[No.114] 水槽内のガイコツオブジェ じつは本物の白骨死体
今月20日、《バウサァーム市》にある水族館で、展示用水槽の中にオブジェとして配置されていた骸骨の置物が、その水族館に一ヶ月前まで勤務していた元飼育員の女性・サマンザさん(23)の白骨化した遺体だったことがわかった。
魚介類の生体展示を見世物にする水族館が、まさかのヒトの死体展示――。
約一ヶ月もの間、同僚や入場客から本物の骨とは気づかれないまま、水槽のオブジェとして晒され続けていた亡骸――。
「あのガイコツ、本物だったの……!?」
「やけにリアルだとは思っていたけど、まさかねぇ……」
「飼育員が落ちて自分が餌になったんだ、とかフザケて言っていたけどさぁ……」
白骨遺体が展示されていた期間中に水族館を訪れていた人々は、驚きをあらわにした。
サマンザさんの遺体があったのは、『川に生息する人食い魚』と銘を打たれた大型水槽の内部。人を襲うこともある〝ピラニア〟や〝カンディル〟といった何種類もの肉食淡水魚が、数百匹の群れをなして遊泳している水槽である。
人食い魚がたむろする水槽に白骨死体が沈んでいて、どうして一ヶ月もの間、気づかれることがなかったのか……?
たとえば、白骨死体が、骨の一本一本がバラバラになっているのではなく、関節でしっかりと繋ぎ合わせられ、人型の外観を完全にとどめている骸骨模型の姿だったらどうだろう。その骸骨模型が、水槽のガラス越し真正面に堂々と置いてあり、入場客側に細糸で吊り上げられた白骨の腕を差し伸ばして、あからさまに助けを求めるようにしていたならどうだろう。あなたは「やばい、人が死んでる!?」と真に受けることがあるだろうか。さらにその水槽脇に、『川に潜む危険なお魚にご用心! この飼育員のお姉さんのように食べられちゃうかも!』などと、可愛らしげな字体で書かれたポップな説明板が立てられてあったら、それでも入場客は「やばい、人が死んでる!?」などと思うだろうか。ぜったいに思わないだろう。
サマンザさんの遺体は、実際に、この状況下で遺棄されていたのである。
バウサァーム市自警団は、水槽展示の発起人であり、サマンザさんの遺体を『骸骨模型』と偽って設置していた同僚の女性飼育員・タパサ(23)を、殺人ならびに死体遺棄の罪によって逮捕した。
肉食魚の死骸から出てきた指輪から事件発覚――。
この水族館では、飼育している魚が死ぬと網ですくって破棄しているが、問題の『川に生息する人食い魚』の水槽では、死んだ魚が骨になってから回収される。展示されている肉食魚には死肉をむさぼる種類のものがあるため、死骸の肉は彼らの餌となっているからだ。
その日の営業時間中、男性職員の一人が、骨になるまで食べつくされた死骸を片付けようとしていた(水槽の掃除なども一種のショートして行われている)。水槽の上から覗き込むと、食べ残しの骨の上に、きらきらとした光を反射させている小さい物があるのを見つけた。いっしょに回収してみると、それは銀色の指輪で、プレゼントとして送られた物だったのか、リングの内側には『愛しているよ』という意味合いのある文字列が刻印されてあった。
他の職員が水槽の中に落としてしまったものだろう。そう思った男性職員は、後でみんなに尋ねて回ることにしてズボンのポケットにしまっておくことにした。だが、入れそびれてしまい、カツンカツンと床を跳ねながら転がっていって、ポチャンっ、と、また水槽の中へ戻っていってしまった。
落ちた場所は、骸骨模型のオブジェが飾られているところの真上だった。そしてなんの因果か、ゆっくりと沈んでいった指輪が、助けを求めるように差し伸ばされてある白骨の指先に、すっぽりと嵌ったのである。
それを見た男性職員の脳裏に、約一ヶ月前の、ある出来事がよぎった。
「見て見て、彼からプレゼントしてもらっちゃった!」
と、嬉しそうに、指に嵌められてある銀色の指輪をみんなに見せびらかしていたサマンザさんの姿だ。彼女はその後、無断欠勤が続いたあげくに音信不通となり、やむを得ずに解雇されてしまっていた元同僚である。
同じような指輪をした人が大勢いるなかで、なぜサマンザさんを想起してしまったのかと、男性職員は自分でも不思議に思った。失踪したサマンザさんと入れ替わるようにして展示が始められていたのが、骸骨模型だった。なにかしらの因縁があると感じてしまったのだろうか。
男性職員は雑念を払って、ふたたび指輪を回収することにした……のだが、不気味な光景を目の当たりにすることになった。
指輪の嵌った骸骨模型の指が、徐々に徐々に動き出したのである。パーの形状に上向きに開かれていた五本指のうち、その人差し指だけが、お辞儀でもするように深々と倒れていく。まるで何かを指し示しそうとしているようだった。そして、折れ曲がって停止した白骨の指先の先にあったのは、ガラス越しの通路に立ち、入場客に魚の生態を説明して聞かせている女性職員・タパサだったのである。
タパサは、「お客さんにもっと楽しんでいただけるようなユニークな企画を」と骸骨模型の水槽内展示を企画した発起人だった。模型を用意したのも彼女で、学校で教育用に使われていた備品を譲り受けたという話である。
男性職員は、指輪とともに、骸骨模型の指の一本を水槽から拾い上げた。
後日、回収された骸骨模型の指は、「本物の人間の指骨」という医師による鑑定結果が下された。一方、銀色の指輪は、「自分が贈っていたものに間違いない」というサマンザさんの彼氏から、咽び泣きながらの証言を得ることになった。
「指輪だけどうしても見つからないと思ってたら、肉を処分するときに、いっしょに食べられてたのね」
タパサ罪人は、言い逃れのできない証拠があることから、あっさりと犯行を認めた。動機は、幸せをひけらかしにしていたサマンザさんが憎らしかったということである。殺意については否定しており、「階段から突き落としてちょっと骨折をさせてやろうと思ったら、打ちどころが悪かったらしくてそのまま死んじゃった」ということである。
「頭蓋骨にヒビが入っているのはそのせい。いい味出てるし。絶対にバレない死体の隠し場所だとと思ったんだけどな」
死肉を魚にあさらせ、残った骨を組み合わせ、内外の人々に水槽のオブジェと誤認させていた大胆不敵かつ恐ろしい事件は、リングと指の不思議な導きによって幕を閉じたのだった。