[No.119] 【お悩み相談】精霊語の発音が難解だヨ!単身孤立
♂ チャア 13歳(リパーフート市・帝国召喚士志望の学生)
僕はリパーフート剣術魔法学園に通学している学生です。召喚士志望なので、召喚科を選好しているのですが……このごろ授業について行けなくなってきて悩んでいます。
座学は大丈夫なのです。一般教養のテストでは及第点を維持できているし、専門分野となる精霊の知識にいたってはバッチリ。学級で一二を争う座につき続けられています。
問題になっているのは、実技分野。
精霊の召喚に失敗してしまうのです……。
すべての召喚がうまくいかないわけではありません。人間の言葉を使用した通常の召喚――いわゆる『人語召喚』ならば大丈夫。今のところすべての召喚試験をパスしています。苦手としているのは、略式として主に使用され、精霊たちの言葉を使わなければならなくなる『精霊語召喚』のほう。
かいつまんで言うと、僕は精霊語の発音が壊滅的なまでになっていないのです。
どれだけ知識を蓄えることができたとしても、肝心の呼び出しができなければ、召喚士としては二流三流止まり。「略式が使えなくたっていいじゃないか」と言われることがあるのですが、僕の夢は国家資格となる『帝国召喚士』です。登竜門をくぐるには、精霊語召喚が絶対必須。半端者でとどまっておくわけにはいかない……のですが、どうしても発音がうまくいかない。
「単語力や文法は完璧なのに、どうして発音になるとああなっちゃうかな……」
と、クラスメイトから指摘されるとおり、精霊語の筆記に限っては、優秀な成績を収めることができていると自負しています。精霊語の略式にしたとしも詠唱が長文化してしまうことがあるのですが、それを紙面に書き起こすときには、一言一句間違えることはないのです。でも、いざ発音するとなると、皆目うまくいかなくなってしまう。
具体例をあげれば、以下のような感じです。
精霊語での初級ちゅうの初級呪文に、『ディス・イズ・ア・ペン』という短詠唱を用いるものがあります。これは〝ア・ライチュー〟と呼ばれる精霊を召喚するための一文なのですが、僕がこれを発音すると、
「ズィスィザァペェンヌ」
という風になってしまっているらしいのです。
自覚はなく、僕は文面どおりに発声しているつもりなのですが、かなりズレてしまっているようで、ブホッと吹き出してしまう級友までいます。もちろん精霊が顕現してくれることはありません。
精霊語召喚担当のケーン先生から「ダメだな、つぃみは」という落胆の言葉をちょうだいするたび、僕は恥ずかしい気持ちと至らなさから赤面してしまいます。
「つぃみのはねぇ、早口で、単語同士がくっついちゃって、形がグチャグチャっと崩れてる感じなんだな。呪文が変わっちゃってるの。口の中で音がくぐもっているのもよくない。ひとつひとつを、くっきり、はっきりと発音しなきゃだめ。ズィスィザァペェンヌじゃ精霊に伝わらないよ? チューさんは来てくれないの。わかる? ほれ、もう一回やってみろ。ディス・イズ・ア・ペン」
「デ……ディ…………ズィスィザァペェンヌっ!」
「違うんだよ! 『ズィ』じゃないくて『ディ』! 頭から変わってるだろぉ!? そんだけ訛っちまうと精霊が聞き取れねぇっつってんだよ。最後の『ヌっ』みたいなのもどうして付けちゃうのかね、つぃみは。『ン』で終わるの、『ヌっ』は余計! あんだすたんど? はい、もう一度!」
「ディ……ディィス……イィィズ……」
「いいねぇ。その調子だ」
「ア………………ペェンンンヌッ!」
「『ヌ』は要らねっつってんだろ、馬鹿! いくら気張ったって妖精は出てきてくれないのっ! うんこひねり出すつもりか、うぇえぇ? わんもあ・ぷりーず!」
「ズィスィザァペェェェンン、んヌっ!」
ブリッ!
「だめだこりゃ、次行ってみよう」
このような流れが今では当たり前と化し、クスクス笑いだった級友たちも、ケーン先生の「だめだこりゃ」が来る頃には、大爆笑に変わっています。僕はもう悔しいやら恥ずかしいやらでいたたまれなくなってしまいます。
僕は元来、精霊語の発音には不向きなようなのです。
精霊語の一部は、人間の言葉としてもかなり浸透していますよね。町にある店屋の看板でも多く見受けられるし、新聞記事の表題もすべて精霊語が使われていたこともあったじゃないですか。ゼロ能力者であっても、簡単な語文なら意味を理解できる。そればかりか、人語で『赤茄子』と言っていた野菜が、今では精霊語の『トマト』に置き換わってしまうほど市民権を獲得したものまであり。したがって、発音だって流暢にできてしまう人が大勢いる。
僕はこの『トマト』という精霊単語の発音さえままらなず、「トメェイトウ」となってしまうのです……。八百屋に行って「トメェイトウを一つください」と告げると、「はぁ?」という顔をされてしまいます。「赤茄子を一つ……」と言い換えても、また「はぁ?」と返され。しかたなく「あの赤くて丸い玉になっている野菜を……」と言って指差したところで、ようやく「ああ、トマトね。妙な言葉を使うなよ」と、今では人語名称のほうが通じにくくなっている具合。
ぶっちゃけ、私生活においても支障をきたしています。
「お前は一般人レベル以下だぞ……」
と、幼馴染からも、馬鹿にされているというよりはもう嘆かれているありさま。
このままでは帝国召喚士の夢が潰えてしまいます……。お願いです、僕を助けてください! どうすれば精霊語の発音が上達しますか!?
■■■ 回答 ■■■
チャアくんは、ひょっとすると、『アップル』を「アポー」と言ったり、『ラムネ』を「レモネード」、『ポテト』を「ポテイトウ」などと発音してしまう癖があるではないですか?
もしそうだとするならば〝精霊語発音障害〟の可能性が高いです。
これは精霊の言葉に由来する語句の発音が、生まれつき上手におこなえないという障害で。たとえ真性魔法能力者であっても、この負の特性を生まれ持ってきてしまうことがあるのです。
精霊語召喚(略式召喚)が必須課題となる帝国召喚士を志すとなると、致命的になってしまいますね……。精霊語でしか呼びかけに応じない偏屈な精霊も存在することですし、発音上達を切願するその気持ち、わかります。
ご安心あれ、改善する手立ては存在していますよ!
〝精会話講座〟に通えばいいのです!
精会話講座とは、精霊語の上達や理解を目的として設けられている塾。
「より滑らかに喋れるようになって召喚失敗を減らしたい!」という学生や現役召喚士にとどまらず、「ゼロ能力者だけど精霊語に興味がある!」といった趣味レベルの人々まで通っています。
学校の場合、召喚科も帰属している魔法系学科には、ゼロ能力者の入学が認められていませんよね。ですが塾では「真性魔法を使える能力がなくても知識だけでもいいから学びたい」という要望を受け入れる形になっており、お金さえあれば来る者を拒まず、万人を歓迎しています。
売りにしているのは、講師が人間ではなく、専属契約を結んだ『精霊』であるという点。その精霊たちがマン・ツー・スピリットで個別指導をしてくれる。
とはいえ、姿を見せることを好まない精霊が多いため、人を依り代にした通信講座となる場合が多いのですが。同じ人間の口を中継して発してくれるぶん、かえって唇の動きなどがわかり、好都合ですよね? もちろん発音はネイティブですから上達が早い早い。精霊語発音障害が既知となっている現在では、矯正に対応した塾もちゃんとあるのです。
障害は努力で乗り越えられる! だいじょぶだぁ~!
お住まいのリパーフート市内にも、精会話講座がいくつかあるようなので、チャアくんが自分に合った塾を探してみると良いと思います。
「トメェイトウ」ではなく「トマト」と、まずはそこからしっかり鮮明に発音できるようになることを、そして精霊語発音をマスターし、ゆくゆくは帝国召喚士の国家資格を手にする日が来ることを祈っております。グッド・ラック!
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