[No.144] 発明王パーシー博士が衝撃の逮捕 女性新聞記者を惨殺、亜人開放戦線と結託、世紀の大発明は捏造品!
当新聞社の女性契約社員クリスティナ記者(30)を自宅に呼び出して監禁したうえ、形容しがたいまでの甚だしい暴行を加えて殺害したとして、《サバーブ村》在住で自称〝発明王〟の男パーシー・エジウソン博士(57才・魔法技術研究開発者)を、帝国軍が今月21日に現行犯逮捕した。
同罪人については、弊社が今月18日に、特集企画「世紀の大発明、ここに誕生! 発明王パーシー・エジウソン博士が開発した『全自動魔獣撃退機』にせまる!」において、一面を割き、取り上げていたばかりだった。
本日は、クリスティナ記者死亡の訃報とあわせ、彼女が取材していた特集企画の内容――世紀の大発明が、パーシー罪人の企てた虚偽による事実無根の〝誤報〟になってしまったこともお伝えしなければならない。
○
我々新聞社のもとにパーシー罪人から新しい書簡が届けられたのは、特集記事が掲載された翌日(19日)だった。
手紙には、『自走式魔導人形の試作機が完成した』という趣旨が書かれてあり、それをまた弊社に独占取材に来てもらいたいといった内容だった。クリスティナ記者が書いた記事を気に入ったので、もう一度我々だけに取材をさせてあげます、という吉報だったのである。もちろん、取材記者としてクリスティナ記者がじきじきに指名されてあった。
「ぜひ私に行かせてください! 歴史的瞬間にまた立ち会え、自分の手で記事に起こせるなんて光栄なことはありませんよ! 記者冥利につきます!」
知らせを受けたクリスティナ記者は天にも昇る心地で喜んでいた。
編集部としても、世紀の大発明の継続取材は非常に喜ばしいことである。我々は「また特ダネをものにしてこい!」と送り出し、彼女は「はい、行ってきます!」と即日中にサバーブ村へと出立した。クリスティナ記者が見せた笑顔が、彼女の生前最期の姿となることも知らずに……。
その後、編集部一同で、クリスティナ記者からの報告を、首を長くして待っていた。……しかし彼女からの知らせが一向に入らない。まずサバーブ村への到着を告げる知らせからして届かないのだ。
我々記者は、現地入りをすると必ず、速達便で社に報告を入れることが鉄則になっている。それが守られていなかった。出立時のクリスティナ記者が少々浮き足立って見えていたこともあり、うっかり、報告を忘れているのだろうと思っていたのだが、到着の知らせが入る予定日から二日経過しても音沙汰がない。
道中、クリスティナ記者の身に何か起こったのではないか……?
そう案じていた矢先、彼女の訃報が帝国軍によって届けられたのである。
○
『昨夜、パーシー博士の家の中から女性の悲鳴が聞こえた』
と、書き記された匿名のタレコミ手紙が、サバーブ村の自警団寄り合い所のドアに挟まれてあったのは、クリスティナ記者が到着する予定日になっていた次の日。21日早朝のことである。
手紙を最初に見つけたのは、待機当番のために来た40代男性団員と、彼と交代するために寄り合い所から出てきた30代男性団員の2名だった。
玄関口で手紙を発見したふたりは、誰かのイタズラだと思った。パーシー博士は独り身であり、夜間に女性を招き入れるようなことを決してしない紳士。村の発展に貢献する発明品を開発中であるにも関わらず、移住者である彼をいつまでも心良く思っていない何者かが、嫌がらせとして手紙を置いたのだろうと判断したのである。
もしもその場に、あのお方、偶然にも通りかかっていなかったら、事件の発覚は遅れることになっていたに違いない。
バサッ バサッ バサッ
と、玄関先に立っている2名の自警団員のもとへ、上空から重々しい翼のはばたきとともに舞い降りてきたのは、一体の灰色飛竜だった。帝国空軍が使役する〝ワイバーン〟が唐突に姿を現し、自警団員たちはさぞ驚いたことだろう。
着陸した竜の背中から降りたひとりの竜騎兵に、さらに度肝を抜かされたはずだ。ドラグスーツに身を包んだ銀髪碧眼の若い美女。我らが帝国国民の誉れ、航空竜騎兵団・第3飛行隊の飛行隊長、イザベル・ワーナー少尉(18)その人だったからである!
このときのイザベル少尉は、偵察警戒飛行をおこなっていた最中だった。上空から地上の様子を見守っていた彼女は、寄り合い所の戸口前に立ったままでいる自警団員2名の姿を目に留め、状況を確認すべく、わざわざ降り立っていたのだ。
自警団員はイザベル少尉に匿名の手紙を見せた。イタズラらしいことも、人格者であるパーシー博士の人となりと一緒に伝え、崇高たる竜騎兵様の手をわずらわせる事案ではないと告げた。
イザベル少尉が凛とした声音で返答する。
「イタズラである裏付けをとっておきます」
「……と、いいますと?」
「今からパーシー博士のご自宅へ、私を案内していただきたい」
「いえいえそんな! ベルちゃ……すみません、イザベル少尉にご足労をおかけするようなことではございませんので!」
「あなたがた自警団が、村の功労者へ対して、妙な嫌疑をかけるのは忍びないことでしょう。パーシー博士には私から説明をおこないます。帝国軍人として、国民の生命が脅かされている可能性があるならば、ささいなことであれ、間違いとわかるまで調査をおこなわなければなりませんので」
自警団員ふたりは顔を見合わせて頷きを交わした。
「そういうことでしたら……すみませんが、よろしくお願いします」
○
イザベル少尉は、対地白兵戦用のショートソードを腰に吊り下げ終えたあと、ふたりの自警団員の案内によって、パーシー博士の家の前に立った。顔見知りになっている自警団員に玄関扉を叩かせ、名を呼んでもらってから、少尉が先頭に歩み出て、緑色一色のスーツを着込んだ博士を迎えた。
「こんな朝早くから何事で……――おや?、貴女は?」
「早朝からご無礼を。私は帝国空軍所属のイザベル・ワーナー少尉であります」
「ああ。貴女がイザベル少尉ですか。お噂はかねがね。――それで、わたくしの家に、どのようなご用件で?」
「パーシー博士ぇ、じつはよぉ……」
と、前に出ようとした自警団を、イザベル少尉が片手を上げて制す。
「状況は私から説明させていただきます。さきほどワイバーンでの偵察飛行任務中にこのサバーブ村を通りかかった際、自警団の寄り合い所の扉に挟まっていた紙が風で飛ばされてしまうのを目撃。回収のため地上に降りて手にとって見たところ、このような文章が書かれてあったのです」
手紙を受け取ったパーシー博士が、眉をひそめる。
「『昨夜、パーシー博士の家の中から女性の悲鳴が聞こえた』……なんですか、このイタズラ書きは?」
「やっぱりただのイタズラですよねぇ先生!」
と、前に出ようとするもうひとりの自警団を、イザベル少尉がまた片手で遮るようにし、うしろに戻させる。
「匿名とはいえ、自警団の寄り合い所に残されていた置き手紙。帝国軍人として、私には事実確認をおこなう義務があります。そこで寄り合い所の当番と、交代で現れた彼らふたりに案内していただき、こうして参上した次第」
「わたくしの家の中を見確かめたい、ということですかな?」
「はい。ご協力願います」
「けっこうですが、探したところで屋内にはわたくしの以外誰もおりませんよ。この村に住んでいる彼らならわかることですが、わたくしはこの歳でも独り身。来客の予定もありませんし、昨夜は徹夜で作業に没頭しておりましたので。女性の叫び声がしたのであれば、わたくしが耳にしていそうなものですが、あいにく昨夜は静かな夜でしたな。ホッホッホッ」
パーシー博士は冗談を口にしながら、イザベル少尉を寛容に招き入れた。
二階建てになっている屋内を、一階の部屋から順に見ていく。
客間、居間、台所、物置部屋、書斎、……。
たしかに部屋の一つ一つを覗いてみても、人の姿も気配も確認できなかった。
玄関口まで戻ってくると、パーシー博士はパイプをくわえて笑う。
「ご満足いただけましたかな? 貴女のような美人さんが訪問してくるとわかっていれば、片付けのひとつでもしていたのですが、独り身男のお見苦しい部屋ばかりで申し訳ありません」
「研究室はどちらでしょうか?」
「……研究室?」と博士が表情を曇らせる。
「そこにいる自警団員の話によれば、パーシー博士はご自宅で研究にあたっているということでした。しかし、各部屋を見回っても、それらしい場所がありません。貴殿はどちらで研究をなさっているのでしょう。私に開示されていない隠された部屋が、まだ家の中に存在しているのではないですか?」
パーシー博士は難しい顔つきをしながら、対峙している黒いラバースーツ姿のイザベル少尉を値踏みするように眺めた。
「まさか貴女の狙い――いいえ、帝国軍の狙いは、最初から、私の研究の成果が目当てだったということですかな……?」
「帝国軍の狙い? それはどういった意味でしょうか」とイザベル少尉が淡々と応える。「私の訪問した目的は、さきほど述べたとおり、女性の存在の有無とその安否を確認するため。軍上層部からは特段、作戦行動は発令されておりません」
「そうですか。わたくしの思い違いのようでした。――この家にはもう部屋はありません。貴女にすべてお見せいたしました。二階でご覧いただいた書斎が研究室を兼ねてあるのです。ご満足いただけたのであれば、すみませんが、そろそろお引取り願いますかな? 徹夜での作業はこの歳になるとだいぶ堪えまして、ちょうどこれから仮眠を取ろうとしていたところだったのですよ。ホッホッホッ」
「大切なお時間を割いていただき、たいへん申し訳なく思います。ですが、博士には今しばらくお付き合いいただきたい」
室内に戻り進んだイザベル少尉が、レッグアーマーに包まれている銀色の足先を上げ下げして床板をコツコツ踏み叩き、発言を続けた。
「音が床下に反響しています。つまり、この下が空洞になっているということ。となりにある客間も同様の構造になっていました。――博士、地下室へ通じている入り口を教えてください。もし無理とおっしゃられる場合、事件性があると判断し、それ相応の対処をしなければなりません」
腰脇に吊られたショートソードの鞘に手を添え置かれると、パーシー博士は床へと視線を下げ、観念したように紫煙を吐き出した。
「……わかりました。ご案内いたします」
「ご協力感謝いたします」
○
地下への入り口は、となり部屋の客間にあった。
壁際に設置されていた大きな飾り棚が隠し扉になっていて。食器や小物が並べられたボード上にあるコーヒーカップのひとつが、いわばドアノブ代わり。載せ置かれた状態のままカップの取っ手をつかんで、くるりと反転させると、カチッと音がして、食器棚が壁に沿って重々しくスライド。床に隠されていた地下へと延びる階段が現れたのである。
「降りる前にご理解していただきたいのですが……」と、弱々しい顔を浮かべたパーシー博士が並び立っているイザベル少尉に申し出る。「地下の研究室にある品々は門外不出の魔法技術が取り入れられた物ばかりです。たとえ帝国軍であろうとお教えするわけにはいかず、見たものにつきましては、一切の口外をしない、と、固く約束していただけますかな……?」
「承知しております。室内に誰もいないと確認が取れれば、私はすぐに撤収いたします。無論、研究に関するもの口外はいたしませんので、どうかご安心を。この紋章に誓ってお約束いたします」と、イザベル少尉は肩アーマーに彫られているワイバーンの刻印に手を当て、誠意を示す。
「……では、ただいま明かりを」
パーシー博士が咥えていたパイプを手に取る。それからスライドしてある飾り棚に並んでいたアンティーク調の球体灰皿の上蓋をあけると、パイプを縁に打ちつけて灰を落とし入れた。すると、暗い階段に明かりが灯った。壁に据えつけられている燭台のローソクが、入り口から奥へと延びるようにして、順々に点灯していったのである。
「だ……誰ですか、そこに居るのは!?」
最後のローソクに火が入った直後、叫び声を上げたのは、パーシー博士だった。
階段の降り口になっている地下室の床に、人がうつ伏せていたのだ。着ている服装と短い髪型で男性だと判断できる。博士の驚いた様子にすぐさまイザベル少尉が立ち位置を入れ替わり、剣の柄に手をかけた。しかし、男性は返事をかえさず一向に動かないままでいる。階段を駆け下りていき、突っ伏している体を仰向けにして首筋に指を当てがう。
「すでに亡くなっています。――この方は、博士の助手ですか?」
「し、知りません!」パーシー博士は泡を食った状態だった。「わたくしに助手などおりません! 一体どうやってここに!? なぜ死んでいるんですか!?」と恐る恐る階段を降りてくる。「その人が何者なのか、こちらが聞きたいくらいですよ!」
「彼の名はエフィム」
「……イザベル少尉はこの男をご存知なので?」
「ええ、もちろん」と低い声で曇りなく答えたイザベル少尉が、膝立ちで腕に抱えている死体に冷たい視線を落とす。「このエフィムは、現在、帝国軍が追っている反社会組織〝亜人開放戦線〟の構成員です。なぜこのような大罪人が貴殿のご自宅に居て、死んでいるのでしょうか?」
「わたくしは本当に何も存じ上げません! 貴女が自警団をともなって訪ねてくるまで、わたくしはこの地下室に籠もり、徹夜で研究しておりました。こんな男など居なかったんです! それが戻って来てみたらこのような有様で……いやはや、何がどうなっているのかさっぱり……」
「ご専門は、拷問の研究ですか?」
「急に何を馬鹿な!?」とパーシー博士は語気を荒らげる。「わたくしの専門は魔導機構の開発。それを拷問の研究などとは名誉を毀損するものですよ。無礼ではありませんか!? どうしてそのような愚劣なことを――」
「では、あちらの状況を、私に説明していただきたい」
イザベル少尉が立ち上がりざまにショートソードを引き抜く。
切っ先で指し示したのは、地下室の屋内。
階段同様に橙色の灯火で、暗闇は取り払われてある。
室内中央の天井から、荒縄のロープが真下に伸びていた。
バンザイをした格好で両手首を合わせるようにして縛られいるのは、全裸の若い女性だった。彼女の両脚は脹脛を太腿裏につけるように折りたたまれ、股を強制的に開かせられたかたちで拘束されてあり、そこからも縄が天井へ伸びている。空中に浮かんである体を支えていたのは、台座に置かれた鋼鉄製のピラミッド。鋭く尖ったてっぺんに陰部が深く食い込み、赤い鮮血が四角錐の面を伝って床にしたたり落ちていた。
さらけ出されてある体表面には、殴られたような内出血の痣がいくつもあり、乳房には焼印を押されたようなただれも見られる。うつむき加減の頭から生える頭髪は散切りに切られ、その髪の毛の残骸が床に散らばっていた。顔は苦悶を浮かべ、瞼はずっと閉じられたまま。息はない。階段下で倒れていたエフィムという男と同じく、彼女もまた事切れていたのだ。
「ク……クリスティナさん……?」と、息をつまらせてしまったように目を丸くしていたパーシー博士が口にした。
「彼女のことはご存知のようですね」
「……新聞の記者さんです。今月取材を受けていたのですが、なぜ彼女が……わたくしにはもう何がなんだか……――ひっ!?」
ハンカチで額の汗を拭っていたパーシー博士の顔の前に、ショートソードの切っ先が向け直される。剣をかざすイザベル少尉は、凄惨な犯行現場を前にしても動じず、感情を胸にとどめ、双肩に担わさている勧善懲悪の責務をこなした。
「パーシー・エジウソン博士、貴殿を、婦女監禁および暴行、殺人の第一級犯罪者として、身柄を拘束する」
こうして、偵察飛行任務中だったイザベル少尉の炯眼が、のどかな村で密かに行われていた痛ましい犯罪を暴くに至ったのである。
○
逮捕されたパーシー罪人は、イザベル少尉の手によってじきじきに連行された。
婦女子を自宅に監禁し、拷問のうえ、死に至らしめる。
魔物のような所業ぶりは、問答無用で斬り捨てられていてもおかしくはない。しかし、同罪人が、実績のある聡明な魔法技術者であり、皇帝陛下の命によって名字を与えられている人物でもあることから、斬捨御免の処罰を執行することなく、規定されてある正規手順どおり、重罪人を帝国軍施設へと護送していたのである。
同性の無残な亡骸を前にしても、判断を誤らず、粛々と義務をまっとうしたイザベル少尉の対応と、そうせざるをえなかった心中をお察し、頭が下がるばかりである。
法務部に引き渡されたあと、取り調べがおこなわれた。
軍当局への取材によると、パーシー罪人は当初、かたくなに罪を認めようとしなかったようだ。被害者となった弊社従業員クリスティナ記者に関しても、そして階段下で亡くなっていた亜人開放戦線の構成員エフィムに関しても、「わたくしは何も知らない!」の一点張り。「これは仕組まれたことだ!」と、陰謀論まで唱えはじめる取り乱しよう。
だが、取り調べと同時にすすめられていたクリスティナ記者の解剖で、態度があらたまることになった。クリスティナ記者の体内(鼻腔、口腔、食道、胃、直腸、膣など)から精蟲が多数検出され、それが魔法鑑定の結果、パーシー罪人から抽出した精蟲と一致したのである。
拷問に加え、性的暴行をも、働いていたのだ。
この事実を突きつけられ、パーシー罪人は涙ながらにこうべを下げた。
「……申し訳ありません。出来心だったのです」
彼の口から白状された事の経緯は、以下の通りである。
○
パーシー罪人は、一度目の取材時に、クリスティナ記者に好意を抱いた。初顔合わせでは特別な感情など湧いてこなかった。恋心が芽生えたのは、全自動魔獣撃退機の試作1号機〝アーチャー・ハット卿〟の実演後である。
夜の畑で実演を目の当たりにしたあと、世紀の大発明にうろんげだったクリスティナ記者の様子が一転、村をあとにするまでの間、無邪気な子供のようになって研究に興味を示し、「博士、博士!」と質問攻めにされたのだそうだ。その取材熱心な姿に、初老の独り身男であるパーシー罪人は、胸を射抜かれてしまった。
彼女が帰ってからというもの、研究にちっとも身が入らない。ふとするとクリスティナ記者の笑顔が脳裏に浮かんできてしまう。親子ほどに歳の離れた自分などは相手にされないに決まっている。しかし、パーシー罪人は思いの丈を打ち明けなければ気がすまなくなっていた。
特集記事が紙面に掲載されたあと、パーシー罪人は二度目の取材申し込みの手紙をしたためた。それが弊社に届けられた、研究の進展と取材をまた受けたいという内容の手紙。
つまるところ、自走式魔導人形の完成など嘘っぱち。ただクリスティナ記者と再会したいがために送られた手紙だったのである。そうとは知らず、我々編集部はクリスティナ記者を送り出してしまっていたのだ。
慙愧の念にたえない……。
クリスティナ記者がパーシー罪人宅のドアを叩いていたのは、彼がイザベル少尉に拘束される前日になった。
研究の進捗状況をせがむクリスティナ記者を客間に通すと、パーシー罪人は逸る気持ちを抑えきれず、いきなり求婚を迫った。しかしながら案の定、「悪い冗談はやめてください」とバッサリ、一刀両断にされてしまう。
「博士、自走式魔導人形はどこです!? はやく見せてください!」
「……ホッホッホッ。焦らずともお見せいたしますよ。ですがその前に、少しばかり説明をしなければならないことがあるので、紅茶でも飲みながら、わたくしの話に耳を貸してください」
パーシー罪人がふるまった紅茶には、睡眠薬が盛られていた。
眠りに落ちたクリスティナ記者は、地下へ運ばれることになった……。
これは求婚を断られたときのために計画されていた段取り。
「わたくしのものにならないのであれば、監禁してハイとうなずくまで陵辱するまでですよ。ホッホッホッ!」
パーシー罪人は、狂っていたのだ。
村へ移住してくる前の一時期、彼には、研究が思うように行かずスランプになっていた期間があり、そのときに、精神に異常をきたしてしまっていたのである。帝国軍の現場検証によって、家の中からは、服用をやめてしまっていた精神安定剤とともに、使用された睡眠薬の余りが見つかっている。
地下室に置かれていたものは、魔導機構の研究とは程遠い品々。それらは拷問器具だった。座面に棘が取り付けられた椅子、三角木馬、首と手を同時に捕縛する拘束板、そして鉄製ピラミッド台。いばらの鞭や焼印棒といった小物も無数にあり、地下室は実質、拷問部屋になっていたのだ。
クリスティナ記者の悲鳴が屋外まで轟くことになったのも無理はない……。
「……お願いです博士……もうやめて……」
彼女は、蹂躙され、痛めつけられながら、命乞いをした。しかし求婚を受け入れると言ったところで、肉欲の怪物と化してしまったパーシー罪人の耳には届かなかった。「もっと泣き叫びなさい!」と涎を撒き散らしながら、何本も枝分かれしてある鞭を皮膚が裂けるまで尻に打ち付け、白目をむくまで乳房を石版で挟み潰す。
そうやって、徹夜で〝研究〟と称する〝陵辱〟の限りを尽くしていたのである。
明け方近くになって、隠し階段を降りてくる者がいた。
その人物が、亜人開放戦線の構成員、エフィムである。こもっている嫌な臭いに鼻をおおって現れた彼は、室内を目を移すと顔をしかめた。宙吊りにされたクリスティナ記者の口内に、パーシー罪人が腰を打ちつけているところだった。
「何やってんすか博士……」
「おや、エフィム君、もうお遣いから戻ってきてしまったのですか」
パーシー罪人が腰をひいて振り返ってことで、クリスティナ記者が口から吐瀉物を吹き出させる。「……助けて」と切れ切れに訴えるが、エフィムは彼女の発言を無視した。
「その女、オレらがこの前、三文芝居で騙した新聞記者じゃないっすか」
「……私を騙した?」
「全自動魔物撃退機など、そもそも存在しないということですよ。ホッホッホッ」
すべてはパーシー罪人とエフィムのふたりが共謀した悪巧み。
まず、パーシー罪人には、亜人開放戦線の支持者という裏の顔があった。精神を患った折に、危険思想に惹かれてしまったのである。そして同組織から、構成員を匿って欲しい、と依頼され、預かっていたのが、エフィムということになる。一人暮らしと言っておきながら、この反社会勢力のメンバーを数年に渡って地下室に隠していたのだ。
世紀の大発明をしたとして新聞社に売り込む案を思いついたのは、エフィムだった。記事として掲載され、多くの人に知れ渡れば、後援者を募って研究費を名目に大金を荒稼ぎできる。それを亜人開放戦線の活動資金にあてる狙いだった。
よって、自律思考を兼ね備えた〝アーチャー・ハット卿〟という案山子の魔導人形は、真っ赤な大嘘。世紀のデタラメ。クリスティナ記者が実演で目撃した魔獣撃退劇は、視界に入り込まない草場の陰に潜んでいたエフィムが、遠隔操作魔法をカカシに付与して操っていた茶番だったのである。
「おい、どうすんだよオッサン! オレの計画が全部パーになっただろうが!? ここまで狂った奴とは思わなかったぞ! そいつは生かして帰せねぇからなァ!?」
「そう怒らないでください、エフィム君。長い潜伏生活で、だいぶ溜まっているモノがあるのでしょう。最後に女のを抱いたのはいつです? どうでしょう? まだ使い物になるうちに、いっしょに楽しもうではありませんか」
「……チッ。しょうがねぇなぁ」
エフィムがまんまと口車に乗せられて近づいたところで、パーシー罪人は棍棒を手に取り後頭部を殴りつけ、彼を撲殺した。
「誰がお前などに、使わせてやるものですか。――さて、わたくしもすっかり出し尽くしてしまったことですし、彼の言う通り、貴女にこのまま帰ってもらうわけにはいきません。名残惜しいですが、そろそろおしまいにいたしますか。心配せずとも大丈夫ですよ、新聞社へは、この村を訪ねる途中に〝オーク〟のえじきになったと伝えますので。ホッホッホッ」
「いやあああああああああああっ!?」
こうして、泣き叫ぶクリスティナ記者は、無情にも鋼鉄のピラミッドへと落とされ、尊い命を摘み取られるに至っていた。そして朝を迎え、エフィムの死体から処理すべく、階段のところまで引きずり運んでいたところで、自警団を伴い訪問してきたのがイザベル少尉だったというわけである……。
○
凶悪犯罪集団〝亜人開放戦線〟との結託。
歴史を変えかねなかった規模の発明捏造。
不純で身勝手極まる動機による婦女監禁強殺。
社会に与えた衝撃は計り知れず。
精神を病んでいたといえ、「出来心だった」では到底済まされない大罪。
情状酌量の余地は皆無。
魔物を凌駕するこの悪行は、万死に値するものである。
帝国軍当局は事の重大性を鑑み、パーシー罪人に与えられていた『エジウソン』の名字を剥奪。帝都大卒業の博士号を取り消し、在籍履歴から抹消。資産となるものは、すべからく押収された。
同罪人は超極刑の〝ゾンビ刑〟に処されることが異例の早さで決定している。
また、事件解決の功績を挙げたイザベル少尉には勲章が授与され、クリスティナ記者の葬儀は軍の取り計らいによって国葬となる見込みだ。
願わくば、クリスティナ記者の魂に安らかな眠りを……。
¶関連記事¶
▼前記事
[No.138] 【特集】世紀の大発明、ここに誕生! 発明王パーシー・エジウソン博士が開発した『全自動魔獣撃退機』にせまる!
▼亜人開放戦線
[No.122] オール・ユー・ニード・イズ・イマジン -人類存続の鍵をにぎる『亜人撲滅強化月間』が今年も始まる-
[No.126] 無差別殺傷テロルから一年 ヒンメルク空港で追悼式
▼構成員エフィム
[No.127] 【読者の集い】ヒンメルク空港強襲事件はでっち上げである
▼イザベル少尉
[No.10] 第100回帝国剣術武闘大会・男女混合の部 イザベル・ワーナー 女性として初の優勝
[No.25] 帝国航空竜騎兵団による航空祭 空を舞う飛竜に観衆熱狂
[No.68] 国籍不明のグリフォン騎兵部隊 人魔大戦後初となる〝領空侵犯〟
[No.92] サテュロスに狙われた美少年 演習から帰投中のイザベル少尉が救う!
▼ゾンビ刑
[No.136] ゾンビ刑
▼???
[No.22] 禁書読み上げ 男児がこつぜんと消失
[No.52] 消失・行方不明になっていた男児を一ヶ月ぶりに保護!
[No.90] 事件・事故一覧(30日付け)
市街地上空に〝浮遊湖〟がこつぜんと出現
[No.142] 吉兆?凶兆? 続発する空からの贈り物現象