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[No.147] 枯れ井戸スコープ

「おーい、おーい」


 声が聞こえた。


 男の子の声だ。


 森の道をひとりで歩いていた少女・ケイティ(11)は、あゆみをとめた。「おーい、おーい」と呼びかけてくる声はわりと近くから聞こえてくる。だが、前後を見回しても道には自分以外に人の姿はない。声がするのは、道から外れたしげみのほうからだった。


「おーい、おーい、だれかー」


 ケイティは立ち止まって茂みに顔を向けたまま、応答をためらう。彼女の小さな手には木桶きおけが抱えられている。道の先にある泉へ、水くみに向かう途中だった。しかし先を急いでいるから声を無視しようとしているわけではない。


 ――森の中からする声にはぜったいに返事をしてはならない。


 大人たちからそう忠告ちゅうこくを受けているのだ。


 泉のまわりとその道のりには、村の守護しゅご精霊せいれいの力がこめられた〝魔除けのくい〟が等間隔で設置されているため、魔物に襲われる心配はない。けれども保護領域から一歩でも外へでれば、安全ではなくなる。魔物の中には人語じんごをしゃべるものもおり、そういった種族は知恵が働き、目をつけられて誘い出されでもすると危険。なので、用心としての教えだった。


 耳に届けられる男の子の声は、なにか困っていそうな感じに聞こえていた。どうかしたの?、と尋ね返したい心情に駆られてしまう。でもケイティは、応えちゃダメと首を振って気持ちをおさえる。来た道を振り返れば、村に建つ家々がまだ見える距離でもあった。


 ……戻って大人のひとに知らせよう。


 たずえていた木桶を目印代わりに地面に置き、引き返そうとしたときだった。


「おーい、だれかいないのー? たすけてくれよー」


 ケイティはきびすを返した足を止めた。緊張と警戒心で気づかなかったのだろうか、その男の子の声に、聞き覚えがあったのだ。


「……アパム? アパムなの?」


 思わず、道脇の茂みの方向へ、村に暮らしている同い年の幼馴染の名前を口にしていた。すると「おーい、おーい」と上がっていた声がやむ。やや不自然ながあき、そよ風が木々のえだを揺らして通り抜けたあと、今度はやきもきしたケイティのほうから呼びかけた。


「ねぇ、アパムなんでしょ? どこに居るの?」


「ちかくにだれかいるの? ぼくをよぶきみはだれ?」


「なに言ってるのアパム? あたしだよ」


「あたしじゃわからない」


「ケイティ!」


「――――」


 また声が途切れた。


「ちょっと聞いてるの?、アパム」


「ああ、なんだケイティか」


 やはり茂みの向こうに居るのはアパムのようだ。


 ケイティは胸をなでおろすと、姿を見せない幼馴染に対して顔をしかめる。


「道から外れて何してるの? 茂みに入ったらいけないって言われてるでしょ。村の大人たちには黙っててあげるから、はやく出て来なさい」


「そっちにいけないんだよ。ここからでられなくなったんだ……」


「出られないって……どこから?」


「みればわかるよ。でるために、ケイティのてをかしてほしいんだ」


「村に戻って誰か呼んでくる?」


「だめ! おこられちゃうだろ……。おねがいだから、ぼくのこえをたどって、こっちにおいで」


 ケイティは溜め息をつく。やんちゃな性格のアパムは問題行動を起こして大人からしかられがちな子である。どうやら今日もまた何事かやらかしてしまったようだ。道からはずれた保護領域の外に居るような時点で、すでに問題なのだけれど……。


 ここは村に引き返して大人を連れてくるのがベターな判断。でも「おいで、おいで」とアパムがしつこかった。大人を呼びに行く必要はない、ケイティが来てくれさえすればすぐに済むと、叱られたくない一心からか、そう訴えてくる。挙げ句には、


「おとなにばらしたら、ケイティはちくりやだって、ともだちぜんいんにいいふらしちゃうぞ!」


 おどすようなことまで言ってくるので、ケイティはめんどくさそうにまた溜め息をつく。


「……はいはい、わかりました。これは貸しだからね」


 あまりのしつこさに、ケイティが折れた。アパムが声をあげ続けられているということは、付近に魔物が居ない証明になっている。声が発せられている場所も、そう遠くではない。少しくらい問題ないだろうと思ってしまったのだ。そうして彼女は、保護区域になっている道を外れ、茂みの中へと分け入った。



          ○



「こっちだよー、こっちこっち」


 アパムの声を頼りに、ケイティは茂みの中を進んだ。服をひっかけてやぶかないよう注意しながら、立ちふさいでいる枝を手で押しのけ、体をねじ込ませる。そうやって数十メートルほど分け入ったところで、急に前方がひらけた。


 抜け出てきたのは、かつて住居だったと思しき廃屋はいおくが、三つ四つ点在して立っている場所である。ちたかべつたがからまり、なかば崩落している屋根には雑草がボーボーと生えている。自然に侵食された状態で、長い間、人が住んでいないのはあきらか。


 そこは昔、村の飛び地になっていたところだった。住む者が居なくなり、ケイティが生まれたころには放棄ほうきされていた土地なのである。


「村の近くこんな場所があったんだね。アパムは知ってたの?」


「ぼくもさっきみつけたところだったんだ。それでさ、あそびばにできるとおもってはしゃいでみまわってたら……」


「この井戸いどに気づかずに落ちちゃったってことか」


「……そう」


 ケイティが声をたどっていった先で見つけたのは、レンガ造りの古井戸だった。地上から出ている部分を取り囲むように草が茂っており、レンガが風化してくすんでいるせいもあって、井戸の存在が見えにくくなっている。


 アパムによると、足元を確認しないでキョロキョロ歩いていたら、レンガの外壁につまずいて転び、口が開いたままになっていた井戸にそのまま吸い込まれるようにして落ち、あっと思ったときには、真っ暗な井戸の底だったらしい。


 ケイティが井戸のふちから中を覗いても、暗い穴がぽっかりあいているだけのように映り、底にいるはずのアパムが見えなかった。

 

「ほんとにケガはしてないのね?」


「うん。へいき」


 と、地面下から反響してくる声はたしかに無事のようだ。井戸はれてしまっているらしく、底には水のかわりに落ち葉が積もっていたため、落下時にクッションとして働き、大事にいたらなくて済んだという話である。


「じゃあ、村に帰って助けを呼んでくるから」


「ちょっとまってよケイティ! はなしがちがうじゃないか!」


「だって底が見えないほど深いんじゃ、あたし一人いたってどうすることもできないでしょ?」


「そんなにふかくないよ。そうみえてるだけなんだ。こっちからはケイティのかおが、はっきりみえてるし。ぼくのてが、とどかないのが、もどかしいくらいのきょりしかないよ」


「嘘だぁ」


「ほんとだよ。――ほら、まわりには、つたがたくさんあるだろう? それをつかって、たすけてくれよ」


つたをおろしても、あたしには引き上げられないって」


「ひきあげなくてもいいんだよ。むすんで、のばして、ちかくのきにくくりつけてくれさえすれば、じぶんであがっていけるからしんぱいしないで」


「うーん、そうすればイケるかなぁ……でも、ほんとに深くないの? 途中で落っこちて、ケガされて、あたしまで怒られるハメになるのは嫌なんだけど」


「ふかくないよ。そうだ。ためしに、つたをたらして、きょりをはかってみてよ」


 危なそうだったら人を呼んで来てもいいということなので、ケイティは言われた通り、蔦を垂らしてみることにした。


 廃屋はいおくの壁をっていたものを巻き取って回収し、井戸に戻ると、底に向かって先端から垂らしていく。


「ケイティ。つたはおとさないように、ちゃんとにぎっててよ」


「わかってるって」


 1メートル、2メートルと下げていき、先端が暗闇の中へと飲み込まれるようにして見えなくなると、アパムの嬉しそうな声が響いてくる。


「もうすこしで、てがとどきそうだよ!」


「えっ、もう……? さすがにまだ無理でしょ?」


「ほんとだよ。あさいっていっただろう? ぼくがてをふってるのがみえない?」


「見えないよ」


「めがわるいんじゃない? ふちからすこしのりだすようにしてみなよ、そうすればわかるはずだから」


 目が悪いと言われてムッとしたケイティは、意地でも見つけてやろうと躍起やっきになった。蔦を下げたまま、上半身を折り曲げ、ふちから頭を入れるようにして底を覗き込む。でもやっぱり、「ほらほら、ここだよここ」と声だけはするが、見下ろす先は、ただまっくろな真円しんえんでしかない。


 なんだかくやしい感じがして、ケイティはでまかせを口にした。


「あっ、見えた見えた」


 くすりと笑うアパムの声が返ってくる。


「みえてないだろ?」


「見えてるってば」


「うそだよ。だって、ぼくのからだはもうないんだもの」


「……なに言ってるの?」


「つかまえた」


 アパムの声とともに、垂れ下げていたつたが、猛然もうぜんと引っぱられた。落とさないようにとしっかり握っていたケイティは、一瞬のうちに、井戸の底へと引き込まれてしまう。悲鳴が上がるもなかった。激突音も響いてこなかった。音も立てず、暗い穴に吸い込まれるようにして、彼女は消えて居なくなった。


 

          ○



「おーい、おーい」


 声が聞こえた。


 女の子の声だ。


 森の道に放置されていた木桶きおけを不審に思い眺めていた少女・ヘルミナ(11)は、顔を上げた。「おーい、おーい」と呼びかけてくる声はわりと近くから聞こえてくる。だが、前後を見回しても道には自分以外に人の姿はない。声がするのは、道から外れたしげみのほうからだった。


「おーい、おーい、だれかー」


 ヘルミナは立ち止まって茂みに顔を向けたまま、応答をためらう。彼女の小さな手にも、木桶が抱えられている。道の先にある泉へ、水くみに向かう途中だった。しかし先を急いでいるから声を無視しようとしているわけではない。


 ――森の中からする声にはぜったいに返事をしてはならない。


 大人たちからそう忠告ちゅうこくを受けているのだ。


 泉のまわりとその道のりには、村の守護精霊の力がこめられた〝魔除けのくい〟が等間隔で設置されているため、魔物に襲われる心配はない。けれども保護領域から一歩でも外へでれば、安全ではなくなる。魔物の中には人語をしゃべるものもおり、そういった種族は知恵が働き、目をつけられて誘い出されでもすると危険。なので、用心としての教えだった。


 耳に届けられる女の子の声は、なにか困っていそうな感じに聞こえていた。どうかしたの?、と尋ね返したい心情に駆られてしまう。でもヘルミナは、応えちゃダメと首を振って気持ちをおさえる。来た道を振り返れば、村に建つ家々がまだ見える距離でもあった。


 ……戻って大人のひとに知らせよう。


 たずさえていた木桶を、放置されていた木桶のとなりに置き、目印代わりにして引き返そうとしたときだった。


「おーい、だれかいないのー? たすけてよー」


 ヘルミナはきびすを返した足を止めた。緊張と警戒心で気づかなかったのだろうか、その女の子の声に、聞き覚えがあったのだ。


「……ケイティ? ケイティなの?」


 思わず、道脇の茂みの方向へ、村に暮らしている同い年の幼馴染の名前を口にしていた。すると「おーい、おーい」と上がっていた声がやむ。やや不自然ながあき、そよ風が木々のえだを揺らして通り抜けたあと、今度はやきもきしたヘルミナのほうから呼びかけた。


「ねぇ、ケイティなんでしょ? どこに居るの?」


「ちかくにだれかいるの? あたしをよぶあなたはだれ?」


「なに言ってるのケイティ? わたしだよ」


「わたしじゃわからない」


「ヘルミナ!」


「――――」


 また声が途切れた。


「ちょっと聞いてるの?、ケイティ」


「ああ、なんだヘルミナか」



          ☓   ☓   ☓




 枯れ井戸を放置していてはならぬ。

 

 土で埋め、口を塞ぐべし。


 さもなくば〝井戸まねき〟が宿り、子を食らう。



(※ある村で起きた少年少女連続失踪事件から生まれた警句)

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