない。勇猛果敢ゆうもうかかんに突っ込んでいく。得物えものを捨てた女型めがた野獣やじゅうは、長く伸びた金髪をみだしながら、強靭きょうじんな爪で殴りかかったり、牙で噛みついたりする肉弾戦に切り替えた。ドワーフ製の防具をえぐってくる威力いりょくで、蹴られれば周りを巻き添えにして吹き飛ばされる。それでも近衛兵たちは立ち上がって死力を尽くす。


 剣がられれば、折れた剣の先を握ってまた立ち向かう。鉄仮面てっかめんごと頭を踏み潰された仲間のしかばねを乗り越え、陛下の命を狙うぞくに屈してはならぬと、全身全霊で立ち向かっていく。


 決死の死闘しとうのすえ、ついに勝利の時を迎えた。


 女型魔物が馬車の荷台を持ち上げに入っていたとき、跳ね橋のふちで落ちかかっていた兵士が剣をささえによじ登り、背後はいごを取ることに成功した。両腕を天にかざすようにして荷台を抱えた相手からは、完全な死角になっている。


 その兵士は気取けどられないようにゆっくり上段刺突じょうだんしとつの構えに移ると、一気に駆け寄って、「皇帝陛下万歳!」と叫びながら剣を突き出す。剣先けんさきは背中を見事にとらえ、ズブズブと沈み込んで貫通かんつうし、赤い乳房ちぶさ谷間たにまから飛び出した。


「カハッ……!?」


 と、鮮血せんけつを吐き出した女型の魔物は、牙を食いしばって体勢を崩さないように踏ん張る。荷台を支えるので精一杯となり、身動きが完全に停止した。そのきを兵士たちが見逃すはずはない。「皇帝陛下万歳!」をとなえ、次から次へと群がり、陛下からさずけられた剣でつらぬき、串刺くしざしにしていく。こうしてアサシン部隊の最後の生き残りは力尽き、荷台に押しつぶされるようにして、絶命したのである。


 オオオオーーーッ!


 盾を打ち鳴らし、勝鬨かちどきがこだまする。


 最後の首は、戦果せんか確認にやってきた指揮官の手で切断された。


 頭頂部とうちょうぶの金髪が、黒い篭手ガントレットの指でむしられようにして持ち上げられ、二本角のある生首が掲げさらされる。左目は閉ざされ、右目は半開きになったまま、にごったひとみは動くことはない。らんぐいの牙が並んだ口は苦悶くもんにゆがみ、下顎したあごからダラダラと血液がしたたる。


 女隊長のれのて。


「見よ、これが陛下暗殺をもくろんだ者の末路だ。――帝国に栄光あれ!」


 オオオオーーーッ!

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