[No.108] 玄関に袋詰めの赤ちゃん コウノトリによる〝送りつけ被害〟
夜明けを迎えたばかりの時分だった。
アーオ! アーオ!
と聞こえてきた煩い声で、《オピドキッカ町》に暮らしている三十代の夫婦が目を覚ました。家のすぐ外から響いてくる声は、赤子の泣き声のように聞こえたが、近所に新生児はいない。夫婦の間にも、子供はなかった。
さかりのついた野良猫が鳴いているのだろうと思い、夫は無視を決め込んで寝直そうとした。しかし妻のほうは、どうにも気になる、胸騒ぎがする、といって寝床から起き上がり、声のする玄関へ歩いて行った。
母性の勘によるものか。妻の胸騒ぎは当たってしまう。
鳴き声を打ち消すほどの大声で「あなた、最悪よ!」と呼ばれた夫が、転がるようにして玄関まで行くと、振り返った妻の胸に抱えられていたのは、生まれて間もない人間の赤ちゃんだったのである。
髪の毛も生え揃っていないようなその赤ん坊は、白い布を結んでつくられただけの袋に入れられていた。結び目のところが外玄関のドアノブにかけられ、頭だけを出すようにして吊り下げられてあったという。その特徴的な状況を受け、夫が顔をしかめた。
「これが世にいう〝送りつけ子〟なのか……?」
夫妻が悩ましげな表情で見つめ合っていると、
カタカタカタカタッ
と、木の棒を高速で打ち合わせるような乾いた音がこだましてきた。
出どころは、夫妻の家の屋根だった。
てっぺんに居たのは、一羽の鳥である。白い翼の先端だけが黒くなっているさまは鶴に似ているが、そうではない。頭は白鳥のごとき白さ。風見鶏のようにスッと立っている長細の脚はピンク色。くちばしも同じピンク色で、長く突き出している。そして、地上にいる夫婦を嘲笑っているように、長いくちばしを高速で開け閉めさせ、カタカタカタッ、という音を打ち奏でているのだ。
「……やはりそうだ。あれは〝コウノトリ〟」
「今すぐ下りてらっしゃい! この赤ちゃんを親元に返してあげて! あたしたちは子供なんて要らないんだから!」
妻が訴えかけるも、コウノトリは知らぬ存ぜぬというふうに、広げた翼をくちばしで毛づくろい。ひとしきりそうしたあと、赤子を抱えて途方にくれる夫婦の手が届かない大空へと、無情にも飛び去ってしまったのである。
○
コウノトリによって、また一つ、不幸が運ばれてしまった……。
この魔鳥のたちの悪さは、説明せずともご存知だろう。「赤ちゃんはどこから来るの?」という幼児の問いかけに、「コウノトリが運んでくるのよ」という紋切り型の返しまで誕生してしまうほどの〝赤子攫い〟の代表格。
カラスに光り物をくすねる習性があるように、コウノトリには新生児をくすねる習性が備わっている。カラスのほうは、手に入れた光り物を自分の巣に持ち帰る収集型だが。コウノトリはというと、布で包みさらった赤子を巣には持ち帰らず、くちばしに咥えたまま、なぜか、よその人家までアトランダムに運んでいき、問答無用で玄関先に届けてしまうという、無作為性送りつけ型。
鳥類のなかには、産み落とした自分の卵を他の鳥の巣に運んで預けてしまい、世話を丸投げする『托卵』と呼ばれる習性を持つものがいる。コウノトリは、この変種である……と言いきるには斜め上以上に相当おかしなことになってしまっているが、人間の赤ちゃんの『宅配』を行うのである。
奪われる側も、送りつけられる側も、不幸にしかならない。
新生児のいる家で〝鷹匠(ファルコナー)〟が雇われるのは、このコウノトリによる赤子攫いを予防するためでもある。
また、万が一、我が子が行方知れずとなってしまったときに備え、生後一年を迎えるまでは、身元がすぐに特定できるような情報(住所や両親の名前など)を記載したタグを、赤ん坊の手首などに巻きつけておく場合もある。
今回宅配されてしまった赤子には、身元を示すものが何もなかった。
送りつけの被害にあったオピドキッカ町の夫婦は、実親探しを町内で試みたものの、割り出しは叶わなず。住所が町外ともなれば、自力での捜索と返送が困難なことから、自警団に相談。その後、正式に〝送りつけ子〟として国に救済の申し立てを行い。現在は、帝国軍立孤児院の保護下におかれているということだ。




