[No.15] 住民大迷惑 町内のいたるところに魔法陣の落書き
《ビルスタッツ町》の人々は今、困惑と義憤の渦中にある。
今月始めごろから、町内各地において落書きが見つかり続けているのだ。
石畳の路面上、家屋の壁、井戸の積み石、家畜の胴体など、ところ構わないず、大小様々。使用されている筆記物は、赤、白、黄色、水色といった色とりどりのチョークである。描かれているものは、象形文字に似ていたり幾何学模様だったりするが、すべてに共通点がある。それは、丸い円で囲まれている点だ。
もうお気づきになられただろう。
落書きは、今や廃れた〝手書き魔法陣〟なのである。
現代魔法における魔法陣は、詠唱により自動発生させるもの。無詠唱によりそうすることもできる。そもそも魔法陣がなくとも魔法は使える。魔法使いならば、手書きの魔法陣なんて七面倒くさいものは、格式が高く儀礼を重んじる扱いにくい時代遅れな大精霊の召喚を行う場合などを除き、ぜんぜん描く必要性がないのだ。
にもかかわらず、手書き魔法陣が描き散らされているのはなぜか?
古式魔法の懐古趣味者で、なおかつ、ゼロ能力者が犯人なのだろう。
ゼロ能力者とは、魔法を扱う才能が生まれつきまったく無い〝ゼロ〟である者を指す。かなりの割合の人間がそうであると言われているが、現代ではたとえゼロ能力者であっても、魔力が封じ込められた〝魔道具〟の力を借りて、曲がりなりにも魔法は扱えるようになっている。
今回見つかっている魔法陣は、粉の成分分析により、魔力の封じられた魔道具チョークであることが明らかになっている。能力者であるなら、ただのチョークで事足りる。よって、魔道具に頼らざるを得ないゼロ能力者である線が強い。魔道具チョークの製造はすでに終了しているので、在庫を持ち歩く旅商人や古物商から入手したのではないかと考えられている。
また、魔法陣からは、魔法が発動した形跡がないこともわかっている。円陣が歪んでいたり記述が誤っていたりと、どれも発動条件を満たしていなかったのだ。古式魔法に興味があるが使用に関する知識に乏しいらしい。手書き魔法陣完成を目指し、練習のため、場所も選ばずあちらこちらに描きまくっているに他ならないだろう。
「練習するのは勝手だけどさ、人に迷惑かけんなよなぁ……」
と、養豚業を営むシュバイン氏(31)は、豚の脇腹に描かれた魔法陣の出来損ないを消しながら半ばあきれて苦言を呈していた。
現在、ビルスタッツ町では、町ぐるみになって犯人の行方を捜しているものの、それらしい人物は依然として確認できていないようだ。ゼロ能力者でも、姿をくらませる〝かくれんぼ〟の能力はピカイチということか……。
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