[No.129] 屋根にはためく死亡旗
〝死亡旗〟は、誰しもが恐れる死の予告である。死亡フラグや死亡フラッグとも言われ、ある朝突然、民家の屋根に立ってはためく。この死亡旗が立つと、三日以内に、その家に暮らしている誰かに死が訪れるのだ。白い旗なら男性が、赤い旗なら女性が、屋根に立てられた旗の数だけ、死ぬ。そして、その人物の絶命とともに旗は跡形もなく消え去ってしまうのである。
死亡旗の正体はいまだ多くの謎に包まれている。黒いローブを羽織るガイコツ姿の魔物が立てに来る、いや、背中から翼の生えた人型妖精の仕業だ、などと様々な話があるが、どれも憶測に過ぎず。旗が立てられる瞬間を目撃した明確な証言が無いことから、紅白の旗それ自体が本体という可能性も考えられる。
なんにせよ、死亡旗がひとたび屋根にひるがえれば、住人の誰かの死は不可避。このことから、直近の未来において避けがたい悲劇的な事象が待ち構えている場合などには、「死亡旗が立つ」「死亡フラグが立った」という表現がもちいられるようになったほどである。
精霊などには差し迫った死期を教えに来てくれるものが在り、この死亡旗も〝死のお告げ〟の一種だと言われているが、かなり厄介な部類にあたる。
特定の人物に対してピンポイントで宣告されるものではなく、旗が立った家に住む誰かが死ぬという、アバウトでランダム性のある範囲指定のため、時として一家が混乱におちいり、家族内殺人を生じさせるデスゲーム発生装置となって、後味の悪い結末を迎えるケースが見られるのだ。
○
とある家に死亡旗が立った。その家に暮らしていたのは三人の兄弟で、屋根にひるがえっていたのは白い死亡旗が二本。つまり、三日以内に、三人のうちの二人が死亡してしまうという予告である。
……いったい誰に死が訪れるというのだろう?
三兄弟は戸惑った。病気を患っている者がいたなら、その人物に対する予告なのだと見当がつき、気持ちの整理の付けようもあるが、三人とも健康体だったのである。三日以内にコロッと死んでしまうような者は、ひとりとして居ない。まるで検討がつかない。それなのに、二人も死んでしまうと予告されたのだ。
……まさか、兄弟の誰かが自分のことを殺そうとしているのでは?
互いに疑心暗鬼となった三兄弟は、戦々恐々としながら過ごした。不慮の事故死を恐れて家の外に出るものはいなかった。毒殺を恐れて食事も摂らず、仲の良かった三人は、互いが互いを恐れて、それぞれの部屋に引きこもってしまった。
そうして一日二日と、時が流れ、期限の三日目が過ぎた。
屋根でたなびいていた二本の死亡旗は、四日目の朝には消えていた。
家の中から出てきたのは、長男だった。全身は血に染まっており、その手には鮮血をしたたらせる斧が握られてあった。彼は自分の死を回避すべく、非業なる決断をくだして行動に移したのである。次男と三男を襲い、その手に掛けたのだ……。
○
この話は、半世紀ほど前に《トゥオーノ郷》で起こった実際の家族内殺人事件である。「死亡旗によって誘発された止むを得ない自衛手段」として、長男は罪に問われることおはなかった。しかし彼は、のちに精神を病んでしまい、殺めてしまった二人の後を追うように自ら首を吊り、命を絶っている。
¶関連記事¶
▼死期を告げにくる精霊
[No.27] 【お悩み相談】泣いている少女