[No.128] 牙をむく公園の砂場 男児と自警団員の2名が行方不明に
7日午後三時ごろ、《サムロストロ町》の公園で「5才の男児が砂場に飲み込まれて生き埋めになっている」と自警団に通報が入った。男の子と一緒に遊んでいた友達が驚いて逃げ帰り、話を聞いた親たちが、砂場に飲まれたという状況から、魔物が地中に潜んでいるに違いないと判断して、自警団に知らせたのである。
一報を受けた自警団員たちは、ただちに現場の公園へ急行した。問題の砂場は中央付近にあった。木の枠で四角く縁取られた領域に、サラサラとした黄色い砂が砂漠の丘のように盛り上がっている。砂場遊びに使っていた小さなシャベルやバケツが放置されているだけで、男の子の姿は確認できない。
魔物が砂場の地面下に潜んでいると推測されることから、自警団員たちは四方を取り囲むようにし、用心しながら近づいて行く。
「デレクくん、どこだ!? なにか合図を送れるか!?」
男の子の名前を呼びながら砂場からの反応をうかがうと、呼びかけに応じたように砂山の中から地表へ、にょきっ、と小さな腕が一本出てきた。ぼくはここにいるよ、と合図をするかのように、弱々しいながらも手が左右にふられる。
「今助けるぞ!」と若い自警団員のひとりが先走って駆け出した。「おい、ちょっと待て!」と初老団員が自重をうながしたが聞き届けられず、若い団員は砂場へ立ち入って、小さな手をつかんだ。
その瞬間、パスンっと弾けたように崩壊した。
若い団員は、……え?、という表情を浮かべ、自身の手のひらからサラサラとこぼれ落ちていく粒子を見つめる。小さな手をかたどっていたのは、砂だったのだ。
「そこからすぐ離れろ! 砂場全体が魔物なんだ!」
正体に気づいた初老団員が叫んだときには、手遅れだった。
何本もの砂の腕が地表に突き出てきて、若い団員の体にすがりついていた。
「なんだこいつら!? 助けてくれ!」
剣をふるって払い退けようとするも、砂で出来た腕をただ素通りするだけで、手応えがない。剣の腹を使って打ち砕いても、すぐに形を取り戻し、逃げようとする足をつかんで離さないのだ。
公園に巣くっていたいたのは、〝デザートハンド〟と呼ばれている厄介な魔物だった。生息域は砂漠で。その砂に擬態し、通りかかった人畜を地中に引きずり込む習性がある。砂状型の体はあらゆる物理攻撃を無効化してしまい、完全な討伐の手段は無いとされ。氷系魔法で凍らせて身動きを取れなくしているうちに脱する、という、逃げ伸びる手段しか知られていない。
今回対処にあたった自警団には、氷系魔法を使用できる者が、誰もいなかった。
デザートハンドに捕まってしまった若い団員が、無数の腕に取りつかれたまま地中に引き込まれていく。他の団員たちが砂場の縁から棒を使って救助をこころみたが、いくら差し伸ばしても、さきに砂の手が棒をつかんでしまい、逆に巻き込まれそうになるばかり。やがて険しい顔つきで成りゆきを見守る以外に、すべは無くなった。「助けて」と訴えていた口に砂が流れ込んでいき、頭の先まですっぽりと飲み込まれ、指先をもがかせる片手が最後に残り、その手も底なし沼に沈んでいくように隠れていき、若い自警団員の姿は完全に飲み込まれてしまった。
黄色い砂場(デザートハンド)自体も、すぐに地中へと潜って行ってしまい、四角い枠縁のなかには、ネズミ色をした本来の砂場の砂と、先に飲み込まれていた男児が使っていた砂場セットだけが残された。
その後、自警団たちの手によって、砂場が地中深くまで掘り起こされたが、飲み込まれた2名の姿を発見するには至らず、現在も行方不明になったままになっているということである。
かつて、公園の砂場用途として持ち込まれた砂漠土にデザートハンドが紛れ込んでいたため、同様の幼児飲み込み被害が起こっていた事例がある(現在では砂漠土の使用は禁じられている)。しかし今回の事件では、サムロストロ町の役人によると、砂漠土を搬入した事実は無いということである。
これを受け、帝国軍広報部が、「デザートハンドが砂漠から自発的に離れ、生息域を拡大。地中を移動して公園の砂場などに間借りし、幼児を狙っている恐れがある」として、砂場の砂がいつもと違っている、砂漠のように黄色くなっているといった場合には、決して近寄らず、最寄りの自警団や帝国軍施設まで知らせ届けるようにと注意喚起をおこなっている。