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[No.102] 【社説】婦女子の立ち小便は理にかなったものである

 先日、当新聞社宛に、(いか)れる紳士(以下、A氏と表記)から一通の投書があった。なんでも、無作法なる娘を目撃してしまい、そのあまりに教養の行き届いていない所業(しょぎょう)ぶりに仰天してしまい、羞恥(しゅうち)(いきどお)りを覚えて(ふで)()ったということである。


 その長々と(つづ)られた投書内容を要約すると次の通り――



          ○



 とある町に住んでいるA氏が散歩に出ていたところ、前方から歩いてきた少女に「すみません」と声をかけられた。年齢は十代半ばから後半ほどで、背嚢はいのうを背負った身なりなどから、町にやって来たばかりの旅人のようだ。


「近くにかわやはありますか?」と足をもじもじさせて()いてくる少女に、A氏は、「近場には無いから、そのへんの草むらで済ませなさい」と答えた。その少女は「わかりました」と頭を下げるなり、道端(みちばた)の草むらに入って行く。……が、すぐに立ち止まって、微動(びどう)だにしなくなった。


 なぜ立ち止まっているのだろう?、と気になったA氏が「どうしたのかね?」と声をかけてみれど、少女はこちらに背嚢(はいのう)の背中を向けたまま何も(こた)えない。変だと思ったA氏は、様子を確かめに近づいた。そして視界に飛び込んできた予想外の光景に、目玉を丸めに丸めてしまう。


 しゅぅぅぅシャァァアアアっ 


 と、少女はすでに、()けむりのような(かすみ)を立ち昇らせ、その真っ最中にあったのだ。上半身をややエビ反りにし、腰を突き出す格好で、そして、両足をガニ股で大地に立たせたまま、放尿しているのである。長丈(ながたけ)のスカートはすっかり()くり上げられ、腹のところで両腕に押さえつけられるようにして、その手元は両脇から股間部にあてがわれている。そうやって指を二本づつ使ってしっかりと開かれた出口から、男のような放物線を(まぎ)れもなく全力で描かせているのだ。


 A氏は顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。


婦女子(ふじょし)たる者、立って(よう)()すとは何事だ!?」


「なに見てるんですか、変態ですか!?」 


「無礼な! いいから、かがんでおやりなさい!」


 A氏は手にしていたステッキで彼女の足元を()くようにして示し、立ち小便をやらかしている少女にしゃがむように指図(さしず)した。しかし腰を落とそうとしないばかりか、トンチンカンなことを言って反発されたのである。


「私の村では男も女もみんな()(へだ)てなく、立ってするんですよ! 小さい頃からそうするようにしつけられているんです!」


「なにを(おろ)かなことを言っているんだ!?」


「うるっさいなあ、この変態オヤジ!」


 少女が不意に体を反転させ、放物線の狙いを地面に生えた野草からA氏に(さだ)めて来たため、ひっかけられそうになったA氏はたまらず「うひゃっ!?」と肝を冷やしてその場から逃げ去った――という話である。



          ○



 A氏の投書には、立ち小便をする女性のことを、とにかく無知無教養だと罵倒(ばとう)する文が連ねられていた。


 しかしあえて言おう、無知無教養なのはA氏である、と。


 帝国国内の村々においては、男女ともに起立状態(きりつじょうたい)で用を足すことが推奨されている。これは魔物による『卵産み付け被害』をできるかぎり避けるためである。


 都市や町とは異なり、排泄環境が満足に整っていない村では、野外で(いた)すことが、もっぱら普通。かがんだ姿勢では、地面との距離がたいへん近づくことになり、外界(がいかい)にひそむ〝母体委任型(ぼたいいにんがた)〟の魔物から狙われやすくなる。地中に(もぐ)っていたり、地を()うような魔物にとっては、交配(こうはい)にこれ以上ない体勢。「どうぞ産み付けてください」と尻を差し出しているようなもの。


 だから、可能なだけ距離を離しておくように立った状態で、という教えなのだ。


 起立状態のほうが、かがんだ状態の排便時に比べ、何倍も被害がすくないことは統計上の数字からも明らか。立っていれば、目の位置が高くなって視界がひらけ、外敵(がいてき)の接近にいちはやく気づくことができる。また、そくざに走り出せるという大きな利点があるのだ。このことから、女性冒険者や女性ハンターも、野営(やえい)時には立ち様式に切り替える人が少なくない。外界の過酷さを知る熟練者ほど、立っておこなう。


 ゆえに、立ち小便は、魔物対策として()にかなったものなのである。


 母体委任型の魔物が周辺に多く生息している《ベルブッリュ》という村の中心部には、〝小便小僧(しょうべんこぞう)〟と〝小便小娘(しょうべんこむすめ)〟と名付けられた二体の噴水銅像が背中合わせに設置されている。


 いずれも教育上の観点から、裸彫刻(らちょうこく)であり。小便小僧は、(ひざ)をやや屈伸させた直立で、自身の小さなホースを片手でつまんだ姿勢。小便小娘のほうもまた、立ち姿。ただしこちらは外股(そとまた)となり、自身の門戸(もんど)を両手の指でもって左右に開帳させている。そして両者、ホースと門口から、チョロチョロロンとした水を噴き出させている。


 この二体の小便銅像は、幼い子供に対して『排便時の模範姿勢』を徹底して伝えるために設けられてあるのだ。幼児の造形で、よく見えるようになっているのはそのため。たとえ親であっても、排便の所作(しょさ)について子に指南することは、はばかられるもの。とくにホースのついていない女児に対し、下半身を汚さないようにする方法を教えるのは一苦労(ひとくろう)。シーシーするならこういう具合にしやしゃんせ、と実践して見せるのも気が引ける……ということで、銅像には、無言の伝導師としての重要な役割が(たく)されているのである。


 ベルブッリュ村の人々は、まだ(シモ)の世話をされているときからこの銅像を眺めることにより、物心がついたころには自然と起立排泄法を習得しているのだ。


 A氏が目撃した旅人も、この村出身の少女だったのかもしれない。


 このような予備知識がもし頭にあったならば、町のなかで立ち小便をする女性を目にすることがあっても、「あれは魔物対策として小さい頃から身についているものなのだな」と推し量ることができる。男性の立ち小便と同様、見て見ぬ振りをして過ぎ去ればいい。それが紳士というものである。そこで『婦女子はかがんで用を足さなければならない』という決まりごとでもあるかのように、「立ち小便とは何事だ!」と身勝手な道徳観念で(しか)りつけようものなら、それはもはや、放尿をのぞき見するただの変態である。アホな放尿のぞき犯である。


 A氏のような不届きな変態紳士が現れたら、存分に言っておやりなさい。


「立って()れて何が悪い!」、と。

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