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[No.138] 【特集】世紀の大発明、ここに誕生! 発明王パーシー・エジウソン博士が開発した『全自動魔獣撃退機』にせまる!

 農家を苦しめる、魔物や動物による作物への食害しょくがい


 それに終止符を打つべく立ち上がった一人の初老紳士がいる。


 彼の名は、パーシー・エジウソン(57)。


 帝都ていと大卒の博士はかせ――魔法技術発明家だ。


 数年前、発明のアイディアに煮詰につまっていたパーシー博士は、「自分の大好きな緑色の多いところへ行けば着想ちゃくそうられるかもしれない」と唐突とうとつに思い立ち、長年過ごした帝都から緑豊かな土地である《サバーブ村》へと移住してきていた。


 田畑と森、遠くに常緑じょうりょくの山々が一望できる場所にきょを構えたパーシー博士は、毎朝パイプを口にくわえ、思索しさくがてらの散歩へと出向くようになる。そして博士は、その散策中に出会った農家の人々の悩みを知ることになった。


「パーシー博士……先生の偉大な発明でオラたち農家を助けてもらえねぇべか?」


 と、口をそろえて言われたのが、農作物を荒らす魔獣まじゅう対策である。


 村は長年に渡り、食害にあえいでいた。汗水たらして管理してきたうね徒党ととうを組んで踏みにじられ、手塩にかけて育てあげた野菜やむぎなどが収穫目前で無残にも食い散らかされる。たった一夜のうちに壊滅させられる。それが珍しくない。


 農耕のうこうギルドから支払われる見舞金は微々(びび)たるもので、ハンターが駆除に乗り出しても圧倒的に手が足りず、夜番やばんを雇う資金的余裕はない。魔獣どもに好き放題やられっぱなしで、下唇を噛みしめる日々を送っている。


 涙ながらの訴えを聞き、パーシー博士は、これは天命に違いないと悟った。


「わかりました。わたくしが魔獣による食害を根絶して差し上げましょう!」



          ○



 そして数年後の現在――


「以上の経緯けいいにより、このたびめでたく、農作物への食害を防ぐ〝全自動ぜんじどう魔獣まじゅう撃退機げきたいき〟の試作しさく1号機の完成にこぎつけることができました。この魔導装置を、帝国内で魔獣被害に苦しむ多くの農家の人に知っていただきたいと思い、ぜひとも、御新聞社で取り上げていただきたく、取材をオファーするに至った次第であります」


 という書簡しょかんを受け、記者の私(筆者・クリスティナ)がサバーブ村へおもむくことになった。



          ○



「お待ちしておりました。わたくしが発明王のパーシー・エジウソンです」


 パイプをたずさえて現れたパーシー博士はかせは、白髪はくはつを横に流してポマードで固め、背筋がピンと伸びた初老ジェントルマン。着用しているのは、緑色のスーツ。普段着であり仕事着にもなっているのだという。いている革靴かわぐつや首元にあるちょうネクタイまでも緑色づくめになっているので、その色が好きということが視覚的にありありとうかがえ知れる出で立ちだった。


 さっそく撃退装置を見せて欲しいと申し出ると、博士は、村内にある畑へと私を案内してくれた。そこは森に程近い、ひらけた平地の一角いっかく敷地しきちの中央に案山子カカシが立てられ、それを取り巻くように作物の植えられたうねがいくつも並び、キュウリ、トマト、ナスなどを色とりどりにみのらせている。


「装置はどこにあるのでしょう?」


 それらしき物が見当たらないので私がたずねると、パイプをくわえたパーシー博士が「ホッホッホッ」と笑いながら紫煙しえんっかにして吐き出す。


貴女あなたはもうご自分の目でご覧になれていますよ」


「ひょっとして……あのカカシが、そうなんですか?」


「さようです。あそこに見えるカカシが、わたくしが発明した全自動魔獣撃退機の試作1号機――〝アーチャー・ハットきょう〟になります」


 博士がそう呼んだ撃退装置は、シルクハットをかぶってスーツの着衣ちゃくいを与えられているものの、ゆみを構えた一般的なカカシのように見えていた。


 畑に入って近づいてみても、やはりどう見たってカカシ。一本足になっているくいの先端に、わらを詰めて丸くしたような頭が白い布に包まれて取り付けられている。変わっているところといえば、右手に弓を持ち左手で矢を引いているサウスポーのカカシというくらいなだけ。


「……全自動ということはですよ?」と私は少しいぶかしんで質問した。「魔物が現れたときに、このカカシがひとりでに動き出して、自らを手にし、さらにそれを弓でって、自力で追い払うということなるのでしょうか?」


「そのとおりです!」


 断言されるが、可能であれば信じがたい技術である。


 私は質問を重ねた。


「なんらかの機械仕掛けによって、弓に装填されている矢を放つことはできるかもしれません。でも、撃ったあとに自力で再装填さいそうてんして、また放つ。それも、動き回る魔獣を狙いを定めてですよ? ……本当にできるんですか? そのような大掛かりなカラクリがあるようにも見えないのですが?」


「それを可能にするのが、わたくしが専門とする〝魔導機構まどうきこう〟なのですよ」


 不可能を可能にしてしまうような魔法技術が、カカシの頭の中とスーツを着た胴体部に仕込まれてあるらしかった。「見せてもらえないでしょうか?」とダメ元で頼んでみたが、やっぱり「お見せすることはできません」とキッパリ断られてしまった。


 パーシー博士は、成功事例と宣伝の機会をつくるため、サバーブ村においては無報酬での開発と提供を約束しているが、今後は大々的なビジネス展開を考えているらしく、技術の漏洩ろうえいけたいとのことだった。意外としっかりしたビジネスマンである。


「仕組みは非公開ですが、もちろん、実演は、記者さんにあますところなくお見せいたします。畑の作物は今がちょうど収穫時。今晩も外敵がいてきが現れます。アーチャー・ハット卿が華麗に撃退する様子をその目でしかと見届けになられてください」



          ○



 その夜――


 私とパーシー博士はかせは、畑のすみにある作業小屋で張り込みをおこなっていた。


 板張いたばりのかべには隙間すきまが多くあり、そこから外界が見渡せるようになっている。夜空には満月が浮かんでいるため、畑中央に立つ対魔獣用カカシ――アーチャー・ハットきょうの頭部に描かれている顔が認識できるほどに視界は確保されている。黒ペンで描き込まれているその表情は、口は笑っているのに目つきが笑っていないので、薄闇の中では若干不気味に見えていた。


 観測にはもってこいの場所だったが、屋内とはいえ、防御面を考えると心もとない小屋である。これから魔物やけものが目の前に現れるかもしれないというのに、警護けいごはなく、非武装の記者女と初老紳士がふたりだけで中に入っているのだ。私はかなり不安を覚えていた。


「……やっぱりハンターには同行してもらうべきだったのではないでしょうか?」


「いいえ、必要ありません」とパーシー博士は平然としたもの。「アーチャー・ハット卿によって我々の安全は保証されています。万が一、出現した外敵がこちらへ向かってくることがあっても、作物同様、彼が守ってくれます。そういう条件付けをほどこしていますので。ホッホッホッ」


 守ってくれるとはいえ、私はまだカカシが――アーチャー・ハット卿が実働した光景を一度も見ていない状態。私にとってはいまだ、ただのカカシに過ぎず、とても心もとない用心棒だった。撃退の実演を見に来ておきながら、内心、どうか魔物も獣も姿を見せないでくれとさえ思うほど。


 そんな中ついに、来訪者が現れることになった。


「最初のお客さんが現れましたようです」


 パーシー博士が口にした直後、鳥が飛んでいるような羽ばたきが遠巻きに聞こえてきた。板の切れ目に顔をよせている氏にはその姿が見えているようだったが、私は目視もくしとらえるができず、「……どこですか?」と尋ねる。


「夜空よりも、アーチャー・ハット卿のほうに目を向けてください」


 そう返された私は畑の中央へと視線を下げた。


「……動いてる」


 スーツ正面をこちらに見せていたはずのカカシが、いつの間にか、くるっと反転したようになり、背中を向けた状態に変わっていたのだ。その動作は見逃してしまったが、次の動きは、目にすることができた。


 地面と平行に引かれていた弓の角度が、空の方向へゆっくり持ち上がっていく。ギコギコとしたぎこちない動きだけれど、立っている人間が上半身を真横まよこかたむけていくように動いている。ななめ45度くらいまで傾くと、停止し、矢羽やばねつかんでいる白手袋の指がパッと開かれた。そして、


 シュンッ!


 月明かりにきらめく矢が一気に飛び出し、あっというまに上空へ消えていく。


 ギャッ!? ギャッ!?


 すぐに叫び声が二度、立て続けに聞こえたかと思うと、何かが落ちてきた。畑の外れで仰向あおむけになって翼をばたつかせるそれはワシくらいのサイズ感。二又ふたまたにわかれた長い首を持ち上げてひとしきりもがくと、両方ともしおれるように地面に倒れ込んで動かなくなった。


「……博士、あれは一体何なんですか?」と、私は唖然あぜんとなっていていた。


「あれは〝ギラド〟という害鳥がいちょうですな」とパーシー氏。「首が二本ということはまだ幼体ようたい生体せいたい中間体ちゅうかんたい〝クイーンギラド〟形態です。幼体では首が一本で〝ジャックギラド〟、生体になると三本目の首が生えて〝キングギラド〟と名称も変化していく出世鳥しゅっせどりですよ。生体は肉食で人も襲うことがあるのですが、それまでは草食のため、ああやって作物を狙ってくることが度々あるんですなぁ」


「落とされた怪鳥かいちょうの生体なんてどうでもいいんです!」


 私が驚いたのは、それを簡単に射落いおとしてしまったカカシに対してだ。あらかじめ説明を受けていたとはいえ、ただのカカシにしか見えないものが、自発的に体の向きを変えたばかりでなく、矢を放った。それも闇雲やみくもにではなく狙いを定めて。空を飛んでいた怪鳥を実際に仕留めてしまったのだ。夜間にくわえてまだ距離も離れていたというのに、一撃必中の精度である。


 小屋の中にいたパーシー博士が、カカシに向かって制御系せいぎょけい魔法を付与エンチャントするような素振りは一切なかった。私のとなりでパイプをふかせ、私同様に外界へ目を見張らせていただけである。


「わたくしがここから魔法で遠隔操作を行ってしまったら『全自動』ではなくなってしまいますからね。ご覧になられたように、アーチャー・ハット卿は、近づいてきたギラドを独力で探知たんち。瞬時に有害か無害かを識別しきべつ。そして有害と判断はんだんし、矢を射って駆除した――というだけなのです」


 パーシー博士は事も無げに言ってのけてしまったが、事実ならば驚天動地きょうてんどうち


「まさか博士は……あのカカシが、人のように思考して動いている。人魔大戦期に魔王が導入した〝ゴーレム〟と同じように、自律じりつ思考しこうのある魔導機構制御によってフルオート稼働かどうしているとおっしゃっているのでしょうか?」


「そうなります」


「簡単にまとめないでください!」


 と、私は思わず声を荒らげてしまった。


 なにせ人類未踏の魔法技術なのだから無理もない。思考性能を保有する〝魔導人形〟の開発は、叡智を結集させた帝国軍ですら、未だ成し遂げられていないのである。魔王だけが知り得、ダンジョンギミックなどで用いていた未知なる魔法。


 パーシー博士は、魔王の領域に踏み込んだことになる。


 私は魔法技術の大革新を、田舎の畑で目撃してしまったことになる。


「これは帝国史……いいえ、人類史に残る一大ニュースですよ!」 


「ホッホッホッ」


「ホッホッホッじゃないですって博士! 今まさに私たちの目の前で歴史が動いているんですよ!?」


「そんなに興奮なさらないでください。ほら、次のお客さんが来ましたから」


「興奮しないわけが――……え?」


 パーシー博士の指にしたがって顔を畑に戻すと、カカシの白布頭が回転しているところだった。


 右側を向いていた顔が、ゆっくりと横に回転し、こちら側へ目の笑っていない笑い顔を見せつけながら、左へ動いていく。ついで、体も180度回転。スーツに隠れた腰周りが動いているのだろうか。地面に突き刺さっている杭は動かず固定されたままだ。そうして、当初小屋に入ったときのように、こちら側へ体正面を向け、首だけを左側へ動かした状態で、カカシの動きは一度止まった。


「どうやら森の中から来るようです」


 右手に構えた弓が向けられているのは、畑に隣接した森の方角。


 カカシが、十字架じゅうじかのように真横に伸ばしてある棒腕ぼうわんのうち、左腕だけを動かしはじめる。人であればひじ関節かんせつのところから折れ曲がり、背中にかけてあるつつに手を伸ばす。白手袋のはまった細い指先で羽根をつまむと、そこから急に早い動きに変わって、はじけるよな勢いで、矢を一本取り出した。すると今度は、右腕が胴体の方にたたまれるように曲げられ。近づけられたつるに、左手に持った矢の末端まったんが押し当てられたあと、両腕が左右に開かれた。


 なめらかな動きではないものの、背負っていた矢を自動的に再装填してしまったのである。制御魔法が付与していないのにも関わらず、あやつる者がいないのにも関わらず、カカシはそれを単独でやって見せたのだ。


 感服かんぷくしてしまっていた私だったが、視線を森へのばしたあと目をらす。


 まねかざる客人が森の中から姿を現したところだったのである。木立こだちの間から分け出てくる動く影は、一つではない。複数体確認できる。その姿形は、


「〝ゴブリン〟? 違う……もっとずっと大きい……」


「おやおや珍しい。〝オーク〟ですね」


 月にかかっていた雲が流れ、青白い光が差し込むと、ずんぐりむっくりとした胴体が浮き彫りになった。成人男性ほどの大きさ、突き出した豚鼻ぶたばな下顎したあごからり返るきば、赤茶色のイノシシじみた体毛たいもうを生やすその姿は、間違いなくオーク。


 10体いた。やり手斧ておので武装もしている。よりにもよって、女をさらっておかし殺すような鬼種族が徒党を組んで出現してしまったのだ。カカシが怪鳥を仕留めたのは見事だった。世紀の大発明であることに違いはない。ただ、次の相手は分が悪い。そのうえ単体ではなく多勢である。対処できるとは思えない。


「は、博士! 今すぐ逃げましょう!」


「大丈夫です。心配には及びません。矢は、残り8本ありますから」


「2本足りてない!」一撃必殺で倒したとしても2体分足りない。「だからハンターを連れてきましょうって言ったんですよ! そもそも用意していた矢の本数が少なすぎじゃないですか!?」


「わざと少なくしておいたのです。通常では処理できない個体数の外敵が出現したとき、アーチャー・ハット卿が、どう考え、どう対処するか、を見ていただきたいと。これは絶好の機会になりましたな。ホッホッホッ」


「笑ってる場合じゃないですから、博士! 相手はオークなんですよ!? 矢が足りないんじゃどうしようもないじゃないですか!? 今すぐ小屋を出て逃げないと気づかれ――」


「おや? もう気づかれましたかもしれません」


「……え?」


 オークたちはまだ畑の手前だった。先頭を進んでいた一体が立ち止まって、顔をやや上に向けた状態で、鼻先をフゴフゴと動かしている。においをぎつけて、それがどこから漂ってくるのかを嗅ぎ分けようとしているふうに見えた。あとに続いていた残りの個体も、立ち止まって同じように鼻をひくつかせはじめる。


 先頭にいたオークが顔を下げ、小屋にいるこちらに鼻面はなづらが向く。


「やはり我々にかんづいたようです。しかし変ですねぇ、嗅ぎつけられるにはまだ距離があるのですが」


「……あの、じつは私、ちょうど月廻つきまわりの日が来ていまして」


「なるほど。ということは、あのオークたちは野菜目当てでなく、もともと記者さんの匂いに誘われて出てきていたと」


「……に、逃げます!」


 私はもう居たたまれなくなって小屋の外へ飛び出したのだけど、


「お待ちなさい」とパーシー博士に腕をつかまれた。「たしかにここに居ては危険なので場所を移します。でも向かうのは村内ではありませんよ」


 と、手を引かれた方角は、畑の中央だ。


「離してください! 私をおとりにでもする気なんですか!?」


「そうではありません。アーチャー・ハット卿のそばがどこよりも安全地帯だということです」


 パーシー博士は至って冷静沈着だったが、私はもう気が動転していた。腰を引かせて抵抗しながら背広の腕をポカポカ叩く。しかし博士は意外とタフで、どうしても離してくれない。おそろしくて、オークのいるほうには顔を向けられなかった。それでもフゴフゴ鳴っている荒い鼻音が近づいて来ているのは耳に届いてきていた。


「誰か助けてぇー!」


 私が叫んだ刹那せつな


 パシュンッ!


 目前になっていたカカシが、矢を放った。


 ブヒィィッ!?


 反射的に顔を横に向けると、先頭に立っていたオークのひたいから細い矢の棒が突き出している。ちょうど畑の入り口、緑と茶色の大地の境目さかいめで、そのオークは全身から一気に力が抜けたようになり、ひざからつんのめって崩れ落ちた。


 後続のオークたちは何が起こったのかわからないようだった。一瞬立ち止まってから倒れ伏した仲間のもとへ恐る恐る歩み寄り、ひづめになっている足の先で小突こづく。それでも反応がないと見るや、突っ伏している赤茶毛の胴体をひっくり返す。そして白目をむいて絶命していると知り、怒りと悲しみが混じったような甲高かんだかい鼻音を夜空に向かって響かせた。


「……怒らせちゃいましたよ!? ほんとに大丈夫なんですよね、博士!?」


「ええ、もちろんですとも」


 パーシー博士がなぜか前へ歩み出す。


「なんで近づいて行くんですか!?」


「オークの皆さん、こちらをご覧あられよ!」と言って、博士はさっそうと身をひるがえらせる。そうしてスーツのお尻をオークたちのほうに突き出して叩き、目の下をひっぱって舌を出した。「お尻ペンペン、あっかんべー」


 初老紳士らしからぬ、子供じみた挑発……。


 オークは人語じんごかいさないので、何を言われてるのかはわからないだろう。ただ侮辱ぶじょくされていることは伝わったようだ。黄色い目玉が釣り上がり、鼻穴を広げに広げて上気し、足裏で大地を叩きつけいきどおりをあらわにしている。ある者は武器を構え直して臨戦態勢。またある者は、腰巻きを取り外し、イチモツをしごきたせ、別な面での臨戦態勢を整える。


 パーシー博士が駆け戻ると同時に、オークたちもスタートを切った。


 残った9体がひとかたまりになり、うねを踏みつけ、作物のなえぎ倒しながら怒涛どとうのごとく詰め寄ってくる。


 もはや逃げ出したところで、私の足では捕まってしまう。頼みの存在であるカカシは、ようやく矢を装填し終わったところだった。ぎこちなくてゆっくりした動きは連射れんしゃにむいていない。次を撃てばそれでおしまいだろう。1体を倒して、8体に襲われる。そうして私は、やつらの股間こかんから生えているいびつな形にうずをまいたピンク色のヘビみたいなモノで蹂躙じゅうりんされてしまうのだ。


 ……この村に私を送り込んだ編集長ロードのもとにけて出てやろう。


 自決じけつ用に矢を取ろうと手を伸ばそうとしたところで、カカシが妙な挙動きょどうを取り始めているのに気づく。正面に向けていた弓を、怪鳥を落としたときのように、空へ向け出していたのだ。どこを狙ってる?、壊れたのか?、と思っているうちに、引かれてある矢の先端がほぼ真上まうえを向いてしまう。カカシの体は、時計の針が『6』と『3』を示しているような90度の直角上向き体勢。


「なるほど。考えましたね」と、パーシー博士はこのに及んでも落ち着き払っている。「アーチャー・ハット卿はあのわざを使うようことに決めたようです」


「……あの技って!?」


「記者さん、耳をふさいでください。口は開けて、お腹には力を込めて」


「はい!?」


「急いで!」


 パシュンッ!


 カカシが解き放った矢が、天高らかに打ち上がる。


 ……まるで見当違いのあさっての方角。


 もう自決以外にどうしようもない、とカカシの背負っている筒に手を伸ばした。


 ピカッ!


 と、白い光が周囲一帯に広がり、暗闇をき消す。


 顔を振り仰げば、真上に小さい太陽のような発光体はっこうたいが浮かんでいる。


「耳を塞ぎなさい!」


 パーシー博士の声で手のひらを耳に押し当てた直後、


 ゴロゴロゴロ……


 白く輝く発行体から、内臓を振動させるような重低音。


 私は背中に虫酸むしずが走ったような感覚をおぼえ、腕の産毛うぶげがピリピリと逆立ち、髪の毛までも空に向かって吸い上げられるように持ち上がった。


 地上に向かって閃光せんこうが駆け抜ける。


 バリバリバリバリッ!

 

 ………………。


 …………。


 ……。


 ん? 焼豚やきぶたのいい匂い?


「記者さん、もう耳をふさがなくても、目を開けても、平気ですよ」


 まぶたを開くと、もとの夜闇よやみに戻っていた。


「これは……どうなったの?」


 9体のオークが丸焦まるこげになって倒れ伏し、絶命している。


 その中心に、湯気ゆげを立ち昇らせる矢が一本、地面に突き刺さっていた。


「電撃魔法が付与された矢で、オークの丸焼きという状況ですな」


「カカシが……魔法攻撃をおこなった……と?」


「そうなります。ホッホッホッ」


「……ハッハッハッ」


 と、私も笑う以外になかった。



          ○



 全自動魔獣撃退機の試作1号機〝アーチャー・ハットきょう〟は、天地を揺るがすセンセーショナルな発明だった。見た目は変哲へんてつのないカカシ。しかしてその実態は、人類史上初となる快挙の、自律思考性魔導人形(まどうにんぎょう)なのである。


 魔獣撃退機の呼び名は伊達だてではなかった。物理攻撃だけではなく魔法攻撃までおこなえるすぐれもの。射られた電撃矢にはオーク9体を一撃で焼豚に変えてしまうほどの上位魔法が付与エンチャントされていたのだ。


 パーシー博士はかせによると、アーチャー・ハット卿はまだ実証テスト段階にあるとのこと。今後は、コスト面の改善、動作挙動の高速化、スムーズ化、判断能力の向上などを目指していくそうである。また、現在ではき型になっているが、ゆくゆくは、陸上移動型、飛行型、水中仕様などの多用途たようとタイプ機の開発に取り組んでいく予定なのだそうだ。


 全自動魔獣撃退機が量産化されれば、救われるのは農家だけではない。全人類を救う救世主となり得るもの。警備のオートマチック化、さらわれた人質ひとじち奪還だっかんや、魔物の巣への潜入掃討(そうとう)作戦など、さまざまな導入場所が見込まれ、人的被害を大幅に減らす期待がもたれる。


 魔物根絶の日はそう遠くないのかもしれない。


「凡人が99人集まっても無駄。歴史を動かすのは1人の天才」


 というモットーをかかげるパーシー博士は、これからも単独での研究と開発に努めていく方針だそうである。


       [以上、クリスティナ記者による報告]

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