[No.150] 【読者の集い】アディオス、イフリート!
♂ クワトロ 23才(サムロストロ町・純潔精霊術師)
俺は〝純潔精霊術師(バージナル・エレメンタラー)〟をやってる。
今、フッとニヤケやがった奴がいるだろう。
俺がやめることに決めたのは、お前らみたいな奴のせいだからな。
知ってのとおり、純潔精霊術師は高等職だ。通常のエレメンタラーでは契約することのできない精霊と契りを結び、彼らの力を借りて使用できるからだ。契約を交わす際の絶対条件になるのが、性交体験のない清らかな者、つまり、〝未経験者〟であること。
肉体の交わりを不浄な穢れとして嫌う精霊が居ることから、処女と童貞のみに許された職種、それが純潔精霊術師(略称:純霊師)。
俺たちは、精霊と常時通じ合っていて、その力を貸し与えてもらうための直通回線が開きっぱなしになっている。だから意識を集中させるだけで、略式どころか呪文を唱えない無詠唱で精霊魔法を扱うことができる。バージンを好む精霊は強大な力を持つのが常で、その威力は、他のエレメンタラーの精霊魔法が子供の遊びと思えるくらいに、圧倒的なもの。純霊師がひとりいるだけで、パーティーは何段階も強化されるんだ。
本来なら称賛されるべきはずだろう?
……なのに、聖人みたいに崇められるのは女性ばかりでつらい。
女性純霊師に尊敬の眼差しが向けられるのは、わからないでもないさ。とくに地方出身者の場合は、初体験が魔物によって奪われてしまっていることが大半って聞くからね。貞操を堅持していること自体で一目置かれる。美麗な容姿の人物ともなれば、担ぎ上げて、もてはやしたくもなるだろう。
それが男性純霊師だと、手のひらを返したように馬鹿にされる……。
魔物討伐での戦闘時なんかには、「クワトロがいるおかげで助かった。業務がはかどる。ありがとう!」とか体のいいことを言っておいて、打ち上げで酒の席になった途端、どいつもこいつも童貞いじりをしてくるんだ。やめてくれって言ってところで、酔っぱらってるから聞きやしない。
「こいつは純潔精霊術様なんだぜ!」
ってことを、酒場で公然と暴露しやがるんだよ。
今ではバージンの代名詞になっているから、「こいつは童貞様なんだぜ!」と言っておちょくられているようなもの。酒場の方方から向けられる視線にいたたまれなくなり、雇われの若い女性踊り子から、「へぇ~、すごいですね!」なんて言葉とは裏腹な感じで、値踏みすように見下され、ニヤッと口角を持ち上げられたときなんかには、どうしようもないくらいに泣きたくなる。
同じ職種で、同じバージンであるはずの、女性純霊師からの偏見もひどいものだよ。大切な箱入り娘のように扱われているせいか、お高くとまって、「処女を童貞なんかと一緒にしないでくれる?」みたいな感じで、いつも下に見てくるのさ。
二十代になって、純ハラ(純潔ハラスメント)も、もう大概だ。
この前、道で一組の冒険者パーティーとすれ違ったんだ。
どういう経緯で組まれたメンバーかは知らないけどさ、若々しい面子のなかに、中年おっさんの純潔精霊術師がひとり加わっていたんだよ。彼は隊列の最後尾にいて、何メートルも離れたところをトボトボ歩いていたから、きっと聞こえていなかっただろうけど、俺の耳にはその若いメンバー同士の会話声が丸聞こえたんだ。
剣士の少女が、すっごい嫌そうな顔つきでおっさんを見返ったあとに、並び立つ弓士の少年に尋ねてた。
「ねぇ、なんであんな中年童貞様なんか加入させたのよ。あの歳で?って思うだけでこのくらい距離とってても、なんかもう生理的に無理なんですけど……」
「露骨に嫌そうにすな。あいつが契約してんの、大火霊〝イフリート〟なんだ」
「えっ、マジ!? 超使えるやつじゃん!」
「だろ? あいつが居れば、めっちゃ楽ができるんだよ」
「火霊術の恩恵を受けるために、加齢臭は我慢ってことね。プククッ」
「そういうこと。クハハッ」
実に暗澹とした気持ちにさせられたね。他の冒険職のやつらは、俺たちをこんなふうに思っていたのかと、愕然としてしまい、虚しさを覚え、なんとなく空を見えてしまったな。
俺が契約中なのもイフリートなので、他人事のような気がしない。このまま何年も年月を重ね、自分の行く末が、あのおっさんになるのかと思うと、やるせない。みじめさが胸懐にひたすら込み上げてきてしまう。
だから俺は、すっぱりとやめることにした。
「童貞を捨てるなんてとんでもない!」
年配者は言うけれど、いいや、もう結構。
純潔を失っても精霊術師は続けられることだし、ぶっちゃけ、我慢の限界でもある。
完全武装が主流だった一昔前と違い、ここ最近では、女性冒険者の軽武装化に拍車がかかっていてるだろう? 肌の露出が多く、ファッション性に富んで、みんながみんな蠱惑的。それをムラムラしながらただ眺めるだけの毎日なんて、もはや拷問以外のなにものでもないんだよ。
俺はようやく、気づき、想い、決意したね。
純潔精霊術師であることが、青春を無駄にしてしまっていた。
錆びついて排泄だけの道具となりはてる前に、さっさと捨ててしまうに限る。
今まで溜め込んだぶん、これからは発射しまくってやるぞ!
ってね。
取り急ぎ、シコシコと蓄えてきた金をはたき、プロフェッショナルな夜の踊り子さんのもとへ行って、いびつにそびえる想いをドッキングさせ、大精霊の呪縛から俺自身を解放してやるんだ。
というわけで、アディオス、イフリート!