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[No.100] 【密着仕事人】踊り子のイズ

 〝(おど)()(ダンサー)〟とは、舞踊(ぶよう)演技などをおこなって生計を立てている人全般を指すが。その系統は実にさまざま。旅芸人の一座に所属して渡り歩く者、酒場をはじめとする飲食店に専属で(やと)われている者、祭りごとの振り付けを指導する者もいたり、時には精霊交渉の場に呼ばれたりすることだってある。


 人々の目を楽しませることを生業(なりわい)にしているため、踊り子には男女ともに、容姿端麗な若者である場合がほとんど。きらびやかで露出度の高い衣服を、しなやかで引き締まった体躯(たいく)にまとっている。そんな彼らが本領を発揮するのは、夜の社交場における扇情的(せんじょうてき)な舞踊ということもあり、踊り子の大半は、娼婦(しょうふ)男娼(だんしょう)()ねているか、元々そちらの家業に(たずさ)わっていた流れ者だ。


 しかし、本日ご紹介する女性ダンサーのイズさん(20)は、人に快楽を提供する一般的なイメージ像から掛け離れている。


 〝戦術舞踊家(せんじゅつぶようか)(タクティカル・ダンサー)〟と呼ばれる踊り子なのだ。


 頭に付く『戦術』という物騒な言葉が示すとおり、イズさんが舞いを披露(ひろう)するのは、魔物討伐においての戦場いくさばである。


 ――踊り子が討伐に出しゃばって何になる?

 ――戦力なんかにならないだろう……。

 ――戦闘後にねぎらいの舞いでも踊るのか?


 戦術舞踊家をご存知でない読者の皆様はそう想いになられるかもしれない。

 しかし見当違いである。

 彼女は最前線に立つのだ。


 ――まさかマジで剣を持って踊りながら戦うってのか?


 そういう人もいるかもしれない。しかし、剣を握って戦えば、それはもはや踊り子とは呼べず、たんに踊って戦う剣士にすぎない。


 イズさんはあくまでも踊り子である。

 最前線にあっても武器は手にしない。

 戦わずに、踊るのだ。


 ――意味がわからねぇな。

 ――ただ踊ってるだけなら、いい標的だろうが。

 ――どうぞ襲ってくださいと言ってるようなもんだ。


 そのとおり!


 戦術舞踊家タクティカル・ダンサーが担うのは、『おとり役』なのである。


 イズさんのような女性戦術舞踊家は、ゴブリン、オーク、オーガーなどの鬼種族が駆除対象になった場合、討伐隊(とうばつたい)に名を連ねることになる。陵辱(りょうじょく)の危険がきわめて高く、女性メンバーの参加が本来禁忌とされているところへ、率先(そっせん)して(おもむ)くのだ。そして、美貌(びぼう)を駆使した蠱惑的(こわくてき)な舞いにより、魔物を(さそ)い出し、おのが肉体に()きつけ、魅了(みりょう)状態にすることで、討伐隊の戦闘をサポートするのである。



          ○



 今回、「戦術舞踊家タクティカル・ダンサーがどのようなものなのかを広く知ってもらえれば」というご厚意により、密着取材の許可が降り、イズさんが参加したゴブリン討伐に帯同させていただくことができた。


「認知度が低くて困ってたからちょうど良かったよ。男だけの討伐隊と一緒に山に入ってると、山賊(さんぞく)に連れ去られてるところ、なんて勘違いされることがザラにあるんだから」


 取材班を歓迎してくれたイズさんは気さくな女性だった。


 踊り子という職業柄に加え、強淫(ごういん)系魔物のおとり役を務めるというだけあり、壮麗(そうれい)な顔立ち、肉づきは豊かである。灰色の髪の毛は長く、一本に(たば)ねられた後ろ髪の先端は腰もとまで下がっており、分けられている前髪も胸下まで伸びている。舞踊時ににひるがえらせ、美しさを強調するための髪型なのだそうだ。


 腰布と胸衣のみを身につけただけの大胆(だいたん)に露出されてある姿は、他の踊り子とも共通するが。特徴的なのは、素肌が小麦色(こむぎいろ)に焼けていること。その肌の色合いを見るだけで、白肌(しろはだ)が主流の踊り子界では異端だということがわかるだろう。


 さらに、イズさんたち戦術舞踊家は、出立(しゅったつ)前になると、褐色(かっしょく)の肌に装飾をほどこす。装飾といっても、アクセサリーの(たぐい)を身につけるというのではない。特殊な塗料(とりょう)と絵筆を用いて、地肌に模様を描くのである。いわば胴部に対しての化粧だ。


「ときどき冒険者なんかには、潜在能力を引き出す目的や、魔除け効果を意図してタトゥーを入れている人がいるじゃない? 私はその逆で、魔物を惹きつけるために描きものをするの」


 塗料自体には魔力が込められていない。特殊というのは雨や汗などの水耐性に(すぐ)れている点というだけ。塗料の色、描かれる模様で、魔物を視覚的に刺激して興奮させるのである。魔物によって効力を発揮する色や模様が異なっている。たとえば、ゴブリンなら赤色で菱形(ひしがた)主体の模様というふうに、対象に応じて毎回描き替える必要があるため、少々面倒な作業なのだという。


「へその下と腰にあるやつだけは、彫ってあるから楽なんだけどね」


 役割が異なるその二箇所は、入れ墨タトゥーになっている。万が一の際、妊娠を阻止するための避妊呪術だからだ。下腹部には山羊(ヤギ)の頭骨じみた図柄が、腰裏には翼を広げた鳥のような図柄が刻印されており、これらは女性の内性器を模したもので、〝淫紋いんもん〟と呼ばれている。


 淫紋は通常、墨色(すみいろ)をしていて何の効果も及ぼさないが、魔石を当てて魔力を注入することで、(あざ)やかな桃色へと変化。じょじょに墨色へ戻っていくまでの一定期間、体の正面と背面から、淫紋直下にある内性器を保護するのである。ゆえに、それをかたどったデザインになっているのだ。


「おかげさまで淫紋のお世話になったことはまだないよ。そうなっときには、おそらくパーティーは壊滅状態で。鬼みたいな食人種を相手にしてるってことは、待ち受けてるのは、死。だから彫っててもあまり意味はなくて、そうならないように、っていう、おまじないの意味合いが強いかな」


 戦力と報酬がともに求める域を満たす場合にしか、イズさんは依頼を承諾(しょうだく)しない。魔物と一緒に魅了されては困る主力人員には、戦闘時に行う舞い〝戦舞せんぶ〟を実演して見せ、彼らの耐久力(たいきゅうりょく)をテスト。報酬はイズさんの言い値でのみ引き受け、値下げ交渉は一切不可。最大級の危険に身を(さら)すため、自身にも依頼者にも妥協は許さないのだ。


 イズさんは出発前に、我々取材班にも戦舞の一部を披露(ひろう)して見せてくれた。


「お兄さんたちの依頼が取材じゃなくて討伐だったら、確実に断ってたよ」


 と、我々の耐久度の低さに、彼女は演舞を途中でやめて笑ったのだった。



          ○



 夜明けと同時に、我々取材班とイズさんを含む討伐隊の面々は、山へ分け入った。


 道中、イズさんはかごの中に入り、討伐隊のメンバーによって(かつ)ぎ運ばれる。この籠移動が、山賊に(とら)われていると勘違いされ、誘拐を疑われる原因になっているが、彼女の体力消費を最小限にするためには必要なのである。山歩きで疲れ、いざ本番という時に踊れなくなったのでは、元も子もなくなるからだ。


 また、このときのイズさんは、ローブを羽織(はお)り、全身を包み隠した格好になっている。下に着用している対魔舞踊用の衣装が刺激的であるため、人目をはばかることもあるが、移動中に駆除対象ではない魔物との不慮(ふりょ)のエンカウントを避ける対策としての面が強い。


 日が十分に昇ったころ、目的地へ到着した。


 深緑の大地にぽっかりと口を開けた風穴ふうけつ。昔の鉱脈地跡で、人の手が入っていた場所だったが、現在は資源の枯渇(こかつ)によって封鎖された坑道の入り口である。そして今回の討伐目標が、この風穴に棲み着いてしまったゴブリンの群れなのだ。


 旧坑道ということもあり、内部構造は把握(はあく)できているが、問題は入り組んだつくりになっていること。踏み込んで戦うのは危険。地上に誘い出すのが望ましい。しかし、煙幕(えんまく)などを使っての(いぶ)り出しは、短い洞窟(どうくつ)などでは有効な手立てだが、長く堀下がっているために難しかった。そこで、戦術舞踊家であるイズさんに白羽の矢を立てられたのである。


 討伐隊のメンバーはいくつかの分隊にわかれて散開(さんかい)

 風穴周辺の状況を確認しつつ、持ち場に着いていく。

 そうして配置が整い、イズさんに準備OKの合図が出された。


「では、(まい)りましょう!」


 と、彼女はまず、携行(けいこう)してきた小瓶(こびん)を取り出し、内容物の液体を飲み干す。これは代謝を急速に促進(そくしん)させるための薬で、生器からの粘液分泌(ねんえきぶんぴつ)と、発汗をうながす作用がある。


 ゴブリンなどの鬼種族は、人間の女性の匂いにおそろしく敏感だ。とりわけ、子宮(しきゅう)膣内(ちつない)からの分泌液と、膣口(ちつこう)脇にある分泌腺から出る粘液のニオイを、感知する能力にたけ、数km先からも()()けるといわれている。この習性を逆手にとり、戦術舞踊家は、自身の体から発せられる臭気(しゅうき)を活用して、おびき寄せるのである。


 液薬(えきやく)を服用後、イズさんは舞踊ステージとなる風穴開口部の中央に立った。


 後方に(ひか)えていた演奏部隊が、ラッパ、マンドリン、バグパイプ、太鼓(たいこ)などを(かな)ではじめると、いよいよ掃討(そうとう)作戦の開始である。


 ローブを脱ぎ去り、対魔(たいま)舞踊衣装をさらけ出す。その胸衣と腰巻きはシースルーになっており、本来は隠れなければいけない局所(きょくしょ)が若干()けて見えるようになっている。体の描きものと同様に、ゴブリンに有効な赤色だ。臭気蔓延(まんえん)(さまた)げになるので、腰巻きの下には、貞操帯(ていそうたい)も、下着すらも身につけてはいない。


 その完全無防備な姿で、演奏リズムに合わせ、戦舞(せんぶ)をスタートさせる。


 手足を大きくふり、上下左右の動作をまじえ、激しく動くことで、体を蒸気させていく。


 彼女の動きは、討伐隊の魔法能力者が放った光球(こうきゅう)によって頭上から追尾(ついび)され、薄闇の中でひとりだけスポッティングされて浮き立っている。液薬の効能もあり、みるみるうちに肌からは玉の汗が出始め、照明によって光り輝き、()かりを反射させ。内股(うちまた)から糸を引いて落下する透明な水滴(すいてき)が、岩肌の地面に点々とした染みをつくっていく。


 最初のゴブリンが出てくるまで、何分とかからなかった。


 のそのそ暗がりから現れてたのは二体。無論、オスの生体である。緑色の体は人の幼児ほどの背丈しかないが、筋肉は発達しており、腕力は人の大人に匹敵する。成人女性でも片手で軽々と引きずられてしまうほどなので、小さいからと(あなど)ることはできない。


 二体のゴブリンはそろって豚のように()った鼻をひくつかせていたが、スポットライトを浴びて踊るイズさんを目に留めると、立ち止まって首をかしげるようなしぐさした。むわんと漂う臭気に誘われて出てきたが、通常なら夜行性のため寝入っているはずの時間帯。夢幻(ゆめまぼろし)でも見ているとでも思ったのだろう。


 しかし、黄色い目玉を見張って、そうではないと知るや、跳びはねながらキィーキィーと高い声を上げる。腰に巻いていたボロ(ぎぬ)を突出させて(いろ)めき立ち、二足歩行から四足歩行に切り替えると、イズさんめがけ、まっしぐらになって駆け出す。そうして岩陰(いわかげ)に隠れ潜んでいた主力部隊になどまったく気づくことなく、(はな)たれた(ゆみ)によって、二体は頭をまたたくまに射抜(いぬ)かれ、つんのめりながら絶命した。


 死骸(しがい)(ひか)えの人員によって(すみ)に運ばれ、イズさんは何事もなかったかのように演舞(えんぶ)を継続する。あとにつづいた何体かのゴブリンは同じ手順により、たんたんと処分された。暗がりから出てきては彼女に飛びついて行こうとし、それを主力部隊が弓や(やり)仕留(しと)める。流れるような討伐工程。


 だが、数が増えてくると、前方の仲間の死を目の当たりにしたり、死骸を片付(かたづ)ける場面を目撃されたりして、しだいに討伐隊の存在に(かん)づかれるようになってきた。そうするとイズさんは、演奏隊に手をふって合図を送る。激しいテンポから一転、スローで(なま)めかしさのある曲調になり。体をくねらせ、腰をふるような、より誘惑的な舞いに切り替えたのである。


 討伐隊に気を取られていたゴブリンたちは、小麦色の(やわ)らかな曲線をなであげる手つきや、体に描かれてある菱形(ひしがた)の模様、腰元で跳ね上がるシースルーの生地と、見え隠れするチラリズムによって、瞬時に目を奪われ、その()きを()かれて倒れていく。それでもよそ見をしているようものなら、生命(せいめい)(もん)から()きいずる(しずく)をふりまき、ニオイで釣って翻弄(ほんろう)する。


 戦舞はさらに直情的になった。


 イズさんは脂光(あぶらびか)りした腕腋(うでわき)(した)()わせ、がに(また)でしゃがん髪を振り乱し、腰というより臀部(でんぶ)を差し向けて上下させる。そして垂涎(すいぜん)状態となったゴブリンは、もう仲間の死骸を踏みつけてたかっていき、火に飛び込む虫けらのようにバッタバッタと命を散らしていくのだ。観戦していた我々取材班の一部も「辛抱(しんぼう)たまりません!」と木立(こだち)(かげ)に駆けていくほどそそられるものだったが、間近にいても魅了されてしまわない主力部隊の耐久性たるや弓剣(きゅうけん)の腕より感服(かんぷく)させられる。


 演奏が鳴り止んだ頃、風穴(ふうけつ)の入り口には死屍累々(ししるいるい)の山が築かれていた。


 風穴内に巣食(すく)っていたゴブリンの生体((オス))を、わずか小一時間足らずで、全滅させたのである。その後、(メス)の生体と幼体を残らず駆逐(くちく)して、脅威(きょうい)を完全排除。イズさんの活躍(かつやく)により、討伐隊はひとりの死者はおろか負傷者すら出さずして、掃討作戦を大成功のうちに終了させたのだ。


圧勝(あっしょう)だったね。どう? すごいでしょう」


 汗みどろの胸を(ほこ)らしげに張らせ、湿潤(しつじゅん)した御陰(ごいん)()を透かせ立つイズさんには、我々はもはや立ち上がることすらできず、「おみそれしました!」と拍手を贈って(たた)えるばかりだった。



          ○


 

 イズさんはなぜ戦術舞踊家タクティカル・ダンサーという危険な職に身を投じているのか。気になっていたその疑問を、遠征地からの帰路にぶつけてみた。


「報酬がべらぼうにいい、とか、家族や友人が殺されて報復者(アベンジャー)としてやってる子が多いけど。私の場合は単純に、魔物が叩き殺されるのを目の前で見られるからかな。なんかね、ぞくぞくしちゃうんだよ、やつらの頭がカチ()られるのを見てると。スリル+快感ってことなんだと思う。変わってるでしょ? けどね、戦術舞踊家は私みたいな変わり者のほうがいいんだ。お金や復讐心で無理にやってる子は、大概(たいがい)ヘマをして、いろいろと使い物にならなくなってすぐに辞めるか、そのまま(おか)し殺されちゃってるから」


 好きでやっているだけ。

 そのほうが長続きする、とのことである。


 町に戻ると、我々は貴重な取材への礼を述べ、帰り支度(じたく)をはじめた。「慰労会(いろうかい)には参加しないの?」と、イズさんからありがたいお誘いを受けるが、記事をまとめなければいけないからと断りを入れる。……しかし、


「あら残念。私の特別舞踊もあるんだけど。――こういうこともするんだけどな」


 と、片手でピースサインをかざし見せてきた。なんだろうと思っているうちに手首が下に返され、二本の指先が真下を向く。そうして指を、チョキチョキと開閉させたのである。


 我々は記事掲載の遅れを危惧(きぐ)して0.1秒ほどためらったが、最終的にまとめた()をかなぐりほどいた。と同時に、主力部隊の猛者(もさ)たちはこれを待ちわびて忍耐に忍耐を重ねて奮戦していたのだと、了解するに至ったのであった。

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