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[No.153] 漁船団が轟沈 吸盤付きの巨大な腕が船体を真っ二つ

 今月2日、《トゥムハーバ港》から出港していた6隻のあみ漁船団が沖合い海域での漁業中に、頭足とうそく海魔かいま〝クラーケン〟と見られる巨大な烏賊イカ型魔物からの襲撃を受け、全隻、沈没した。


 被害にった一隻から放たれた〝伝令鳥でんれいちょう〟が「クラーケンと相対あいたいす。大至急救援求む」という音声伝言を港に届け、それにより出動要請を受けた帝国空軍がただちに部隊を派遣。しかし、沿岸付近にある最寄もよりの基地から航空こうくう救難きゅうなんだん飛竜ひりゅうたいが急行したときには、漁船団はすでに壊滅状態となっていた。


 あたりいったいの海面は、クラーケンが吐き出した粘質ねんしつ墨汁ぼくじゅうによって黒く染まり、6隻あった船はことごとく破壊しつくされている。すみまみれになった船乗ふなのりの何名かが、沈まずに浮いているからだる木片もくへんなどの残骸ざんがいにつかまるなどして、手を振りながら漂流していた。


 航空救難団は、上空からの目視によって要救助者を確認後、吊り上げ救助をおこない、合計13名を救出。だが、総勢90名ほどいた船乗りたちの大部分はいまだ行方不明となっており、現在も懸命の捜索が続けられている。


 クラーケンは全長が1kmを超えることのある巨体魔物で、帝国軍がほこる海竜かいりゅうたいをもってしても討伐が極めて困難とされている。漁船団を強襲した個体が付近海域に留まっている可能性が懸念されることから、海上からの捜索活動は二次被害をまねく恐れがあるとして、帝国海軍の出動は今のところ見送られている。



          ○



 助け出された40代の男性3等航海士(こうかいし)によると、当初は〝シーサーペント〟が出現したと思ったらしい。


 引き網を手繰たぐり寄せている最中、「あれはなんだ?」という声が聞こえ、その3等航海士が船室から出てみると、乗船している船から数百メートル離れた海面で、白くて大きなものがうねるように泳いでいた。波間なみまにうごめいて見えたのが、ヘビのような長い胴体だったため、シーサーペントだと思ったのだ。


 並走していたとなりの船から、3等航海士の乗る船に向かって、声が上がった。


「いますぐ海へ飛び込め! その船から離れろ!」


 距離が離れているとはいえ大海蛇おおうみへびと思われる存在がうろついている中で、海へ飛び込めなどと、妙なことを口走っている。それも船員総出でになって、必死に両手を振って見せてきているのだ。かと思えば、海に飛び込めと叫んでいた隣船りんせんの乗組員たちのほうが、次から次へ、甲板かんぱんから海に飛び込みはじめてしまった。


 その様子を3等航海士が顔をしかめて眺めていると、急に差し込んできた影に全身をつつまれた。雲ひとつない晴天だったのに何が太陽をさえぎったのだろうと、顔を上げて見れば、頭上にあったのは、吸盤きゅうばんをいくつも取り付けた烏賊イカの、あまりに巨大すぎる白い一本腕。


 後方の海面から突き出していたその腕は、半ばもう振り下ろされているところだった。


 衝撃と轟音のあと、3等航海士の体は空中へ高らかに弾き出されていた。


 鳥にでもなったかのような視界に飛び込んで来たのは、振り下ろされた巨大烏賊(イカ)の一本腕が、自分の乗っていた船を、並走していた隣船もろとも、真っ二つに叩き割っているという目を疑う光景だ。長く伸びた腕の着水によって上がった飛沫しぶきは、もはや水柱みずばしらというにはふさわしくなく、城を囲む堅牢けんろうかべのようになってそそり立つ。


 海に落ちたあと、水中に潜り込んでしまった体をどうにか浮上させたときにもまだ、跳ね上がっていた飛沫が、快晴の中、雨になって降り注ぎつづけていた。


 海上は阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。


 シーサーペントと勘違いしていた烏賊イカの白腕が、何本も現れ、見渡す限りの海面のあちらこちらに突き出してうごめいているのだ。


 その大きさは桁外けたはずれ。


 吸盤の腕にからみつかれた船が、メキメキとけたたましい不快な音をたてて握り潰されていく。


 海中から引き上げられた腕によって、船底から二つに割られた船もあった。


 頭上を長橋のような腕が影を落としながら横切って行き、吸盤に貼りついてしまっている仲間たちから「助けてくれ!」と口々に叫ばれるが、どうすることもできず唖然あぜんとしながら見送るほかにない。横切って行った腕は、まだ無事だった船の三本マストを軽々とへし折った。


 遠くのほうで放り投げられた船首せんしゅぞうが、まるで水切り石のように海面を切り裂きながら進んできて、大慌てでもぐって退避する。


 いつの間にか、黒々とした粘膜が海中を漂っていた。クラーケンが吐き出した墨である。視界が遮られると上と下の区別がつかなくなるうえ、体の自由を奪われて泳ぎづらくなってしまう。


 3等航海士は恐怖にさいなまれながらも冷静でいられたため、なんとかふたたび海面に浮き上がることができた。そのとき、近場に漂ってきた樽にすがりつくことができたため助かっていたのだという。


「……俺は落下した場所がたまたま良かっただけさ。あの腕の出現地点にいたやつらはみんな、腕が潜って行くときに生じたうずに巻かれて、海底に引きずり込まれちまったよ」


 救出された船員たちが目撃していたのは、クラーケンの腕のみで、本体は誰も目にしていなかったようである。しかし、


「……もしかすると、俺が白い砂地が広がる海底だと思ってものが、やつの本体だったかもしれないな。それほどバカでかかったんだよ」


 と、3等航海士は話を結んだ。

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