[No.134] 【読者の集い】添い寝屋(コー・スリーパー) ~課金地獄変~
[作者注釈]
このエピソードは、総字数:約27,804字(一般文庫換算:約66ページ)の中編規模になっております。
♂ ヴェン 29歳(大工・オピドキッカ町)
家の扉を叩かれたのは、日も暮れようとしていた時分だった。誰が来たのだろうと思って出てみると、玄関先にひとり立っていたのは、十代後半くらいの見知らぬ少女だった。小柄な体に大きな背嚢を背負っている。それで防具を着込み、腰には剣も吊られていたから、すぐに旅の冒険者だとはわかったよ。
「はじめまして。私はキャシー。冒険業で旅をしてるの」
彼女は明るい青色セミロングを下げて、キャシーと名乗り、見立通りに冒険者であると、簡単に自己紹介をしてきた。俺も社交辞令的に挨拶を返したけれど、冒険者が家を訪ねてきた訳に思い当たる節がなかった。ときどき大工仕事の手伝いで、冒険者ギルドへ人員の派遣要請をすることはあったけれど、そのときは依頼なんてしていなかったからね。それに呼び寄せるにしたって、力仕事になるから、男手ばかりを派遣してもらっていた。だから、女性冒険者が不意に現れたことが疑問だったんだ。
すぐに「なんの用?」と尋ねたよ。
「今晩泊まる宿を探しているところなんだ」
その返答に、俺の疑問は深まったね。だって、彼女が必要としている宿屋なら、目と鼻の先にあるんだから。俺の家の斜向いに建っているんだ。外観はいかにも宿屋らしい宿屋だし、大きな看板も掲げられてある。気づかないはずがないわけがない。でも、目のつけどころが悪い少しおっちょこちょいな子なのだろうと思って、「宿屋ならあそこだよ」と、俺は玄関口から身を乗り出すようにして、その近所の宿屋を指差して見せたんだ。
キャシーという冒険者少女は、一度振り返って確認し、「宿屋があることは知ってるよ」と、笑みを浮かべた顔を振り戻した。
「けど、あそこに泊まる気はないの」
それはおかしな話……。
「君は今、泊まる場所を探しているんだったよね。このオピドキッカの町に、宿屋はあそこの一件しかないんだよ」
俺が告げたあと、キャシーは、笑ったまま物分かりが悪いなというように鼻から息をこぼし、「ピンときてないみたいだから用件を単純明快にいうね」と前置きして、こう続けた。
「今晩、私をお兄さんの家に泊めてくれない?」
「俺の家に? なんで? 宿屋ならすぐそこに――」
「だからね、私が泊まりたいのは宿屋じゃなくてお兄さんのお家」
彼女はかたくなに民泊を希望しているんだ。ひょっとして、宿賃にも困っているほどの最下層冒険者なのかと思ったよ。探索資源の枯渇なんかの影響かしらないけどさ、冒険者がろくな業務にありつけなくなってるって、よく聞くだろう? 確認するのは忍びなかったけれど、「……宿泊費も払えないほど困ってるのかい?」って訊いたんだ。
「一年くらい前まではそうだったけど、今はべつに困ってないよ」
彼女はニコニコと答えたね。悲壮感なんてこれっぽちもなかったから、本当にお金には困っていないらしかった。それじゃあなぜ、見ず知らずの他人の家などに泊まりたがるのだろう……。不可解だったけれど、とにかく、家に上げることはできないと思い、俺は断ったんだ。
「申し訳ないけど、他をあたってくれないかな」
「どうして?」と、彼女が首をかしげる。
「どうして……って」聞き分けのなさと、察しの悪さに呆れ、俺は溜め息まじりに言ってやったよ。「この家に住んでるのは俺ひとりだけなんだ。そんなところに泊まるのは、君だって嫌だろうに」
「ううん。べつに」
やっぱりどこか抜けている子だと確信したね。独り身の男の家と知っても、「べつに」の一言だけで、身を引こうとはしない。冒険者にしては不用心にもほどがある。いいや、冒険者うんぬんではなく、もはや若い女性として恐ろしく用心に欠けている。あっけらかんとしている顔立ちは、美に恵まれた造形をしているので、ことさら。
痛い目にあわないうちに、善意で忠告の一つでもしておこうかと思ったのだけれど、いらだった俺が口を開くまえに、彼女が意外なことを発したんだ。
「私はお兄さんがひとり暮らしって、知ってて来たんだよ」
彼女いわく、ここへ来る前にあらかじめ、若い独身男性の家をわざわざ聞き調べていたらしい。宿屋のあるじから「斜向かいの若大工はひとり暮らしだ」と耳にして、たまたまではなく意図的に、俺の家の玄関扉を叩いていたという話だった。
「……どうして?」と、今度は俺が首をかしげて尋ねていたよ。
「私の〝副業〟に都合がいいから」
その言葉で、俺はハッとなった。
「まさか君……〝コー・スリーパー〟なのかい?」
恐ろしく鈍感だったのは俺のほうなのだろう。
不敵な笑みに変わった冒険者の少女・キャシーは、その顔の前に左手をかかげ、親指と人差し指で丸い輪っかをつくり、そうそう、と深くゆっくりうなずいた。そして、「一晩いかが?」と、右手の人差し指を真横に伸ばし、輪の中に挿し込んで見せてきたのさ。
○
〝添い寝屋〟なる女性冒険者の存在は、噂には聞いていたんだ。冒険稼業で、にっちもさっちもいかなくなってしまった彼女たちが、食うものにも寝床にも困ったはてに、寝食を提供してもらう見返りとして、一夜の床をともにする副業を行っているというもの。呼んでもいないのにやって来るデリバリー性風俗業者として、〝押しかけ娼婦〟なんて呼ばれもしている存在。
俺の目の前にも現れるくらい、ありふれていたものとは、思っていなかった。
「専業冒険者として食べていくのは大変なんだ。なんかさ、探検する場所がもうないとかで、魔法の使えない私みたいな下級冒険者が請け負っていた易い業務にまで、どんどん上級者が流れ込んで来ちゃってるの。勝ち目ないし。たまったもんじゃないよね」
そうして食いぶちにあぶれてしまったうちの女性冒険者が、コー・スリーパーの副業に行き着くのだという。俺の家の玄関を叩いた冒険者の少女・キャシーも、駆け出し冒険者となった二年前、17才のとき、そうそうに食いぶちからあぶれてしまい、嫌嫌ながらもしかたなく、独身男性の家を巡り歩き始めていたのだそうだ。
でも、現在の彼女の心情は、大きく変わっていた。
「あぶれて感謝だよ。冒険者やってたときの何倍も稼げてるから」
コー・スリーパーは通常、一宿一飯にありつくためだけに、自らの体を対価とする。しかし彼女の場合は、泊めてもらってご飯を食べさせてもらうだけでなく、逆に、相手から金を貰い受ける。
「始めたころは、寝る場所と食べ物の欲しさ一心だったんだけど、一年くらい経って、添い寝してあげたオジさんから『こんな美人を〝タダ同然〟で抱けるなんてツイてるぜ!』なんてことを言われたのね。それで、こっちが対価と思っていた一宿一飯が、じつは全然釣り合っていないとわかって、ちょっと〝お小遣い〟をせびることにしたの」
そのお小遣いを催促された相手が、えっ、そんなに安いの?、という顔色を浮かべれば、次の訪問者からは金額を上げていき。添い寝中に、こういうこともしてくれない?、と要求されれば、その行為を追加プランとして、お小遣いに上乗せするという儲けの技法を、彼女はしだいに学んでいった。そして本業はいつしか完全廃業状態。ようするに、名実ともに〝押しかけ娼婦〟となったわけだ。
「私は冒険者としては下級だったけど、添い寝屋としては上級だよ」
とはいえ、玄関先で俺に提示されたお小遣いは、一晩1万コバーンというかなりリーズナブルなものだった。……いや、思わず「1万でいいの!?」と聞き返してしまうほど破格の安さだった。「いいよ」と首を縦にふる彼女の副業経験値はまだまだ浅いものだって、ほくそ笑んだね。俺は経験上、もしも彼女がデリバリー専門の公娼婦だったとしたら、何倍ものお小遣いを上げる必要があるって、知ってたんだよ。1万じゃ、熟しきって腐ったバケモノみたいなやつすら呼べるかどうかわからない。
「で、どうなの? 泊めてくれるの? それとも、私じゃイヤぁ?」
キャシーはダメ押しとばかりに歩み寄り、青い髪の毛を揺らしながら上目遣いで覗き込んできた。魔物に嗅ぎつけられる恐れがあるから、男性女性問わず、冒険者は香水を忌避する傾向にあるけど、彼女は、どうぞ嗅いでくださいとばかりに、ぷんぷん漂わせていたね。身を動かすたびにカチャカチャ鳴っている防具は、男受けを狙って調達したものなのか、ドレスをモチーフとした見た目重視のもので、よく見れば傷一つ付いてないんだ。それらが冒険を捨ててしまったコー・スリーパーということを証明していた。
「俺の家でよければ、泊まっていってよ」
○
たった1万コバーンぽっきりだなんて、ぼろい!
冒険者の少女あらため、添い寝屋の美少女・キャシーを家に招き入れた俺の気分は、ウキウキワクワクだったね。すぐにでも捻じ込みたかったけど、
「とりあえず、なにか食べさせて」
頭から抜け落ちていた、彼女たちが本来目的とするところである『一飯』を提供しなければならなかった。運良くというか、それを見越してやって来ていたのだろうけれど、夕飯の支度はちょうど終わっていたとこどだった。俺は自分のために用意してあったシチューと堅パンを振る舞うことにし、「おなか空いた~」と腹を撫で回している彼女を食卓に着かせた。
そして……
ここから悪夢が始まったんだ。
堅パンをもぐもぐさせながら、彼女は言った。
「最初に呼び方を決めよっか」
「呼び方?」
「私がお兄さんのことを、今からどう呼ぶかってこと。おにいちゃん、とか、にぃにぃ、とか、ご主人様、とか、旦那様、なんて感じかな。本名で呼んで欲しいなら教えてね。あっ、でも呼名変更は、課金になってるから」
「課金? ……さっき言ってた追加プランか。それなら遠慮――」
「100コバーン」
「安っ!?」
スプーンで掬ったシチューをすすり、彼女が「でしょ?」と微笑む。
「初回サービス料金みたいなものね。変更しないって場合は、このままお兄さんでいくけど、大抵の人は100コバーンならって、迷わず変更しちゃうよ」
俺は迷った。けどそれはもちろん、彼女にどう呼ばせようか悩んだということ。せっかくの機会で、100コバーンぽっちを出し渋るわけがない。そのくらい、どうぞどうぞと差し出せる。ひとしきり悩んだ結果、後にも先にも呼ばれることがないであろう『ご主人様』を呼名として選択した。
「オッケー。じゃあ100コバーンの課金ね、ご主人様♪」
「……あれ? メイドさんみたいな丁寧口調になったりはしないのかな?」
「そっちは性格変更ってことで、別料金が発生しちゃいます」
「そうなんだ。……いくら?」
「性格変更は3万コバーンです、ご主人様♪」
「いきなり高い!?」
「私は役者じゃないし、言葉遣いを変えるのはしんどいんだ」
つまり、変えてくれるな、ということらしい。
「だったら、『ご主人様』から『お兄ちゃん』に変えてもらおうかな……」
「呼名の再変更は2千コバーン」
「……なら『ご主人様』のままでいいや。けっこう、がめついな」
「商売ですから。慈善事業や奉仕じゃないの――――ぷふふっ」
彼女が不意に吹き出し笑った。何がそんなにおかしいのか尋ねると、呼名として『ご主人様』を選択し、『お兄ちゃん』に変更しようとしたことに対してだった。俺くらいの歳――二十代半ばから三十前半の人だと、だいたいその二択を選ぶらしく、例に違わずといった調子だったため、おかしかったのだ。それより若いと『にぃにぃ』が増え、ちょい上になれば『お父さん』が台頭し、さらに上になると『旦那様』を選びがちになると語り。自分の名前より、そういう呼ばれ方を好む傾向にあることを、不思議がってもいた。
「まあ、口の利き方がなっていない下僕とでも思ってよ。ちなみにだけど、コスチュームの変更だけならできるよ。メイド服もしっかり入ってるから。もちろん、このコーディネートプランも課金オプションですが」
と指差された食卓脇の床には、彼女が背負っていた大きな背嚢が置かれてある。なにをずっしり詰め込んでいるのかと思えば、添い寝仕事に用いるための衣装だった。この服を着てくれない?、あの服があればよかったのに、といった顧客の声をフィードバックさせていったすえ、パンパンになるまで膨れ上がってしまったのだとか……。
「いわば、男の欲望の塊ね」
「それで……衣装替えのお値段のほうは?」
「5千コバーン」
「やっぱり高い!」
「今日のご主人様は、コーデチェンジを高いと思っちゃうタイプだったか」
コーデ変更は人気追加プランらしい。衣装を着替えるだけで5千コバーンは高額と思えるが、基本料金と足しても1万5千コバーン。それでもなお破格の枠内といえ、+5千で好みの格好になってくれるのなら、と払ってしまう気持ちはわかる。
俺も少し悩み始めた。それを見越してか、堅パンを咥えたキャシーが背嚢をあさって、「こんなのとか、こんなのなんかもあるよ」と、バニースーツやらフリルエプロンやらを次々取り出してすすめてくる。
「一番人気はこれかな、裸魔女っ子セット」
と、三角帽子とローブが食卓に並べ置かれた。裸体にその二つだけをまとった姿というわけだ。俺は「そっちの変な模様の描かれたシールみたいなのは何なの?」と、付け添えられた一枚のシートを指差した。
「おまけの淫紋ステッカー」
「いんもん?」
「知らない? 魔物から襲われたときに妊娠しないようにするための入れ墨だよ。これはその淫紋を模したお飾りステッカーだから、避妊効力なんてないんだけど。陵辱プレイの雰囲気作りにはちょうどいいの。魔女っ子が半裸に剥かれて、むりやりヤられちゃってますっていう設定用ってこと」
「陵辱プレイ……」
俺がごくりと生唾を飲み込むと、彼女が目を細める。
「呼名に『ご主人様』を選ぶってことは、荒々しいプレイに興味あるでしょ。Sっ気たっぷりの支配欲が現れてるんだよ」
「まあ、ハズレてはいないけど……」
「けど?」
「ファッションチェンジは無しの方向で」
「いいの~? 裸魔女っ子セットの課金者には、コーデ専用になっている木製ロッドを、+500コバーンの追加課金で、私に装備させることができるよ」と、彼女は節がでこぼこ隆起している木の棒を差し、「ようするに、おもちゃとして使えるようになんだけどなー」と、棒のさきっちょをチロリと舐めて見せた。
「それはそれで楽しそうだけど……」
「けど?」
「やっぱり無しで」
「えぇ~、どうしてぇ~?」
「剣士萌えなんだよね、俺」
だから最終的に、女剣士の身なりをしているデフォルト状態の彼女の姿がベストなわけなのだった。
○
「あ~あ、ご主人様が剣士萌えってわかってたら、別な格好で来てたのに」
コーデ課金の押し売りをあきらめた添い寝屋キャシーは、椅子に座り直し、食事のつづきに戻った。むしゃむしゃと堅パンを頬張らせる剣士防具姿の彼女を、俺は正面の席から眺め、……なるほどな、と胸のなかで静かに納得した。
彼女の添い寝プランは、一晩1万コバーンという破格の初期出費で誘っておき、細分化された追加プランにどんどん課金させ、水増しさせていくという斬新なシステムなのだ。
これは侮れないぞと思ったね。招き入れた直後の段階から、飯を食べさせているうちから、服を脱がす前からもう、立て続けの課金要求だ。おそらく、本番行為における挙動に至っても、あれやこれやとお小遣いをせがまれるのだろう。
気持ちと財布の紐を引き締めていかなければ!
そう決心した矢先、俺の腹が「グゥ~」と緩んだ。
「ご主人様も、おなかすいてたんだね。私のシチュー、わけてあげよっか?」
「それはもともと俺のシチュー……」
「今は、私の所有物」
「ってことは、もしかして……?」
「ひとすくい300コバーン」
「……さすがにそれはないでしょう。ぼったくりだ」
「ぜ~んぜん。良心価格だよ、ご主人様っ。だって、あ~んさせて食べさせてあげるんだから。私が使ったこのスプーンでね」と、シチューを口の中に運び入れた彼女は、棒付きキャンディをこそぎ舐めるように舌と唇で拭い、出し戻した。唾液で濡れたスプーンをかざし、「これがご主人様のお口に入れば、間接ディープキッスぅ~」とおどける。
「課金します」
反射的に答えたのは、俺ではない、俺の口だ。
「はい、あ~ん♥」
篭手防具を卓上につかせた彼女が身を乗り出して、スプーンを差し出してくる。俺は「あ~ん」と口を開けて、それを受け入れた。ひとすくい300コバーンのシチューの味は、当たり前だが普段作っている俺のシチューの味となんら変わらない。しかし、舌を這わせたスプーンに、隠し味が付加されていると思うと、脳味噌がとろけそうな心地よさを感じられた。
あ~ん課金は正解だったと思うことにし、今回が最後の課金だ、と肝に銘じなおした直後、また俺の腹が「グゥ~」と鳴り、彼女がニヤついた。
「スプーン一杯だけじゃ物足りないよねぇ」
「おかわりはけっこう!」
じゃあパンにする?、と、訊いてきたのにもかかわらず、キャシーは手につまんでいた最後の一切れを口の中にポイッと放り込んでしまう。自分で食べてしまったら売り物にできないじゃないかと思っていると、咀嚼しながら告げてきた。
「私が今噛んでいるのを、600コバーンでいかが? またぼったくりとか言わないでね、今度は口移しで流し込んであげるんだから」
「グゥ~」
「課金ありがとうございまーす♥」
「ま、まった、俺はまだ何も――」
「ご主人様のおなかが、課金する、って言ったんだよ」
次の瞬間には、俺の唇に、ふっくらとした唇が押し当てられていた。言いかけになって開いていた口の中に、ドロッと崩れて湿ったバンが流れ込んでくる。うねうねと動く彼女の舌が、入っては出てを繰り返し、俺の舌をなでるたび、頭と下半身の局地的部分がボ~っと火照った。
「今のが600コバーンなんて、安いものでしょ?」
……たしかに。
いやいや、そうじゃない、ダメダメだ!と、俺は首をふりふり流動物を嚥下させる。これ以上彼女のペースに飲まれてはいけない、飲ませられてはいけない、課金してはならない! たとえ数百コバーンの出費でも、このままのテンポで行けば、朝を迎えるころには身の毛のよだつ金額に達している。
彼女の作戦なのだ。一度目で味をしめさせ、価格をすこし引き上げてお得さを増した二度目を提示し、三度四度と続ける。それは厄介な病魔のようにじわりじわりと蝕んでいく、微課金の際限なきループ地獄の入り口。
これが添い寝屋のやり方か!
「最後にスペシャルなデザートなんてどう?」
シチューと堅パンを食べ終え、食卓の皿はすでに空になっていた。それで何をスペシャルなデザートにしようというのかは、大いに気になったが、俺は、もうたくさんだから!、と断固拒否した。
「今すぐ始めよう!」
まだダメ、と彼女が指を揺らす。
「体洗ってないでしょ? だから次はお風呂」
「お風呂……」と、俺は身構える。
「先に入るの、どっちにする? ご主人様? 私? それとも、混浴かなー?」
出たな、誘惑シークエンス。
これまで、100、300、600と上がってきたから、おそらく900コバーンあたりを提示してくるに違いないと思った。安値で誘って、風呂場で、ぼる気だ。入浴行程から想像するに、課金が伴うイベントは食事の比でないだろう。一緒に湯船に向かってはいけない。混浴、ダメ絶対。ノー・モア・課金!
「俺から先に――」
「混浴は本来900コバーンなんだけど、ご主人様の見た目は、私の好みなんだ。そうすると、『私のタイプの人割り引き』が適用されて、300コバーンになるの。ねぇ、一緒に入ろうよぉ♪、って感じで」
「課金します」
○
……やっちまったよ。彼女の好きなタイプなんて話は、セールストークに決まっている。パフパフ嬢やパンパン嬢がよく使う「お兄さん、かっこいいね。よってかない?」と同じ見え透いた手。だいたんな値引きも、すこしでも多く課金機会を増やすために止む終えないという合理的判断を下したに決まっているのだ。
「ご主人様、私の服をぬぎぬぎしてくれないの~?」
脱衣所から甘えたような声が聞こえてくる。
台所から移動したあと、案の定、「脱がすの手伝ってあげる? それとも、脱がしたい? どっちもにする?」と迫られたため、俺は「あーあーあー、聞こえませーん」と耳を塞ぎ、そうそうに服を脱ぎ捨て、ひと足早く風呂場に入っていた。
……カラスの行水で、さっさと上がってしまおう。
急いで体をこすり洗っていると、脱衣所で粘っていた彼女がやってきて、背後に立つ気配がする。
「背中はまだだね。私が洗ってあげよっか?」
「大丈夫、ひとりでできる」
「おっぱいで、だけど?」
……むっ、ここはさすがに、課金時ではないだろうか。
と思って見返りかけた顔を、俺はいったん振り戻す。
「……いくら?」
「背中流し課金は、3千コバーン」
ほらみろ、ふっかけてきた。
「間に合ってます」
俺は顔を伏せたままにし、丁重に断った。裸体になっているであろう彼女の体を目に入れてしまえば、判断力が低下する。3千コバーンでも、モノによっては安すぎると飛びついてしまうかもしれない。でも、見なければ、堪え忍べる。
「モノだけは確認したら? 見るだけならタダ」
「いい。タダほど怖いものはないっていうだろ」
「ふぅ~。考えてもみなって、ご主人様。3千コバーンで、とびきり美しい少女がおっぱいを使って、背中を丹念に洗い流してくれるんだよ。ふつうの女の人にさ、それっぽっちで頼んでみなよ。ふざけんなっ!、って怒られちゃうから」
金額問わず、そんなことを頼んだら、ぶっ叩かれる。
頑然としてのぞむ心構えを固めた俺は、あれやこれやと小うるさい彼女を無視しつづけたよ。せっかく風呂を共にしているというのに、手で触れることはおろか、目に触れないままで終わるのは、もったいないような気もした。でも、直視すればきっと物理的に触れてみたくなるに決まってるからね。
風呂を出れば、存分にできる。だから今はまだ我慢。
「くわばら、くわばら」
つぶやきながら固形石鹸をタオルにもみ込んでいたときだった。ぴょんっ!、と勢いよく手元から飛び出してしまったんだ。前方の壁に跳ね返って床に落ち、滑ってきた石鹼をつかみそこね、慌てた俺は反射的に後ろを振り向いていたよ。口から「あっ……」と出たときにはもう、石鹸を踏みつけて立つ全裸の彼女が、視界に入ってしまっていた。
「私のモノはいかがでしょう?」
「……わりと大きかったんだ」
「着痩せするタイプっていうか、プレートメイルにぎゅぎゅっと潰されちゃってたからね」と笑う彼女の視線がさげられ、「ご主人様のは、〝並〟だね」と身をかがめ覗き込んでくる。
「そこはセールストークしてくれてもいいんだけど……」
「で、背中流しはどうする? 気が変わったんじゃない?」
「い、いや、べつに……」俺は歯を食いしばった。
「やわらかいよ~、ふわふわだよ~、きもちいいのにな~」
素足に敷いていた固形石鹸を彼女が拾い上げ、深い胸の谷間に挟み、惜しみなく擦り合わせる。両手で押し寄せられ、形をゆがめる球体は、それはもう柔らかそうであり。手を離せば、ぷりんっ、と瞬時に丸みを取りもどす弾力性も兼ね備えてある。泡立つ前の石鹸が、いく筋もの線となって伸び、淡い桃色をしている先端にまで、まんべんなく塗り拡げられる。そうして彼女は、ダメ押しとばかりに上半身を左右に揺さぶった。
「ねぇ、ご主人様ぁ~」
ぷるるんっ、ぷるるんっ♪
絶景かな、絶景かな。
「課金しようよぉ~」
ぽよよん、ぽよよん♪
おっぱいや、ああおっぱいや、おっぱいや。
「課金します」
○
おっぱいの誘惑は、げに恐ろしい。
風呂場での課金は一度に留まらなかった。
予想していたが、背中流しを終えたあとに、「棒流しも、お胸のほうでうけたまわっておりますが?」とこられてしまい、ベリーソフトな肉玉の快感を覚えてしまった俺は、自分の手で洗い終えていたにもかかわらず、「はい」と二つ返事で追加課金してしまったのだ。価格設定が下がったのも即決の原因。背中が3千で、棒が2千なら、頼まなかったら損と思ってしまったんだよ。
……まったく、うまいやり口だ。
次にすすめられた腕流しは断ろうとしたのだけど、「使う〝道具〟がこっちに変わるんだけどなー」と、腕をあげて見せつけてきたのが、魅惑の〝腋下〟だったんだ。マンネリ化防止と、フェチズムを刺激する作戦に、してやられたよ。価格もさらに安くなって千コバーンになったし。
脚流しの道具として用いられたのは、股間だった。ここにきて3千コバーンに引き上げられたことで、ほだされていた俺は我に返った。いかん!、背中と棒と腕で6千コバーンもっていかれてるじゃないか!、脚を含めたら9千コバーンの課金になって、基本プレイとどっこいどっこいになってしまう。思いとどまれ!
「体流しは、脚でおしまいだよ。あとひとつだけなのに、やめちゃう? コンプリートしなくていいの? あとで、やっぱりあのとき頼んでおけばよかった、って思っても、私はさすらいの旅人だから、チャンスはこれっきり。ここまできた人は、みんな完走しちゃってるんだけどなー」
勧誘する彼女は、浴槽の縁にまたがっていた。こういう具合ですよ、と言うように、泡まみれの体を前後に滑らせて、ぬらぬらと軌跡を縁の上に残させる。そしてときどき、上体の動きを止め、お尻だけを前後左右にクニクニと動かすのだ。その腰使いが、途中棄権しようとしている者に活を入れ、奮い立たせるほど巧み。
……ここまで来たのだから、制覇しないのは野暮か。
得てして、体流しサービス全種をフルコンプする運びとなった。
300コバーンの混浴課金から、一挙9千コバーンの大口課金である。俺は、元々支払うことが確定していた金と思うことで割り切った。ソープ代とみても格安であるし、サービス内容も申し分なかった。お得なことに間違いはない。
だがしかし、課金は金輪際。
お得お得と思って、なにからなにまで飛びついてしまっていては、塵も積もれば山である。肉体的にも金銭的にも、スッキリ気持ちよく朝を迎えたい。
「混浴ユーザー限定で、剃毛課金なんてのもあるけど、どう? 8千コバーン。ご主人様の手で、私をパイパンにできちゃいます」
「断るよ。そっちの趣味は無いんで」
「私の体を洗ってみたくない?」
「たった今、いっしょに洗ったようなもんじゃないか……」
「タオル無しの、ご主人様の素手で、じかに、隅から隅まで洗えるの。たった5千コバーンでね」
「だが断る」お触りならベッド上で叶う。
「じゃあ、頭を洗って。なんと500コバーン!」
「……いや、そこは自分で洗え。なんで500コバーンも払って頭洗ってやんなきゃいけないんだよ。5コバーンだって断る」
「頭髪フェチは飛びつくところなんだけど」
「あいにく、その属性も持ち合わせてないんで」
「なら、髪切り体験の課金も合わない感じかなー」
と、鎖骨付近まで伸びている青い横髪を、指にくるくる巻きつける。
「……髪切り体験?」
「名前通り、私の髪の毛を切らせてあげる課金サービス。ときどき居たんだ、『お願いだからその髪を切らせてよ~』って、髪を切る行為に興奮する変わった嗜好の人が。だから今は、髪の毛も立派な商品になってるの」
「……マジ? 変態だな」
「私と添い寝した記念に、髪を欲しがる人もいるんだから」
「そいつも同類」
「下の毛も販売中だよ。こっちは御守りとして売れ筋。1本、千コバーン」
「いらない」というか、買わずとも排水溝を漁れば何本か出てくるだろう。
断りのリズムが生まれてきたことに、俺はホッとした。
この調子で、切り抜けられそうだ。
「それじゃあね、聖なる――」と発したところで、浴槽の縁に腰掛けている彼女が口元を覆った。曇った表情が、あきらかに失言時のものである。「やっぱり今のは無し無し!」と、両手をぶんぶん振る慌てっぷり。
「やっぱり無しって? 聖なる――何?」
困ったように鼻を「ウ~ン……」と鳴らして俺を見つめる彼女は、「どうせ断られるし平気か」とひとりごち、尻切れになっていた続きを口に出した。
「聖なる放水鑑賞……」
「それって、おしっこをして見せるってことだよね?」
「そうだね……」と、髪をいじりながらうなずく彼女は、初めて恥ずかしそうに顔を赤らめた。「3千コバーンで見世物課金にしていたんだけどさ、やっぱり、こういうことをやってる私でも、さすがにおしっこしている姿を見られるのは、恥ずかしいっていうか、嫌っていうか。だからもうやめることにしていたんだけど、ついうっかり。でも今日のご主人様は、変態嗜好はあまり無いっぽいから――」
「課金するよ」
俺が意地悪な笑みで言ってやると、彼女の顔がひきつった。
「なんでなんで、どうして!?」
「べつにおしっこしてる姿なんて見たくないけど、嫌っていうなら、見てみようかなってさ。食事しているとき、君が俺に言ってただろう?、Sっ気たっぷりの支配欲が現れてるとかって。それがまた現れたってこと。――じゃ、さっそく見せてくれる? そこでしちゃっていいから」
「……ご主人様、考え直そうよ」きゅっと太ももが閉じられ、青色のちぢれ毛に手で蓋をして、視線をさえぎってくる。嫌がっていることはそれだけで如実に伝わってきたけれど、「5千コバーンもするんだからさ」と、ちゃっかり課金額を引き上げ、断るように仕向けてきたことで、本当に嫌がってるな、と俺はゾクゾクした。
「3千コバーンだろ。払うから、ほら、はやく見せてよ。浴槽の縁に乗っかって、膝を開いて、俺にしっかり見えるように」
「本当に課金しちゃうんですか……?」
「するする。だからさっさと――」
「課金、ありがとうございま~す♥」
「……は?」
鮮やかな掌返しだった。
怒られた犬のように眉をひそめていた彼女が、一転、満面の笑み。閉じていた脚を、なんのためらいもなく開放して、浴槽の縁にさっさか飛び乗ると、すぐさま両膝をご開帳。シュワワワワワッと大放水をおっぱじめた姿からは、恥じらいも、嫌がる様子も、微塵として感じられない。ブルッと体を震わせ、
「ふはぁ~、我慢してたんだよね~」
心地よさそうに頬を緩める始末。
「ちょ、ちょっと待てよ……」
「おしっこは急に止まりません」
「見せるのが嫌って話だったろう!?」
「あれは演技だよ。Sっ気たっぷりのご主人様なら、ああすれば課金してくれると思って」
「そいつはズルいなっ!」
「商売に駆け引きはつきものだよ」と、ベロを出して見せてくる。
「せめて最後まで嫌がるフリをしてくれよ……」
「ハメられるまえに、ハメちゃったね♪」
○
3千コバーンの授業料で、俺は学習した。添い寝屋の演技には最大級の注意を払え。でなければ、無用な金を払うことになる。これは格言になってもいいことなんだよ。
寝室に入った俺は、ベッド端に腰掛けて、これまでの課金額を計算した。
呼名変更に、100コバーン。
食事時に、900コバーン。
入浴時に、1万2千コバーン。
累計1万3千コバーン。
基本料の1万コバーンと合算すれば、計2万3千コバーンになる。
……まだ、序の口。娼館で、下級娼婦を買うくらいに収まっている。
と思った俺は、かぶりを振った。『まだ……だから大丈夫』という思考パターンが良くないのだ。失敗と認めないから、何度も同じ過ちを繰り返す。彼女の罠にホイホイ嵌ってしまう。課金を重ねていく。すでに倍額以上に膨らんでいるという現実を受け止めろ。心を入れ替えてばかりいても、成長しない。
「いよいよお待ちかねの添い寝タイムだね。――はい、これ付けて」
と、バスタオルを体に巻いて歩み寄ってきた彼女が、薄水色の避妊具を一枚、手渡してくる。
「それ、何かわかる?」
「スラドームくらい知ってる。馬鹿にしてんの?」
「ごめんごめん。田舎だと、まだ知らない人も多くて。ちなみに、私が装着をお手伝いしてあげる課金サービスもあるんだけどな、手や口で」
「自分で付けます」
「ご主人様は、スラドームを嫌がらない感じ? 人によっては『スライムの生皮で出来たもんなんか付けられるか!』『独特のスライム臭が嫌だ!』『スライムアレルギーだ!』って、こともあってさ。即効性のある避妊薬を私が服用する選択肢もあるよ。お高いですけどね」
「ナマは遠慮する」
「へぇー。一度、貰わなくていいものを貰ったことがあるのかな?」
「そんなとこだよ」二度目で懲りた。
「じゃあじゃあ」
「もういいから、俺が付けてるうちに、君は防具を着てくれない?」
と、タオル巻きの体に指示を送る。
彼女はきょとんとした。
「なんで? 今からするのに」
「着衣派なの。だから俺は服着てるだろう?」
「なるほど。でわ、5千コバーンの課金になりまーす♥」
「……なんだって?」
「添い寝時は、全裸コーデが基本で。それ以外になると、コスチューム変更になっちゃうのね。それで、5千コバーン」と、彼女はしれっと言ってくるんだ。
「……嘘だろ? 全裸コーデってなんだよ、コスチューム変更ってなんなんだよ!? 元の服装に着直すってだけだろ!? それくらいタダにしとけよ!?」
「ダ~メ♥」
望んでいたのは、防具姿の彼女とヤることだった。俺のしもべになっている女剣士を、むりやり犯しているというシチュエーションを想定していた。全裸になられていたのでは、望んで身を委ねている感が強調され、力づくでサれているという雰囲気ではなくなってしまう。
「頼むから着てくれ!」
「5千コバーン。でなければ、全裸」
「……せめて2千コバーンに」
「まけられません。課金したくないならさ、防具を全部剥ぎ取ったあとって、考えればいいんじゃない?」
「それじゃダメなんだよ! 全脱衣はリアリティに欠けるだろ? 剥ぎ取るのは一部でいいんだよ! そしてそれは、俺の仕事だ!」
「ご主人様、やっぱり変態なのかな?」
「とにかく着てくれ!」
「いいよ、5千コバーンを払うならね」
「…………わかった。払えばいいんだろ!」
〇
これはしかたない。防具を着せ直すだけで5千コバーンなどとは馬鹿げているけれど、脱衣プレイは本懐ではない。やむにやまれぬ課金なのだ。
彼女からは「同じ料金なんだし、他の服装を選んでもいいんだよ? 私の別衣装を見たくない?」と変更もすすめられたが、剣士装備にこだわりのある俺はもちろん断った。
「そんなに女剣士が好きなの?」
「好きなんじゃない。嫌いなんだよ」
冒険者という肩書きを持つヤツラは、とかく生意気。どいつもこいつも態度がでかい。我が物顔で町の中を闊歩するし。酒場では獣のように食べ物をくいちらかして、酒を浴びるほど飲んでギャーギャーわめく。世界が自分中心に回っていると勘違いしているようなヤツばっかりで、虫が好かない。とくに、剣を下げているような連中にその傾向が強い。
「今はそんなステレオタイプの人たちばかりじゃないんだけどなー。ご主人様は偏見の目で見すぎてるよ。少なくとも、この場に一人、素直で優しくて行儀の良い、とびきりキュートな女冒険者がいるでしょ?」
「俺の前にいるのは、融通の利かないふてぶてしい態度の冒険者崩れだろう。5千コバーンをチャラにしてくれるなら、とびきりキュートという点は認めてもいい」
「しつこいねぇ~。ダメなものはダメなの」と笑いながら、彼女は防具の取り付けを行っていく。「つまりご主人様は、日頃からの冒険者に対する鬱憤を、私でスッキリ晴らしたいっていうことか。あっ。っていうより、イキがっている女をただ服従させたいっていうSな願望だね」
「どう受け取ってくれても結構」
ずけずけくるあたりが、腐っても冒険者だなと思ったよ。
俺は興奮してきたね。
またとない条件は整っていたのだから。
スラドームを装着して待つ俺のもとに、「これでいいでオッケーかな?」と身支度を整えた彼女が近づいてきた。完全無防備になっていた裸体は、ドレスアーマーへ返り咲いている。腕や腿がむき出しで、腹部を布地が覆った、軽装化タイプ。フルメタルよりも、このくらい肉抜きされてあるのがちょうどいい。……が、剣士に欠かせない装備がひとつ足りなくなっていることに、俺は気づいた。
「ショートソードを忘れてるぞ」
風呂に行くまでは腰脇に吊り下げられてあった彼女の得物。その剣が、固定ベルトごと外され、床の上に放置されたままになっているのだ。
「ショートソード? そんなの要らないでしょ」
「要るに決まってる!」
俺は怒鳴った。帯剣しているからこそ剣士。象徴たる剣を持っていなければ、甲冑を着込んだだけの女。ただの鎧女だ。斧を持たせれば〝斧士〟となり、杖を握らせれば〝装甲魔法使い〟になってしまう。だからこそ剣が重要なんだ。
必要性を熱く訴えるが、彼女は理解をしめさない。
「ご主人様は、私が剣士って知っているから問題ないじゃん? 短いって言っても長さはそれなりにあるんだし、腰にあったら邪魔だよ。なにより、あれ、〝真剣〟だからね? 危ないって」
「いや、ダメだ。剣もちゃんと装着してくれ! 引き抜いたりするわけじゃないんだ。吊ってさえいてくれるだけでいいんだよ!」
俺が粘ると、彼女は「えぇ~」と不服そうな声を出し、銀メタリックの光を反射させる篭手を組んだ。何事かを思案するように硬い鉄靴のつま先を上げ下げして、ひとしきり床をコツコツさせたあと、懇願する俺を見つめる目が細められる。
「ご主人様が、どぉ~しても、っていうなら、2千コバーンで手を打ちます」
「……また課金かよ」
「オプション外の物を身につけてあげるんだから、安いくらいだよ。どうします? 払う? 払わない?」
「…………」
○
ショートソード装備代の2千コバーンを、俺は不承不承、課金することにした。これで合計3万コバーン……。とうとう基本プレイの3倍に達したわけだ。ここまでくると足元を見られてるんじゃないかと重いさえする。3倍分、きっちり楽しませてもらわなければ、気もふところも済みそうにない。
革ベルトを装着して帯剣状態になった彼女が、「じゃ、始めよっか」とベッドに乗り上げてくる。それとは逆に、ベッド端から立ち上がった俺は、「ちょっと待った」と彼女の手を引いた。
「ご主人様、まだ何か注文があるの?」
「ベッドは使わない。最初は床で立ってするから。犯してる設定でヤりたいって言ってたろう。壁に押さえつけて、後ろからってのがそれっぽい」
「つまり課金ってことですね。ありがとうございまーす♥」
「まてまて……何が課金なんだよ」
「体位選択」
基本プレイでは、最初から最後まで、正常位と決まっているらしい。そのほかの体位はすべからく課金となり、行為中に変更するたびに別料金を支払わないといけなくなる不思議システムなのだそうだ。
「……ふざけるなよ?」
やっぱり足元を見られている。課金を重ねだしたのをいいことに、本来は無いはずの課金オプションを即興で考え、俺に押し付けてきているのだろうと思ったよ。そう簡単と騙されるわけがない。
しかし彼女は動じることなく、「ふざけてなんかないよー」と余裕の表情。掴まえられていた腕を払ってベッドから降り、寝室に持ち込んで置かれていた背嚢のもとへ駆け寄っていく。そして、上蓋を開けてパンパンに膨らんでいる中に手を突っ込み、ガサゴソ漁ったあと、「あった、あった」と一冊の分厚い本を取り出して見せてきた。
「その殴って人殺せそうな魔導書みたいなのは……何?」
「体位選択用に使ってる図鑑みたいなもの。ここにちゃんと料金も表示してあるからさ、疑うなら、ご主人様の目で確認してみなって」
手渡されたズシッと重たい本を見開くと……たしかに彼女の言うとおりだった。1ページ1ページに、男女が裸で絡み合っている絵が印刷されてあって、空白になっているところには金額と思われる数字が手書きで書き込まれてある。
「なんだよコレ……」
「〝カーマ・スートラ〟っていう性事典。旅商人から買ったの」
「本の名前なんてどうでもいい! この、男が立って後ろから女を突いている絵の横に『3,000€』って書いてあるのはどういうことなんだ!?」
「立ちバック、3千コバーンという意味ですが?」
「高かいんだよっ!」と、俺はなんちゃら性典を床に叩きつけた。
「ちょっとちょっと、乱暴に扱わないでよ」
「ポジショニング変えるくらいで3千なんて、ぼったくりにもほどがある!」
「むしろ安いほうなんだってば。――これ見てよ」と、彼女が本を拾い上げて開き見せてくる。そのページには、女が地面に肩倒立の格好になって両脚を真上に伸ばし、足の間にまたぎ立つ男が真上から股間を落とし込み、空中で接合させているイラストが描かれてあった。「この〝立ち松葉〟って高難易度体位になると、10倍の3万コバーンしちゃうんだから」
「だれも立ち松葉なんて頼まないよ……。立ちバックなんだ。立ちバックを、もっと安くしてくれない?」
「ダメ」のそっけない一言。
「君さ、もっとサービス精神を持とう。立ち松葉とか特殊な体位ならまだしも、立ちバックなんてありふれた体位で金銭を要求してくる娼婦なんて、そもそも居ないよ? 聞いたこともない」
彼女は、チッチッチッと指を振った。
「私は娼婦じゃないの。添い寝屋。コー・スリーパー、キャシーちゃんですから。そこのところを、よろしく」
「頼むから、半額に……」
「ご主人様は値引き交渉が下手だねぇ。商店に行ってさ、お店の物をいきなり半額で売ってくれって言ってみなよ、どんな顔される? ふつう、私みたいにニコニコしていられないと思うなー」
「……2千コバーンに」
「2千800コバーン」
「……2千500コバーンなら」
「はい決定!」
「あっ、もうちょっとだけ」
「ダ~メ。ご主人様が自分で言ったんだよ。2千500コバーン」
「…………」
「正常位? 立ちバック? さあ、どっち?」
○
彼女を剣士装備に戻し、壁際に立たせるというためだけに、9千500コバーンの課金をしなければならず、それだけでも基本プレイの1万円に差し迫る手痛い投資になってしまった。挿入手前の段階で、合計3万2千500コバーン。格安から通常価格帯に足を踏み込んでいる。
あまりに細分化されすぎていた課金オプションで、俺は不安になった。
「ここまできてなんなんだけどさ……まさか、挿れるのも別料金とか言いだすんじゃないよね……?」
「それはないって、ご主人様。挿れるのも別ってことになったら、最後までオーケーっていう最初の話が、まるっきり嘘になっちゃうじゃない」
彼女が真っ向から否定してくれ、当然のことなのに安心する。
「それじゃ、始めよう」
俺が言うと、彼女はまわれ右をした。両手を壁につき、こちらに向かって数歩さがって尻を差し出すようにする。スカート形状をしている腰当ては、両サイドと前後で分割された構造になっており、後方に垂れ下がった鋼鉄のベールをめくりあげると、ブルマアーマーに包まれている丸い臀部があらわになった。
半分萎えてきていたイチモツに活気が満ちてきた俺は、さらに、そのブルマアーマーの留め具を外して、放り捨て、最後の砦になっている下着をむき出しにする。入浴時には見れなかったので、どういう物を穿いているのかと思えば、安っぽい紺色一色の下着だったよ。
ぶち込む直前の、じれったさが、またいい。それ以前にじれったい思いを散々味わわされてきただけ、ひとしお。
下着に手を伸ばした俺は、おろし脱がそうとしたところで、いや、待てよ、と一旦動きをとめた。むりやり犯すという設定でするのだから、やはりここは、むしり取ってやるのがベターだ、と思い直し、下着の縁をつかんでいた手を股下に移す。クロッチ部分をわしづかみにして、後方に思いっきりひっぱった。紺色の布地が、一本の線になって伸び、そして、
ビリビリビリッ!
音を立てて破れた直後、黙っていた彼女が壁を向いたまま言ったんだ。
「はい、5千コバーンいただきまーす♥」
紺色の端切れを握りしめた俺は、その声でハッと青ざめたよ。体位を選ぶにも金を巻き上げるくらいなのだから、身に付けているものを壊すのが非常にマズいことぐらい明白だった。というより、娼婦相手でも弁償ものだろう。興奮したことによる判断ミスで、落ち度は俺にある。しかしながら、
「弁償代と見積もっても、5千は高い気が……」
「下着代に、衣装破壊という特殊行為の代金がプラスになっているから妥当」
「それでも5千ってのは……」
「ダメ。これは値下げしてあげないからね。その代わり、破いたパンツはプレゼントしてあげるよ、ご主人様♪」
……そういうコレクター趣味もないんだよ、このクソビッチが!
交渉をあきらめた俺は、下着のカケラを床に叩きつけると、ぷりんっと突き出されてある生肌の尻に、シモテにした手のひらを押し当てた。イチモツを挿れてやるよりも先に、前座を兼ね、指をつっこみ、グチグチヒーヒーと掻き回してくれる。
しかし、中指を侵入させようとしたところで、「またグチグチ言われると嫌だから先に言っとくけど、」と声がかかった。
「指の挿入は、課金だからね。残念だけど、基本プレイで挿れることが許されているのは、ご主人様の〝並棒〟のみなんだ。それ以外の、指とか舌とかっていう部位になっちゃうと、ぜーんぶ、その他挿入課金のオプションになってしまうのです。あしからず!」
「メチャクチャだ……っていうより、前座なしの即ハメだと君が困るだろう?」
「並棒についてる亀さんの頭を使って、がんばって撫でてね、ってこぉ~と」
はぁ? 並並って、うっせぇわ。
言われなくても知ってるわ。
お前が思うとおり平凡です!
もういろいろと我慢できなかった。そもそも設定上、前座どうこうというのがバカバカしい。陵辱ならば、一も二もなく捻じくり込んで、しかるべき。
俺は語調を荒くした。
「下僕のくせに、主人に向かってその口の利き方はなんだ!」
と、真っ赤に激怒している亀さんの頭を、下の口へ、いっきに突き入れた。
○
ようやく……ようやくにして合体までこぎつけた。
だが、俺が到達したのは、天国への入り口などではなかった。
足を――いや、棒を踏み挿れてしまったのは、課金地獄の三丁目だった。
○
挿入した瞬間、俺の亀さんを包んだのは、違和感だった。
プスぅ~……
と、空気が抜ける音でも、ソレはあきらか。挿れる間際に垣間見た、入り口の奥も、なまめかしい桃色の道が延びていたわけではなく、ぽっかりと開いた黒い穴として認識できてしまっていた気がする。
つまるところ、詰まっていない……。
差し込んだまま微動だにしなくなった俺に、「動いていいんだよ?」と、依然として顔を壁に向けた状態で、彼女が訊いてくる。
申し訳ないと思いつつ、俺は青い髪の後頭部へ告げた。
「君の、ゆるくない……?」
「じつは、冒険者やってたときにね、〝オーガー〟に犯されちゃってさぁ、それ以来、ガバガバに……」
「そ、そうなんだ」
「なーんてね! 嘘だよ。わざと、ゆるくしてるの。それが基本プレイの仕様。けど心配しなくても、ゆるゆる、ゆるめ、ふつう、キツめ、キツキツまで、お好みの圧力を取り揃えてあります」と、ヌードルショップの味調整のようなことを言ってくる。「私はプロだからさ。そのくらいの芸当はらくらく」
「……どうせ課金になってるんだろう?」
「もちです!」
ならば、意地でも払わない。
ゆるいなら、しめてみせよう、我が腕で!
「ウラァッ!」
と、高らかにかかげ上げた手のひらを猛然と振り下ろして、
ピシャーーーンッ!
彼女の尻をひっぱたいた。
「あっ。ぶったね? スパンキング、一回500コバーンの課金になります♥」
「うそだろぉぉおおお~っ!?」
もはや巧妙なトラップだ。尻叩きにまで課金の罠が仕込まれていようとは……いや、こいつなら考えられることだったが、驚かずにはいられない。それにくわえ、かなり力を込めてひっぱたいたつもりなのに、亀さんと棒を取り巻いている、ゆるゆるの内壁が、まったくと言っていいほどに、ピクリとも反応しなかったことも驚愕に値した。
「ゆるいままでいく? 圧力調整課金をする? ちなみに、ひきしめランクを一段階ひきあげるごとに、千コバーンいただきます♪」
「……その前に、ほんとに圧力を自在に変えるなんて芸当が出来るのかい?」
力任せに叩いても無反応だったくらいだ。その実、馬をも凌駕するオーガーの巨根によって拡張されてしまい、後遺症として不感症にもなってしまっているのではないかと思った。圧力調整できるというのは、ゆるいことを誤魔化すための口からデマカセ。
「なんなら、無料体験版として、実感してみる?」
と、彼女は、閉じ気味にしていた足を、肩幅よりも広めに開く。
途端に、変化があらわれた。スカスカだった内部が、「これが、ゆるめ。こっちが、ふつう」という彼女に連動して徐々に狭くなっていくのを感じ。全方向から圧迫してくる物体の凹凸の形状が、スラドーム越しの棒にはっきりと伝わくらいになると、行き場を失った空気が、入り口から、プフュ、プフュと逃げ出していく。凹凸が潰れて密着しても尚、圧力は増していき、手で握りしめられているような痛みまで伴い、「……うぅっ」と呻いてしまった。
「生き物みたいでしょ?」
彼女が笑うと、腹の筋肉が収縮する振動までもが連結部までダイレクトに響いてくる。俺の亀さんの頭がひくひくと怪しい挙動をしはじめ、挿れただけで果ててしまう童貞のようなことになりかねない!、と、引き抜こうと思ったけれど、その一擦りが致命的になりそうだったので、「わかった! もう大丈夫」と声を出す。
頬をすぼめたようにコケていた彼女の尻肉が、フッと元の丸みを取り戻したことで、俺の亀さんは白いゲロを吐かずに持ちこたえた。
「どうだった?」
「……す、すごかったです」と、思わず丁寧口調になるほどに。
「この無料体験版で、果てちゃって、おしまいになる人も多いんだから」
そうなってしまえば、水の泡――白濁液の泡だ。
「で、圧力調整はするのかな?」
「……はい」
体験したあとでは、いいえ、と言えなかった。
キツめでは、ヒーヒー言わせる前に、ヒーヒー言うことになってしまうので、
「『ふつう』まで上げてください」
「2段階アップで、2千コバーンの課金になりまーす♥」
○
亀さんが落ち着きを取り戻したあと、俺は軽くゆっくりと腰をふりはじめる。ゆるかった彼女の中が、ちょうどいい加減でしまり、圧力調節体験を行ったためか、湿り具合にも多少変化があって、棒の動きに支障はない。耐久度が回復しているとわかると、両手で彼女の腰をおさえ、根本まで大きく動かす。だんだん速度をはやめた。
パン。
パン。
パンパン。
パンパンパン。
パンパンパンパンッ!
肉と肉とがぶつかり合う音が、寝室に響く。
……なんだろう。なにか物足りない。
「もしかして君、声出すの、我慢してたりする?」
「どうして?」
「ぜんぜん喘いだりしないから……」
俺が後ろから小突いているというのに、喘ぎ声はおろか、呻き声のひとつとして出ない。インパクトの瞬間に呼吸がわずかに乱れるくらいなもので、面白味を欠いているのだ。
「追加ボイスがほしいってことかな?」
「追加ボイスって……まさか、声を出すことまで」
「課金です」と、終始、壁を向きっぱなしの彼女がいう。「行為中は、無言で黙ったまま反応しない状態、いわゆる〝マグロ女〟がデフォになってるんだ。『あっ、あっ♥』とかやってあげるのは有料。――でも、私が勝手に気持ちよくなって口から自然に漏れちゃった声は、ノーカンだから安心していいよ、ご主人様」
何気なく言い放たれた後半の言葉が、俺の自尊心をざっくりえぐった。
遠回しに、ぜんぜん気持ちよくない、と言われたようなものなのだから……。
「追加ボイスなんか、必要ない」
若干ムッとして答えた俺は、上体をやや低く落とし、本腰を入れる。
鳴かぬなら、鳴かせてみせよう、マグロガール!
海老反りになって、乱れ打った。
「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!」
パンパンパンパンパンパンパンパンッ!
パンパンパンパンッ!
パンパンパンッ!
パン、パンパンパンッ!
パンパン、パン、パンッ!
パン……パンパン……パンッ!
パン……パン……パン……。
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
と、喘いだのは俺だ。
彼女はどれだけ餅つきにされようと、うんともすんとも口に出さなかった。体勢だって崩さない。俺の棒が何度も上向きに突き上げ、亀さんの頭で内臓をいくら持ち上げてやっても、鼻すら鳴らさず、壁際に押し当てられた体はすぐに元の位置まで返ってくる。激しく音を立てるのはレッグアーマーにぶつかる腰に吊られた剣の鞘くらいなもので、乱れたのは肩まで伸びた髪の毛だけ。
声を我慢しているわけではないというのは、嘘ではないのだろう。壁に当てられてある手のひらは、堪えるように握りしめる素振りもなく、ずっと軽く開かれたままだった。彼女はその片手を離すと、頬にまとわりついていた乱れ髪を、すすしげに払う。
「突かれているのは私だけど、疲れちゃったのはご主人様だね」
……ぜったいコケにしてるだろう。
けど実際、言い返す気力もなくなるまでに疲れちゃったのは事実なので、彼女の中から慎重にイチモツを撤退させ、荒くなった呼吸を整えた。高速摩擦により、半透明の青いスラドーム越しでも、真っ赤になっていると判別できるくらい、亀さんは充血の度合いを強めている。ヒクンっ、ヒクンっ、と首を上げ下げして悶え、危うく白い吐瀉物を溢れ出させてしまうところでもあった。
空気冷却中の亀さんから視線を上げた俺は、ふと疑問に思う。
「君は、どうして壁を向いたままになんだ?」彼女は行為に及んでから、一度もこちらを見返っていない。「もしかして、気持ちいいって感情が、顔には出ちゃってるんじゃない? こっちを見ないのは恥ずかしくて――」
「違うよぉ~。見返り動作が、ジェスチャー課金になってるってだーけ。立ってシているときにね、『後ろを向いてくれない?』って要望が意外と多くてさ。だから課金にしちゃったんだ」
「……たかだか後ろを見るくらいで」
「たかだかでも、有料は有料」
「振り向くだけで金を取るってことなら、『君から動いて』なんてのも」
「そう。私の自発性をともなう行動は、ぜんぶ課金だね。基本プレイでは、気持ちのいい穴を貸してあげるだけってスタンス」
「それにしたって、あれも課金、これも課金じゃ、いちいち水をさされた感じになって、おちおち楽しんでいられないんだ。1万って話が、もう4万だよ、4万コバーン。もうちっとはサービスしてくれてもいいだろうに……。ひどいよなぁ」
俺のボヤキが癪に障ったのだろうか。
彼女が「……ひどい?」と、つぶやき、顎を回して、こちらを見返りそうになった。もう少しで表情が拝めそうだったが、「おっと、危ない危ない」と、壁とにらめっこする位置まで振り戻してしまう。
「なんども言うけど、奉仕してあげてるんじゃないの。需要と供給、行為と対価のれっきとした商い」
「わかってるよ。俺は高い金を払って、君を買ってあげてる顧客なんだ。だからそれに見合った接待をして当然だろうってこと」
「しょうがないご主人様だな~。わかったよ。じゃあ、特別に、特殊ボイスと特殊動作をサービスしてあげる」
コホンコホンと咳払いをして声の調子を整えた彼女は、青髪をなびかせて、俺を振り返った。はらりと舞い下がった前髪の隙間から覗いた左目は、これまで見せたことのない眼光を放っている。あざけるように歪んだ口から、トーンを落とした低い声が、ろうろうと流れ出てきた。
「たった4万で調子のんなよ、クソ野郎。金出したくないんならさっさと黙ってケツ振ってイケよ、バーカ。つーか、ほんと気持ちよくないからな、下手くそ」
いいね、その生意気な口の利き方と顔つき。
嫌嫌感が出てきて、犯し甲斐がある。
もっと乱暴されている雰囲気を醸し出してもらおう。
股間にギューンッと来た俺は、休憩させていたイチモツを、ねじ込んだ。肩アーマーを両手でつかみ、彼女の上体を起こして引き寄せつつ、腰を突き上げる。弓なりにたわんだ背中を包むプレートメイルが近づいて、俺はそれに手をかけ、強引に剥ぎ取った。でも『強引に』とはいえ、破壊しない範囲で、だ。一度目の失敗から学び、今度は興奮していても判断を誤らない。
剥ぎ取ったプレートメイルの下には、体正面で紐留めされてあるブラウスのような黒い服が着込まれてあった。彼女の体正面に手を回した俺は、引きちぎれないことをもどかしく思いながらも、その紐の一つ一つをゆるめていき、左右にはだけて紺色の胸を露出させる。そして胸衣は取り除くのではなく、カップの谷間を真下からつかんで、ズラしさげた。
つるんと皮がむけた果実のように、おっぱいが飛び出す。
……と、平常の声音に戻った彼女が、横槍を入れてきた。
「7千コバーンの課金、ありがとうございましたー♥」
「いい加減にしろよ。『ありがとうございましたー』ってなんで過去形になってるんだよ!」
「〝立ちバック〟から〝上体起こし立ちバック〟への体位変更課金で、まず4千コバーンね。それから、胸部露出課金で、3千コバーンという内訳です」
「ただ体を引き寄せただけで4千コバーン? 5千コバーンを払って着せていた服だぞ。取り払ったら今度は3千コバーン?」と、俺が密着させた背後から彼女の顔を覗き込めば、「ちっとも学習しないご主人様のために忠告してあげるね」と、彼女が流し目にしてこちらを見てくる。
「私を引き寄せている今の体勢からまた〝立ちバック〟に戻せば、3千コバーンの課金になるから。おっぱいも触ったり掴んだりすれば課金になるよ。これ以上不本意な課金を避けたいならさ、行動に移す前にいちいち訊いたほうが賢明だよ。それが嫌なら、はやくイッちゃうのが、お財布のためだって」
ブチッ!
と、堪忍袋の緒が切れた。
○
是が非でも痛い目をみせてもらわなければ気がすまない。
彼女の上体を引き起こして背後から密着したまま、俺は激しく腰を振った。押さえる物を失ったおっぱいが、二つ並んだ振り子のように連動して揺れ動く。その曝け出しになっている右乳を、むんずと握りしめた。指と指の間から、柔肌が山のように盛り上がるほど強く力を加える。
「はい、乳房責め課金、2千500コバーンになりまーす♪」
痛がる顔色一つ浮かべず平然とそんなことを口走るので、はずんで踊る左乳も立て続けに捕獲し、これでもか!、と桃色の突起をひねり上げる。
「さらに、乳首責め課金、3千コバーンでーす♪」
「……なに笑ってるんだよ。すこしは痛がれよ、さっきみたいに嫌そうにしろよ! むりやり犯してるって設定なんだぞ!」
「ご主人様が勝手にそう思ってヤッてるだけでしょ。さっきのはサービス。またやってほしいなら挑発ボイスに課金してね。それと、ムードを高める演出が必要ってことなら、表情を苦悶フェイスへ変更する千コバーンと、苦痛ボイス追加の2千コバーンの課金をオススメします。――要る?」
「要らねぇーって言ってんだよ!」
これじゃまるで、俺のほうが蹂躙されているみたいだ……。
コンチクショー!
と、彼女の両肩を押し下げると同時に膝カックンを食らわせ、床にひれ伏せさせた。「ちょっと、いきなりなにするのー」といって、四つん這いの体勢から立ち上がろうとする腰を踏みつける。
「おいおい立つなよ、〝後背位〟にチェンジするんだから」
「それならそうと先に言ってよねー。後背位は2千600コバーンだよ。あと、踏みつけ課金代として800コバーンもいただきます♥」
「……好きにしろよ」
膝立ちなった俺は、彼女の尻を再び覆ってしまっている鋼の腰当てをめくりあげて、ほくそ笑む。本来挿れるべき穴から垂れている透明な粘液を、亀さんの頭に塗り絡めると、本来挿れるべきではない穴へ、ねじくり込んだ。
「イッ!?」
不意を突かれた彼女から、初めて呻きらしい呻き声が出た。閉門させようとして筋肉が一気に収縮し、棒の根元付近に痛いくらいの圧力が集中する。前方に逃れようとする彼女の腰をつかまえ、挿し込んだまま後ろへ引きずりさげ、上から覆いかぶさるようにして制圧した。
後頭部の青髪を鷲掴みにして床に押しつけ、
「ん? なんか感触がかわったなぁ。あっ、ごめん。入れる穴を間違えたんだ」
おどけたことを言って反応をうかがう。
「え~と、体位を〝猫伸びバック〟に変更で3千250コバーン。髪の毛ひっぱりで4千コバーン。で、肛門性交代が、3万コバーン、ってことなんだけどぉ――あのねえ、ご主人様? 穴交換するときは前もって言うのがマナーだよ。ちょっと驚いちゃったじゃない。それと、一度お尻に入れたモノを、元の穴に戻すのはご法度だから。戻したいときには新しいスラドームを一枚千コバーンで買ってね♪」
「…………」
俺の尻から冷たい汗がすべり落ちたよ。
手で押さえつけられた状態で振り返ってきた彼女の横顔は、ケロッとしたものだったんだ。それでこれまでどおり淡々と課金額をつらつら並べ立ててくるものだから、ゾッとしたよ。こいつはバケモノかと思ったね。
呆気にとられて言葉を失っていると、地べたから見据える彼女が思考を汲み取っただように言ってくる。
「ご主人様は、私を怒らせたかったのかな? 入り口が、咲きたてホヤホヤの菊の花みたいに綺麗だったから、私が非売品にしてると思ったんじゃない? 挿れたら怒るとおもったんでしょう? けど残念、しっかりオプションに入ってました。3万コバーンで、挿れることができる穴なんだよ。高いって言うのは、もう無しね。特殊プレイになるし、一度使われると、便秘になって、液薬使って出したりしないといけなくなるいから、あとが面倒なの。――ち、な、み、に、お尻のほうも圧力調節できるから、ゆるかったら課金変更ができるよ?」
彼女がそう質問してきたときには、強張っていた入り口の門が弛緩し、剣を収めた鞘のように、俺のイチモツをすんなり受け入れていた。つよがりなどではないことがわかり、俺は俄然むしゃくしゃした。
「くそっ! クソっ! この糞っ!」
亀さんの脳天で、マジ物の糞を押し上げていく。
体と床で板挟みになっているおっぱいが乳ずりをくりかえし、その先では、顔を横向きにした彼女が床に頬ずりをくりかえしている。その笑っている表情が、憎らしかった。どうにかして歪めてやりたかった。
カチャカチャッ、カチャカチャッ
と、彼女の腰元で自己主張する物体に目を留め、
奥の手を思いつく。
○
……ショートソードで脅してやろう。
吊られているのは、真剣という話だった。引き抜いて、首元にかざしてやれば、魔物級に肝がすわっている女でも、動揺せずにはいられないだろう。ヘラヘラしている顔が、恐怖と憎悪にゆがむに違いない。減らず口を真一文字に結ぶか、それとも悪口雑言に変わるのか。いずれにしろ、余裕綽々で俺のことを見ているあの眼差しが、征服感を存分に味わわせてくれる目つきになってくれるはずだ。
……よし、今だ!
俺は剣の柄に向かって片手を差し伸ばす。
そして、
シャァァァン!
と、ショートソードを引き抜いたのは、彼女だった。
「……あれ?」
それは一瞬の出来事――。
俺の手が柄に到達する前に、床にあったキャシーの手が動き、柄を逆手持ちにつかむと、尻を浮かして猫が伸びをしている体勢のまま、目にもとまらない速さで剣身を引き抜き、続けざまの動作で、背後にくっついている俺の首筋に、切っ先をかざしてきたんだ。
自分の目で確認することはできないけれど、刃が軽く触れている薄皮から、つぅ~っ、と生暖かい雫が滑り落ちるのを感じた。
「真剣ってことが、わかったかな?、ご主人様~」
「どうして――」
「引き抜こうとしてることに気づいたかって?」
頷けないので、固唾を飲み、喉仏に頷かせる。
「目線の動きと、興奮して大きくなったモノで、すぐわかったよ。直結してるからね、ダイレクトで伝わってくるの」
「……で、でも、動きが尋常じゃなかった」
「腐っても剣士ですから」
そうだった……。彼女は娼婦まがいの添い寝屋に落ちぶれていたとしても、冒険者をやっていたモノホンの剣士。かれらの命と呼べる剣に手を伸ばせば、たとえバックアタックを食らわせている状況にあっても、こうなることくらい、わかりきったこと。
首筋から剣が離されると、俺はただちにイチモツを引き抜く。
飛び退いて土下座した。
「す、すみませんでした! つい出来心で……。ごめんなさい、もうしません! 後生ですから、命は取らないでください、剣士様!」
ツカツカと、レッグアーマーが床を踏む音が近づいてくる。
恐ろしくて顔を上げることができなかった。
ひれ伏している視線の先で、鈍く輝くブーツが立ち止まる。
「もう一回、言ってくれない?」
「す、すみませんでした!」
「そこじゃない」
「ごめんなさい、もう――」
「そこでもない」
「後生ですから、――」
「ち~が~う~」
俺の顎に剣の腹があてがわれ、くいっ、と強制的に顔を上げさせられた。
「一番最後の言葉をもう一回言って」
「……剣士様?」
「そう、それ!」
「け、剣士様!」
「あ~、なんて良い響き♪」と、彼女は手のひらで頬をささえ、「一度言われてみたかったんだよぉ~。冒険者やってたときには誰も『剣士様』なんて呼んでくれなくってさぁ~」至福そうに体を左右に揺り動かす。
俺の首元では、ショートソードの先端が右へ左へと動き、気が気ではなかったけれど、これでどうにか丸くおさまると思った。
「健士様! お願いがあります!」
「なぁ~にぃ~?」
「基本プレイの1万ポッキリにしてください!」
振られていた切っ先が、喉仏の手前で静止する。
「調子のんなって言っただろう、クソ野郎」
こちらを見下ろす眼光は、剣よりも鋭く、凍てつき、尖りに尖っていた。
……ああ、その目つきと口調の君を、犯してやりたい!
「今度私の剣を取ろうなんて血迷ったり、ふざけたことを抜かしやがったら、てめぇーのアソコが血を吹くからな?」
正座中でも勃ち上がっているイチモツに、剣の腹がピトリと当てられ、
「うっ」
俺は呻き、
ゲロゲロゲロッ!
亀さんはついに口から白い泡を盛大に吐き出してしまった……。
スラドームいっぱいに満ちていく光景を見届けながら、彼女がにこやかに言う。
「は~い、終了で~す♪」
○
基本プレイ 10000
(課金内訳)
呼名変更 100
あ~ん 300
堅パン口移し 600
混浴 300
背中流し 3000
棒流し 2000
腕流し 1000
脚流し 3000
聖なる放水鑑賞 3000
剣士コーデ 5000
剣の装備 2000
立ちバック 2500
衣装破壊 5000
スパンキング 500
圧力調節(二段階UP) 2000
上体起こし立ちバック 4000
胸部露出 3000
乳房責め 2500
乳首責め 3000
後背位 2600
踏みつけ 800
猫伸びバック 3250
髪の毛ひっぱり 4000
肛門性交 50000
合計 113450€
○
手渡された領収書は驚愕で法外だった。
「添い寝代、合計11万3千450コバーンになりまーす♪」
「……あのう」
「なんですか?、お兄さん」
ドレスアーマーの腰元でショートソードが握られ、刃がわずかに顔を出す。
彼女の剣の技量が確かなことは、溢れるほど身に滲みていた。
「……全額、支払います」
○
1万コバーンで心地よい夜を過ごせたはずが、朝を迎え、地獄を見た。
彼女は底無しの毒沼だ。
俺が突っ込んでしまったのは、
奈落に落ちる穴。
地獄に通じた産道。
俺が絞ってもらったのは――たんまり絞られたのは、金だった。
「ご利用ありがとうございましたー♥」
スズメが鳴く早朝の空の下へ、背嚢を背負った彼女が軽やかに出ていく。
玄関口で朝日を仰ぐ俺は、降り注ぐ光の眩しさに、涙した。
……もう見知らぬ少女が訪ねてきても、決してドアを開くまい。
清らかな日差しに誓いを立てていると、
「あっ、そうそう」
彼女が引き返してくる。
「お兄さんさぁ、SじゃなくてMなんじゃない?」
「……はやく消えてくれ」
「私、今からあそこで仮眠を取るから」と、指差したのは、斜向いにある宿屋だった。「起きるのは夕方ころかな。それからこの町で、もう一晩、添い寝の仕事をしようと思うんだよね」
「……そんなこと、俺にいう必要ないだろう?」
「今晩もいかが?」
「冗談じゃない!」
「そう? 10万を越えた大口顧客は、リピーター希望率が高いから、いちおう聞いてみたんだ」
「二度とごめんだ!」
「二度目は課金システムじゃなくて、6万コバーンぽっきりのコミコミ価格」
「……ずいぶんな商売だな」
「初回でお兄さんの趣向は把握できたから、二回目はあれこれ言われなくても上手に立ち回れると思うんだけどなぁ。模造刀を自前で用意してくれるなら、あのシーンからの続きだってしてあげられるし。なによりさ、私が町を出ちゃったらこれっきりになっちゃうんだよ、未練が残らない?」
「……未練?」
「お兄さんが最終的にイったのは、私のショートソードの腹上。ぷふっ」
「とっとと失せろ!」
「夕方まで考えといてね―、クソ野郎」
彼女は踵を返し、宿屋に消えていった。
「ああ……添い寝屋は恐ろしい……課金は恐ろしい……ほんとに恐ろしい」
俺は悩みながら玄関を閉じた。
先に向かうべきは、武器屋か、それとも、銀行か、と……。
(完)
¶関連記事¶
▼淫紋
[No.100] 【密着仕事人】踊り子のイズ
▼タダほど怖いものはない
[No.131] 【広告】来たれ十代! GoTo村トラベルキャンペーン!