[No.117] 【童話】デュラハンちゃん スパンク・スルー
むかしむかし、あるところにお金持ちのお屋敷がありました。広いお屋敷に暮らしていたのは青白い顔をした使用人たちと、見目麗しい未亡人の発狂した美奥様、それから〝デュラハン〟という名前の、生まれつき頭の無い7歳の女の子でした。
お屋敷の周辺を元気いっぱいに駆け回る自由生活をしていたデュラハンちゃは、森に住む全裸妖精〝ヒッピー〟たちから、学校に行っていないの馬鹿にされたことが発端で、町にある剣術学校の初等クラスに入学。その際には学校側と一悶着ありましたが、美奥様の性心性意の働きかけで万事解決。現在は、行商人から強奪した馬車で、使用人の〝グール〟たちに送迎されて、毎日休まず通っています。
入学直後、はじめて目にする頭部完全欠損のデュラハンちゃんのことを、クラスメイトをはじめ担任の男性教諭までが大層怖がってしまい、授業どころではありませんでしたが。
それも一週間もたてば、ガラリと様変わり。
「デュラハンちゃん、おっはよー!」
叫ぶか白目をむくかしなかったクラスメイトたちが、こぞって、彼女のことを笑顔で迎えるようになっていたのです。席についたデュラハンちゃんのまわりには、自然と集まってきた男子や女子で円陣ができるほど。入学初日の阿鼻叫喚ぶりが大嘘だったかのように、デュラハンちゃんは学級の人気者になっていました。
クラスメイトたちの態度があらたまったのは、模造剣を使用した実技授業中の出来事がきっかけでした。
○
「先生、俺とソイツとで試合をさせてよ! レベルを知っておきたいんだ!」
実技授業開始そうそうに名乗り出たのは、クラスで一番の剣の腕前を誇っていたアベルくん(8)です。クラスメイトたちも彼の提案に大賛成しました。なぜならば、デュラハンちゃんの技量をはかることを名目にして、ちゃっかり討伐してやろう、とみんなで秘密裏に決めていたのです。
美奥様とのマンツーマンでの話し合いのすえ入学二日目から態度が百八十度改まっていた先生は、「奥様からお預かりになった大事なお嬢様におケガでもさせたらどうするおつもりですか!」と試合を認めようとしませんでしたが、当のデュラハンちゃんが『いいよ、おもしろそう!((o(´∀`)o))ワクワク』とスケッチブックを用いた筆談で応じたので、「お嬢様のご希望とあらば。奥様からそうお言付かっておりますので」と、一転して試合が認められました。
腰に帯剣した両者が、武道館の中央で対峙し、一礼。
「レディー・ファイッ!」
先生が試合開始を宣言した直後、
スパァァァアアンッ!
と、武道館に大反響した斬撃音。
アベルくんは目を回して薙ぎ倒されていました。
剣を真一文字に抜き払った姿で立っているのは、デュラハンちゃんです。
「…………」
審判を務める先生も、体育座りで見守っていた児童たちも、目にも留まらない鮮やかすぎる瞬殺劇に、瞼をしばたたかせて唖然とするばかり。無駄のない電光石火でのワンチョップ・ワンキルの身のこなしは、まさに、彼女の名前が示すような伝説上の存在〝首なしの騎士〟を彷彿とさせるものでした。
静寂のなかデュラハンちゃんが、倒れているアベルくんの首筋に剣先をかざします。号令が掛からないので先生のほうへ体正面を向けると、「……そ、それまで! デュラハンちゃんの勝ち!」あわてて告げられました。
勝敗が決した途端、どっと沸いたのがクラスメイトたち。
「すげえ! デュラハンちゃん半端ないって!」
彼女の勝利を、拍手喝采で讃えたのです。剣士のたまごである彼らにとって、剣技能力こそが絶対の正義。人間離れしたバケモノ級のスゴ技をまざまざと見せつけられたなら、認めずにはいられません。圧勝しても一言たりと物を言わないあたりも格好良く、礼節をわきまえた騎士道精神の鑑のような存在に映ったのでした。
「アベルを一撃で倒すなんて、そんなんできひんやん普通!」
「こっそりスリ替えてた真剣――じゃなかった、模造剣を抜く暇さえ与えられずにアベルはのされてたもんなァ! デュラハンちゃんが真剣握ってたら真っ二つになってたぜ!? 棒立ちのボディめっちゃスラッシュしてたもん!」
「初等レベルじゃないって高等クラスに入れるよ!」
「ねぇ、どこで剣を覚えたの!? 誰かに教わってたんでしょ?」
わらわらと囲んでくる級友たちに、デュラハンちゃんが筆談で答えます。
『はじめてだよ(⌒▽⌒)エヘヘ』
「……はじめて?」
『剣をさわったのは今日がはじめてなの。楽しいね!☆(ゝω・)vキャピ』
「やばっ! 天才じゃーん!」
「おれサインもらっとこっ!」
○
――というわけで、この実技試合が契機となって、内に秘めたる剣術の才能を私TUEEEEとばかりに都合良く開花させたデュラハンちゃんは、一躍、憧憬を注がれる存在となり、サイン攻めにあう大スターダムにのし上がったのです。
「そういえばデュラハンちゃんは、頭が無いのに頭がすごくいいしな」
「おれなんて脳味噌が十分足りててもまだ足し算や引き算なんて出来ないよ!」
「掃除も黙って真面目にするし、給食を全分けてくれるし、いい子だよな!」
「ぼくらは頭が無いってことだけに頓着しすぎてたんだ!」
「体の一部がないだけで魔物っていうなら、隻腕のオレだって魔物だよ!」
クラスメイトたちはタガが外れたことにより、彼女の魅力につぎつぎと気づかされていったのでした。
難解な表音文字をさらさらとスケッチブックに書き、それが丸っこくて可愛らしい字体だったのも好印象。意志をわかりやすく伝えるために付け加えられてある顔文字のレトリックが巧みなこともあり、休み時間になると、「書き方を教えて!」と女子が集まってきます。
「いろんな色のペンを持ってるよねぇ、いいなー。どこで買ったの?」
『森に迷い込んできた行商人から盗ったの!ホカク(*≧∀≦)―C ○┼<』
「あははっ! デュラハンちゃんの冗談、おもしろーい!」
冒険者のような黒味を利かせた笑いのセンスが、また人気なのでした。
○
「なんかあの首なし女、ちょっとウザくない?」
「思った~。新入りのくせに生意気だよね~」
「だよねだよね。高そうな筆記用具をいつも見せびらかしちゃってさぁ」
人気者をうとむ無才能者はどこにでも居るもので。デュラハンちゃんがクラスのみんなと打ち解けたことを快く思わない、少女漫画のいじめっ子のような女子グループが出てきました。率いているのは、クラス担任を脅迫した罪により学校から追放されていた学級委員長の元取り巻き――ミスグリーンちゃん(7)です。
「委員長を退学に追い込んだ原因はあの首なしだよ! 絶対許せないっしょ!」
と、学級女子民の一部を扇動していたミスグリーンちゃん当人は、その実、委員長が居なくなったことにはせいせいしていました。ですわ口調の金持ちボンボンガールを地の底へ追いやって、いつか自分がクラスを従える頭になることを目論んでいたからです。それが今や、頭無しの新入りおばけが、学級のヘッドを担っているようなありさま。妬まずにはいられません。
しかし毛嫌いする一番の理由はべつにあります。ミスグリーンちゃんが密やかに好意を寄せていたアベルくんを試合で叩きのめしただけでなく、敗北を喫した彼が「俺を倒すなんて勇者級だぜ!」とデュラハンちゃんを受け入れ、慕い出してしまったことが何よりもショックで。想い人を略奪された惨めな気持ちになり、心の底から許しがたかったのです。
「今日の放課後、あの首なしを呼び出しな」
と、ミスグリーンちゃんはほくそ笑みました。
「おめぇーの席ねぇから!ってことをウチがわからしてやる」
○
『ご用ってなあに?(*´艸`*)マサカ告白』
なにも知らないデュラハンちゃんは、まんまとおびき出されてしまいました。
場所は陰気でひとけのない校舎裏。
呼びつけた女子たちは、大きな杜松の木にのぼって待ち構えており、学童背嚢を背負って現れたデュラハンちゃんを目にするなり、つぎつぎと飛び降りてきて、無言のうちに取り囲んでしまいます。そして不良のアイコンたる風船ガムをくちゃくちゃさせながら歩み出たのは、猿山の女大将――ミスグリーンちゃんでした。
「あんたさー、ウチらのクラスに来たばかりでずいぶん調子いいじゃんか」
『うん! あたしは生まれたときから元気百倍!ᕦ(ò_óˇ)ᕤ“モリモリ』
「体の調子訊いてんじゃねーし! 首なしのくせに生意気だって言ってんだよ!」
『首はあるよ? ないのは頭です( ^ω^ )ニコニコ』
舌を打ったミスグリーンちゃんが、デュラハンちゃんを小突きます。
「存在がウザいんだよ。明日から学校来るなし。みんな顔も見たく……チッ、みんなおめぇーの胴体なんて見たくないってさ」
そうだそうだ!と迎合する女子たちの声に、デュラハンちゃんはぐるりと見回すように体を左右に向けました。そうして身震いをしたあと、震える手でスケッチブックに何やら言葉をつらねはじめます。ミスグリーンちゃんは、こいつはビビってるぞ、と手応えを感じました。ですが、かざされた紙面を見て顔をしかめました。
『これが、いじめっていうやつだよね! あたし一度いじめられてみたかったの! ありがとう!(^^人)感謝感激♪』
「こいつ……なに書いてやがんだよ」
『〝ヒッピー〟たちが言ってたの、学校の醍醐味はいじめだって! ママもね、学校に行くなら一度くらいいじめられなきゃダメよ、って! でも、いじめてくれる人がちっともいないから困ってたの。やっといじめられちゃった!(☆▽☆)ウレシイ』
一文を読んだ女子たちが、後退りします。
「この子、物理的なだけじゃなく頭がぶっ飛んでる……」
「こ、こわがってんじゃねぇーっ!」
ミスグリーンちゃんは動揺しつつも、逃げ腰になった仲間を叱責すると、「そんだけいじめて欲しいなら本格仕様にしてやんよ」と、今度は尻もちを着くくらい思いっきり突き飛ばしました。
「あんたは一応〝女子〟ってことになってるけど、ほんとに女なわけ? タイツにスカートも穿いてちゃってるけどさ、ランドセルが黒じゃん? うちの学校じゃ黒は男子用って決まってるんだよ。ほんとはさー、オマタに付いてるモノがあるんじゃない? ――ねえ、みんな、確かめて見たくなーい?」
意地悪な目つきをするミスグリーンちゃんの問いかけに、女子たちは、意を汲んで、見たい見たーい!、とわざとらしくはしゃいで答えました。
「だってさ~。どうする?」
デュラハンちゃんが立ち上がる素振りをみせると、女子たちは瞬時に「逃げ出そうとしても無駄だからね!」と取り押さえようと動き出します。しかし、デュラハンちゃんにそんなつもりは毛頭ありませんでした。おのずからスカートのホックを外し、脱ぎ落としてしまったのです。そればかりか、160デニールの黒黒としているタイツまで自分で下げようとしてさえいるので、ミスグリーンちゃんが泡を食って制止に入りました。
「おまっ……なんで自分で脱ぎだしてんの!」
『だって、みんなは、あたしのオマタを見たいんでしょ?(・・∂) アレ?』
「違げぇーし! ウチらが見たいのはおめぇーの嫌がる姿なんだよ!」
『???……混(@_@)乱……???』
「だーかーらー、嬉々として脱ぎだされたらおかしくなるから! ウチが股間見たがってるただの変態になるじゃん? いじめがなんなのかわかってる?」
『ごめんさい。よくわかってないかも(・・*)ゞ ポリポリ』
「おめぇーが嫌がらなきゃ成立しないんだよ!」
『そうなの!? いじめられるって難しいね……(´・ω・`)ゞウーン じゃあ、一生懸命嫌がるからみんなで脱がしていいよ! 付いてるか確かめて!』
「まったくわかってないよね……。馬鹿にしてんの?」
『とっても真面目です!(๑•̀д•́๑)キリッ』
怒ったミスグリーンちゃんは、スケッチブックを奪い取りました。デュラハンちゃんがすぐに手を差し出して返却を求めてくるのを見るや、しめた!、と舌なめずり。スケッチブックを振りチラつかせながら、杜松の木のほうへ距離をとっていきます。追いかけていこうとしたデュラハンちゃんは、女子たちによって後ろから肩をつかまえられてしまいました。
「ウチにこのスケッチブック、ちょうだーい? いいよねー? ねえ、黙ってたらわかんないじゃん。なにか言いな。――あれれー? どうして何も言わないんだろう。頭にきてるのかな? なわけないよね、頭がないんだから。きゃはは!」
一方のデュラハンちゃんは、いじめの続きに入ってくれたことに、感激していました。スケッチブックなど腐るほど持っているのでどうでも良いのです。嫌がらなければいけないということなので、言われたとおりに実践して見せているだけでした。
「もらっていいよねー?」
デュラハンちゃんは反射的に、どうぞ!、と親指を上に立ててしまいましたが、すぐに、いけない!嫌がらなくちゃ!、と思って、親指を下に向け直しました。また、なっちゃいない!、と怒られるかとヒヤヒヤしましたが、
「どうやらコイツ、本気で嫌がってるらしいよー」
うまく誤魔化しきれました。
「このスケッチブックはもうウチのものだからさ、こんなことしても怒らないよねえ?」
興が乗ってきたミスグリーンちゃんは、スケッチブックをふたつに割き、地面に叩きつけ、足の裏で踏みにじります。
デュラハンちゃんは絶望したように膝から崩れて、首の先端を抱えました。もちろん、いじめを最後まで成立させるための演技です。中途半端で終わりにされたら、お屋敷に帰ったときに、使用人や美奥様に、今日初めていじめられちゃった!、と胸を張って報告できません。
「ねえねえ、もっと抵抗してみせなよ。つまんないじゃん」
どうやらただ嫌がっていればいいというわけでもないようでした。抵抗もしないといけないらしいのです。いじめという遊びは奥が深いな、とデュラハンちゃんは思いながら、どういう抵抗をしたら喜んでもらえるだろうかと考えます。
「ウチに向かって本気で殴りかかって来るくらいされないと、いじめてる気にもなんないんだけど」
つまり、そうして欲しいのだろうと合点したデュラハンちゃんは、アドバイスにしたがって実行しました。地面に崩れて落ちていた姿勢からクラウチングスタートを切り、杜松の木の幹に背中を預けていたミスグリーンちゃんが「……え?」と声を発するうちに、もう目の前に肉薄していました。そして――
スパコォォオオオンッ!
と、頭を真横からおもいっきり平手打ちにしてあげたのです。
○
その日の、夕方。
美奥様が使用人たちとお屋敷でハッスル行為に励んでいると、
「ただいまー!」
帰宅を告げる聞き知らぬ女の子の声が聞こえてきました。
美奥様が裸の身裸のまま出ていくと、玄関先に立っていたのは、やはり見知らぬ女の子です。
「あなたは……どなた?」
「何言ってるのママ。あたしだよ、デュラハン!」
「あら、デュラハンちゃんだったの!? 今、真っ黒な服装を見てわかったわ!」
「いけないっ、スカート穿き忘れて来ちゃった!」
「ところで、そのメスガキフェイスの頭はどうしたのかしら?」
「この頭はミスグリーンちゃんの頭で、勢いよく叩いたら取れちゃったから、もらって付けてみたの! そしたら喋れちゃった!」
「まあ、それは良かったわね!」
「聞いてママ! 今日この子にいじめられちゃったんだ!」
「それも良かったじゃない! でも話を聞かせてもらう前に、先にその子の胴体が今どうなってるのか教えてもらえないかしら?」
「まだ校舎裏の杜松の木のところに転がってあるよ。あたしは頭がなくても動けるけど、ミスグリーンちゃんは一度取り外すとダメみたい」
「そうなのぉ。じゃあ、今晩のおかずはシチューで決まりね!」
「やったー! 初めてご飯を食べれるんだ!」
○
むかしむかし、あるところにお金持ちのお屋敷がありました。広いお屋敷に暮らしていたのは青白い顔をした使用人たちと、見目麗しい未亡人の発狂した美奥様、それからこの日を境に、ミスグリーンちゃんの頭を挿げ付けた〝デュラハン〟という名前の7歳の女の子――と、なったそうな。
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