[No.160] 村の特産品〝美精霊の湧き水〟誕生秘話
過疎化がすすむ村々では日夜、村人全員で、さまざまなアイディアを出し合い、知恵を絞り合い、村を存続させていくための努力に励んでいる。
煙たがられる周壁都市部からの魔物見物人を、これはビジネスチャンスだ!、という逆転の発想で、お客さんとして出迎え、ハンター随伴による魔物見物ツアーをおこなう村もあれば。魅力を体感してもらおうと、GoTo村トラベルキャンペーンと銘を打ち、若者グループを滞在費無料で招待している村も出てきている。
資金調達の面に焦点を合わせれば、最もポピュラーな手法となるのは、村の特産品の販売だろう。よそには無い工芸品、その村だけで収穫できる農作物や植物、そういう物がある村は強く、存続が堅い。
〇
ある夜、≪エセ村≫という小村でも、閉塞していく村の未来を憂いて、村長の家に人々が集まり、打開案を模索する会議がおこなわれていた。
「わしらの村からもひとつ特産品を出そうと思うのじゃが、どうじゃろう?」
「どうじゃろう?って、村長……おれらの村には、そもそも、その特産品になるような物が何一つとして無いから、がん首そろえて困っているんじゃないか」
そうだそうだ!と村人たちが訴えるとおり、エセ村には目ぼしい品が何も無い。収穫される農作物はどれも凡庸で、貴重な薬草が採取できる場所もなければ、古来から脈々と受け継がれているような工芸品だって無いのである。
今更何を特産品にできるというのだろうか。
「まあまあそう騒ぐでない」と村長はあごひげをなでて余裕の面持ち。「わしらの村にもあったんじゃよ。わしらにとっては当たり前すぎて、気づくことができていなかった物がな」
「あるって、いったい何があるんですか?」
「湖の水じゃ」
「…………」
村人たちは一様に閉口した。何を言い出すかと思えば、湖の水。しばしの沈黙の後に、「このジジイついに耄碌したか」と若い衆の男がつぶやき、「期待した私が馬鹿でした」と乳飲み子を抱える女が嘆いて顔を伏せる、「この子が私たちの村の最後の世代ね」と。
またたく間に落胆の色が濃くなると、無精ひげを生やす中年の男が、誰かが指摘しなければなるまいという不承不承な感じで挙手し、ため息まじりに発言した。
「村長よ……湖の水とは、あの湖の水だろう? あそこの水は、いわば汚水だぞ? それを特産品にするなど、気が確かじゃなくなったと思われてもしかたがねぇ」
「みなが不審に思うのも無理からぬこと。じゃが、わしの話に、ちぃーとばかり耳を傾けてはもらえぬか? わしら村の住人から見れば、汚らわしい水でしかないものに、じつは一獲千金の価値があるかもしれぬという話を」
村人たちが怪訝な顔つきで目くばせを交わし合うなか、朗らかな笑みを浮かべる村長が、とうとうと語り始めた。
〇
数日前の日中のことである。
村長は、浮かない顔つきと重い足取りで、村近くの森にある湖へ向かっていた。しわくちゃの両手にはトレーを携えている。載せ置かれているのは、パンとチーズ。湖で暮らしている村の守護精霊のため、供物を運んでいるところだった。
エセ村の守護精霊になっているのは〝グウレイグ〟と呼ばれる精霊である。湖を拠り所とする女人型の精霊で、村では昔、森の湖に姿を現したグウレイグと契約を交わし、代々契約を更新し続けているのだが、この精霊がかなりの曲者なのである。
契約では、『パンとチーズを毎日献上する代わりに、魔物から村を守ってもらう』という内容になっていた。だが、村側がきっちり約束を守っているにもかかわらず、グウレイグは務めをぜんぜん果たそうとしないのだ。
エセ村における魔物の出没件数は比較的少ないほうであるが、出るときには出るため、そのときに保険として機能してもらわなければ意味がない。しかし彼女はこれっぽっちも動いてくれない。いっこうに働かない。
「すみません。ついうとうとしていて気が付きませんでした」
と、いつも決まった言い訳。
先日、村の田畑が魔物に荒らされた際も、湖に浮かべた黄金色の小舟の上で、ついうとうとしてしまっていたらしい。
きらびやかなドレス姿で、小舟の縁に寄りかかっている様は、青色をしている肌を除けば、長く美しい金髪を垂れ下げている品のいいお嬢様という出で立ち。〝湖の貴婦人〟という別称がある通り、目の保養にはなる。が、それだけである。うたた寝ばかりで、守護精霊としてはまったく役に立たない大外れ精霊だったのだ。
たいへん長らくの間、「次は必ずお役に立ってみせますから、どうかパンとチーズをお恵みください」という精霊らしからぬ超低姿勢な物言いでの泣き頼みと、その美しい乙女の容姿に誤魔化され続けていたのだが、ただでさえ存続が危ぶまれている貧しいエセ村にとっては、お荷物以外の何ものでもなくなっている。
「……この供物も、今日で終いじゃ。あの役立たずの駄精霊には、一刻も早く立ち退いてもらい、村にとって有益な精霊を招かねばなるまい」
と、村長は、この日ついに三行半を突きつけるため、最後の晩餐代わりのパンとチーズを手に、グウレイグが占拠する湖へと向かっていたのである。
そうこうして村長は、森を抜け、湖のほとりに出た。そこで「おや?」と目を細めたのは、先客が湖にいたためである。重そうな荷物を背負い、防具を身にまとう二十代前半ほどの若い男女数名が、木陰で休んでいるところだった。
「おぬしらは冒険者ぱーちぃーか? 今晩の宿を探しているんじゃったらこの森を……」と、すぐさま村へ斡旋しようとするが、湖の水をコップですくって飲もうとしていた男を目にするやいなや、血相を変え、「い、いかん! 何を飲もうとしておるんじゃ!」と、声を荒らげた。
「なんだよ爺さん。喉が乾いたから水を飲もうとしてるだけだろう?」
「その水は汚染されておるんじゃぞ!」
汚染されていると聞き、さすがに冒険者の男もビビったのか、口につけようとしていたコップを下ろし、中に貯めた水に目を向ける。
「……そういや、すこし黄ばんでるなこの水。それに――」と、コップの縁に鼻を近づけてひくひくさせる。「なんかチーズみたいな匂いもするぞ」
「匂いは違うでしょ。そのお爺さんが持ってるからよ」
冒険者の女がトレイに載せ置かれているチーズを指差してくるが、村長は首を横に振った。
「チーズ臭はたしかにそのコップの水――いいや、湖全体から発せられておるものじゃよ。そして、その原因となっておるのが、あやつなんじゃ」
村長があごひげで指したところには、グウレイグが乗った黄金色の小舟が浮かんでいた。どうやら冒険者たちは湖に来たばかりのようで、湖面に漂う存在にはまだ気づいていなかったらしい。人の肌とは異なる青肌を見留めてか、「あれは女型の魔物!?」と慌ただしく剣や杖を構えて戦闘態勢をとる。が、「いや、待つんじゃ!」と村長が立ちはだかるようにして制止に入った。
「魔物ではなく精霊じゃて。それも、恥ずかしながら、わしらエセ村の守護精霊なんじゃよ……」
なんだ精霊様かよ、と冒険者たちはすぐに力を抜いたが、
「精霊が汚染の原因になってるってどういうことなの?」と、女冒険者が突っ込んでくる。
「それはじゃな……」村長は言いづらそうに首を巡らし、小舟の方向で苦々しい顔を止める。「ああ、ちょうどいい。今から始めるところのようじゃ。自分の目でたしかめてくれんかの……」
湖面では、舟べりにもたれかかっていたグウレイグがゆっくり立ち上がるところだった。村長たちが居る方向に背中が向けられているので、彼女のほうも湖のほとりに立っている人間たちには気づいていないのかもしれない。それはそうとして、立ち上がった彼女は、着用しているドレスのフレアスカートを両手でつかむと、鳥が翼を広げるように左右に開き上げた。そしてなぜか、挨拶の練習でもするかのように、虚空に向かって深々と頭を下げたのである。
冒険者たちの目にはその所作が、社交場で交わされるような貴族の上品なお辞儀のように映り、見惚れてしまうほどだった。しかし渋面を浮かべた村長は知っている、グウレイグはたんに腰を引き、小舟の端から湖面に向かって、尻を差し出したに過ぎないということを。
チョロチョロチョロチョロ……
と、すぐに音が立ち始まった。
スカートの奥の方から、流れ落ちていく、一筋の細い水柱。
まっさきに顔をしかめたのは女冒険者である。
「あれって立ち様式の……」
「しょんべんしてんのか……?」と男冒険者が単刀直入に続けた。
もう言わずもがな。
湖の汚染原因は、精霊の小便なのである。
グウレイグは小舟から降りることがないため、用を足すときも当然、舟上で済ませる。そして、たいへん長らくの間、垂れ流しにされていることにより、湖水は今や薄い黄色に染まり、もはや肥溜めと称してもなんら差し支えない状態に、成りおおせてしまっているのだ。
もたげられたスカートの裾から生じている〝金糸の滝〟は、勢いはそこそこだが止めどなく落下し続けている。
「……なんか、けっこう長いな」
「パンとチーズばかり食うくせに、大きいほうをせんからじゃないかのぉ」
「へぇー、小さいほうだけか。てか、精霊も排便とかするんだな」
「するから、湖が汚れとるんじゃ……」
「ちょっと男ども! なにずっと見てんの!?」と顔を真っ赤にした女冒険者が視界を塞ぎにかかり、「ねえ、そこの精霊様! おしっこしてるところ見られてますよ!」と呼びかけたあと、チョロチョロ聞こえ続けていた音がようやく止まった。
腰をくねくねゆさぶって雫を切ったグウレイグが振り返る。
「あら、ごきげんよう」
微笑んだ美顔の脇で手を振っただけで、彼女はしゃがみ込み、舟べりに両腕を組んで頭をのせてると、またうとうとし始めてしまった。「えぇ、反応はそれだけ……?」と女冒険者が呆気にとられ、「いつもこうじゃよ……」と村長が頭を抱える。ふたりをよそに、こちら側へ向き直る格好に変わったグウレイグを目の当たりにして、目の色を変えたのは男冒険者たちだった。
「おいおい見てみろよ、めちゃくちゃ可愛い顔してるぞ。顔は青いけど」
「うんうん」
「どう見たっていいところのお嬢様だよな。顔が青くなかったら」
「うんうん」
「もう青いとか青くないとかどうでもいいよな、あんだけお美しいと」
「ごくごくっ!」
突然、聞こえてきた液体を飲み込む音に、度肝を抜かされた村長が叫んだ。
「おぬしはなぜコップの水を飲んどるんじゃ! それは汚水だと言っておるじゃろう! いや、たった今その目で見たばかりじゃろ!」
「こいつは……イケなくもない! いいや、断然イケる!」
「俺にも飲ませろよ! いい、やっぱ直接飲むわ!」
「ほのかな臭みと苦味がついているのが逆にいい! ただの水じゃないってわかるから逆によすぎる!」
あろうことか、冒険者の男たちは、村長の声などお構いなしに、そろいもそろって汚染された湖に頭を突っ込み、ぐびぐびと水を飲み始めたのである。
「よ、よさんか……その水は、ばっちぃんじゃぞ!」
「黙れジジイ! 美精霊から流れ出たものが汚いわけないだろう!」
あたふたする村長と、喜々として汚水を飲み続ける男冒険者たち。
その傍らでは、仲間の醜態を見せつけられている女冒険者がドン引き。
「……さいてい。わたしはパーティーを現時点をもって離脱するから」
「おい待てよ、お前も飲んでみろって!」
引き止めるには最悪の台詞。
「そんな小汚いもん、飲むわけないでしょ、馬鹿なの!? みんなオーガーに窯でも掘られて死ねばいい!」
「美容の妙薬になるかもしれないぞ」
「……ハァ?」
「あの精霊様のご尊顔をよ~く見ろよ。絶世の造りをしていらっしゃるだろう? この水には、その体内から湧き出ったモノが混ざってるんだ。つまり、美の成分が含まれている可能性がある。いや、きっと美肌の元となる物質が大量に含まれているに違いない」
「服用すればカサカサしている肌が、スベスベのツヤツヤになるかもな」
「いつも気にしている顔のソバカスだって、消えちゃうかもよ?」
「飲むほど消えるカバー力!!」
「…………ほんとに?」
○
「それで村長……その女冒険者は、湖の汚水を飲んだのか?」
話を聞いていた村の衆は、村長の返答を固唾を飲んで見守っていた。
まぶたを閉じていた村長が、片目をカッと開眼させる。
「飲みおった!」
「おぉーっ!」
「それもやつらは、あの汚水を水筒にたらふく詰めて、持ち帰りおったぞ!」
「おぉーっ!」
「わしが何を言いたいのか、もうわかるじゃろ?」
「私は反対ですよ」と、きっぱり言い放ったのは、乳飲み子を抱えた女性だ。
「なにを反対するというんじゃ」
「精霊のおしっこを特産品にして販売しようということですよね?」
「言わずもがなじゃろ」
「私は嫌ですよ! そんな恥ずべきモノを収入源にしようだなんて! だいたい美容に効果があるというは嘘でしょう?」
「あながちデタラメとは言い切れんぞ」
「……どういうことです?」
「すくなくとも、快便効果はあるようじゃ」
「……快便?」
「わしも少々飲んでみたんじゃがの。小麦臭さとチーズ臭さがほんのり香っている程度で、ただの水と遜色ない。まあ、ちぃーとばかし苦味があるがな。『良薬口に苦し』と言われておるじゃろ? じつはこの頃、便秘に悩んでおったんじゃが、コロコロとしか顔を出してこなかった大きいモノが、それまでの難産がウソじゃったように、スルスルッと出てきてしもうたんじゃ」
「…………ほんとに?」
村長はその瞬間、確信した。
男だけでなく、女にも売りさばくことができる、と。
○
こうして、エセ村に、思ってもみなかった特産品〝美精霊の湧き水〟が誕生することになったのだった。
糞の役にも立たなかった守護精霊の、尿が役に立ったという珍にょうな話である。
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