[No.133] ぞくぞくとあぶり出されるアンチキメラ法の違反者
雑交体製造防止法――いわゆる〝アンチキメラ法〟とは、捕らえた魔物の掛け合わせ実験や、人間が自発的に魔物と生殖行為におよぶことを禁じた法律である。
異なる種族の魔物を掛け合わせる実験は、かつて、強力な使役獣を生み出すための軍事的意味合いから行われていた。しかし、ある時、使役可能範囲外の力を有する交配獣――現在では〝キメラ〟と呼称されている――が誕生してしまった背景があり、これを駆逐処分するために多大な犠牲を払うことになった結果、「想定を超えた思わぬ新種魔物を生み出す可能性がある」と学習し、今では民間・軍問わず、絶対禁忌とされている。(アンチキメラ法の『キメラ』とは、このときの交配獣が由来である)
人と魔物の生殖行為(魔姦)が禁じられているのは、無論、忌むべき混血児――〝亜人〟を生み出してしまうからである。ただし、魔物からの一方的な陵辱や、魅了状態における本心ではない性行為などがあることから、自発性を伴わないものは魔姦には当たらず、除外される。
また、人と一般動物の生殖行為(獣姦)は、〝亜獣〟を生む危険性があることから、同様に、アンチキメラ法によって固く禁じられている。
人と魔物の間の子は、人間ベースの外見であることから『人』の字を用いて『亜人』と呼ばれているが、人と一般動物の間の子は、逆に動物ベースの外見を持って誕生するので、『獣』の字をあてて、『亜獣』として、区別される。
亜獣の場合、その多くは出産後すぐ死に至るといわれ、外敵度は低いとされているが、まれに、人間の精蟲が交わってしまった雌牛から産み落とされる〝クダン〟のように、不気味な予言めいたことを残して、人々を戸惑わせる亜獣が存在する。ゆえに、やはり防止するのが望ましいということで、アンチキメラ法の適用内となっているのだ。
――新種魔物・亜人・亜獣の誕生阻止。
それが雑交体製造防止法(アンチキメラ法)の、目的とするところである。
○
亜人種の浄化殲滅が執行されている今月は、このアンチキメラ法の抵触者たちへの取り締まりも強化されており、そして、嘆かわしいことに、人類に反逆するような不埒者どもが、ぞくぞくとあぶり出されている。
「過去に学ばず自分から外敵を作り出そうとする馬鹿、
好き好んで魔物や獣と交わろうとする馬鹿、
そんな奴らがいるとでもいうのか?」
と、吐き気をもよおす購読者様もいることだろう。
だが実際に、そんな奴らが、一人や二人としてはなく、いるのである。
○
▼興行禁止の見世物〝人魔合わせ〟 旅芸座長らを逮捕
10日、《コスタデニア町》の自警団は、同町内の広場で開催されていた縁日において、設置した見世物小屋のなかで、〝人魔合わせ〟の興行を行っていたとして、旅芸一座の座長と、男女の座員二名を、雑交体製造防止法(アンチキメラ法)違反により、現行犯逮捕した。
人魔合わせとは、人間の男性ないし女性が、魔物と性行為におよぶさまを見世物にした演目である。この見世物小屋では、その両方が密やかに行われていた。三つの頭が生えた魔犬〝ケルベロス〟に若い女性を犯させたり、逆に、若い男性には〝ポグフィッシュ〟と呼ばれる豚頭魚体の魔物を犯させたりしていたようである。
旅芸一座のメンバーによる匿名の内部告発があり、客に紛れていた自警団員が不法行為をその目で確認し、座長の検挙に至った。関わっていた若い二名の男女も、無理強いされてやらされていたわけではなく、人魔合わせの要員として雇用されていた娼婦と男娼であることから、同時に拘束されている。
「見世物小屋に来るような連中は、このくらいやらないと満足しないんだよ」
座長はおおむね罪を認めているが、「スラドームを使って毎回避妊はしていたんだ。別にいいだろう」と反省の色をまったく見せていない。帝国軍に引き渡されたのちに極刑に処されることが濃厚である。若い男女らも、高額の報酬目当てで、違法であると承知したうえ、魔姦を行っていたとして、重い刑罰がくだされる見通しだ。
また、三頭魔犬〝ケルベロス〟は、そもそも使役自体が禁止されている珍種魔物である。そのため、座長には、特定禁止魔獣使役の罪にも問われることになり、ケルベロスの入手経路の取り調べも進められている。
▼梅毒の男 治療行為と称して家畜と接合
《ナーダム村》では、畜産業の男が、アンチキメラ法によって逮捕された。
出荷予定の日、食肉解体業者がヤギの引き取りのため畜舎に出向くと、その畜舎内で、飼い主の男がメスヤギと交わっていた。おぞましい光景を目の当たりにした解体業者は面くらい、一心不乱に腰を振る男に気づかれないうちに引き返す。そして自警団を伴って戻ってくると、引き連れた彼らとともにまた驚愕した。畜産業の男が、今度は、羽をばたつかせる雌鶏を地面に押さえつけ、犯していたのである。
「……お、おれは、なにも好き好んでこんなことをしているんじゃない。治療のためなんだ」
捕らえられた男は、女遊びが祟ったことによる梅毒患者だった。
「人でないモノと交われば治る、って、よく聞くだろう? ……だ、だから、おれは、しかたなく、ヤってただけなんだよ! 本意なもんか!」
言い訳を聞いた食肉解体業者と自警団員たちは、「なんだ、そういう訳なら、しかたない」……と納得するわけもなく、「アホかボケ」と一蹴した。
人でないモノと交わることで梅毒が治癒すると信じられていたのは、遠い遠い遥か昔の話。現代においては、まったく効果の得られない迷信ということが明らかになっており、周知の事実でもある。ブラックなジョークとして語られるだけで、信奉者などいない。もし、信じていると吹聴する者があれば、魔姦や獣姦を正当化しようとする常軌を逸した性的倒錯の者――魔獣性愛者だけである。
この畜産業の男は、壊死によって取れ落ちるよりも先に、イチモツが去勢切除される運びとなった。
ちなみに、梅毒治療の迷信には、『処女と交わったときの破瓜による血液で完治する』『精通を迎えたばかりの童貞の精蟲には効力がある』といったものも存在している。こちらは主に幼児性愛者の男女が自己弁護の際に使用するクソみたいな妄言である。
▼雄馬と日常的な情事 娘「〝彼〟と結婚しました」
《トゥオーノ郷》に住む中年農夫は、いつも決まって朝方に起きるはずが、なぜか夜更けに目が覚めてしまった。どうやら原因は、母屋に隣接した馬小屋にいる雄の農耕馬にあるらしい。農夫の枕元には、ヒヒン、ヒヒンと、いななく声が届いていたのである。
「……もしや、魔物か妖精が出たか!?」
大切な馬に悪さを働かれていると思った中年農夫は、すぐさま寝床から跳ね起きた。乱れた寝間着姿のまま、壁に立て置かれていた薪割り斧をふん掴まえ、玄関から飛び出す。そこでいったん焦る気持ちを抑えて歩調をゆるめ、あらためて気配をうかがう。
暗い馬小屋の入り口からはやはり、雄馬の荒々しい息づかいが、断続的に伝わってきていた。興奮させるようなナニモノかが忍び込んでいると見て、間違いなさそうである。
中年農夫は斧の柄を両手でしっかりと握りなおした。じりじりと馬小屋まで進んでいき、「俺の馬に悪さしているやつはどいつだ!」と、大声で威嚇しながら飛び込む。しかし、農夫に向かって襲いかかってくるようなモノは居なかった。
「お、お父さん、なんでここに……!?」
と、馬小屋の暗がりから返ってきたのは、齢い16になったばかりの、一人娘の声なのである。母屋で寝ているはずの娘の声がしたことに、農夫は混乱した。
「お前こそ、こんな夜更けにどうして馬小屋にいる。一体何をやっているんだ、明かりもつけずに……」
暗闇であたりが判然とせず、ひとまず入り口そばに吊られたランプに火を灯そうとするが、小屋の奥からは「ダメ! 明るくしないで、あっち行ってよ!」と慌てた娘の声が響き、なにやら様子がおかしい。雄馬のいななきは、静まるどころか、むしろ興奮の度合いを強めている。地団駄を踏むような蹄の音も聞こえていた。
「あっ!……待って、今はだめなの。まだイかないで!」
「お前は今、あっち行け、と言ったじゃないか……」
「違う! お父さんは行っていいのっ!」
「何を言っているんだ……?」
「と、とにかくお父さんは今すぐ出て行っ――あああああああああっ!?」
突然、娘が絶叫した。
「おい、どうした!?」
言うがはやいか、農夫は居ても立っても居られず、ランプに手を伸ばしていた。すぐに生じた暖かみのある光によって、馬小屋の内部にようやく形が与えられていく。そして、眩しさから閉じていた瞼をひらいたところで、農夫は絶句した。握っていた斧が手元から滑り落ちる。この光景は現実か……と自らに問いかけた。
我が子が……娘が、雄馬と交わっていたのだ。栗毛色のでっぷりした腹の下、両手両足を地面につき、スカートをまくりあげた尻を浮かせ、後方から長々と伸びている黒光りしたイチモツを、受け入れているのである。
声を失っている農夫の唇がわなわなと震えた。顔を伏せる娘の太ももはカクカクと震える。萎えた雄馬の一部がズルリと抜け落ち、パシャパシャ言う音とともに白濁した水たまりが出来上がり、青臭い匂いが立ち込める。
農夫がやっとの思いで声をひねり出す。
「お前……自分が何をしているのか……わかっているのか?」
うつむいている娘は応えず、後ろ手にスカートを下げ、四つん這いを崩した格好でうずくまってしまった。体を突かれていた物理的行為の影響からか、それとも別な要因か、ハァハァと息を切らせ、丸めた身を小刻みに揺り動かしつづける。しばしの沈黙のあと、「なんとか言わないか!」と怒鳴られ、貧乏ゆすりのような動きをピタリと止めた。
娘は長い溜め息を吐き出すと、すっかり落ち着きを取り戻している雄馬の腹下から、のそのそ這い出してくる。白いしずくを伝わせる細足で立ち上がった彼女の顔は、どことなく吹っ切れたような顔つきだった。「お父さんはイヤラシイね」と蔑むような笑みで口にする。
「〝夫婦〟の営みを盗み見するなんて、イヤラシイよ」
「……夫婦?」
そうだよ、と頷いた娘が、おもむろに雄馬の頭を抱き寄せる。栗毛色をした面長の肌に、みずからの頬を愛おしげに擦りつけた。
「私と〝彼〟は、ケッコンしたんだから」
農夫の意識がスゥ~っと遠のく。娘の口から平然と言い放たれた『ケッコンしたんだから』という言葉が頭の中で轟々と反響する。……ケッコン……けっこん……結婚……。猛烈な頭痛と動悸に見舞われた農夫は、ふらつく体をどうにか踏ん張らせると、アル中のように震える手の指先を、雄馬に向けた。
「お前は……コイツと……この雄馬と……夫婦になった……そう言っているのか?」
「うん。結婚した」
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
瞬間、心打ち砕かれた農夫は、どうしようもない世界に絶望してしまった少年のように叫び、崩れ落ちた。到底許容できるわけのないショック。馬と結婚したとぬかす娘は、気が違ってしまったとしか思えない。なにがいけなかったのだろう。妻を早くに亡くし、男手一つで育てていたのが悪いのか。年頃となり、いずれどこの馬の骨とも知れないチクショーな男を連れてくるのだろうと思っていた。しかし、娘が生涯のパートナーに選んだのは、正真正銘の畜生で、馬なのである。
だれが馬畜生に娘をくれてやれるものか!
落としていた斧をつかみなおし、農夫が立ち上がった。
「……今すぐ、そこから離れなさい」
不穏な動きに血相を変えた娘が、雄馬の前に立ちはだかる。
「なにするつもり、お父さん!」
「そいつは……その馬野郎は、魔性のモノに違いない。お前は、妙な呪術をかけられて、『魅了』されてしまっているんだ。そいつを殺して正気に戻してやる!」
「やめて! 〝彼〟はただの馬よ! そして私はそのただの馬である〝彼〟を、私の意思で、純粋に愛しているの! この際だからカミングアウトするわ! 私は、人を恋愛対象として見ることができないなの! 人外でなければ愛せない! いいえ、馬じゃなければ愛せない! 私は魔獣性愛者なのよ!」
農夫は思った。
娘に掛けられている魅了魔法は強大だ。
はやくなんとかしなければ、と。
「正気に戻れぇぇええええっ!」
農夫は娘を片腕で払いのけ、雄馬の眉間に斧を力いっぱい叩き込んだ。
「いやああああああっ!?」
勢いよく振り下ろされた斧は、狙いどおりに額を捉えた。だが、致命傷になるにはまだ浅かったようで、雄馬は「ヒヒーンッ!?」といななくと、前足を空中で掻くようにして暴れた。首を振って食い込んでいた斧を飛ばし、正面にいた農夫も弾き飛ばしたあと、馬小屋の外へ駆け出して行ってしまう。
「どこに行くの〝あなた〟! 待って、私を置いて行かないで!」
引き止める間もなく、娘が夜闇の中に消えていく。
倒れていた農夫も、痛む体に鞭打って、一人と一匹のあと追った。
……馬にとどめを刺さなければならない。娘を連れ帰らなければならない。
ランプを手にした農夫が、斧を支えに足を引きずながら夜空の下を進んでいく。かわいい愛娘が魔獣性愛者のはずがない。馬が魔性のモノであることは、もう疑う余地がなかった。よくも娘をたぶらかしやがって! 万死に値する!、と、腸が煮えくり返るような激しい憎悪にかられていた。
足跡はすぐに掴むことができた。すすり泣く娘の声が聞こえてきて、それをたどって行き、ランプをかざすと、家からほど近い桑の木の下に、一人と一匹の姿があったのだ。闇夜のせいか、額への一撃のせいか、雄馬は桑の木があることに気づかないまま衝突したらしく、その根本に倒れて、のびていた。そして、気絶している馬の首を膝にのせ、娘が泣いていたのである。
「そこをどくんだ」
肩に斧をかついだ農夫がすごむと、娘は雄馬の頭をかばうようにして、首を振った。
「……お願い、〝彼〟を助けて。はやくお医者さんを――獣医さんを呼んで」
「いいからどけ!」
どかない!、と声を張らせ、涙目をこらした娘がキッと農夫を見据える。それから、自分の腹を撫でさすった。
「〝彼〟の赤ちゃんがここにいるの」
「……ッ!?」
「生まれてくる子には、〝父親〟が必要でしょ?」
娘が優しく微笑みかけると、農夫は斧を振りかぶった。
翌朝――。
新聞配達員によって、母屋の外壁に背をあずけるようにして座り込んでいた全身血まみれの農夫が発見された。新聞配達員が恐る恐る何があったのか尋ねると、虚脱状態の農夫が上記のストーリーを物語ったという。
全身の血は、娘を籠絡していた魔性の馬の首を、斧で刎ねたさいに浴びた返り血――という話だったが、それだけではなかった。
新聞配達員が桑の木まで行ってみると、そこには首を切断された馬の死骸と、腹を引き裂かれた娘の死体が転がっていた。さらに、娘の亡骸のそばには、腹から引き出されたと見られる胎児の死体もあった。ぐちゃぐちゃに切り刻まれていたが、人頭馬体の〝亜獣〟であることが判り、農夫の証言が事実である裏付けとなった。また、のちの死体調査により、雄馬は、ふつうの馬であることが判明している。
なんにせよ、農夫は、正義の執行人となり、人類種の血統保護に寄与したのである。ただ、我が子をその手にかけるという行為は、彼にとって大きな精神的負荷になったようである。
「……俺の娘は、馬の生首に乗って空へ旅立ってしまった」
と、自分の手で処刑を下したことを受け入れられず、そんな話を繰り返しているそうだ。
娘が愚かな魔獣性愛者だったことによる、悲しき親の顛末である。
¶関連記事¶
▼見世物小屋、アンチキメラ法
[No.111] 【読者の集い】見世物小屋は死んじまったのか?
▼亜人種の浄化殲滅
[No.122] オール・ユー・ニード・イズ・イマジン -人類存続の鍵をにぎる『亜人撲滅強化月間』が今年も始まる-
▼三頭魔犬〝ケルベロス〟の入手経路(?)
[No.57] 【広告】ぼくの犬をほしい人にあげる。