[No.14] 無人漁船漂着 乗組員はセイレーンに魅了された?
《ポルーフェン港》近海の岩礁地帯で、中型帆船一隻が座礁しているのが見つかった。帆船は、同港から出航して戻らなくなっていた漁船とみられる。
発見時、乗組員はひとりも乗船していなかった。船体に損傷はなく、マストやセイルも航行に支障がない良好な状態。船内は荒波に揉まれた形跡もない。物という物は整っており、厨房には食べ物が載せられた食器類が並べられたままになっていた。見つかった生き物はといえば、釣り上げられた魚介類だけである。
まるで、食事の最中に乗組員全員がこつぜんと姿を消してしまい、無人となった船が海を漂っていたような有様だ。
「こいつは〝セイレーン〟の仕業さ。他のバケモノに襲われたんなら、船体がこんなに綺麗に残るわけがねえ」
と、同港で漁師をしているマーロンさん(39)が語ってくれた。
「セイレーンは、船に乗った奴らをかどわかす魔物だ。体は魚と鳥が混じったようになっててな、翼もあって飛びまわりやがる。首から上は人間の女のつくりと瓜二つさ。厄介なのは、そいつの歌声なのよ。おそろしく心地良い歌声でよ、聞けば魅了されちまう。わけがわからなくなって海に飛び込んじまうのさ。そしてそのまんまお陀仏よ」
地元漁師の間では、漁に出る際、吟遊詩人を雇って乗船させるのが通例となっている。セイレーンは竪琴の旋律を嫌うためだ。
吟遊詩人は、船員が漁を行っている間や寝ている間に竪琴を奏で、セイレーン避けを行うのである。仮眠をとっているときにも片時も竪琴を離すことはないハードワークで、給料が高くなったり、遠出する場合などには数名を雇う必要がある。
「この船の船長は、経費削減とかぬかして、吟遊詩人を雇ってなかったのさ。それがこのざまだ。削っちゃならねえとこ削っちまうと、命を落とすハメになっちまうんだよ」
マーロンさんは、かつてセイレーンと遭遇したことがある。
海の真っ只中で、女の歌う声ようなが聞こえてきたかと思うと、気分が安らぎ頭がぼーっとなった。それから、ハッとなって冴えたとき、自ずから甲板の手すりを乗り越えようとしていたところだった。近くでは吟遊詩人が竪琴を弾いていて、メインマストに止まっていた女の頭をした奇妙な鳥が空の向こうへ飛び去って行ったのだという。